第3話 『突撃』

 電車に揺られていた少年は『星座駅』に降り立つ。

 帰宅ラッシュは過ぎているモノの残業などを終えた社畜たちがフラフラとした足取りで歩いている。

 少年はそれを横目に歩みを進める。

 目的地は誘拐された令嬢が最後にいたとされる小学校の裏門前である。

 駅から―――少年基準で―――徒歩一時間ほど歩きようやく到着した裏門前で手がかりを探す。

 だが、流石に数日経過している為にめぼしい物は見当たらない。

 どうしたものかと辺りを見回すと、小学校裏門の近くに設置されている防犯カメラが目に映った。

 少年はポケットから小型のデバイスを取り出す。


 このデバイスは裏商店街の一角にあるボロボロの古民家に引きこもっている変わり者の男に作製を依頼したアイテムだ。

 男は手入れのしていないボサボサの白髪にドン・〇ホーテで買ったであろう安っぽい白衣を羽織ったジメジメした雰囲気を放つ自称・博士である。腕は確かなのだが人との関わりが極端に苦手でコンビニで買い物をする事すら一苦労と言う何とも残念な人間だ。

 ただ、何故か金髪の男とは関りがあり、彼を仲介人とする事で少年は欲しいアイテムの作製を依頼している。


 少年はデバイスのコードを伸ばすとその身軽さをフルに使用して防犯カメラが設置されている鉄柱を上り、カチリと接続させる。

 手のひらサイズの大きさだったデバイスがガチャリと開き画面と操作用のボタンが出現する。


(・・・・・・このボタン、多分最初期のDSから持って来たな)


 少年は少しだけ意識を向けた後に、すぐ視線を画面に移しデバイスを操作する。

 システム自体は注文通りであり、説明書がなくてもスムーズに操作することができた。

 少年は防犯カメラに保存されているデータをコピーし終わるとすぐに事件があったであろう時間の映像を再生する。


 裏門前に蒼い髪の少女が立っている。

 少女の顔は見えないが背筋を伸ばして直立を崩しておらずその姿はしっかりと躾をされている事を感じさせた。少し早送りをすると、少女が裏門前に立ってから一〇分程経過した辺りで黒いハイエースが画面端に現れ、そこから降りてきた数名の男たちが少女を捕まえるとそのまま車に連れ込んで去って行った。

 その手際は決して良いとは言えずシロウトであることが見て取れた。少年はその映像を何度か確認してから裏門近くの草むらを見る。

 映像内で男たちに抵抗すようとする少女の手が男の一人に当たり、何かが飛ぶ瞬間が―――画質の関係で見づらいが―――確認することが出来た。

 腰を落として何かが飛んだであろう草むらを少し探っていると少し古ぼけたピンバッジが落ちていた。見た事ないロゴデザインであり犯人への手掛かりなりそうではあるが、それでもこれだけでは到達するのは難しいだろう。

 少年はピンバッジをポケットにしまい込むとその場から離れる。

 次の目的地は無いが、ただ一定の場所に留まるだけでは自体は進展しない。それを理解しているからこそ少年は目的がなくとも足を動かす。

 そうして、『星座駅』から電車に乗るとそのまま『月見駅』へと向かう。


 今現在、令嬢がどこにいるか何て予測が出来る訳がなく手掛かりを掴んだとしてもあまりにも少ない。

 誘拐された日時、場所、状況、そして犯人の物と思われるバッジ。・・・これだけでは犯人の行き先も令嬢が監禁されているであろう場所も分からない。

 そもそも犯人グループの正確な人数も『早川財閥』にしている要求も少年は知らないのだ。

 だからこそ少年は電車に揺られながら少ない情報を繋ぎ合わせて行く。

 思考する、思考する、思考し続ける。

 目的は何だ? 金だとすればもう取引が終わっていてもいい筈だ。ならなぜ終わっていない? そしてなぜ財閥は街のチンピラたちが現場を荒らす可能性を考慮せずに令嬢に賞金を懸けた?

 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ・・・・・・それを突き詰めていく。

 そうして、少年は自身の考えられるその全てを収束させて一つの結論に辿り着く。


「なるほど、そういう事か」


 人の少ない車内で呟いた少年の声は誰の耳にも届くことなく消えて行った。







 終電が過ぎ公共交通機関の全てが止まる頃、少年は駅近くにあるネットカフェの個室に座りポテトを口に入れながら思考する。結論が出たとしてもそれだけが答えじゃない。

 あまりにも穴が開き、そして情報の欠如している結論を基に行動を起こそうとするほど少年は無謀ではない。

 少年はポケットからピンバッジを取り出すとそのロゴデザインを眺める。

 見覚えのないデザイン。だが、少年の頭には何かしらの引っ掛かりがあった。

 類似品をどこかで見た記憶がある。


(・・・・・・類似品?)


