Not HERO ~英雄になれない者達より~
ゆっくりシン
平凡と非凡 令嬢誘拐事件 編
第1話 『始動』
二〇一三年四月上旬。
この日は全国の中学校で入学式が行われる日である。無論、ここ『私立
新入生たちは真面目に話を聞く者とつまらなそうな表情を浮かべている者の二種類に分かれている。ただ、つまらない表情を浮かべている生徒とは違い完全に目を瞑って意識を落としている少年が一人だけいた。
少年は周りからの視線なんて一切気にすることなく寝息を立てる。
隣にいるクラスメイトが時折小突いているがその度にギロリと睨みまた眠りに入る。そうして、少年は校長の長ったらしく面白みのない話を一言も聞くことなく始業式終了を迎えた。
始業式の終わりが告げられると共に、生徒たちは教室に向かう流れになっていた。
ズラズラと大勢の生徒たちが歩いている中で少年は大きな欠伸をする。
「眠そうだね。やっぱり長い話とか苦手なの?」
少年は後ろから掛けられた声に反応してくるりと振り返る。
そこには整った丸っぽい顔立ちに背中の真ん中ら辺まで髪を伸ばしたおとなしそうな少女がいた。
突然話しかけられたことに少年はキョトンとした表情を浮かべながら口を開く。
「・・・・・・誰?」
「えっ!?」
ポツリと呟かれるように発せられた言葉に少女は目を大きくしてオーバーなリアクションをする。
「私だよ。“前田美歌”。小学五年生の時の臨界学校の事覚えてないの!?」
「小学、五年の時・・・・・・。いや、何かあったっけ?」
その答えに前田は肩をがっくりと落とす。
さっきからリアクションがいちいち大きい事にツッコミを入れるべきか少年は頭を悩ませる。だが、すぐにどうでもいいことかと切り捨てた。
何かよく分からないヤツに絡まれている時間がもったいないしさっさと教室に向かう為に少年が踵を返すと前田が後に付いて来る。
「ねえ、“大宮さとし”くんでしょ? 違う?」
「そうだけど。・・・マジで何なの? ってか付いて来るなよ」
「付いて来るなって、私と君は同じクラスだよ。入学式の時同じ列にいたでしょ」
「寝てた」
「知ってる」
前田とそんな下らない会話をしている間に教室に到着していた。しかも席も何故か同じ列。
少年の名前は『あ行』だが前田は当然『ま行』だ。五十音順で言えば同じ列になる事はあり得ないと言えるだろう。
疑問を覚えながらも質問をするほどの気力はなく、少年は机に突っ伏して惰眠を貪る。ただ、意識を完全に落とす事は無く半覚醒状態を維持している。
少年からすれば教師の説明なんて興味が無いし、聞く価値もない。
そうしてどれほどの時間が経っただろうか。
辺りの動く気配を感じて少年が顔を上げると周りの生徒たちは荷物を纏めて各々自由にしていた。
駄弁っている者、教科書をバッグに仕舞い込んでいる者、教室から出て行っている者。
今日の学校行事の終わりを感じ取ると少年は大きく欠伸をしてバッグを掴むと教室を後にする。
「ねえ、ずっと寝ていたけど先生の話を聞く気ないの?」
「どうせテンプレなんだ。時間の無駄」
教室を出てすぐに後を追いかけて来た前田に少年はぶっきらぼうにそう答える。
この少女はなぜ付いて来ているのだろうか。深く関わる気なんて無いしどちらかと言えば一人の方が良いのだ。
そもそも少年に友と言える人物はいない。過去には馬鹿をやりあえる悪友はいたが、その彼も悲劇に見舞われ転校して行って久しい。それに、あまりコミュニケーションは得意ではない。
所謂、コミュ障と呼ばれる人種だ。
少年は恋愛感情なんてないし異性に対しての性的興味はないが、それでもなるべく相手を傷つけない為の言葉選びをしようとしている。だが、その言葉選びという手間が面倒くさいのだ。
いちいち言葉選びをしているぐらいなら関りを持たない方が何倍も楽なのである。
少年はぶっきらぼうな言葉を聞いた前田はどこか納得したように返す。
「ふ~ん。まあ、君は小学生の頃からそんな感じだったしねぇ。それによく学校を抜け出していたし」
「・・・・・・新手のストーカー?」
「違う違う。君は同級生の間からは有名人だったのよ」
「ほ~、初耳だなそりゃ」
少年は小指で耳をグリグリと掻く。
「あ~、ってかなんでついて来てるんだよ」
「だって同じ下駄箱じゃん」
「そういう意味じゃなくて・・・。他のクラスメイトと一緒に帰れば良いだろう」
「私の自由でしょ」
そう言い張る前田に少年は深くため息を吐いた。ついでにガックリと肩を落としてから少年は後頭部をポリポリと掻いて思考を働かせる。
変なヤツに絡まれてしまったという気持ちが少年の気分を落ち込ませた。
靴を履き替えて校門に向けて歩き出しても前田はついて来ていた。それを見て少年は軽くため息を吐き、そして、
「自由、ねぇ。だったら俺も自由にさせてもらう」
少年はそう言うとダッと駆けだす。
後ろから前田の驚いたような声が聞こえてくるが少年は振り向くことなく校門の門扉に足を掛けて跳ぶと近くの電柱を掴み、車道すらも簡単に飛び越えた。
校門前の道路は大通りなのだが横断歩道や歩道橋は近くにない。つまりは、飛び越えてしまえば道路を突っ切らない限り追いかけてくることは無理だと言える。
少年は膝を曲げて着地の衝撃を和らげると何事もなかったかのように駆け出す。
向かう先はこの街の中央駅。
目的の場所は半年ほど前から定期的に通っている温泉街だ。
▼
夜九時過ぎ。少年は駅を出て帰路に就く。
