第7話 経過と未来

 抗癌剤治療三回目、今日で一旦抗癌剤治療は終了する。相方さんも僕も、これを乗り越えればという想いがある。今回も相方さんは色んな準備をしてきた。食事に関しては、冷凍庫には数日分のおかずセット、冷蔵庫にも単品のおかずセット、鍋には今日明日分のカレーが入っている。あと体調が悪くなるので、ポカリスエットやアクエリアスなどや麦茶のペットボトル等も用意していた。

「準備できた?」

「うん。後は行くだけ。今日もちょっとふらついてるけどね。」

「一人で行けるの?」

「うん。大丈夫。」

「そろそろタクシー呼ぶね。」相方さんはタクシーが来るまで、炬燵で温まっていた。


 相方さんが予定時間に家を出るとタクシーが到着していた。そしてゆっくりとした足どりでタクシーに乗り込み出発した。


 僕は午前中家事をした。相方さんの出発時間には間に合わなかった洗濯物を干したり、朝食の後片付けをした。あと少し散らかったものを元に戻したりもしたが、相方さんの毎日の家事に比べると大したことはしていない。その後はまた携帯小説を読んで時間を過ごした。


 十時半を回ったところで、相方さんからLINEが入っていた。

「たっくん、今ね化学療法室だよ。抗癌剤くるの待ってるの。」

「頑張って。また十五時くらいに着くように行くね。」

「お願いします。」今日は問題なかったのかな?何も言ってこないからわからない。まぁ、迎えに行ったときにでも聞こうかな。


 お昼も近くなり、今日は病院近くのハンバーガーショップで時間を潰すことにしていたので、早めに家を出て駅向こうの停留所からバスに乗り込んだ。

 十五時近くまでハンバーガーを食べたり、携帯小説を読んだりしながら過ごし、時間を見計らって病院にむかった。

「病院に着いてるよ。」相方さんにLINEをいれたが、しばらくまっても返信がないので、そのまま病院入口の椅子に腰を下ろした。それから三十分程した時、LINEではなく相方さんから電話がかかってきた。

「はい。」

「たっくん、こっちまできて〜。」

「わかった。」電話を切り、化学療法室に迎えに行くと、車椅子に乗った相方さんが、看護師の方に奥から連れてこられた。驚いて近寄ると、看護師の方に

「歩くとふらついて危ないので、このまま車椅子で移動してください。」と言われた。相方さんによれば、トイレに行く時も危なくて車椅子で連れて行ってもらったとのことだった。その後会計を済ませて処方箋をもらい、前と同様に処方箋薬局にファックスをしてもらった後、タクシー乗り場まで車椅子をそのまま押して行った。

 自分でタクシーに乗り込むことはできたが、目を瞑って辛そうにしていた。


 家に帰ってきても相方さんはふらつきらこの前以上に辛そうだった。僕が洗面所までサポートし手洗いうがいをさせたあと、ベッドに寝かせた。少しして寝息が聞こえてきたので、僕は相方さんが寝ているうちに薬局に薬を取りに行った。

 三時間程した時に相方さんが起きてきた。

「たっくん。」

「あっ、かなはん起きたの?大丈夫か?」

「うん。」

「車椅子に乗ってきたから驚いたよ。」

「うん。あのね、今日診察の時に貧血が進んでるって言われて、貧血の数値が前の時が11で、今回が10だったの。これ以上下がったら輸血しますって言われた。」

「そうなの?」

「今回は輸血してないよ。それで、抗癌剤治療前にアレルギーの薬と吐き気止め飲むんだけど、眠気出る薬なの。それと抗癌剤にもアルコール成分入ってるから凄く眠くなるんだけど、今日に限って眠くなる時間帯に栄養士さんがきてお話してたの。歯科の先生は昨日の歯科の結果渡すだけであっさりしてたけど。」

「そうなんだ。」

「うん。それで貧血出てるのと眠る時間がずれて、歩くとふらついてたの。だから、車椅子に乗りましょうってなったの。」

「今はどう?」

「まだ頭がぼーっとしてる。」

「かなはんが寝てる間に、薬は貰ってきたよ。」

「ありがとう。晩御飯食べる?」

「うん、食べる。」そして相方さんは鍋に入ったカレーを温めてから、食卓に並べてくれた。もうこの時はふらつきは収まってきていた。

 翌日も相方さんは殆どベッドにいた。晩御飯も昨日のカレーがあるので、ゆっくりしていた。明日僕は出勤なので、仕事の準備を終えてから休んだ。


 今回の抗癌剤治療後は、ふらつきがずっと出ていたようだ。そして手の指先には痺れがでてるらしい。そんな中相方さんは、ベッドで身体を休めながら、少しずつ家事もしてくれていた。相方さんは調子良くない日が続いたが、相方さん自身あまりたべることができなくても、僕のために温かいご飯を作ってくれていた。線維筋痛症の痛みは、足の痛みの他に身体全体凝るようなだるさが出ていたようだ。

