第7話 盗んだ原石の行方
とある日の昼下がり。ストノスとエピカは、これまでに盗んだ原石たちを眺めていた。
ちなみに、普段はエピカの持つアクセサリーケースに、一緒にしまいこんである。
エピカ曰く『木を隠すには森の中、よ!』とのことだ。
「……ホント、綺麗よね~……。」
エピカは、原石の一つを手に取り、うっとりしている。
「そうだな……。」
俺も、目の前にあるアレキサンドライトを見つめた。
(……アレキサンドライトか……。)
アレキサンドライトは、宝石の中でも特に美しく、珍しい。
光を反射して輝く姿は、まさに太陽のようだ。
(……でも、ちょっと眩しいかな?)
そう感じて、俺はアレキサンドライトから目をそらす。
「……どうしたの?」
「あ、あぁ……。なんでもない。」
「ふ~ん……。」
エピカは、納得していないような顔をする。だが、すぐに、何かを思いついたような顔になった。
「……そうだわ!ねえ、ストノス!この原石たちを加工してみましょうよ!」
「加工、か……。それは面白そうだな……。」
「でしょう?じゃあさ、早速やってみない?」
「そうだな……。でも、ここでやってたら、プロムスさんたちに見つからないか……?」
執事のプロムスさんやメイドのサルヴィは、この部屋─エピカの部屋を訪ねて来ることがある。それは、食事の時間だったり、誰かの来訪を伝えるものがほとんどだ。
「それもそうね……。」
「どこかに、作業小屋かなんかがあればな……。」
俺がそう呟くと、エピカはパッとこちらを見て、ニヤリとした。
「それなら、あるわよ?」
「えっ?本当か……!?」
俺は驚いて聞き返す。すると、エピカは自慢げに胸を張った。
「えぇ!この屋敷の敷地内に、使われていない小屋があるの!」
「おぉ……!それは凄いな!」
「早速、プロムスに鍵を借りてくるわ!」
そう言うと、エピカは駆け出す。
「……あっ!エピカ!一人で行くなよ!?」
俺は慌てて追いかけた。
***
エピカに頼まれたプロムスさんは、
『あの小屋の鍵ですか?……よろしいですが、何にお使いで?』
と不思議そうにしていたが、俺の庭師の仕事に使いたい、と伝えると快く鍵を渡してくれた。
俺は、嘘をついたことに、少し罪悪感を感じてしまったが……。
「よし!着いたわね!」
エピカは、鍵を開け、小屋の扉を開ける。
「中は、綺麗にしてあるみたいだな……。」
使われていないと聞いていたが、小屋の中は掃除がされており、とても清潔感のある空間になっていた。
「そうね……。ここなら良さそうだわ!」
エピカは嬉しそうな表情を浮かべている。
「じゃあ、俺は加工の道具を持ってくるよ。」
「わかったわ。私は原石を持ってくるわね!」
二人はそれぞれ部屋に戻り、準備を始める。
そして数分後、お互いの準備が整った。
「……これで全部だな。」
「えぇ!じゃあ、始めましょう!」
俺がテーブルの上に持ってきた道具を置くと、エピカが原石を並べていった。
「さて、始めましょう!」
「……いや、待て。一度、これで練習してからにしないか?」
俺は、ポケットから小さな石を取り出す。エピカは、それを覗き込んだ。
「これは?」
「質は低いけど、原石だ。この間、買ってきたんだよ。」
『買ってきた』という言葉を聞いてか、エピカは不満そうな顔をする。
「えー……。わざわざ買ったの?こんなにあるのに……。」
エピカの言う通り、質の良い原石はたくさんある。だが、始めからそれらを加工しようとするのは、無謀というものだ。
「いや、質が悪いからこそ良いんだ。」
「どういうこと?」
「まず、加工に必要な技術を学ぶことができる。それから、この原石には、まだ価値がない。だから、安く手に入るってことだな。」
「へ~……。そういうことだったのね。」
