第6話 二度目とイベント

 二度目の抗癌剤治療は外来の化学療法センターで行われる。その前日相方さんは、かかりつけの歯科で歯の状態を確認して貰っていた。抗癌剤治療をすると、歯や歯茎の状態も悪くなりやすい為、歯科も連携して定期的に診てもらうことになっている。相方さんの歯や歯茎の状態は、今のところ問題ないようだった。

 夜ゆっくりくつろいでいると、相方さんに名前を呼ばれた。

「たっくん、明日朝病院行く時は一人でいくから、帰り迎えにきてね。」

「うん、何時ぐらい?」

「十五時か十六時ぐらいだと思うよ。」

「そんなにかかるの?」

「うん、朝八時に病院が開いてすぐに血液検査して、受付と診察と抗癌剤ニ種類でお昼挟むらしい。」

「じゃあ、十五時頃に病院着くようにするよ。」

「いや、十五時半ぐらいでいいと思うよ。」

「わかった。」

 相方さんが翌日の病院に持って行く荷物をみると何だか大荷物だった。どうやら、抗癌剤を打つ時に、足の裏と手の指先を冷やすらしいので、当日朝に保冷剤を持って行く為の用意と、足と手が直接保冷剤に触れないように、足は普通の靴下の上に履くモコモコの靴下を、手は薄手の手袋と鍋つかみを両手分、あと歯科帰りにスーパーで買った簡単に食べれるパン、水、温かい飲み物は病院のコンビニで買うらしい。それと、抗癌剤を始めた日からつけている、体調日誌。これは毎日の血圧と体温、体重、食事の量、便の回数、倦怠感、気持ちのつらさ、身体の痛みなどの症状、頓服薬等を記録しているようだ。

 初めての時もそうだが何で保冷剤?と僕は疑問に思っていた。相方さんに聞くと、爪が黒ずんだり脆くなったりの副作用が出るから、末端に薬が回りづらくするのに冷やすって聞いたよと言っていた。そう言えば、爪の手入れも爪やすりでしたり、爪にエッセンスや爪コート剤もたまに塗ってるのを見かけたりしていた。いろんな対策が取られるんだなぁと思っていた。


 抗癌剤治療当日朝、相方さんは六時過ぎに起きていた。最近は免疫も上がってきてるのか、掃除や洗濯を休憩しながらこなしてくれている。身支度も整えて朝食もとり、保冷剤の準備もしたところで、僕は病院に間に合うようにタクシーを呼んだ。まだ駅向こうまでの距離を歩くのは相方さんには負担が大きい為と、感染症対策でもある。人混みはなるべく避けさせたい。

 タクシーが到着し相方さんを送り出した後、九時くらいから仕事の参考の為に、近隣のスーパーへ調査に出かけた。月に一度は欠かさず行くようにしている。その後まだまだ時間があったので、スーパーで昼食を買い、自宅に帰ってゆっくりしていた。


 十一時過ぎに相方さんからLINEが来ていたようだ。

「まだ抗癌剤始まってない。腎機能が下がっていて、薬を計算し直しになるみたい。お迎え時間十六時くらいでいいよ。」

そのLINEを見ると、腎機能は治療が終わると元に戻るのだろうかと不安になった。親戚に人口透析をしている人がいて、色んな制限がかかるようなので、相方さんの状態がどういう経過を辿るかわからない今、祈るしかなかった。

