第6話 『結末』

 少年は姿勢を低くしながら琴之刃との距離を詰める。僅か数メートルほどの間合いは一瞬で詰められ、すぐにでも攻撃の当たる範囲に入った。

 琴之刃の持つ短刀は近ければその分振るう際に力が入らない。そもそも前腕の力だけで振るうしかなくなるので力の入れ様がなく速度もない。だが、あくまでもそれは振るう事を前提とした場合だ。

 刺突をするならばあまり関係が無い。


「フッ!」


 相手から向かってきているならそれに合わせて突けばいい。それだけで十分脅威となる攻撃であり今までの少年の動きから考えればすぐにでも横へ跳んで距離を取っていただろう。

 そう、今まで通りなら。


「ッッ!!?」


 剣先が少年の眉間に突き刺さる一瞬前に顔を逸らし寸前で刺突攻撃を回避すると絡み付く様に琴之刃の腕を掴んだ。

 マズイ、と判断した時には遅く腕を締めあげられる。ギリギリと軋む音が頭に響き短刀を落としてしまった。

 カシャンと刀が地面に落ちる音と同時に琴之刃は少年の頭目掛けて頭突きをした。

 少年は両手で締め上げていた為にガードができずモロにソレを喰らい軽くのけ反り―――そのままの動きで琴之刃の顔目掛けて足を振り上げる。

 手が自由になった琴之刃はバク転でそれを避けると少年から一定の距離を取った。


(っ強い。隙が見当たらないし一つの動きから次の動きに流れるように移行している。攻防が全て同一になっている・・・感じかな? これは相当場数踏んでるねぇ)


 琴之刃は息を整えながら冷静に状況を判断する。

 僅か数秒の接近戦だけで愛刀を落としてしまった。別に短刀だけが武器じゃないが一つでも攻撃手段が少なくなるのはあまり好ましくない。


(そもそも、なんで動きを読まれているんだ? 一つ一つがこちらの動きを想定されている様で不気味にすら思ってしまう・・・。ったく、私はとんだバケモノを相手にしてしまっているみたいだ)


 今後の動きを琴之刃が思考する中、少年も思考していた。


(っぶねぇ・・・。やれるかどうかわからなかったけど成功してよかったァ。―――しかし、こっからどうするかねぇ。馬鹿みたいにやりあう理由はねぇけど逃げきれる相手でもない。限界突破リミットブレイクは極力使いたかねぇし。悩ましいなこりゃ)


 表情では出していないものの、内心ではかなり焦っていた。何とか食らいついてはいるが技術力は圧倒的に向こうの方が高い。先ほどまで戦っていた面の男たちに比べれば若干練度の低さを感じられるがそれでも少年よりも洗練された動きをしている。

 そもそも、面の男たちとの戦闘は不意打ちを基本として一撃必殺で倒していた為、戦闘と呼べるものではない。

 少年自身、正面戦闘をする為の準備も装備も持っていない。武器持ちのプロを相手に出来る程状況も整っていないので不利な状況をどう引っ繰り返すかを考えつつ、相手がどのような絡み手を使って来るのかにも気を払う状況は高い集中力を使っている。

 一度にする複数の思考は少年の頭に負担がかかる。だって、彼は考える事がそこまで好きじゃないから。

 だからこそ、少年は腰を落として構える。ぐだぐだ考えている時間があるならば一回でも多く拳を振るう。一歩でも多く足を動かす。


(来たっ!!)