彼の頭の中には先ほどまでいた温泉街に関する情報や今後の立ち回りを構築していく。
ちなみに、帰路に就くと言っても真っ直ぐ家に帰るつもりは一切ない。
少年は深い欠伸をしながら街中をぶらぶらと歩き続ける。
夜は更けて闇が広がる路地裏を少年はまるで何事も無いような表情で歩を進める。
その姿だけを切り取って見ればどこにでもいる普通の学生が廊下を歩いている姿にしか見えないだろう。だが、夜の街中ではあまりにも異質でしかなかった。
そんな異質で異様で異常な少年の姿をパチンコ店から出て来た金髪の男が視認して軽い調子で話しかけた。
「よぉよぉ。大宮じゃねえか。なんだ? また放浪か?」
「パツキンか。お前こそなんだ? また大負けして愚痴でも駄弁りたいのか?」
「ハッ。残念だったなァ。今日の俺は一〇万も勝利したんだぜェ」
「で、昨日は?」
「・・・・・・二〇万の負け」
「実質的にマイナスじゃねえか。それは負けだ、負け」
少年にそう断言して金髪の男から視線を外す。
「そうかよ・・・。で、どうする? 五万で耳よりの情報を売ってやるぞ」
「情報屋の真似事なんて止めておけ。この街でそれをするなら『ナナシ』に注意しねえと」
「大丈夫だ。これは『ナナシ』から買った情報だ」
「幾らで?」
「一万五千円」
「ぼったくり過ぎだっての。・・・・・・まぁいい。買った」
学校指定のバックから財布を取り出すとそこから札束を数枚金髪の男に渡す。
金髪の男はそれを一枚一枚丁寧に数えると無作法に胸ポケットに入れて少年の後に付いて行く。
「それで? 何があった?」
「なぁに、これは大分金になる情報なんだがテメェにだけ教えるんだぜ」
「解決できる力がないだけだろ」
「ウグッ。・・・言うじゃねえか、大人のメンタルにここまでダメージを与えたヤツは何時振りだろうかなァ」
「くだらない事を言うな。今さっき渡した金を奪い返して『ナナシ』を探したっていいんだぞ」
「出来ねえくせに。・・・俺だってそう簡単に会えないんだぜ」
「・・・・・・」
少年は一旦『ナナシ』についての情報を頭の中で羅列する。
この街一番の情報屋にして何でも屋『ナナシ』。本名・年齢・性別・姿かたちその全てが一切不明。今、少年が歩いている繁華街裏路地、通称『闇繁華街』で生きて行くなら確実に知らなければいけない存在だ。
噂程度でしかないが過去に『ナナシ』の立場を奪おうとしたチンピラが不自然に事故死したと言われている。
それだけでなく人前に姿を現す事も無ければ話す時もボイスチェンジャーを使って本当の声を隠している。
過去何度も少年は接触しようとしたが尻尾すら掴めた試しがない。
「ハッ、まあいい。それで、お前は『早川財閥』を知っているか?」
「この国に残る有数の財閥で『三沢財閥』に並び政界にも大きな影響を持つグループだろ? それがどうした?」
「そこの令嬢が誘拐されたってのは聞いたか?」
「・・・・・・いや、初耳だな。この街に住んでいるという事は聞いたがどこに住んでいるのかも知らなかったしな」
「そうか。それで、誘拐されたらしいんだが無事に取り返せばグループの会長―――令嬢の祖父が一〇臆でも一〇〇億でも払うって言ったんだと。おかげで力量差を掴めていない馬鹿たちが大騒ぎだ。しかも犯人側からの要請で情報を表に出すなって言われているんだと。だからメディアも情報規制を受けてる」
「なるほど、だから情報が回ってこなかった訳か」
「そう、だから俺がわざわざ情報を回してやったって事さ」
金髪の男はケラケラと笑う。
「パツキン、言っておくが俺は関わらねえぞ」
「なんだ? 正義の味方サマが随分と薄情な事を言うじゃないか」
「・・・生憎と俺は偽善活動をしたい訳じゃないし自分の行動を正しいと思った事もねえよ」
「『慈善活動』じゃないか? ま、テメェがそれでいいなら俺は何も言わねえよ。・・・・・・ただ、会長の爺さんが『孫娘を救けてくれ』って懇願していたらしいぞぉ」
「ふ~ん。正義の味方サマが本当に要るならさっさと解決して欲しいもんだ」
少年はそう断言すると路地裏から抜ける道に足を向けた。
金髪の男は愉快そうに笑いながら少年とは別方向に歩み出す。その顔はまるで今後の動きや展開を想像しているようだった。
「さて、パチンコでも打つか。奮発して四円玉で」
いや、訂正しよう。
追加で軍資金を得たから球を打ちに行きたかっただけだ。
ただのパチカスである。
▼
街を駆ける。
夜を駆ける。
闇を駆ける。
少年はただの中学生でしかない。しかも、ほんの数週間前までは小学生だ。
警察のように義務がある訳でもなければ裏社会で生きる者のように生活が懸かっている訳でもない。普通に朝起きて、普通に登校をして、普通に授業を受けて、普通に放課後を楽しむ一般学生でしかない。
何の義務も責任も他者の為に命を懸ける意味もない。
―――――でも、理由ならある。
助けを求めている人がいる。救いを願う者がいる。ただ一言、「たすけて」と言われればそれだけで少年は走り出す事ができる。
そこに見出すモノも無ければ利害も利益も求めない。
少年は中央駅のコインロッカーを開けるとそこに入っている学生カバンを取り出し、ずっと持ち歩いていた同系の学生カバンを押し込む。
そうしてまた街の闇へと飛び込んでいくのだった。
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