 しばらくして時計を見ると十二時を少し過ぎたあたりだったので、もう抗癌剤治療始まってる頃かなと考えていた。僕はお腹がすいてきたので、買ってきたお弁当を食べた。


 病院へは十五時くらいに着くように、いつもの駅向こうの停留所から早めにバスで向かった。病院前でバスを降り、病院入口のところにある待合所の椅子に腰をおろした。

「病院にもう着いてるよ。」

「ありがとう。でもまだまだかかるよ。二本目まだ始まったばかりだから。」

「大丈夫、のんびり待つよ。」そして僕は携帯小説を読みながら待った。ずっと携帯画面ばかり見続けると目が疲れるので、コンビニに飲み物を買って一息入れたりした。

 十六時半過ぎたあたりに相方さんよりLINEが入った。

「今終わったよ。化学療法室まで迎えにきて。一人で歩くの危険やから。もうすぐ針抜くって。」

「化学療法室ってどこだった?」

「コンビニの前からエレベーター方向に向かって歩き、すぐ左のところだよ。」

「了解です。」そして化学療法室に着くとすぐ、相方さんが奥から出てきた。少しふらつくようで歩くのもゆっくりだった。相方さんから荷物を受け取り、僕の腕を支えにして会計をする為に受付にむかった。お薬も出るので処方箋発効される間、相方さんを受付窓口のソファーに座らせた。処方箋は病院からファックスで薬局に送るので、取りに行く頃にはできているだろう。帰りはもちろん家までタクシーに乗った。相方さんはボーっとしていた。余程疲れたのかなと思っていたが、抗癌剤始まる前に飲む薬の影響で眠いらしかった。

 自宅に帰ると相方さんは、手洗いうがいの後着替えてベッドに潜り込んだ。しばらくすると寝息が聞こえてきたので、そっとしておいた。僕は自転車で処方箋薬局に向かい、病院から渡された処方箋を渡し、お薬をもらってきた。翌日朝に食べるパンもなかったので、スーパーにも立ち寄り、二人分のパンを購入した。

 

 自宅に戻り二時間程すると、相方さんが起きてきた。

「たっくん、晩御飯どうしよっか?」

「冷凍庫に何か入ってるか?もし何もなかったら買ってくるけど。」

「あっ、冷凍おかずセットまた買ってたんだった。でもご飯あったかな〜?」

「ちょっと見るよ。ご飯もあるみたいだよ。」

冷凍庫に魚と和惣菜のセットが二つあったので、レンジで温めて食卓に並べた。

「たっくん、先生がお風呂入っていいって言ってた。中の縫合したところがやっとくっついたみたい。」

「よかったな。じゃあ、今日お風呂溜める?」

「今日は疲れてるから、さっとシャワー浴びて寝る。」

「わかった。」

 この寒い季節に、お湯に浸かれないのは可哀想だなと思っていたし、年明けすぐぐらいまで出血のようなものがあったようなので、僕は安堵した。

 抗癌剤治療の翌日は休みを入れていたので、相方さんと自転車専門店へ僕の自転車を買いに出かけた。相方さんの自転車もライトが故障していたので修理しようとしたが、タイヤも変えないといけなかったりして、新しく買った方が安かったので、二人とも新しく買い替えた。新しい自転車は非常に軽い力で前に進むので、気持ちも軽くなるような感じがした。


 翌日僕は仕事だった為、早出の時間に間に合うように家を出た。相方さんは調子が悪く、ベッドで安静にしていた。僕は心配だったが、何かあったらLINEするように言って出た。抗癌剤の回数を重ねる毎に身体がしんどくなるらしい。

 僕は職場に着くといつも通りに朝の準備に取り掛かり、その後フロア事務所で事務作業をこなした。珍しく野間課長が事務所内にいて声をかけられた。

「山辺おはよう。あれから奥さん具合どうだ?」

「おはようございます。具合はいい時も悪い時もあります。」

「そうか。お大事にな。」そう言って事務所から出て行った。そのあっさりした対応に僕は驚いたが、詮索されないのは助かった。

 事務作業を終え、惣菜売り場に行き品出しを確認した。バックヤードでは出勤してきた従業員が次々に惣菜作りに取り掛かっていて、僕も手薄の所に入ったり材料を取りに行ったりした。

 やっと休憩にはいると、相方さんからLINEが入っていた。

「ちょっと調子悪くて、一回起きたけどベッドで横になりました。」

「ポカリスエットかアクエリアス、ネットスーパーで注文します。」それを見て帰り弁当買って帰るか聞いたところ、何作るか決めてないが作ると返ってきた。返事を確認したので、お昼の定食を食べていると、またLINEが入った。