 突撃して来た少年を迎え撃つために琴之刃は懐からジャマダハルを取り出して横一線に振るう。

 少年は歩幅を少し変える事でそれを空ぶらせると琴之刃の懐に潜り込み加速を乗せた膝蹴りを鳩尾に叩き込む。

 さらに服を掴んで行動を制限する事でさらに畳みかけようとして・・・・・・、


「ひんっ!」

「あ?」


 少年の手にむにゅりとした柔らかい感触が伝わる。

 両者に一瞬思考の隙が生まれたが少年はすぐに気持ちを切り替え、体をグルリと回転させると背負い投げの要領で琴之刃を投げ飛ばす。

 さすがに投げ飛ばされた方も空中で思考を切り替えて体を捻る事で着地をする。

 そして、赤面しながら叫ぶ。


「お、おまっ、お前っ!! よくも乙女の、乙女のっっっ!!」

「ああ、乳に触っちまったのか。すまんな、でも事故だ。テメェもプロなら割り切れ」

「っ! ・・・ふふっ、シロウトにそう言われる日が来るとは思わなかったよっ」

「オイオイ、キレるな。こっちからしてもテメェの乳なんぞ興味ないんだからよ」


 平然とそう断言した少年の言葉に琴之刃が石化した。頭には青筋が浮かび怒っている事は誰から見ても明白であった。

 別に、興味が無いと言われたことに怒っているのではない。素人を相手に不覚を取っただけでなく胸に手が当たった事に動揺してしまった自分への怒りの方が大きい。


 琴之刃は腰を落とす。少年もそれに合わせて腰を落とす。

 両者が臨戦態勢になり先ほどまでの空気とは正反対の切り詰めた雰囲気があたりに漂う。

 そうして、先に動いたのは少年だった。

 グッと拳を握り締めて腰に構えたまま距離を詰める。

 馬鹿正直に正面から迎え撃っても先ほどと同じようになるだけでまた武器を取られて終わりだろう。そもそも無作為に同じ手を使っても特に意味はない。

 だからこそ琴之刃は左手に閃光弾を持つと少年に向かって投げる。

 効くとは思っていないが僅かでも意識を逸らせればその隙を突ける為に使わない理由は無かった。なのに、


「ッ!!?」


 少年は投げられた閃光弾を蹴り上げると勢いそのままに足を振り落とし、踵落としを繰り出す。

 琴之刃はそれに合わせてジャマダハルを振るうが、少年の靴と接触すると同時に金属音が辺りに木霊する。


「やっ、ぱりか!」

「あちゃ~、バレてた?」


 炸裂した閃光弾の光が降り注ぐ中、少年は軽い口調でそう返すが、その額には冷や汗が浮かんでいた。

 あまりバレたくないタネだったが、こうなった以上文句は言えない。


安全靴、、、・・・しかも普通のじゃないね。つま先だけでなく靴全体に鉄が入っている。しかも足の動きを阻害しないようにも作られているからこそ俊敏な動きもできる、って所かな?」

「ノーセメント」

「ノーコメントだろうっ」


 振るわれるジャマダハルの軌道に合わせて少年は足を振るい攻撃を弾く。

 腕での斬撃速度に合わせられるその足さばきに流石の琴之刃も内心焦りを強くさせる。

 上から振るう斬撃と下から振り上げる蹴りでは必要なエネルギーの度合いが大きく変化する。だというのにそれを合わせる事の出来るパワー・スピード・そして柔軟性。

 その全てが完璧と言えるほど備わっている。簡単に身に付くものではないのは誰の眼から見ても明白だろう。


「クッ・・・!」

「チィッ!!」


 何度、刃と足をぶつけただろうか。激しい金属音と共に琴之刃の手から武器が飛ぶ。

 足と手ではそもそも筋力に大きな差がある。しかも二人には性別の差もある。

 最初に音を上げたのが琴之刃の手だった、それだけの話だ。

 琴之刃は右手が激しく痛むのを無視して懐から筒状の道具を取り出し、少年の方に向けた。

 少年はそれが何なのか分からず一瞬呆けてしまう。そう、呆けてしまったのだ。

 今まで隙を晒す事の無かった少年に出来たその隙を琴之刃は見逃す事はなく、筒を強く握った。


 瞬間、乾いた炸裂音が辺りに響いた。

 それが銃声であると理解できたものは果たして何人居るのだろうか。二人の戦いを見ていた優歌が銃声を理解するまでには一秒と掛からなかった。

 脳がそれを理解すると共に見えたのは飛び散る鮮血。月と街の明かりで照らされたその紅い液体は宙を舞い、地面を染めた。

 筒状の武器の名前は『握り鉄砲』。別名は『芥砲かいほう』。

 手の掌に収まるほど短銃で取手と銃身を一緒に握りこむことで、弾を発射することができる小型の銃であり、命中精度は低く射程も短い為通常の銃に比べて使い場所を選ぶものの接近戦においては高い効果が発揮される。

