2
口元が緩んできて、話してもいないのに、照れくさくて。
明かりが一つもない夜空と、おかしな水の上。冷たい風が体を撫でる時に、ほのかにあの人の香りが私にぶわっと当たる。
どうしようもなく、あの人なのだ。
私だけが気づいていて、あの人は気づいていない。
声を掛けようと思った瞬間、それまで硬かった水が元に戻った。
私だけが、水に沈んでいく。声を上げたはずなのに、あの人は振り返りもしない。
聞こえていないのだろうか、聞く気がないのだろうか。
もう、あの人の笑顔は、見れないのだろうか。
水の中で、私の声は泡になって消えていく。
目を瞑ったまま、意識が起きる。
がたんごとん、がたんごとん。
揺れる地面。
考えるまでも無かった私は、目を瞑ったまま、電車の中をイメージする。
今から私の視界に飛び込んで来る景色は、これだろうと。
勢いよく体を起こすのと同時に、両目を開く。
そこは確かに電車だった。
だが、座席が無い。窓やドアは普通なのに、車内は濁りの無い白一色。
窓が少し開いている隙間から、冷たい風が流れ込んで来る。
車内を見渡して、珍しそうにしてみたが、後ろだけは向く気が湧かなくて。
後ろを見ないように立ち上がって、前の車両に移ろうと歩く。
がたんごとん、がたんごとん。
一緒に足元も若干揺れる。
前の車両をドアの窓から覗く。
同じような車内が見えた。
そういえば体が濡れていないな。
何となく思って、ドアを開く。
瞬間、私の足は砂を踏んでいた。
灰色の砂。
見渡す限り、灰色の砂で出来た砂漠。
地を押しつぶそうとしている曇天。
何て味気無い場所だろう。
ただ、風だけが、いつも通りに冷たい。
後ろを何となく見ても、電車の影も形も無い。
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