「やっぱりお弁当お願いします。でも私、あまり食べれないかも。」

「了解。ゆっくりしときなされ。」そう返事した。

 休憩が終わり売り場に戻ると、いつも通りに作業をこなしていった。


 仕事が終わり店を出ると野間課長にまた会った。僕は駅まで歩こうとすると、声をかけられた。

「山辺、今帰りか?」

「はい。お疲れ様です。」

「あの、ちょっといいか?」

「何でしょうか?」

「実は、転勤することになった。他県に行くから会うこともないな。そこで入庫管理の業務だ。」

「そうなんですね。お世話になりました。」

「いや、迷惑をかけたな。それが言いたくてな。それと、奥さん大事にな。」

「はい。」

「引き止めて悪かった。」そして課長は足早に去って行った。僕は駅に向かい、帰りのスーパーで相方さん用にきつねうどんと、僕用に海苔弁当を買って帰った。


 家に入ると、ベッドで横になったままの相方さんがいた。調子悪そうで、僕がシャワーを浴びて上がるまで起きなかった。

「かなはん、起きれる?きつねうどん買ってきたよ。これなら食べれるかと思って。」

「うん。ありがとう。助かる。」そして温めたうどんをベッドサイドの台に置いた。相方さんは休憩しながら時間をかけて全部食べていた。

「たっくん、悪いんだけど、お粥を夜のうちに作っておいてくれない?」

「わかった。」相方さんはまたベッドに横になった。線維筋痛症の痛みも出てるようでつらそうだった。

「お風呂溜めようか?入る?」

「うん。お願い。たっくん、いつもありがとう。」

「うん。今は仕方ない。甘えなされ。」お粥を火にかけてる間に、お風呂にお湯を溜めた。

 相方さんは、久しぶりのお風呂に入り気持ち良さそうだった。僕はその間にお粥を粗熱をとり、保存容器に移し替えて冷蔵庫にしまった。


 相方さんはネットスーパーでよく注文を入れている。癌になってからは特に頻度は高い。お米や調味料とか重さがあるものも家まで届けてくれるので、僕が荷物持ちを今のところしないで済んでいる。

 今日はその時に買ったのか、ご飯に混ぜるだけのビビンバを作るとLINEが入っていた。弁当ばかりだと申し訳なく思うらしく、でも身体はしんどいので簡単にできるものが食卓に並ぶ。

 相方さんは今朝起きて、トイレや玄関の掃除、洗濯をしたところで、しんどくなってベッドに入ったようだ。あまり無理はしないでほしいが、僕は一週間後に行われる棚卸しの準備をしなければならず、職場でピリピリしだしたので、相方さんがしてくれるのは非常に助かっていた。

 仕事から帰ると、僕がシャワーを浴びている間に食事の準備をしてくれた。

「今日は調子どう?」

「朝と昼は作ってもらったお粥食べたんだけど、一回に食べれる量が少なくて、すぐお腹いっぱいになるんよ。」

「休憩しながらゆっくり食べたらいいよ。」

「後ね、動くと貧血っぽいのかふらつくんだよね。だから横になってる。足も痛いよ。筋痛症の痛みね。」

「痛み止めは?」

「飲んでても痛いよ。しばらくは仕方ないよ。」

「そっか、ご飯作れない時は買ってくるから無理するなよ。」

「うん。ありがとう。」その後相方さんはベッドに横になっていた。今日は僕が帰るまでにお風呂に入っていたようだ。


 ここ数日相方さんはベッドに寝たり起きたりの生活をしていたが、今日は相方さんは調子がよかったようで、起きて掃除や洗濯を休憩とりながらしたようだ。僕の布団も干してくれたようだった。相方さんから、仕事帰りにお風呂場の電球が切れたので買ってきてと言われたが、今日は棚卸し作業があり、残業なので買いに行けないと返事した。棚卸しは業者に頼むが在庫に関しては予め数を数える為、通常より一時間残業になってしまうからだ。そうすると、外出禁止期間に入ったところだったのに、相方さんが電気屋まで買いに行ったようだ。帰ると付け替えられていた。