 琴之刃は勝ちを確信していた。この近距離で尚且つ隙を突いたのだ。そう、隙を突いたのだ。


「なっ・・・!?」


 最初に口から出て来たのは困惑の声。

 目の前の少年からは確かに血が出ていた。でも、銃弾が直撃はしなかった。

 握り鉄砲から銃弾が飛び出す一瞬前に少年は上半身を大きく捻りギリギリのところで避けたのだ。

 反射神経、運動神経、その全てが琴之刃の予想を大幅に超えていた。その光景に次は琴之刃が隙を作ってしまった。

 少年はその隙を突く様に少年は拳を振るう。

 鈍い音と共に琴之刃の顔面に少年の右拳が当たり、その体を大きくのけ反らせ、そのまま背を地に付けさせた。


「あっ、イッぅ・・・・・・」

「ハァ、ハァ・・・。なんつぅモンを持っているんだなよ」


 少年は額の汗を手で拭う。


「ごめんなぁ。これ以上時間かける訳にもいかないんだ」

「な、んっ・・・」


 顔面に強い衝撃を受けた事で琴之刃の意識は朦朧としていた。回復までに数秒を要するだろうが、その数秒が致命的な時間だった。

 琴之刃の頭は混濁しながらも本能的に自分がどうなるかを勝手に想像して行く。いや、これは今までの経験から導き出された結論だろう。

 戦って、負けて、大きな隙を作った者の末路、それは死だけしかないだろう。クソッたれな世界で生きていれば嫌程分かる。

 今後自分の前に現れる可能性のある危険分子なんて排除して然るべきだ。

 それに、少年の足元には蹴り飛ばされて落ちたジャマダハルがある。それを使って腹を貫かれる想像が、首を裂かれる想像が浮かんでいく。

 そんな想像を正しいと表すように少年がそれを掴んで観察する。


「・・・・・・この武器、大分珍しいな。ダマスカス鋼か・・・う~ん、俺自身こういった事に対して知識ねぇから分からないが、、まあ、近代再現のヤツか」

「・・・・・・」


 もう答える気力もない。自分の末路を理解して全身から力が抜ける。今まで歩んだ短い人生が頭の中を駆け巡りそれが朧気になって消えて行った。

 ザッと倒れ伏す琴之刃の近くに少年は近づきその手でジャマダハルをクルクルと弄ぶ。まるで、慣れ親しんだ武器であるかのようなその使い方にもうその武器が自分の物ではなくなったように感じる。

