第18話.冒険者組合
はっはと荒い息を吐くロイを引き連れて、クナはウェスの街を歩く。
周りは物珍しい建物や看板ばかりだ。
年頃らしくなく、冷めたところのあるクナだけれど、見慣れない光景を前に胸は高揚している。悪目立ちはしたくないが、どうしても、きょろきょろと周囲を観察したくなるのだ。
こつこつ、とつま先で、踵で、石畳を叩いてみる。この感触も慣れないものだ。
その上をたったかと歩くロイのほうが、よっぽど堂々としている。可愛い、と子どもたちに目をつけられて指を指されるが、本人は無視している。立ち止まれば囲まれると、察知しているようだ。
大きな通りは人手も多い。活気づいた人混みは、妙に色づいているように見えた。
アコ村とは景色だけでなく、空気のにおいも違う。乾いた土ではなく、食べ物の焼けるにおいや、はしゃぐ子どもの汗の香りが鼻先に漂う。
人通りがあるせいか、幸い、クナの薄汚れた格好を気にする人はほとんど居ない。冒険者だと思われたのかもしれない。
通りには露店がいくつも出ている。軽食や鉱石を使った装身具を売る屋台があるが、その中に薬や薬草を売る店は見当たらなかった。
しかしそれも当たり前かもしれない。冒険者であれば信頼の置ける店舗へと通うだろう。薬やポーションは生命線なのだから。
「ここがギルドか」
露店の呼び込みを無視して通り過ぎた無一文のクナは、門衛に教わった建物を見上げる。
茶色い屋根をした、二階建ての建造物。看板には冒険者組合の文字がある。
両開きのドアは開きっぱなしだ。埃や虫は入らないのだろうかと思いつつ、木製の小さな階段を登り、クナは入店した。犬は入店禁止と書かれていないので、ロイもついてくる。
クナが営んでいた薬屋の、五倍ほどの面積があるだろうか。
右手には受付らしいカウンターが二つ並び、左手には二階に続く階段がある。左奥はいくつもテーブルが置かれていて、飲み屋と繋がっているようだ。
正面には掲示板があり、依頼内容が書かれた羊皮紙がいくつも貼り出されていた。
現在は六つほど貼られている。魔獣狩りや魔獣の素材狩りが主で、数は少ないが薬草の採取依頼もあった。
魔獣の名前には、見覚えのないものが多い。というのも、『死の森』以外の場所で出没する魔獣についての依頼が多いからだろう。クナは、森以外の場所を知らないのだ。
クナはそこで足を止めた。
「魔猪一頭を倒せば、二千ニェカももらえるんだ」
大きな街にはそれぞれギルドと呼ばれる組合が置かれ、街そのものと密接な関わりを持つ。
運営は国の支援金で成り立っている。討伐や採集といった依頼を受けるのは、冒険者だ。
といっても職能者や技術者のように、資格が必要というものではない。冒険者というのは、魔獣狩りで生計を立てる者の便宜上の呼び名であり、自ら名乗る者のほうがずっと多い。騎士や兵だけでは魔獣討伐の手が不足するため、数十年前の国王が打ち出した施策のひとつだ。
基本的に外国からの流民でなければ、誰でもそうと名乗ることができるが、それだけで食っていけるのはごく一部に限られるため、街によって冒険者の数も練度も異なる。
ウェスを拠点とする冒険者の数は、『死の森』と隣接している影響もあり多いが、習熟した冒険者が少ないのは有名な話だ。
一度は『死の森』を見てみたい、と物見遊山で各地から訪れる冒険者は、住民たちに脅されて引き返していく。数日で居なくなるので、観光客とほとんど変わらない。しかしそのおかげで、ウェスは栄えているとも言える。
……また、各地から集まった熟練の冒険者たちはといえば、自信を持って森に踏み込んでは、帰らぬ人となるのである。
クナはといえば、冒険者として活動するつもりはない。
クナは薬師だ。やれるのは薬を調合することだけ。だが二千ニェカというのはそれなりの金額だ。クナの外れポーションの一日分が全部売れるのと同額……。