「かなはん、今日は悪かったごめん。外出禁止期間なのに。」

「うん。ちょっと買い物中しんどくなった。」

「本当ごめんな。」

「うん。お風呂入っておいで。」

「わかった。」そして僕は風呂場に向かった。

 お風呂を上がると、お鍋が食卓に並んでいた。

「今日は動けたんだね。」

「動かないと。腸閉塞なるといけないしね。」

「そうなんだ。」そして二人で食べ始めた。

「そういえば、野間課長他県に転勤なんだって。この前今までのこと謝られた。」

「そうなんだ。たっくんにとってはよかったんじゃない?」

「そうだね。でもこの前昼間も話した時は前と違ってたよ。人が変わったみたいにさぁ。」

「そうなの?」

「うん。僕もお世話になりましたとは言っといたけど。」

「それでいいんじゃない。」相方さんはあっさりしてた。少しまだ怒ってるのかもしれない。話しながら食べていたので、いつの間にかお鍋が減っていた。相方さんはお腹いっぱいのようで、食べ終わるとベッドに入っていた。後片付けは僕が頼まれた。洗う皿の数が少ないと助かる。しばらくして後片付けが終わると僕も布団に入った。


 今朝起きると、相方さんは調子が悪そうだった。昨日無理やり出かけた所為だろう。

「かなはん、具合どう?」

「頭痛い。朝パン食べた後、頭痛薬も飲んどく。」

「わかった。もう食べる?パン焼こうか?」

「うん。でもロールパンだから焼くの二分くらいでいいよ。」

「わかった。」癌になってから相方さんはロールパン、僕は菓子パンを食べている。癌になる前までは食パンを食べていたが、相方さんが食パンを嫌がったので、ロールパンになった。こちらの方が柔らかく食べ易く、相方さんの胃には負担にならなくていいらしい。僕の方は毎日仕事帰りとかに、スーパーかコンビニに立ち寄ってパンを買って帰っている。あんぱんやメロンパン、惣菜パンなどバリエーションを色々楽しんでいる。

 ちょっとしてパンが焼けたので、レモンティーとヨーグルトも冷蔵庫から出して、ベッドサイドに置いた。

「ありがとう。」

「お昼はどうする?」

「お粥作って食べるよ。」

「ごめんな。昨日。」

「もういいよ。早く仕事の準備しなきゃ遅れるよ。」

「わかった。」そして僕も朝食のパンを食べ、身支度を整えて家を出た。



 月が変わり相方さんの調子も落ち着いてきたが、相変わらずふらつきはあるようだった。ただ休憩しながらも家事はしてくれていたので、僕は助かっていた。

 二月三日は節分で、節分といえば恵方巻きを食べる日だ。職場ではその準備に追われていた。この日は社員の朝の出勤が七時で、ご飯が炊け鮨飯ができるタイミングで、各部署からきた応援の従業員と共に次々に巻き始める。毎年の恒例行事だ。この日は、従業員食堂の調理場でも、販売用巻き寿司が巻かれるので、食堂はお休みだ。

 今日はいろんな巻き寿司が巻かれる。具材は殆どが七種類だ。生魚が入ったものや、サラダ巻き、それぞれ担当を決め巻いて行く。この日のお昼は皆、弁当を持ってくるか、巻き寿司を買って食べるか、出勤前に買ってくるかしていた。僕は相方さんが前の日から準備してくれていたお弁当だ。


 昼からも他部署から応援の従業員が入れ替わりで作業をしてくれていた。忙しいとあっという間に時間が過ぎて行く。巻き寿司は十八時くらいまで作るのを終了する。それで丁度在庫を抱えず売り切れになるからだ。この日は、十九時半までは帰れない。そういえば今年は相方さんのことで動き回っていたので、従業員用の巻き寿司の注文の申し込みを忘れていた。いつも相方さんに書いてもらっていて、受取も相方さんだった。