「それに、質のいい原石を扱う時は、慎重になるだろう?」
「確かに……。そうかもしれないわね……。」
「だから、今のうちに練習しておかないと……。」
「なるほど……。わかったわ!じゃあ、早くやりましょ!」
エピカは、目を輝かせながら言った。
「あぁ……。」
俺は、自分の持っている道具を並べた。
「まずは、基本的なカットをやってみよう。」
「了解!で、どうすればいいの?」
「この石板を使って、ナイフを滑らせるように削る。」
俺は原石の一つを手に取り、実演してみせた。
「こうやって……。」
俺の手の動きに合わせて、石の表面に傷がついたり、削られたりしていく。
「器用なものね……。」
「まぁ、知識はあるからな。」
ストノスは、これまで様々な仕事をやってたきたからか、手先が器用だった。
「でも、これくらいなら私にもできるわよ?」
エピカは、得意げな顔で言う。
「じゃあ、やってみろ。」
「任せなさい!見ててよね……!」
エピカは、自信満々といった様子で作業に取り掛かる。
「ふふっ……。」
「どうした?」
「なんでもないわ!」
エピカは楽しげに作業を進める。
「できたわ!」
エピカが自慢げに見せてきた石を見てみると、綺麗にカットされていた。
「上手いな……。」
「でしょう?じゃあ、次はあなたの番よ!教えてくれるんでしょう?」
「あぁ。まずは……」
俺は、自分の道具を取り出し、説明を始めた。
「……っていう感じだ。」
「へぇ〜。なるほどね。」
「後は、実践あるのみだな。」
「わかったわ!」
エピカは、やる気に満ちた表情をしている。
「よし!始めるぞ!」
「ええ!」
こうして、俺たちの修行が始まった。
***
数時間後、エピカが俺に声をかけてくる。
「ねぇ、ちょっと休憩しましょ?」
俺は、手を止め、時計を見る。
「もうこんな時間か……。そうだな。少し休むか。」
集中していると、時間が経つのが早いな……。
俺は椅子から立ち上がり、伸びをする。すると、エピカも同じように立ち上がった。
「んぅ~……。」
エピカは、大きく背筋を伸ばす。
「お疲れ様。」
「そっちこそね……。」
エピカは、笑顔を浮かべている。
「結構上手くなったんじゃないか?これとか、売り物と変わらないくらい綺麗だと思うぞ。」
俺は、エピカが加工した宝石の一つを手に取る。それは、美しく光っていた。
「本当!?嬉しいわ!」
エピカはとても嬉しそうだ。
「あぁ……。」
俺が褒めると、エピカは、頬を緩ませる。
「じゃあ、もう少し練習してみるわね!」
エピカは、再び原石を手に取る。
(張り切ってるな……。それだけ、原石の加工が好きなんだな。……まぁ、それは俺も同じだが。)
俺は、エピカの様子を見ながら思った。
「さて、俺も練習再開といくか!」
***
それから数時間が経過した。
(そろそろ本番といこうか……。)
「……よし!そろそろ、こっちもやってみるか?」
俺は盗んだ原石の一つを手に取り、エピカに向けて尋ねる。
すると、彼女は目を輝かせて振り向いた。
「いいの!?やった!!」
「あぁ。どれがいい?」
「うーん……。迷うけど、これにするわ!」
エピカが選んだのはタンザナイトの原石だ。それは、初めて二人で盗んだものだ。
「お、それにするのか。俺は……これにするかな。」
「エメラルドね!いいじゃない!」
「あぁ。それじゃあ、早速やってみようか。」
「ええ!頑張るわ!」
二人は、それぞれ原石を手に取り、作業を開始する。
エピカは、原石をナイフで削っていく。その動きは滑らかで、迷いがない。
一方、ストノスは、おっかなびっくりといった様子で、ゆっくりと刃を滑らせていく。
しばらく経ってから、ストノスはエピカに話しかける。
「あの……。エピカさん……?」
「なあに?」
「ちょっと、聞きたいことがあるんですが……。」