「どうかされましたか?」
立ち止まるクナに、手前のカウンターに立っていた茶髪の女性が話しかけてくる。
暗に邪魔、と言っているわけではないだろう。彼女は手持ち無沙汰そうだった。日が高く昇った時間帯は、ギルドでは閑古鳥が鳴くようだ。
事実、クナの予想は当たっている。ギルドが混み合うのは朝と夕方以降の時間帯だ。北側の区画が閑散としているのも、それが理由である。
しかし、他人にこのような丁寧な物腰で接されることは、村ではなかったから、クナは少しだけ驚いた。
ましてクナは十五歳の子どもだ。二十代半ばくらいと思われる女性の顔には、侮りではなく模範的な笑顔が張りついている。
驚きを表には出さず、クナは淡々と返した。
「魔猪を倒したときって、意外とお金がもらえるんだなと」
「そうですね……でも、魔猪は特に凶暴で危険な魔獣ですから。二千ニェカは妥当な報酬だと思います」
「そうなんですか」
しかしクナは見落としていた。
他の羊皮紙と重なりかけたところには、こう書いてあったのだ。
――※ただし『死の森』に出没する凶暴魔猪については、倍額の四千ニェカを基本報酬とする。
無論、受付を務める彼女も、まさか少女が口にしている魔猪が『死の森』に住む魔猪のことだとは夢にも思うまい。
「申し遅れました、わたくしはナディといいます」
きれいに化粧した彼女――ナディは横髪を耳にかけ、赤い唇をにこりと綻ばせる。
クナは素っ気なく頭を下げた。
「クナです。いくつか訊きたいんですが」
「なんなりと」
「ウェスで最も安い宿屋の代金は分かりますか?」
ナディは何かの資料を見るでもなく答えた。
「『アガネ』ですね。一泊あたり三百ニェカです」
よく冒険者に質問されることなのだろう。てきぱきとした答え方だ。
三百ニェカということは、外れポーション三本分を売り上げなければ、宿は取れないということだ。
そう反射的に考えて、クナは頭を振った。
(さっきから、どうしたんだ)
しばらくクナは、人と会わない森の中で生活していた。
そのせいだろうか。人々が行き交うウェスに来てから、アコ村のことを思い出す。すれ違う人の顔を見るたび、その中にドルフやシャリーンが紛れているような気がするのだ。
「クナさん。どうされました?」
質問をするのは、ずいぶんと勇気がいった。
「……ここでは、ポーションの買い取りはしてますか?」
ナディが、申し訳なさそうな表情を形作る。
「すみません……ギルドではポーションの買い取りは行っていないんです。品質の鑑定自体は可能ですが、ちょうどポーションを鑑定できる者は不在でして」
(鑑定……ばあちゃんが使ってた魔法だ)
薬草や素材、ポーションの状態や効能など、ありとあらゆる情報を知ることができるという特殊な魔法だ。マデリはその魔法を活用して、図鑑を作っていったと話していた。
羨ましいと思ったこともあるが、薬草を見つけては観察に励むクナにとって、その品質を見抜くのは難しいことではない。初めて見つける薬草であっても、マデリの図鑑や彼女から受け継いだ知識がある。
(にしても――買い取りできないのに、鑑定はしてくれるのか?)
どちらにせよ、ポーションを作っても、それを入れる硝子瓶が手持ちにない今は、瓶が買えるまで薬草を売るしかないだろうが……。
クナがまた黙ってしまったからか、ナディが気を使うように訊いてくる。
「魔物素材などは、何かお持ちのものはありますか?」
魔猪の皮は、当然ながら売れるだろうが、痛んだナイフでは魔猪の硬い皮を丁寧に剥ぎ取ることはできなかった。牙も同じくだ。
だとするとクナの手持ちにあるのは魔猪の肉。苦労して得た干し肉である。
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