 

 今朝相方さんから、線維筋痛症のお薬を山金先生に頼むのでまた取りに行ってほしいと言われたが、今日明日は人数少なくて残業になるので、明後日の休みの日になると伝えた。今は免疫が下がってきていて外出禁止期間なので、相方さんは取りに行くことができない。


 僕はいつも通り仕事に出かけ、帰る頃に相方さんからのLINEに気づいた。

「薬局に、私は抗癌剤治療中で行けないので、主人にお薬取りに行ってもらうようお願いしてますが、今日明日取りにいけなくて、明後日主人が取りに伺わせて頂きますって伝えておきました。」

「了解です。」その返事の後、僕は家路に着いた。


 ここ数日相方さんは、ベッドから出て炬燵で過ごしていたが、丁度免疫が下がりきるあたりの今日二十日は、ベッドで一日中寝ていたようだ。

 起きているとふらつきが出るようで、晩御飯はお弁当を買ってきてとLINEが入っていた。


 職場ではひな祭り前なので、売り場はひな祭り一色になっていて、それに向け惣菜部門も準備を行なっていた。

「山辺さん、あのお願いがあるのですが。」そう中原くんが声をかけてきた。

「お願いとは?」

「社員登用試験受けたいです。」

「ああ、そのことか。今日丁度課長に相談しようと思ってたんだよ。もう少し返事待ってくれるか?」

「はい。」その後、時間が空いた時に課長に社員登用試験に推薦者を伝えて、許可が出たので中原くんを呼び出して七月の社員登用試験にむけてのテキストを渡し、合格にむけて頑張れと背中を押した。僕は忘れない内に推薦状も書いておいた。


 仕事を終え最寄り駅に到着後、ホカ弁屋で弁当を買ってから家に帰った。

 家に入ると、相方さんはベッドに寝ていた。

「かなはん、調子どう?」

「少しよくはなってる。」

「お弁当買ってきたよ。」

「うん、ありがとう。たっくん、シャワー浴びてきて。」

「うん。先に食べとく?」

「待ってるよ。」そして僕は風呂場に向かった。

 お風呂から上がると、相方さんはベッドからゆっくり起き上がり食卓に座った。

「たっくん、仕事で疲れてるのにごめんね。」

「大丈夫だよ。」そしてお弁当を食べながら色んな話をしていた。

「今日仕事どうだった?」

「ひな祭り準備と、社員登用試験受ける人の推薦状書いたりしてたかな。」

「その人合格するといいね。」

「そうだね。」その後、しばらくすると相方さんは疲れてきたようで、ベッドで横になっていた。


 相方さんは、この翌日から数日は一つ家事をするたびに、ベッドで横になっていたようだが、月が変わってからは少しずつ調子が上がってきて、家事もスムーズにできるようになっていた。


 今日はひな祭りの日で、チラシ寿司や茶碗蒸しがよく売れていた。我が家でも、相方さんが円柱の形の見栄えのいいチラシ寿司や茶碗蒸し、蛤のお吸い物が用意されていた。桃の花も飾られていたので、食卓は華やかだった。

 この翌日から相方さんはウォーキングを再開したようだ。体力回復の為には必要なので、無理のない範囲でするように、相方さんには言っていた。



 もうすぐ三回目の抗癌剤を受けて丁度ひと月になる。その前日には歯科の診察に行って、先月末に痛めた左顎の付け根の痛みについて診てもらい、顎関節症と診断されたようだ。今は良くなってるようだが、寝てる間の食いしばり緩和の為に、マウスピースを作ったようだ。

 体調は回復して行っているので、毎日のように出かけていた。家事も今までと変わらずできていたので、相方さんと二人久しぶりに、少し離れたところにある大型スーパーに、自転車で買い物に出かけた。ただこの日以降しばらく相方さんは体調を崩した。ベッドに寝込むことはなかったが、家事をするとふらつきが出るようになってしまったので、一週間ほど様子を見ていた。


 今朝起きると相方さんも既に起きていた。

「かなはん、今日は調子どう?」

「わからない。けど、今日は自転車で近くのスーパーに行ってみるよ。」

「また様子知らせてな。」そして僕は身支度を整え、仕事へ向かった。


 職場では春休みに入る子供達向けのお弁当が三種類販売されることになり、サイズも二種類用意され、お手頃価格で売り場に並んでいた。一緒に働く子供をもつパートさんの間でも、凄く好評だった。

 中原くんはあれから勉強を進めているようで、たまにわからないことがあると、よく質問をしてきていた。

 昼休憩に入ると、相方さんからLINEが来ていて、買い物に行けたと書いてあったので、僕はスタンプで返事を返した。


 仕事から帰ると、相方さんの調子が戻ってきたようで、晩御飯も時間かけて作るようなものが食卓に並んでいた。僕はシャワーを浴びてから、相方さんと食事をした。そして食後に少しこれからのことを話あった。