 勤務が終わり、今日の報告と巻き寿司応援のお礼を部長に伝えた後、各社員にお礼のメールをして、僕は帰路に着いた。

 家に着くと、巻き寿司が用意されていた。

「かなはん、今年はごめん。買いに行ってくれたんだ?」

「違うよ。自分で巻いたんだよ。」

「そうなの?帰りスーパー寄ろうかと思ったけど、疲れてたからそのまま帰ってきたんだよ。今年はなしだなと思った。」

「まぁ私のことで色々動いてる時だったからね。あっ、そうそう、お風呂溜めておいたよ。」

「ありがとう。じゃあ入ってくるよ。」

そして僕は風呂場へ向かった。ゆっくりとお湯に浸かり今日の疲れを癒した。殆ど立ちっぱなしだったので、足が張っていたし、腰も痛みが出てきていた。

 お風呂を上がると、相方さんが甘えたモードで近づいてきた。たまにこのように来ては、服を着るのを邪魔したり、ハグをせがんだりする。

「かなはん、風邪ひくから待って。」

「ハグして〜。」

「わかったから。着替えてからね。」そうして少し落ち着かせて僕はハグをした。

「今日はお互い頑張ったな〜。」そうすると相方さんは笑顔になった。

「さあ、ご飯食べよ。お腹空いたよ。」そして二人で食卓に座り、恵方の方角に向いて巻き寿司を法張った。巻き寿司以外にも、いわしやかぶらの味噌汁も用意されていた。

 食事の後は僕が洗い物をし、相方さんが豆まきをした。その後数え年プラス1の豆を読んで、相方さんから少しわけてもらい豆を食べた。毎年の恒例行事だ。まぁ、鬼の面はつけたりしないが。相方さんはこういった行事の時に食べる食事を割と大切にしている。今日は相方さんとゆっくり話をし、お互い眠りについた。


 今日も朝から仕事だった。昨日はゆっくり風呂に浸かったからか、疲労はそれ程感じなかった。フロア事務所に行くと部長から声がかかった。

「山辺おはよう。昨日はお疲れ。」

「おはようございます。皆さんのお陰で無事終わりました。ありがとうございます。」

「あっ、そうそう。九日と十日連休だな。」

「はい。」

「奥さんどうだ?」

「いい時もあれば、悪い時もあるようです。治療日は帰りに必ず付き添わないとふらついて危ないです。」

「そうか。山辺も身体気をつけろよ。」

「ありがとうございます。」その後事務作業をして、惣菜準備室に戻った。

 昼頃にLINEを確認すると、相方さんからきていた。

「買い物に出かけたんだけど、疲れちゃった。でも晩御飯は作るよ。少し休むね。」体力も落ちてるから無理はしないでほしいんだけどな。

「お疲れ様。晩御飯作れなかったら連絡ください。しばらくゆっくりしといてください。」そう返事しておいた。

 仕事が終わり家に帰ると相方さんは炬燵で横になっていた。晩御飯は作ってくれているようだったが、しんどそうにしていた。

「ただいま。かなはん体調どう?」

「おかえり。今日買い物行ってる途中でしんどくて少しふらついてたの。貧血かなぁと思うんだけど。」

「まぁ、後はゆっくりしとき。僕がやるから。」

「ありがとう。」

そしてシャワー後、食卓に準備されていたものを並べ、二人で食事をした。食事後相方さんはベッドに横になっていた。

「かなはん、明日は仕事休みやから、買い物する時に弁当買ってくるから、明日もゆっくり休みなされ。」

「うん、ありがとう。」そういうと、相方さんはそのまま眠ったようだ。

 翌日も身体がだるそうだったので、約束通り弁当を買った。


 今朝は相方さんは僕より早く起きていた。朝から掃除洗濯をし、僕が起きるまではまたベッドに横になっていた。

「おはよう、かなはん。今日は調子どう?」

「おはよう。今日は動けるよ。もう玄関とトイレ掃除と洗濯は終わらせた。」

「うん。わかってた。音してたから。」

「ごめん、起こしたかな?」

「大丈夫。」

「あっ、今日はお肉焼くからね。」

「うん。わかった。」そんな会話を朝していた。

 仕事はいつも通りだったが、野間課長が転勤になるので新しく赴任する湯島課長が挨拶にきていた。物腰が柔らかそうな人という印象だった。僕も挨拶をさせてもらったが、佐伯部長は昔一緒の店舗で働いていたようで、笑顔で対応していた。赴任は十六日だそうだ。

