平凡と非凡 反社激突 編

第1話 『転入生』

 四月下旬。

 とある中学校の廊下を一人の少女が歩く。

 新学期始まったばかりで、入学式から一ヶ月も経過していないにも関わらず入ってきた転入生に職員室全体が唖然とした。ただ、親の突然の転勤の為と聞いて教員たちは生徒に同情した。中にはその生徒の姿に目を丸くする者もいたが・・・。

 教師が教室で生徒に対し説明を行っているのを廊下で聴きながら少女は深く深呼吸をする。


 ついに来たのだ。待ち遠しかった瞬間が。

『あの日』、彼に敗北してから待っていたのは依頼主の逮捕だった。しかも誘拐事件の方ではなく別件での逮捕。

 何でも一年以上とある温泉街に対して地上げ行為と言う名の嫌がらせなどを続けたあげく住民たちの憩いの場になっていた旅館に放火したのだという。

 聞いただけで頭が痛くなった。

 そもそも自分らに依頼をしてきた時点で黒い所があるとは理解していた。が、基本的に黒い所のない真っ白な会社も存在はしないので気にはしていなかった。

 結果が、下人一〇人が重軽傷&賃金未払のダブルコンボだ。

 彼が通ったであろう場所に配置していた数名の下人は不意打ちを喰らい完全無力化された上で手足を縛られてトイレに放置されていた。定期連絡が無かった事で異常に気付けたがそれがなければどうなっていたか分からない。


 教室内から名前を呼ばれた少女は扉を開け放ち教師の隣へと行く。

 その姿に生徒たちは目を丸くしていた。いや、丸くするのも仕方が無いだろう。

 学校指定の制服なのは確かだがスカートがミニに改造されており、通常は膝当たりまである裾が大幅に上げられて太腿がかなり露出している。さらに視線が向くのが光を月の様に反射する金色の髪。そして、右頭部にアクセサリーの様に付けられた狐のお面。

 キャラが濃すぎて教室内の数名はグロッキー状態になっていた。

 そもそも純日本人しかおらず黒又は茶色の髪色がデフォルトな所に現れたゴールドの破壊力は強く、さらにはミニスカ・狐のお面、そして美少女。情報量が多く、もはや追いつける者はいなかった。


 少女はその情報が多く濃すぎる見た目でありながら胸を張っていた。

 そうして教室内をグルリと見回す。目的の人物がここに所属しているのは調べ済みだ。

 あのすました顔をしていた少年が一体どんな顔をしているのか想像しただけで心が躍った。驚いているのか、それとも平静を装っているのか。


(・・・・・・?)


 そこで気が付いた。少年らしき人物は見当たらない。

 この教室にいる事は調べ済みなのに、目当ての顔が見当たらない事に困惑してしまった。そんな少女を余所に担任教師はテンプレートな説明をベラベラと語り、少女に向かって言う。


「それじゃ、名前を。黒板に書いて」

「はへ、は・・・はい・・・・・・」


 少女は言われた通りチョークを持ち、黒板に名前を書く。


「”風見 孤乃葉かざみ このは”です。これからよろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる孤乃葉にクラスメイト達は親しげに言葉を返した。

 頭を上げて再度、教室内を見回した所で孤乃葉は少し違和感を覚え、より観察したところそれに気が付いた。

 学校指定の制服に全員が身を包んでいる為カモフラージュされてしまっていたが、廊下側の席に突っ伏している生徒がいたのだ。

 どこか嫌な予感が膨らみ担任教師に問いかける。


「あの、先生。あの席は?」

「ん? あぁ、サボり魔」


 担任教師はそれだけ言うと教室の後方の席を指さす。


「あそこが君の席ね」


 これ以上は何も言う気が無いのかそれだけを言い残して教室を去った。自身の請け負っているクラスに関する説明責任を一切果たす気のないその姿勢はいい判明教師になるだろう。

 孤乃葉はガックリと肩を落としながら教室後方の席に移動する。クラスメイト達は目を輝かせており質問したそうにしているが、すぐに授業がある為慌ただしく教科書の準備をしていた。

 孤乃葉は学校指定のバッグから教科書を取り出す。ただ、その視線は机に突っ伏している少年に注がれていた。

 授業開始のチャイムが鳴る前に担当教師が教室に入ってくる。そして、少年の方を見て軽くため息を吐くと、チャイムが鳴ると同時に何事も無いように授業を始めた。

 その間も少年は寝息を立てており、ある種それがBGMとして機能していた。


 授業が終わり、また始まり、また終わり、このサイクルを繰り返して休み時間が訪れても少年は寝たままだった。休み時間だというのを良い事にクラスメイト達が質問攻めしてきていた為、少年に接触する事は出来ずに休み時間もすぐに終わり、また授業が始まる。普通の学業と変わらないその流れだったが、孤乃葉は愕然としていた。

 先ほどまでぐっすり寝ていた少年が何事もなかったような顔で授業に参加していたのだ。

 その事に対して誰もツッコミを入れる様子はなく、当然のように受け入れていた。いや、きっとこれがここでは当たり前の風景なのだろう。

 だから誰も何も言わず受け入れている。まだ四月が終わる頃であり、クラスメイト達はそこまでかかわりが深い訳ではない時期だというのにこのように対応されている少年は一体どれだけこれを繰り返しているのか、まったくもって見当がつかなかった。