「かなはん、三十日に診察でしょ。」  

「うん。」

「それでこれからのことなんだけど、三十日に経過がよくて、追加の抗癌剤治療はなく経過観察になったら、すぐに働くのではなく体力回復をして、その間に家の必要でないものを断捨離してほしい。仕事はまだ難しいと思うから。」

「はい。」

「僕は昇格試験を受けることにする。」

「はい。」

「考えたくはないけど、経過が悪く抗癌剤治療の追加が必要だった場合は、治療に専念する。」

「僕はその場合でも、昇格試験は受けることにする。」

「はい。」

「かなはんから意見は?」

「私もすぐ働くのは難しいと思ってたから、たっくんが考えてくれたことには賛成なんだけど。断捨離は様子見ながらでいい?」

「うん。かなはんのペースでいいよ。」

「ありがとう。あと、三十日の診察の日のこと話してもいい?」

「どうぞ。」

「この日バスで行く予定だけど、駅向こうのバス停からは診察時間に間に合うバスがないから、主要駅からバスに乗ることになる。朝八半には病院に着いとかなければならないから。」

「わかった。」

「ただ、朝の状態次第でタクシーを呼んでほしい。」

「うん。そのつもりだから安心してくれたらいいよ。」

「よかった。」

「あとは体調気をつけて、体力回復してください。」そしてこの日の話し合いは終了した。



 今日は日赤病院に行く日だ。二人して朝の準備を整えて、駅まで自転車で出かけた。電車に乗り主要駅までくると、出勤前の人たちが、右往左往に行き交っていた。

「ここからバスに乗るの久しぶりだなぁ。」

「そっか、かなはんはここ数ヶ月ずっとタクシーだったしね。」

「うん。」

「じゃあ、バス来てるから乗ろうか。」そして僕らはバスに乗り込み病院前でバスを降りた。


 病院では診察券で受付を済ませ、産婦人科外来の受付をしてから検査室に向かい、血液検査や尿検査を行った。あと、CT室に行き画像を撮ってもらった。

 検査結果までは時間がかかるので、コンビニで飲み物を買ってから産婦人科外来に戻った。


 一時間程経ってから、受付番号がモニターに表示されたので、診察室に入った。

「お名前お願いします。」

「山辺加奈子です。」

「体調日誌先に見せてください。」

「はい。」

「先生、前の抗癌剤打ってから指先が痺れていて、今はそれほど感じないですけど。」

「抗癌剤の影響だから、それは治まりますからね。」

「足首の冷えがひどいです。あと、身体が少し出かけるとしんどくなります。」

「卵巣とってるし、更年期も出てきてるからね。ただまだホルモンの治療ができないから。しばらくはそのままかなぁ。」

「冷えについては今出してる漢方で改善されると思います。」

「顎の痛みは歯科で診てもらってる?」

「はい。八日に診てもらって、マウスピースを寝る時につけてくださいと言われて、今作って貰ってます。」

「内診しておきますね。」僕は一旦外に出た。その後再び診察に入り、相方さんの横に腰かけた。

「では検査の結果ですが、貧血の数値は低いけど抗癌剤してるから、上がるとしても緩やかだからね。CTも確認しましたが、転移はありませんでした。ですので、次は1ヶ月後に予約いれますのできてください。その時に癌健診の結果お伝えします。その後今年は二ヶ月毎にきてもらいますね。」

「ありがとうございます。」

「あっ、便秘の薬また出しとく?」

「はい。お願いします。」

「では次は四月二十七日に来てください。」

「はい。ありがとうございました。」そして僕らは診察室を出た。産婦人科受付で診察券をもらい、会計を済ませた。相方さんが処方箋を待っている間に、僕は病院の外に出て電話をかけた。


「佐伯部長のお電話でしょうか。惣菜部の山辺です。」

「山辺か。どうした?」

「返事を待って頂いた昇進試験の件ですが、まだ間に合いますでしょうか?」

「ああ、既に推薦状も準備してるぞ。」

「はい。ではよろしくお願いします。」

「おお。それで奥さんは?」

「経過順調です。ご心配とご迷惑をお掛けしました。」

「よかったな。」

「では、妻が待っているので失礼します。」そして電話を切った。

 再度病院内に入ろうとした時、中から相方さんが出てきた。

「たっくん、ここにいたの?」

「あっ、ごめん。職場に電話かけてた。」

「そうなの?大丈夫だったの?」

「うん。じゃあ、帰ろっか。」そして帰りは、いつもの停留所に行くバスに乗った。

 

 家に帰る前に、スーパー近くの回転寿司に立ち寄り、相方さんの大好きなお寿司を食べさせた。抗癌剤治療中は食べることができなかったので、相方さんは嬉しそうにしていた。


 その後駅に止めた自転車を引きながら、川沿いの桜並木の下を歩いた。

「桜、咲いたね。」

「咲いたね。」

 僕は満開の桜を見上げて、これからも二人続く未来に、思いを馳せた。

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相方さんがガンになりまして 渡邉 一代 @neitam

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