「山辺、ちょっといいか。」

「はい。」

「応接室にきてくれ。」僕何かしたかな?少し緊張しながら部長と課長の後に続き、応接室に入った。

「何かございましたか?」

「山辺、この秋に昇進試験受けてみないか?」

「いや、でも。妻のこともありますから。」

「奥さんがどうかしたの?」

「あ〜、ん〜。」

「あっ、僕から話しますね。実は妻が去年癌の手術をしまして、その後転移が見つかり抗癌剤治療中なんです。今のところは三回で一旦終了なんですが、その後の検査次第で追加になると思うので。昇進試験の勉強を始めると、妻が気を遣って負担になるのではないかと。」

「そうか、大変だな。けどな、昇進試験は今の君の実力ならそう難しくはないよ。」

「少し考えてみてくれないか。」

「勉強始めるのは今すぐでなくていい。奥さんの治療が落ち着いてからでいいから。」

「わかりました。考えてみます。」そして僕は応接室を後にした。まさかそんな話をされるとは思わなかった。

今は相方さんを優先したいから、断った方がいいかもしれないなとぼんやり考えていた。

 仕事が終わり家に帰ると、今から肉焼くから早くシャワー浴びておいでと風呂場に追いやられた。僕は言う通りシャワーを浴びて食卓につくと、そこにはステーキやサラダ、スープ、そして四号サイズのケーキが並んでいた。

「たっくん、お誕生日おめでとう。」相方さんが驚く僕にそう言った。

「はっ、忘れてた。ありがとう。」

「それと、これプレゼント。」

「ありがとう。」

「じゃあ、ご飯食べようか。いつも手巻き寿司なんだけど、今は私生物だめだからこれで許してね。」

「充分だよ。ありがとう。」そして二人でお祝いの食事をした。相方さんは毎年祝ってくれる。この年になっても祝ってくれるのは嬉しいものだ。

「かなはん、実はさ、今日部長と新しく赴任される課長と応接室に呼ばれて、昇進試験受けないかって言われた。」

「えっ、そうなの?それでどうするの?」

「辞めとこうかと。」

「何で?」

「いや、だって。かなはん負担になるでしょ。」

「何言ってるの。せっかくのチャンスでしょ。逃げちゃダメだよ。たっくんだって本当は受けたいでしょ?」

「んー。でもな。」

「かなのことは心配しなくていい。受けてみなよ。」

「受けるのはまだ先だけど。」

「何月?九月だよ。その後合格したら三ヶ月本社研修があるはず。」

「大丈夫。試験受けたらいいよ。」

「わかった。でももう少し考える時間貰っていい?」

「うん。ただ私のことは抜きにして考えてね。」自分がどうしたいのか、この際考えてみるか。

 それから食後のケーキを四分の一ずつ食べて、残りは明日に回した。ケーキもよくみると手作りしてくれたようだ。いちごが上に沢山乗っていて、間からは桃やパイナップルなどが出てきた。誕生日プレゼントは茶色の財布だった。汚れが目立ってきていたので、新たにプレゼントしてくれたようだ。ただまだしばらく使わず閉まっておこうと考えていた。


 今日は相方さんが歯科治療に行く日だ。この前と同じように、抗癌剤治療の前日に予約していた。今回も問題もなく、治療を終えたようだった。

 夜はまたこの前と同じように、相方さんは鞄に必要なものを詰め込んでいた。今回はまた治療後どうなるだろうと考えた。

「たっくん、またこの前と同じように朝は一人で行くね。」

「うん。朝タクシー呼ぶからね。この前と同じ時間に呼べばいいかな?」

「いや、少し早めにしてほしい。この前着くのギリギリだったから。」

「そうなんだ。わかった。荷物は準備できた?」

「うん、後は明日保冷剤いれるだけ。」

「そしたら、今日は早めに寝てください。」

「はい、そうします。」そしてお互い眠りについた。

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