第3話 『サブタイトルが思いつかない事もある』

 中央駅付近と言うのは田舎でも半端に発展している場合が多い。

 特に『月見市』は都心から少し離れているモノの、下手に遠いという訳でもない微妙な立地にある。そのせいで下手な地方都市よりも発展が中途半端を極めており、流通はいいのだが中央駅付近から少し外れると田舎風景が広がっている所があったりと街並みが安定しない。

 しかも中央駅付近で土地を売らなかった強情な爺さんがいた為にビルの隣に畑が合ったりする場所もある。強情すぎるだろジジイとは街に住む者の笑い話だ。


「それで、カラオケって何?」

「お前それマジで言っているんだとしたら相当だと思うぞ」


 孤乃葉の言葉を聞いた少年は呆れたようにそう返す。

 ここに来るまでの会話で少し世間知らずな所があるのは感じ取っていたが、まさかカラオケまで知らないとは予想外だった。行った事無い、というよりも存在を知らないだけだったのだ。


「お前さ、歌えるの?」

「歌? それはもちろん。『残酷〇天使〇テーゼ』とか『D〇ND〇N心惹〇れてく』とか色々歌えるけど」

「それを知っていてなんでカラオケを知らないんだよ」


 少年は軽くため息を吐きつつ頭を掻く。

 今後、関わっていくのなら持っている知識のすり合わせが必要かもしれない。そう思うと人との関わりが苦手な少年は頭が痛くなったような気がした。

 そして、フと路地の方へと視線を移す。ただの路地ではなく『裏路地』に繋がっているそこに。


「・・・・・・あ?」


 そしてそこに倒れている人影が目に映った。関わるだけ厄介な事になるのは承知だが少年はそれを理解しながらも人影に近付いて行く。

 酔っぱらいなら放置しているだろうが、倒れ伏す人影の近くには血痕のようなものが見られた。

 少年は倒れている人物に近付くと声を掛ける。


「おーい、おっさん。大丈夫か?」

「あ・・・ぐぁ・・・・・・」


 男は高級そうなスーツに身を包んだグラサンスキンヘッドの怪しい人物だった。

 明らかにカタギでないのは分かったが少年はそれを気にせずにバッグから袋を取り出した。


「何、モン、だ・・・」

「あ? 通りすがりのカラオケに向かうただの学生だ」


 少年はそう言いながら袋から傷薬やガーゼやらを取り出すと男の腕を掴む。そこにある傷口をペットボトルの水で軽く洗うと消毒液をかけた。

 男が苦しそうな声を上げるが、少年は無視して薬をチューブから出して指に付けると躊躇なく傷に塗りたくる。ぐりぐりと縫っているせいで男がまた苦しそうな声を出すがまた無視する。

