第8話 アクシデント発生!

 怪盗としてだけでなく、腕の良い原石加工師としても一躍有名になった二人は、次のターゲットについて話し合っていた。

原石の加工師として有名になっていることなど、本人たちは知らないが……。


「なぁ、次はどうするんだ?」

「そうね……。」

 二人で悩んでいると、部屋のドアがノックされた。

「失礼致します。」

 入ってきたのは、プロムスさんだった。


「あら、プロムス。何か用事?」

「はい。お嬢様にお届け物です。」

「私に……?」

 エピカは、不思議そうな顔をして受け取った。


「何かしら……?えっと……『グラナート財閥のご令嬢エピカ様へ』……。」

 手紙の内容は、ざっくり言うとパーティーへの招待状だ。

「これ……、有名企業の社長たちが集まる、交流会だわ。」

「おぉ……。さすがお嬢様、だな……。」

「お父様とお母様は、この国を離れているから、私宛てに来たのね……。」

「左様にございます。」

 プロムスさんは、そう答えると参加の有無をエピカに尋ねた。

「お嬢様、どうなさいますか?」


「これは、行った方が良さそうね。人脈を広げるためにも……。」

「分かりました。では、そのように手配いたします。」

「えぇ、お願いするわ。」

 エピカの返事を聞くと、プロムスさんは部屋を出ていった。

(なんか……、大変そうだな……。)


「ストノス、貴方にも来て貰うわよ?」

「……はっ!?俺が……?」

「そうよ。……ここを見て。」

 エピカが指した場所を見ると、そこには『様々な宝石、原石の展示あり』と書かれていた。


「そこに原石があるなら、盗まない理由はないでしょう?」

 エピカは不敵に笑う。

(な……なるほど……。)

「分かった……。」

「ふふ……。楽しみだわ……。」

 そう言って、彼女は笑った。


***

 数日後。俺たちは、会場に来ていた。

「それにしても、すごい人混みね……。」

「そうだな……。それより、俺はこの格好で良いのか……?」

 俺は、エピカの護衛として行くことになった。普段は着ないスーツの下には、怪盗の衣装を着ている。


 彼女が『護衛は、ストノスに任せるわ!』とプロムスさんに言ったためだ。

 ちなみに、エピカはドレスの下に怪盗の衣装を着ている。


「大丈夫よ。問題はないわ。」

「そうか……?」

 正直に言うと、こういう場所は初めてで、緊張する……。

(うぅ……。なんだか、落ち着かないなぁ……。)

 周りを見渡すと、豪華な衣装に身を包んだ人々がいた。皆、どこかのお偉いさんだろう。


「おや、君たちは初めて見る顔だね。」

 突然、話しかけられた。

「はい!私たちは今日が初めての参加になります!」

 エピカは、元気よく答えた。

「そうなのかい?……ん?その髪色……。グラナート財閥のお嬢さんかな?」

「……!はい、そうです。私のことを知っておられるのですか?」

「ああ。そうとも。グラナート財閥には、お世話になっているからね。一人娘がいるってことも、知っていたさ。」

 男性はにこやかに話す。


「それは嬉しいです。ありがとうございます。」

「ところで、君は誰だい?」

「あぁ……。申し遅れました。私は、エピカ様の護衛をしております、ストノス・スマラクトと申します。」

「そうか。よろしく頼むよ。……それじゃ、また後で。」

 そう言い残して、男は去っていった。


「……護衛のフリ、なかなか上手くできてたじゃない。」

 エピカはこちらを見て、ニヤリとする。

「緊張したぁ……。」

「……もう!まだ始まる前よ?しっかりしなさい!」

 そんな会話をしていると、主催者である社長が挨拶を始めた。


「本日は、当パーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます。」

 それから、長い話が続いていく。だが、俺にはよくわからない話ばかりで、ついていけなかった。

(長いな……。何の話だ……?)


 すると、司会者が話を遮り、宝石の展示の説明に入った。

「では、ここで宝石の展示場所をお伝えいたします。展示は当館の1階と2階にあります。それぞれのフロアで異なるので、是非ともご確認くださいませ。」

 そう言って、司会は話を終えた。

「よし、行きましょうか。」

「了解……。」

 そうして、俺たちは移動を開始した。


***

「ストノス、貴方はどっちに行きたい?」

「えっと……、どっちかと言うと……、上だな……。」

「なるほどね……。じゃあ、私は下に行くわね。」

「分かった……。」


 俺たちは、二手にわかれて、それぞれ良さそうな原石を盗み出すことにした。

(さてと……、どれが良いか……。)

 俺は、様々な原石を見て回る。

(うーん……。どれも綺麗だ……。)

 そんな中、一つの原石が目についた。

(あれ……。これ、良いんじゃないか?)