「何かしら?」
(これ、大丈夫か……?なんか、不安になってきた……。)
俺は、カットしていくうちに、上手くできているか気になり始めていた。
「なあ……。これ、大丈夫かなぁ……。」
「あら、綺麗にできてるじゃない!」
「本当に……?」
「大丈夫よ!……もう、そんな情けない声出さないの!」
「はい……。」
「ほら、続きやるわよ!」
***
そんな感じで作業を進めること数時間。ようやく、一つ目の原石の加工が終わった。
俺の手には、カットストーンに加工されたエメラルドがあった。
「やっと、できたぁ……。」
(原石だけじゃなくて、精神力も削られる……。)
俺が、安堵のため息をつくと、エピカは、微笑みながら言った。
「ふふっ……。お疲れ様!私も、上手くできたわ!」
そう言うエピカの手には、綺麗にカットされたタンザナイトがあった。
「ねえねえ、他のも加工しましょう?これ、とっても楽しいわ!」
「……ぅえ?次……?」
「そうよ!どんどんいくわよ!」
エピカは、楽しげだ。
(まだやるのかよぉ〜……?)
そんなこんなで、結局、日が暮れるまで続けたのだった。
***
翌日、俺とエピカは、加工された宝石をどうするか話し合っていた。盗んだ原石は、全てカットストーンになっていた。
「全部加工したのはいいが……。これ、どうするんだ……?」
「そうね……。カットストーンになったら、もう私の持っているものと同じなのよね……。」
エピカの言う通り、カットストーンになってしまえば、彼女の持つ宝石たちとは区別がつかないだろう。
(でも、売るのは勿体ない気がするんだよな……。)
俺は、宝石を見る。どれも美しく光っていた。
すると、エピカは思いがけない提案をする。
「ねぇ、これ……。持ち主に返さない……?」
「持ち主に……!?」
「そうよ。私たちが興味を持っているのは、原石と、その加工だけでしょう?だから、この宝石たちは返した方が良いと思って。」
「確かに……。そうだな……。」
(俺たちが持ってても、使い道ないしな……。)
「じゃあ、決まりね!」
エピカは嬉しそうな顔をしている。
そして、彼女は手紙を書き始めた。
俺は、宝石を一つひとつ封筒に入れる。
「……これは、カルマンの宝石だっけ?」
「カルマンのは、エメラルドよ。」
「えっと、宛名は……。」
こうして俺たちは、盗んだ全ての宝石を、手紙と共に送った。
***
『素敵な原石をありがとう。
この宝石はお返しいたします。
by 怪盗ガーネット&スクリーム』
ほどなくして、このような一通の手紙と共に、宝石は持ち主の元へと返った。
そして、持ち主たちは宝石が戻ってきたことにホッとした。
特に、アレキサンドライトの原石を盗まれた女性などは、盗まれたと知った時はヒステリーを起こしたものだったが、この手紙には『宝石職人に出す手間が省けた』と笑ったそうだ。彼女によると、その仕上がりは職人の加工したものと同等か、それ以上にとても美しいものだったらしい。
原石の所有者の中には、それを羨ましく思った者もいたらしく、どうしたらその怪盗二人組に来てもらえるだろうかと頭を悩ませた。
一方、宝石職人は仕事が奪われてしまうことに焦りを感じ、警察関係者は首を傾げるばかりだったという。
騒ぎを起こした本人たちはというと……。
「なぁ、ガーネット……。最近、やたらと原石の展示会が多くないか?」
「そうかしら?流行っているんじゃなくて?」
「前よりも簡単に盗み出せる気がするし……。警備の人数も減ってると思うが……。」
「それは、私たちの実力が上がったからよ!」
「そうか……。そうだな!」
……といった感じで、全く気にしていないようだった。
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