 そうしてガーゼと包帯で傷口を無理矢理塞いだ。


「おま、お前・・・何するんだ・・・」

「あ? 応急処置だよ。血は塞いだからさっさと闇医者の所にでも行きな」

「・・・本当にただの学生かよ」


 男の呟きに少年はため息を吐く。

 先ほどからそうであると言っているのに疑われるのは心外だと少年は思う。この状況で狼狽えずに行動できている所を棚に上げて。

 そんな少年を背後から眺めていた孤乃葉は何かに気付いたように言う。


「その人、”積田真造つみだしんぞう”じゃない」

「あ? 知り合い?」

「同業他社の人間。・・・『不将協会』って組織の人間でここら辺じゃかなり顔の広いヤツよ」

「ほーん。どうでもいいや」


 聞いておきながらそう切り捨てた少年を孤乃葉はジロリと睨む。

 二人の会話を聞いていた男―――積田は呆れたように呟いた。


「こっち側の人間じゃねぇかよ」

「生憎と、後ろのヤツは兎も角として俺は巻き込まれただけの一般人だ」

「・・・・・・」


 積田は何も答えない。少年はもう興味を無くしたのか、傷口を洗った時に使用した水の残りで手に付いた血を流し落とす。

 そして、近くのゴミ箱に空になったペットボトルを投げ入れる。


「それじゃ、おっさんも気を付けな。俺は行くから」


 もはや返事を聞く気もない。さっさと荷物を纏めて大通りへと向かう。

 また突然に歩かれたせいもあって孤乃葉は一瞬遅れてその後を追いかける。その背後では誰かが動く気配があったが、二人は振り返らなかった。


「しかし、ありゃ鉛玉でも掠った感じだったなァ」

「言っておくと普通の一般人ならあの状況を見たらパニックになったり通報したりするもんよ。治療なんてしない」

「そうか? ってか、治療じゃなくてあくまでも止血だ。・・・・・・ってか、あのおっさんここらじゃ顔広いんだよな? ンであんな所に一人で倒れてたんだ?」

「さあね。私だって他組織に関して事情を詳しく知っている訳じゃないよ。・・・ま、最近不穏な気配があったのは確かだけど」

「不穏な、気配?」


 孤乃葉の言葉に少年はそれを復唱する。

 少年は別に裏社会の事情に関して詳しい訳でもなければそれを知る為の材料がほとんどない。

 金髪の男と会った際に聴かされる程度だしその度に金銭を要求されるためあまり聞き出したくないし、何ならそこまで関わりたくもなかったりする。過去に世話になった経験があるのであまり邪険に扱えないだけで、恩が無ければ確実に関係を断っている。


「あー、そんな気がするってだけだから気にしなくていいよ」


 だからこそ孤乃葉は情報を隠す。

 別に一般人に全てを語る程馬鹿ではないし、それをする理由もない。それを少年も理解している為、それ以上何も言わず孤乃葉から視線を外し、正面を見る。


「あ~、面倒くさいことになりそうだなァ」


 その言葉は強く吹いた夜風に乗り、街の中へと消えて行った。







 駅前のカラオケ店はビルの4階を占拠しており、その分部屋数も多くなっている。その中には大人数用の部屋や少人数用の部屋ももちろん存在している。

 少年は二人だけなので少人数用の部屋を望んでいたのだがその全てが埋まっており、結果的に普通サイズの部屋―――大人数用と少人数用の中間ぐらい――の部屋に通された。

 特に不満はないのだが、流石に二人では広さを持て余してしまう。


「まぁ、いいか。広い分より気持ちよく歌えるだろう」

「そう言うモノなの?」

「知らん」


 自身を納得させるためにそう言っただけで少年自身にそう言った考えはない。

 歌えればいいのであって、そこに部屋の広さなんて気にするようなものではなく誤差の範囲でしかないと思っている。

 少年は機器を取ると曲の予約に入る。


「? それって何?」

「あ~、まずはそこから説明が必要か」


 隣にズイッと近づいて来た孤乃葉に軽くため息を吐きながら一度検索を止める。


「端的に言えば、ここに曲の名前を打ち込む事で検索して歌うんだ。色々な曲があるけど中にはない物もあるからその場合は諦めてくれ」

「ふ~ん」

「ああ、『残酷〇天使〇テーゼ』と『D〇ND〇N心惹〇れてく』はあるぞ」


 ただ、と少年は言葉を続ける。


「カラオケと言えばこれを歌うのが定番だなっ!」


 画面に映し出される文字、そして赤い一人の戦士。

 見覚えのないそれに孤乃葉が首を傾げる中、少年はマイクを持ってスクッと立ち上がる。

 そして慣れたように歌い始めた。

 静かでありながらも心にズンと強く響くようなその曲は孤乃葉の耳に強く響いていた。

 歌い終えた少年はその余韻に浸っている。


「何か、熱い曲だね」

「ああ、そうだ。俺が大好きで暇があれば一日に一回は確実に歌ってる」

「そんなに?」

「多い時で一日十回は確実」

「いつの間に歌ってんのアンタ?」

「授業中」

「通りでどこからか特徴のあるメロディーが流れてきていると思ったらぁ!!」


 なんか授業中に謎のBGMがあるなという疑問はあったが、その現況を知って孤乃葉は頭を抱える。

 不真面目でいる事はもう受け入れていたが、まさかここまでだとは想定していなかった。

 そんな孤乃葉を横目に少年はドリンクバーのコーラをグイッと飲む。炭酸のパチパチとした感覚が喉を刺激する感覚に少し眉を顰めた。

 少年は炭酸系の飲み物を好んで飲むが、炭酸そのものは苦手としている。炭酸好きというよりも炭酸ジュースの味が好きなのだ。シュワシュワは苦手だがコーラの味は好き。炭酸抜きコーラでも飲んでいろ。


