第2話 『探索』

 裏路地で複数人のチンピラが地に伏せる。

 対峙する者は一切傷を負わず的確に急所を狙い脱力した拳を撃つ。そこに力を入れる事は無く、それでいて一撃一撃は確実に深いダメージを与えている。


 力を込めた拳を鈍器と例えるなら、脱力した拳は鞭だ。

 表面に大きなダメージを与えるのではなく、体の内部に衝撃とダメージを通す事ができる。

 内部へのダメージは自覚が難しい。だが、自覚できなくても動きにはそのダメージが露骨に表れてくる。

 実戦で言うなら牽制目的なら力を込めた拳で十分だが、完全に戦闘不能にするなら深いダメージを与えた方がすぐに終わる。


 チンピラを襲っているのは街の私立の学生服に身を包むごく普通の少年だった。

 あまりにも普通であまりにも平凡な姿。だが、それが逆にこの状況の異質さをより深くしていた。


「ウガァッ、なん・・・だ、テメェ」

「何でもない。ただ単に邪魔をしに来ただけだ」


 少年はそう言うとチンピラの意識を完全に奪う。辺りに転がる死屍累々から視線を外して少年は再度路地を駆ける。

 チンピラには一切合切恨みなんてものは持っていない。

 恨みも無ければ普段なら殴りつける意味もない。ただし、今のこの状況ならチンピラ狩りは有効である。

 金を求めた馬鹿どもが現場を引っ掻き回すせいで深部へと達する事ができない。

 ならば現場を正常に正すために好き勝手している馬鹿を全員潰す事が最短ルートになる。


「これで一〇チームと三八人、と。・・・んで、残りが八チームと二六人か。随分と数がいるな」


 無論、少年がそう呟くことに大きな意味はない。

 口から反復させることで情報をよりしっかりと整理しているだけだ。

 人が二人並んで通るだけでいっぱいいっぱいになるほど小さな路地を駆けながら少年は次のエモノを見据える。

 そうして集団で屯していたチンピラたちの戦闘を歩くリーダーと思われる男の意識をすれ違いざまに刈り取る。リーダーの男は何が起きたのかを理解することなく倒れた。

 真っ先に反応したのは倒れた男のすぐ隣にいたスキンヘッドの男だった。


「テメェッ! なん、


 だが、スキンヘッドの男はその先を言う事は出来なかった。少年が振り向きざまに振るった裏拳が的確に顎に命中し、完全に意識を深淵へと落としたのだ。

 突然の事に反応出来なかった男たちもそこでようやく襲撃を理解して応戦しようとする。

 振るわれた拳を止めることなく軽く掴み引っ張る事で無理矢理重心を落とす。そして、下がった腹―――正確に言えば鳩尾を膝で打つ。衝撃でより下がった頭に追撃で肘打ちも食らわせる事で意識を昏倒させた。

 それを見ても攻撃をしてくる者は居り、一人が巨体を大きく広げて掴みかかろうとしたが姿勢を低くしてそのまま下に潜り込むと肘を男の大切な金の玉にめり込ませる。悲鳴にすらならない潰れた叫びを余所に少年は大男の隣にいた細身の男の喉仏を掴んで強く捻る。