 それを眺めながら黒板に書かれた文字をノートへ書き移している内に授業が終わり給食の時間になった。


 クラスメイトの一人が給食センターの場所や一通りの流れを教えると言って孤乃葉の手を掴んでずるずると教室から連れ出した。

 一切合切抵抗を許されずされるがままになりながら、それでも教室へなんとか戻るとそこに件の少年の姿はなかった。

 少年の席に視線を向ければ、そこにあったはずの学校指定のバッグがなくなっていた。まさかと思いながら教室にずっといたであろう一人のクラスメイトに話しかける。

 声をかけたクラスメイトは先ほどの休み時間で話しかけてこなかった人物だが、話しかけて来た者たちの話を総合するに常に教室で本を読んでいるおとなしい少女らしい。

 しかも運が良い事に少年の隣の席である。仮に本を読んでいたとしても何か知っていていい筈だ。


「ねえ、アナタの隣のヤツは?」

「ひゃうっ! え、えっと、さっき帰った、です・・・」


 その言葉に孤乃葉は頭を抱える。まさかの早退とそれを予期できなかった自分に呆れるしかなかった。

 これから追いかける為に早退しても出会えるか不明であり、尚且つ転入初日からそんな事をしたくなかった為にこの日は一生徒として過ごすことになった。




 ▼




 そうして翌日。朝七時には校門をくぐり教室へと向かう。

 この時間帯となると運動系の部活に所属している者ぐらいしかおらず孤乃葉は悠々と下駄箱で靴を履き替える。そこで、もう何人かクラスメイトが登校している事が分かった。

 まさかもう登校している者がいる事に少し驚きながらも、部活動以外でも委員会活動で早く来ている者もいるのだろう。

 教室に入ればそこに居たのは二人の人物、クラス委員長を務めている少女”前田美歌”と目当ての少年だった。

 二人は何かを話していたようだが、孤乃葉に気が付き視線を向けて来た。


「あれ? 風見さん? おはよう。ずいぶん早いんだね」

「おはよう。そういうアナタもそうね」


 そう答えながら自身の席に学校指定のバックを置くと二人の近くの席に腰掛ける。


「何を話してたの?」

「ん~、いやぁ、こっちが手の事を質問しているんだけど答えてくれなくって」


 その言葉を受けて少年の手に視線を向けるとその右手に包帯が巻かれていた。巻き方から見るにプロの手で巻いた物であることが窺える。

 つまりは最近になって何かしら怪我をして病院に行っているという事なのだろう。

 それを認識してから少年の顔に視線を上げる。


「随分最近の怪我みたいだけど何かあったの?」

「・・・・・・?」


 その質問に少年はピクリと眉を顰めると気怠そうに呟く。


「誰?」


 まさかの発言に孤乃葉はピシリと石化した。

 あれだけの激闘をしたのだ、記憶に残っていない訳がない。そんな自信があった。

 だというのにこんな反応をされればショックを受けない者はいないだろう。


「アナタねぇ、覚えていないなんて事がないでしょっ!」

「ん~あ~・・・」

「知ってるの? 大宮くん。風見さんは昨日転入して来たばかりなんだけど」

「あ? 転入生?」


 前田の言葉に少年の眉がピクリと動く。そして、眼を擦りようやく孤乃葉をジッと観察した。

 ようやく視線が合った事に胸を撫で下ろす。

 少年にズバッと切り捨てられた「テンプレ」発言を気にしていた者からすれば頑張ってこの格好になった努力に対してどんな言葉が来るのかワクワクと待っていた。


「ふあぁぁあ」


 間を開けて大きな欠伸をしてから少年は面倒くさそうに呟く。


「テンプレ過ぎる。帰れ」

「はぁ!? 私のどこがテンプレなのよ!!」

「転入生が奇抜な格好をしていてキャラが立ちまくって他の奴らとは確実に違う見た目から『あ、コイツ主要キャラだな』ってのはテンプレだ」

「じゃあ何!? 普通の格好してればよかったって事!!?」

「そうなんじゃね? ただ、今から普通になっても逆に周りから『何かあった?』って思われる原因になるから止めといた方が良いぞ。で、誰?」

「忘れてんじゃなぁあああああい!!!!」


 孤乃葉の叫び声に少年は人差し指で耳を塞いで鼓膜へのダメージを軽減させる。同じく近くにいた前田も同じように耳を塞いでいる。

 突然の事にもサラッと対応して来るその機転力にも腹が立つ。

 ゼーハーゼーハーと肩で息をする孤乃葉に前田は愛想笑いを浮かべながら言う。


「私、ちょっと委員長としての仕事あるから行くね」


 空気を読んでか、そそくさとその場を後にする前田を横目に孤乃葉は少年を睨みつける。

 対する少年は涼しい顔で肩をぐるぐると回して解しながら静かに言う。


「そんで、お前誰?」

「琴之葉! つい数週間前に会ったでしょ! 記憶喪失にでもなった訳!?」

「ん? あー・・・・・・」


 少年は腕を組んで記憶の扉を開く。

 そうして十数秒の沈黙の後にポンッと手を叩いた。


「・・・思い出した?」

「テンプレ忍者モドキ警戒心ゼロの隙だらけ女」

「どんな覚え方してんのよ!!」


 とんでもない記憶のされ方に講義をする狐乃葉だが、大体合っているせいで説得力がない。

 しかも、狐乃葉の事を思い出したにも関わらず警戒心がないのか机に突っ伏する少年。

 そんな態度でいる少年へ狐乃葉はナイフを取り出して突きつける。


「ねえ、ここで始末されるとか思わないの?」

「したきゃすれば? 前田という目撃者がいる以上はリスクしかないと思うけどな」

「・・・・・・その態度腹立つわ」


 苦虫を噛みつぶしたような顔でいる狐乃葉を無視して少年は寝息を立てる。

 警戒心はなく、それと同じくらい敵対心もないのだろう。いや、もしくは狐乃葉の事を警戒対象とすら考えていない余裕の表れか。

 狐乃葉はそんなマイペースな少年に呆れる事しかできなかった。

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