 その単語に少年の思考は加速する。

 どこで見たかなんて質問は愚問だろう。

 少年はスマホを取り出すとそこに保存しているデータからとある企業のロゴを表示する。


 その企業はここ数年で一気に事業を拡大させた大企業で、最近では海外進出も始めている。のだが、その事業拡大の裏では数多くの悪事を働いている。

 例を挙げるとするなら、とある温泉街全体を買い取り天然温泉を利用したレジャー施設を造る計画を立てたのだが住民が土地及び経営権の売却を拒否して企業側の提案を蹴った。

 そもそも住民からすれば先祖代々受け継いだ物を突然横から「寄越せ」と言われたのだ。それは金だけの問題ではない。プライドの問題だ。だが、企業側はそんな住民たちに対して嫌がらせを始めて強制的に立ち退きさせようとしているのだ。

 そんな真っ黒な企業のロゴとピンバッジを比べると何処か重なって見えた。


 実際は少し似ているだけで全体的には全くの別物なのだがそれでも少年の頭の中では確かにカチリとピースがハマる音がした。

 少年は目の前にあるパソコンを開くとキーボードを的確に叩き検索を開始する。


(あぁ、こんな時に地球ほしの本棚にアクセスできれば楽なんだがなァ)


 面倒な検索作業と過去の情報へのアクセスをしながら少年は心の中でそう呟く。検索してはキーワードを増やし、不要と分かれば削除し、情報を絞り込む。

 それと平行でスマホを使用してダーク・ウェブにアクセスしてそこに流れる稼ぎになる情報も掴んでいく。

 検索に次ぐ検索を繰り返してようやく古いスクリーンショットにたどり着いた。今では削除されてしまったとある企業のホームページ。そこに堂々と表示されているロゴデザインを見て少年は自身の仮説の正しさを認識した。

 さらに、ダーク・ウェブから得た情報も突き詰める事で確信を掴んだ。


 少年はニヤリと笑うと一旦個室を出てネットカフェの端にあるシャワー室へと向かう。

 最近の世の中ではそこら辺にあるコンビニチェーン店で下着やタオルを簡単に入手する事ができるので着替えの問題はない。昨日から汗を流していなかったせいでべたべたしていた体を洗い流し気分をリセットさせる。

 シャワー室から出ると先ほどまでいた個室に戻り再度キーボードを叩く。

 今回の情報は先ほどのスクリーンショットを基にすれば簡単に掴む事ができ、目的も行き先もすぐに決まった。

 少年は荷物を纏めるとネットカフェを後にして夜道を歩く。


 目的地はネットカフェを出てから―――少年基準で―――徒歩三〇分ほどの所にあるビルだ。

 そこはとある企業が会社を立ち上げて事業が拡大した際に造られた元本社ビルであり、今では支社扱いになっている場所だ。今現在は東京の一角に本社ビルがある。

 ビルの前に立ちしばらく観察して少年にわかった事とすれば正面入口の自動ドアが作動しているという事だ。今は終電も過ぎた深夜帯だ。こんな時間まで自動ドアを動かしている理由なんて、中にまだ誰かいる以外に理由はないだろう。

 これがブラック残業により仕事をしている者がいるだけならまだいいだろう。だが、ビルの周りをグルリと見渡した所、明かりの点いている部屋は見当たらなかった。

 多少ライトの灯りが窓から見える事はあったが、警備員の可能性が高い。


 それを確認した少年は一切の躊躇なくビル内に正面から堂々と侵入する。

 思いの外、中は静まり返っており他の者の足音らしきものどころか、残業で泣く泣くキーボードを叩いているような音もしない。

 少年はそんな静寂の中、物音を立てないようにしつつも出せる最高速でビル内を散策する。

 一階フロアはネズミすら見当たらずすぐに上階へ上がる。

 このビルは全一五階になっておりここら辺にあるビルが高くても八階であることを思えばかなり高く作られている。そのせいで―――色々な意味で―――目立っていたりする。


 先ほど外で確認をした時は確かに何者かが動いている様子があったのだ。それにも関わらずこの空間には五月蠅いほどの静寂が流れている。

 少年は先へと進みながらまるで自分が巨大な蛇の口の中へと入りそのまま奥へ奥へと進んで行っているような感覚に囚われた。だが、頭をブンブンと振るいそのイメージを吹き飛ばす。

 そんな事を考えていても物事が進展するわけではないのだから。


 恐怖は押し殺す。そんな物に飲み込まれては歩む事は出来ない。

 不安は塗り潰す。そんな物に染まってしまえば望みは叶わない。


 足を踏み出した。

 止まっている余裕も暇もないのだ。

 現在時刻は深夜一時半過ぎ、日が昇るまでは約五時間ほどだが、安全を考えればリミットは三時間しかないだろう。

 少年はトイレの掃除用具入れの中にあったホースで殴り倒した男を拘束しながらそう結論付け、階段を駆け上がった。


 そうして、少年の足が一三階までたどり着いた所でその視線がある一定の方向へ向く。

 今まで通った階にはなかったどこか高級感を感じさせる木製の扉――――ではなくその奥にある同じく木製だが質素な装飾しかない扉。

 階段の一番近くにある扉に合わせて作られているだろうその先から人の気配がした。

 少年は息を殺してゆっくり扉に近付く。鍵は掛かっていないようで軽くドアノブを捻っただけで抵抗なく扉は開いた。

 室内は必要最低限の明かりしか灯っておらずどこか薄暗かったが少年の意識はそんな些細な所に向いていない。

 その意識は、その視線は部屋に設置されているベッドに向いていた。

 その意識は、その視線はベッドの周りに倒れる下半身丸出し又は全裸の男たちに向いていた。

 その意識は、その視線は―――――――――――、


















 全裸でベッドに座り妖艶に微笑む蒼髪の少女に向いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る