「さぁてと。後はお前だけだな」


 少年は不気味にゆらりと足を震わせて動けないでいるちゃらちゃらと沢山のピアスを付けている男に視線を向ける。肉食獣のような狩る者側の瞳で。


「ヒッ、た、助けッ」


 男が逃げ出そうとし一歩後退りをした瞬間、少年はドスッと鳩尾に正拳突きを撃ち込んだ。


「カハッ・・・」

「話せ。お前らの掴んでる誘拐事件の情報を全て」

「が、ガキが何言って・・・・・・」

「いいから、グダグダ言ってる暇があったら情報を寄越せ」

「ウグッ。・・・・・・何も、掴めてない。探しても探しても尻尾すら、

「そうか。残念だ」


 少年はそう呟くと男の顔面に掌底を喰らわせて意識を刈り取った。

 男たちが倒れ伏している戦場から視線を外した少年は体を伸ばして緊張をほぐすと其の場から離れる。


「これで後は七チームと二二人。・・・一人~二人の奴らをチーム呼びするのはあまりにも違和感がでけぇな」


 そうは言いつつも少年は何事もなかったかのようにまた駆け出す。

 不穏分子や不安要素があるならそれを徹底的に潰して勝率を底上げして行く。何の才能もない普通の少年からすれば、そうでもして勝率を上げなければならない。

 別に少年は才能のある英雄でもなければチート能力を持つ最高の主人公でもない。だからこそどんな手を使ってでも自分の生き残る可能性を引き上げる。


 そうしてモノの数時間で街中―――主に繁華街裏路地―――にチンピラたちの屍が転がる事になった。

 ある者は地に伏せ、ある者はゴミ箱に頭から突っ込み、ある者は物干し竿で宙吊りにされ、その光景は異質そのものであったが何も知らない一般人からすれば酔っ払合いが馬鹿をやっているようにしか思われないだろう。

 そんな地獄絵図を作り出した張本人は―――勝手に侵入した――ビルの屋上の端に腰掛けると腕を組んで思考をする。

 チンピラたちを倒したついでに情報も奪ったのだが、それはあまりにも少ない物でなくても良かったとしか言えない。

 犯人の数、犯人のしている要求、犯人の潜伏先、その他諸々を掴んでいなかった。それだけでなくチンピラたちは情報を得る為に好き勝手していただけで犯人の尻尾どころか影すらも掴んでいなかったのだ。

 本当に邪魔な事しかしていなかった現状に少年はため息を吐くしかなかった。


 少年が頭を悩ませている間にも夜は更けて朝が近付く。

 一睡もしていない状態は流石に少年の思考力を鈍らせており、それを本人も自覚しているからこそイラつきが膨らむ。

 そんな少年の頭には放置して来たチンピラたちのチ〇毛を丁寧にライターで燃やしていた方が良かった、等と物騒な言葉ばかり浮かんでは消えており計画を立てるにはあまりにも適さない思考回路になっていた。

 少年はゆっくりと立ち上がると大きく欠伸をする。そうしてビルの屋上を後にする。


 朝焼けが照らす街を少年はトボトボと歩く。

 ぐちゃぐちゃになる思考を振り払いフラフラとしながら目的の場所へ向かう。

 大通りの交差点の信号待ちをしながら眠気眼を擦っていると背後から聞き馴染みのない声が聞こえて来た。

 少年は面倒くさそうに振り向く。


「おはよう、大宮くん。君も朝早いんだね」

「前田、か。登校時間にはいくら何でも早すぎるんじゃねぇか?」

「君にだけは言われたくないよ。それにしても眠そうだねぇ」

「これから眠りに行くところだからな」

「・・・・・・ん?」

「ああ、俺学校サボる。今色々と面倒事に巻き込まれててな」

「はへ?」


 困惑する前田を余所に少年は青信号に足を向ける。

 無論、向かう先は学校ではない。駅前の大通り外れにある格安のカプセルホテルである。

 寝る事だけを目的とするならそこだけで十分なのだ。







 昼時になって目を覚ました少年はカプセルホテルを出ると情報を得る為に街を歩く。

 情報と言っても一人で集められる量なんてたかが知れており三時を過ぎる頃には大分途方に暮れていた。

 やはり目の前で発生した事件ならば兎も角人伝で聴いた事件ではあまりにも情報が少ない。見ていたなら犯人の人数や状況、動きからやり口を含めて多くの情報が手に入る。だが、人伝で言葉だけの情報だとあまりにもヒントが少なすぎた。


「クッソ」


 少年は苛立ちを隠すことなくそう呟くと繁華街裏路地に足を向ける。

 そうしてとあるパチンコ店の前にあるベンチに座って道行く人たちを睨んで威嚇をする。完全に不審な子供だがこの時間帯に裏路地にいる者たちの不干渉ぶりはライトノベルの鈍感主人公並みであり、ほぼ全員がスルーをしていた。