 いや、なくなってしまったのだろう。武器を奪われそれで命を奪われる。ああ、なんて皮肉なのだろうか。自分の武器で命を奪われたなどもはや笑いものではないのだろうか。

 最後を覚悟し、静かに目を瞑ると同時にカチャンと固い物が地面に当たる音がした。


「あ、え・・・?」

「ほれ、返す。こんなも持ってたら銃刀法違反だからな」


 そうは言いつつも少年の所持しているテーザー銃も非殺傷武器ながら銃刀法に引っかかる武器だったりする。

 ただ、この場にそのことに対してツッコミを入れるような者はココにいない。


「何のつもり・・・?」

「特に意味はねえよ。・・・まあ、あえて挙げるとするなら、」


 少年は少しの間の後に言葉を続けた。


「俺は、普通の学生だからな。犯罪を犯す訳にはいかねぇだろ?」


 住居不法侵入・暴行・銃刀法違反etc.散々犯しまくっているがそれに対してツッコミを入れる者は(ry

 少年は琴之刃から視線を外して歩を進める。背後から聞こえるすすり泣く声に振り向くことは無く、ずっと戦闘を見守っていた優歌の下へ向かう。

 何もできず小さくなっていた優歌は腰を落として自分に視線を合わせた少年の動きに少し震える。


「すまん、遅くなった。これから少し危険な事をして脱出するけど大丈夫か?」

「え、あ・・・はい。大丈夫、です・・・・・・」

「舌噛まないようにな」


 少年はそう言うと優歌を抱き抱えた。そうして柵を乗り越えるとビル下に視線を落とす。

 その動きと今までの少年の無茶苦茶な行動から優歌は瞬時に何をするのか理解した。咄嗟に口を押えて叫ばないようにしたと同時に少年はビルから飛び降りる。


「~~~~~~~~~ッッ!!!」


 声にならない悲鳴を余所に少年は空中で態勢を整えて地面と足が垂直になるように合わせる。

 そして、足の裏と地面が接触すると同時に膝を曲げて衝撃を殺した。


「痛ってェェエ・・・」


 いや、完全に殺しきれずに足に強い痛みが走った。折れたりはしていないだろうが大きな負担がかかったのは明白だった。

 それでも少年は膝を伸ばして立ち上がると涙目で振るえている優歌に視線を向ける。


「怪我とかはないか?」


 その言葉に優歌は何度も頷く。

 少年はホッと息を吐くとすぐに視線を上げた。逃げる事はできたがここで終わる訳ではないのだ。

 最後に行かなければいけない所がある。


「よし、優歌。帰るか」


 少年はそう言ってとびっきりの笑顔を向けた。







 とあるマンションの一室でソファーに腰掛ける夫婦とスーツに身を包んだ刑事たちが電話機とそれに接続した機材を無言で見つめる。

 夫婦の一人娘が誘拐されて約二日が経過しようとしていた。

 数時間前に合った犯人側からの連絡を最後に一切の音沙汰は無く、海外を経由されている為に逆探知にも失敗。あまりにも不利な状態で無事を祈る事しかできなかった。

 犯人側はあざ笑うかのような言葉しか吐かず未だに要求らしきものをしていない。何が目的なのか、動機は何なのか、それが分からないせいで警察も動きようが無かった。

 誘拐の際に使われたであろう車も盗難車であり、山奥のダムに突入しているのが見つかった。ダムの水のせいで手掛かりらしきものはほとんど消えてしまっており収穫はゼロ。

 夫婦も、警察も焦っていた。

 明け方も近づき疲労も睡魔もピークになった頃、突然チャイムが鳴った。

 念のために刑事が亭主を装って出ると明け方故に怪しさがより満点となってしまっている言葉が部屋に流れた。


『多分宅配便で~す』


 明け方に宅配が来ているというだけでも怪しいのに、多分と自分で行ってしまっているせいでより怪しさを増していた。

 だが、刑事は深くため息を吐くと近くにいた仲間に声を掛けた。


「長谷川。聞き覚えあるよな?」


 声を掛けられた男―――長谷川裕也はせがわゆうや警部補は呆れたような顔で答えた。


「ええ、彼でしょうね。いったいどこから聞きつけて来たのか」


 もはや慣れたモノなのか長谷川を筆頭に数人がエントランスへと向かい、そしてすぐに部屋で待機していた刑事たちに夫婦を連れてくるようにと連絡が入った。

 その連絡に慌ててエントランスへと向かった夫婦たちの目に映ったのは一人の少年と最愛の娘の姿だった。


「あ、あぁ・・・」

「ゆ、優歌・・・」


 夫婦はそれ以上言う事無く愛娘へと駆け寄り強く抱きしめた。

 それを見ながら少年は踵を返すと何も言わずにその場から離れようとする。だが、長谷川がそれを止めた。


「待つんだ、大宮くん。今日こそは詳細を話して欲しいんだけど」

「あ?」


 少年は面倒くさそうに振り向くと呟く。


「明日・・・つーかもう今日だな。今日も学校なんだ。俺は帰って寝る」


 それだけを言うと正面を向いて再度歩き出した。何も答える気はないし、何かを言うつもりもないのだろう。

 彼にとって『家族』という光景はあまりにも眩しく直視するのは辛い光景なのだ。いつまでもそんな所に留まる程少年は出来た人間ではない。

 だが、


「待って!」


 背後から、優歌の声が聞こえて来た。流石の少年も回れ右をして声のした方へと視線を動かす。

 優歌は少年と視線が合ったと同時にとびっきりの笑顔になるとその言葉を口に出した。


「ありがとう!」


 感謝。

 それを受けて少年は少しキョトンとした顔になった。

 少年にとって人助けと言うモノは『やって当たり前』の行為であり感謝をされる事を想定していなければ、そのような気持ちを向けられることに慣れていない。だからこそ、その言葉に何と返せばいいのか分からず戸惑ってしまう。

 数舜、頭を悩ませた後に少年は何も言わずに再度回れ右をして歩き始めた。


 無視をされたのかと思い優歌が困惑したような顔を浮かべる。だが、それもすぐに消えた。

 少年は歩きながらポケットから右手を出すとサムズアップをしたのだ。どんな風に返していいのか分からなかった少年なりの最大限の返しだった。

 言葉ではないがその後ろ姿に優歌は同じようにサムズアップで返した。


 朝焼けが街を照らす。夜闇が隠していた深淵が消されていく。

 多くの人々が活動を始めたそんな街中に少年は姿を消していった。

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