「何か今オイオイオイって言われた気がする」

「唐突に何を言い出してるのよ。・・・・・・ハァ、なんでこんなヤツに負けちゃったかなぁ」

「あ? 負けた?」

「あの日の屋上の事を忘れたとは言わせないわよ。あのせいで報酬減ったんだから。しかも、依頼者の会社がボロボロになって減った報酬の半分すら入ってきてないんだら。おかげで大赤字」

「屋上って、俺は特に勝ったとは思ってねぇぞ。逃げる為に障害を排除しただけだっての」

「・・・・・・その障害の排除の時になんで”魔眼”が利かなかったのかが甚だ疑問でもあるんだけどね。身内に”退魔師”でもいる?」


 孤乃葉の言葉に少年はキョトンとした表情を浮かべる。

 ”魔眼”だの”退魔師”だのと言われてそれをすんなりと受け入れる程少年の知識はない。そもそも、裏社会の情報やら勢力準の情勢なんて一切知らない。

 それ故に首を傾げるしかないのだ。


「その中二病みたいなヤツなんだよ」

「・・・本当に何も知らないのね」


 惚けている訳ではなく本心からそう言っている少年に孤乃葉は呆れた様子で説明を始める。


「まず、”退魔師”ってのは高い霊力変換率を持って亡霊や妖等を払う事を生業にしている人たちね。ああ、霊力変換率ってのは生命力を霊力に効率よく変換できるかどうかの割合って感じね。一般人は生命力の変換がかなり燃費悪いけど”退魔師”はそれが異常に高い。・・・その霊力を体に循環させれば身体能力を一時的に向上させたりとかできるわ」

「一気にフィクション臭くなったな」

「言っておくと、私も多少は霊力で身体能力向上させているんだからね。―――と、言うよりも霊力を使えないと“魔眼”を使えないしね」

「ほ~う」


 どこか感心したような声を出す少年。その姿に孤乃葉は深いため息を吐いた。

 少年は理解していないようだが、あの屋上で戦った時にも孤乃葉は身体能力を向上させていた。それにも関わらず敗北したのだ。

 異常なまでの身体能力と反射神経、それを持ち合わせていながらまだ少年は成長段階でしかない。そもそも年齢的に見ても少年は幼く未熟だ。今後どのように成長していくのか分からない完全なブラックボックス。それにも関わらず自覚のない姿に孤乃葉はどこか寒気を覚えた。

 だが、当の少年はそれに気づいた様子はなく、手に持つからのコップを何気なしに見つめていた。


「・・・・・・飲み物持って来るわ」

「あ、ちょっと、まだ“魔眼”についての話が・・・」

「飲み物持ってきたら聞くから少し待ってろ」


 少年はそれだけを言うと個室からさっさと退室した。

 ”退魔師”だの”魔眼”だのと言った情報を一気に教えられて整理&記憶できるほど少年の脳みそは優秀ではない。基本的に感覚で生きている人間にとって情報の波は頭痛の原因になる。

 パッと見て一時的に記憶に留めておくならともかく、今後も持続させるなら情報を少しでもいいから整理したいのだ。


(霊力だの何だのと訳の分からん情報を・・・。本当に漫画とかの世界をそのまま引っ張って来てるみたいだな。ドクターにでも頼んで今度いい病院でも紹介してやるか)


 辛辣である。一応、情報を覚えようとしてはいるが別段信じたわけでもない。何なら眉に唾を付けている。

 少年は今までの人生で同年齢の者たちよりも濃い経験をしているが、それでも不思議能力を持った存在と出会った試しはない。

 だからそこ少年は軽くため息を吐きながら呟く。


「なぁんか、嫌な予感しかしねぇなァ」


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