冷たい風が体を撫でる。

 星がまばらに浮かぶ夜空が、広がっている。

 暗い、寒い、夜。

 私は未だに、深い紫色の煙に覆われていて、何とか薄目から景色を見ている。


 そこには、子供がいた。

 独りで、道端に座り込んでいる子供が。

 思いついたように子供は顔を上げる、目が赤くなって、頬には涙が、何万回も通った後が残っている。


 何故、何万回も通ったと思ったのだろう。

 子供が見上げているのは、窓だった。


 オレンジ色の明かりが灯った窓。

 こぼれてくる、人の笑い声。

 うっとりと、しかし心を殺して、窓を眺める子供。

 私は思った。

 これが、この子供の人生なのだと。

 思い出した。

 これが、この子供が。


 目を瞑ったまま、意識が起きる。

 背中から伝わるひんやりとした感触、体を撫でる風も清々しい。

 耳を澄ませば、水が凪いでいる。

 もう、ここがどこか分かっている。

 すくっと立ち上がると、目の前に誰かがいる。


 いや、嘘だ。

 誰かなどでない。

 忘れたフリをしていた。

 あの人だ。

 だが、駄目だ。


 頭を下げて手の平を見れば、それはどろりとした黒い溶岩に覆われている。

 胸の内からこぼれ出て来る、深い紫色の煙。

 足に纏わりつく、灰色の砂。

 ようやく、覚めたような気がする。

 ああ、風が、心地良く冷たい。

 踵を返して、独り歩き出す。

 私の視界の、遥か遠くに、赤い星が、か細く光った。



 「行ける所まで、行ってみよう」

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夢色八景 あべくん @amespi77

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