 その原石は紅く輝いていた。

(なんか……、惹かれるな……。)

 ストノスは、その原石をそっとポケットに入れる。そして、次の獲物を探し始めた。


***

「ふふ……。この宝石、とても美しいわね……。」

 エピカは、そう呟きながら歩いている。

「あら……?これは……。」

 エピカは、一つの原石を見つけた。

(……翠色の原石……。なんて、綺麗なのかしら……。)

 エピカはその原石に見惚れていた。

(……決めた。これを頂くわ……!)

 エピカは、その原石を手に取る。そしてこっそりとポケットに入れた。

(ふふ……。これで私の目的は達成よ……。後は、この場から立ち去るだけね……。)


 エピカとストノスは、会場の外で合流することにしていた。

 エピカは、出口に向かって歩き始める。その時、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこにはスーツ姿の男がいた。男はにこやかな表情で言う。


「やぁ、お嬢さん。少し、良いかな?」

(……っ!?この男、まさか……!)

「……何でしょうか?」

 エピカは警戒しながら、返事をした。


「いやぁ、ちょっと君に聞きたいことがあってね……。」

「そうですか……。では、私は失礼いたします。」

「まあまあ待ちなって。せっかくだから、お茶でもしようじゃないか。」

「いえ、結構です。それに、これから用事がありますので……」

「いいから、付き合ってくれないか?大丈夫、悪いようにはしないよ。」

 そう言いつつ、男は強引に腕を掴んでくる。

「離してください!」

「おや?そんなに嫌なのかい?それなら、仕方ないね……。」

 そう言うと、男が手を上に上げた。


───「やめろ!やめるんだ!!」

 そこへ、ストノスがやってきた。


「ストノス……!!」

「おい、お前……。エピカ様に手を出そうとしたな……?」

 俺は、その男の腕を捻り上げる。

「痛い……!!や、やめて……くれ……!」

「やめない……。貴様のような奴に、エピカ様を傷つけさせるわけにはいかない……!……このまま、警察につき出してやる……!」

「ひぃ……!た、助けてくれぇ……!」

 男は悲鳴をあげ、必死に逃げていった。


「ストノス!貴方、怪我はない!?」

「あぁ……。俺は、なんともありません……。」

「良かった……。」

 エピカは安心したような顔をする。

「それより……、エピカは……?どこか、怪我してないか……?」

「え?私は、全然平気よ!」

「そっか……。」

 こんな会話をしていると、社長がやって来た。


「おぉ!無事だったかい!?心配したんだよ……!全く、君たちは無茶をするね……。」

「申し訳ございません……。」

「まぁ、無事で何よりだよ。……それより護衛の君!凄いじゃないか!主人の危機に、颯爽と助けに来る姿……。格好良かったぞ!」

 社長はそう言うと、俺の肩に手を置いた。

「は、はい……。」

 俺は、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった気持ちになった。


***

 それから、俺たちは会場を出て、会場裏の木陰にいた。

 俺たちの盗みは、騒ぎに紛れてバレなかったようだ。原石も無事に盗むことが出来た。


「ふぅ……。アクシデントはあったけど、うまくいったわね。」

「そうだな……。」

(エピカは、大丈夫そうか……?あんなことがあったら、普通は怖がるものだが……。)

 俺は、エピカの様子を注意深く観察する。すると、彼女の肩がかすかに震えていることに気がついた。


「エピカ……。やっぱり、怖いのか……?無理は、しなくて良い……。」

「だ、大丈夫よ!別に、怖くなんてないし……!」

「本当か……?強がって、嘘ついてるんじゃないだろうな……?」

「うっ……。ほ、本当に、大丈夫だってば……!」

 エピカはそう言って笑う。だが、やはりまだ恐怖が残っているようで、体が小刻みに揺れている。

(本当は、すごく怖かっただろうに……。エピカも、まだ17歳だしな……。)

 俺は、彼女の背を優しく撫でた。エピカは、驚いた表情になる。


「……ストノス……。」

 エピカが俺の名前を呼ぶ。そして、彼女は少し遠慮がちに言った。

「ねぇ……。もうちょっとだけ、こうしてても良いかしら……?」

 エピカは、不安そうな顔で言う。


「あぁ……。もちろん、構わない……。俺で良ければ……。」

 俺は、そっと彼女を抱きしめた。

 エピカは、俺の胸に頭を寄せる。

「ありがとう……。」

 エピカの声は、少し涙ぐんでいた。


***

 しばらくして、エピカは落ち着いたようだ。盗んだ原石をポケットから取り出して、ニコニコと眺めている。


「フフッ、そろそろ帰りましょうか。」

「そうだな。……元気が戻ったようで何よりだ。」

 俺たちは、着ていた服を脱いで怪盗の衣装になる。

 ……その時、近くの茂みから声がした。


「ストノス、おじさん……?」

(……っ!?!?この、声は……!!)