 少年がベンチに座ってから三〇分ほどが経過しただろうか。パチンコ店から金髪の男が肩を落として出て来た。確実に大負けしたと分かる雰囲気を出しているが少年からすれば関係のない事だった。


「おい、パツキン。もっと情報を寄越せ」

「あ? 五万分は話したぜぇ・・・・・・うぐぇっ」


 飄々とした態度の金髪の男の鳩尾を親指で突いた。


「ゴホゴホッ・・・。お前が関わらないと言ったから打ち止めにしたんだよ」

「本音は?」

「・・・・・・あ~分かったからそんな目で睨むな。ほら、あっちのファミレスで話そう」

「誤魔化したな」


 少年はそう言いつつも金髪の男の後に続く。

 向かう先は繁華街の外れにある全国にチェーン店のあるごく一般的なファミレスであり、比較的に裏繁華街にある店よりは安全性が高い。

 お昼時の過ぎた店内はガラガラに空いており二人は広めのテーブル席に腰かけた。


「それで? 詳細は?」

「まあまあ、ゆっくり行こうや。ガキらしくドリンクバーで喜んだらどうだ?」


 ふざけた調子でそう言う金髪の男をジト目で睨みながら少年は呼び鈴を推した。

 二人の放つ雰囲気に少し怯えながら女性店員が注文を聞きに来る。


「デミグラスハンバーグとナポリタンで」

「それじゃ、俺はビールで」


 それだけを言うと金髪の男が手をシッシと振るってさっさと去るように促す。

 女性店員はおどおどしながらも形式的に読み上げ確認をしてから厨房へと姿を消した。

 それを横目に少年はスマホの地図アプリを開いてテーブルに置く。


「まず、ここが令嬢の住んでいる家で・・・ここが通っている学校だ」

「あ? 遠くねえか? それに家―――つーかマンションと離れすぎどころか街を跨いでるじゃねえか。住んでるのがここ『月見市』で学校が『星座市』ってのは流石に距離があり過ぎるんじゃないか?」

「流石令嬢と言った所だろうなぁ。毎日車で送り迎えしてもらっているんだと」


 金髪の男がそう言ったところで丁度ビールが運ばれてきた。

 流石飲み物系。冷凍食品のオンパレードであり解凍に時間のかかる料理に比べて到着が早い。

 運ばれて来て早々にそれを喉に流し込んでから言葉を続ける。


「お前でも昨日の昼の少し前くらいにあった交通事故については知っているだろ?」

「確か赤信号を無視して突っ込んできた車が大通りの交差点でド派手にぶつかってクラッシュ。信号無視した犯人は逃走中、ってやつだろ?」

「そう。その事故のせいで発生した渋滞が迎えの車を遅らせた。そして令嬢が車を待っていた所を攫ったんだと」

「なるほど、つまりはここに行った方が情報は得られるって事か。サッサと言えよボケ」


 少年は手元の水を飲むと一つ理解した事を呟く。


「とりあえずこれで言える事は、その信号無視事故は誘拐犯グループによるものだろうな。犯人が普通に逃げてるだけならただの責任逃れのクズ野郎だけど、」


 少年は少し間を置いて呆れたように言う。


「犯人が覆面してたって話も聞くからな。今思えば怪しさ満載だ。・・・・・・けど優先すべきなのは令嬢サマの安否だな。誘拐事件ってのは時間が経てば経つほど生存率が低くなるからな」

「ハッ、ガキが良く知ってるじゃねえか。まあ、俺には関係ねえがな」


 金髪の男はそう言ってポケットから五〇〇円玉と手のひらサイズの小型デバイスを取り出して少年に渡す。


「ビール代だ。情報は渡したから後はそっちで勝手にやっていろ」

「こっちは?」

「大分前に注文してたヤツだよ。渡しそびれてたからな」

「そっか、ありがとう。・・・んじゃ勝手にやらせてもう」


 少年の言葉に金髪の男は何も返さずフラフラと店を後にした。

 それを見送ってからしばらくして運ばれてきたハンバーグとナポリタンをペロリと平らげて少年は会計を終えてさっさと店を出た。

 次の目的地は分かった。

 少年は軽く体を解すと駅に向けて走り出した。

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