 俺が、恐る恐る振り向くと、そこには金髪の少女─ステラの姿があった。


「え……?ステラ、ちゃん……?」

「エピカさん!」

 エピカの呼びかけに、少女は嬉しそうに近寄る。

(どうして、ステラちゃんがここに!?)

 俺は、動揺していた。すると、エピカは思ったことを代弁してくれた。


「……ステラちゃん、どうしてここにいるの?」

「ママについてきたの!」

「ママ……?ママのお仕事って何だかわかるかな?」

 エピカの問いに、ステラちゃんはニコニコしながら答えてくれた。


 話によると、ステラちゃんの母親の名前は、『ミティア・ベルンシュタイン』……。有名ブランド『ベルンシュタイン』の社長だという。

 なんと、ステラちゃんも社長令嬢だった。


「まさか、ステラちゃんもお嬢様だったとはなぁ……。」

「あの時、ステラちゃんのお母様にも会ったのに、気がつかなかったわ……。」

 俺たちが驚いていると、ステラちゃんは衝撃的な一言を放った。


「エピカさんたちは、泥棒さんなの?」

「「!?!?」」

(……ああっ!そうか!!今は怪盗の衣装を着ているのに、普通に話しちまった!!)

 俺は慌てて否定しようとする。しかし、それよりも先にエピカが口を開いた。


「えぇ!そうよ!私は、怪盗ガーネット!宝石泥棒よ!!」

「えっ!?ちょ、エピカ!?」

「…………。」

 俺は、驚きながらエピカを見る。すると、彼女は『合わせなさいよ』とでも言いたげな顔で俺を見つめてきた。

(こうなったら、仕方ない……!)


「そうさ!俺は、怪盗スクリーム!宝石泥棒だ!!」

 俺の言葉に、ステラちゃんはさらに興奮する。

「すごい!お姉ちゃんたち、かっこいい!!」

「フフッ!そうでしょう?……でも、ここで会ったことは内緒よ。」

「ないしょ?」

 首を傾げるステラちゃんに、俺は説明する。


「あぁ。俺たちは、誰にも見つかっちゃいけないんだ。だから、俺たちだけの秘密だぞ!」

『秘密』という言葉に反応したのか、ステラちゃんは目を輝かせる。

「うん!!わかった!!ぜったい、ナイショにする!!」

「よしっ、良い子だな。」

 俺は、彼女の頭を撫でる。すると、彼女は嬉しそうに笑っていた。


「……ねぇ、スクリーム。ステラちゃんを送っていくついでに、少し遊んでもいい……?」

「えぇ……。今日は帰ろうぜ……。また、誰かに見られるかもしれないからな。」

 俺がそう言うと、エピカは「えー…」

 という顔をする。


「せっかく、ステラちゃんに会えたのに……。」

「まあまあ……。そうだ!今度、ステラちゃんのお母さんの店に行こうか。遊ぶのは、その時でいいだろ……?」

 俺がそう宥めると、エピカは渋々といった様子で了承した。


「……わかったわ。じゃあ、行きましょ!」

「うん!」

 そうして、俺たちはステラちゃんを母親のところまで送った。怪盗の衣装を着ていたから、正確に言えば母親の近くまでだが。

 帰り際、ステラちゃんは振り向いて、こっそり手を振ってきた。


「お姉ちゃんたち、またね!」

「フフッ、バイバ〜イ♪」

「またな……!」

 俺たちも手を振り返す。そして、屋敷へと帰った。


***

 後日、ベルンシュタイン邸にて。

「~♪」

「あら、ステラ。お絵かきしていたの?」

「うん!」

 ステラは、ニコニコしながら答える。その手にはクレヨンが握られていた。


「どんな絵を描いていたの?」

「んっとね……!これだよ!!」

 ステラは、母親─ミティアに自分の描いたものを見せる。それは、一人の男の人と二人の女の子の絵だった。


 ステラは、嬉しそうに話す。

「この男の人は、ストノスおじさん!」

「フフッ、そうなの。それで、女の人の方は?」

 母親がそう聞くと、ステラは満面の笑顔で答えた。


「こっちは、エピカさん!」

 ステラは楽しそうに語る。続けて、もう一人の女の子を指す。

「これがわたし!」

「素敵な絵ねぇ。……ストノスさんとエピカさん、目が綺麗に描けてるわね。」

 ミティアが褒めると、ステラは嬉しそうに言った。


「えへへ……。お姉ちゃんたち、目がキラキラしてるんだよ!あかと、みどり!」

「……?そうだったかしら……?……まぁ、ステラがそう言うなら、そうなのね。」


 ミティアは不思議そうな顔をしたが、ステラがとても満足げだったので、気にしないことにした。

 そして、ステラは再び絵を描き始めるのだった。

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