第5話 免疫と薬と
今朝は早くに起きた。いつものバスの停留所は、朝早くのバスがないので、主要駅からバスに乗る為だ。バスの料金は変わらないようなので、バスを乗る距離は変わらないのかもしれない。主要駅まで電車で行かないといけないので、その分時間がかかる。
帰る時診察があるのか〜。今回の腹膜炎で後遺症とかあるのか?いや本人は元気になって、お腹の痛み無くなっているようだしな。考えても仕方ないか。色々頭を巡らせながら、バスに揺られていた。
病院に到着すると六階の入院している病棟まで行き、ナースステーションに声をかけた。看護師さんが呼びに行ってくれて相方さんが歩いてくる姿は、以前の退院の時と違い軽快だった。
「たっくん、ありがとう。」
「いいえ。行こうか。」そしてお世話になった看護師の方々に挨拶をして、エレベーターを降りた。
「診察あるんだよね?」
「うん。ご主人と一緒にって言ってた。」
「そうなんだ。」僕らは産婦人科の受付に行き、声をかけた。診察室の前でお待ちくださいとのことでしばらくすると中から呼ばれた。
「お名前お願いします。」
「山辺加奈子です。」
「山辺さん、腹膜炎は数値も良くなりました。まだ手術した中が1ヶ所くっついてないので、引き続き消毒にきて下さい。あと手術して取り出した臓器を病理検査にだしてたんですけどね、病理の結果がでまして、左卵管に癌が転移していました。」
「えっ、先生の言う通りに付随臓器とっておいてよかったです。PET検査の後から手術までの間に飛んだのですか?」
「いや、1ミリなので画像は5ミリ単位なので写らなかった可能性があるので、そこは何ともいえないです。ただ1ミリでも転移なんです。子宮から癌が出てしまっていることで、ミクロ単位でリンパへ飛んでる可能性がでてくるんです。」
「……」先生が癌に関する冊子を見せてくれた。
「これね、子宮内に留まっていればステージ1Aなんだけどね、転移してたのでここね、ステージ3Aになります。」
「はい…。」
「今後ですが、再度リンパを手術でとって癌を確認後に抗癌剤を三回から六回する方法と、ただしこの場合リンパをとるので副作用が今後ずっと出ます。あともう一つはリンパへの転移はわからないけれど、抗癌剤を六回する方法です。どちらになさいますか?」
相方さんはどうしようと僕の顔を見たが、もう一度手術してずっと副作用と付き合っていかないといけないのであれば、抗癌剤六回の方が一時なので楽なのではないかと思っていたら、相方さんがすぐ回答してた。
「抗癌剤六回でお願いします。」
「そう言うだろうと思って、書類用意しています。殆どの人がこちらを選ぶのでね。」
そして、最初は二泊三日で入院して様子を見ながら抗癌剤治療をすること、二回目以降は外来の化学療法室にての抗癌剤治療をすることを告げられ、三回までのスケジュールを告げられた。幸いにも相方さんの癌は、抗癌剤が効きやすいタイプのようだ。
「抗癌剤をすると、免疫が下がる時期があります。一回目を終わって下がる時期が年末年始なので、外出禁止です。初詣とか人混みには行かないでね。後、髪の毛とか抜けるからね。」
「はい。あと先生インフルエンザの予防接種受けていいですか?」
「えっ?まだ受けてない?」
「はい。手術して療養中にまた入院になったから。」
「あっ、そうか。受けてください。あとね、十三日と十五日に消毒に来てください。」
「はい。」そしてこの後挨拶をして部屋を出た。
化学療法室に向かうと、相方さんは看護師の方や薬剤師の方と面談があった。抗癌剤治療のやり方や使用する薬剤と副作用についてと、健康管理の為の体調日誌の付け方等、またこの薬は髪の毛等も抜けるので、ウィッグの準備もしていた方がいいと説明があった。
この後また入退院センターへ行くことになった。抗癌剤を受けるにあたって入院に必要なものの話と、二回目の抗癌剤の前後に歯科受診もしてくださいと言われて、歯科への手紙を渡されていた。
話が終わり会計を済ませ、病院前からタクシーに乗り帰った。転移か〜。相方さんはショックだろうな。
「たっくん、仕事辞めていい?感染症流行ってるし、外出禁止になるから、働くの難しいよ。」
「うん、そうだね。治療が終わったらまた探せばいいしね。」
「ごめんね。たっくん。」
「うん。大丈夫。」
「たっくん、私ずっとたっくんの側におりたい。たっくんと生きたいから頑張る。」僕は相方さんを抱きしめた。
相方さんは職場に電話し、退院したことと抗癌剤治療をしなければならなくなったこと、仕事を続けることができない為退職の手続きをしたいと伝えていた。退職する際には面談があるので、一度は行かなければならない。借りていた制服もクリーニングをして返さなければいけないし、お世話になった方への挨拶も大事な事だ。楽しい職場だったので残念がったが仕方ない。
僕は母にLINEをした。退院したことと、抗癌剤治療をすることになったこと。母は驚いていたが、相方さんのサポートをしっかりやるように言われた。その後は何もやる気が起こらなかった。相方さんは病院以外にも、従姉妹の看護師にLINEで連絡をしたようだった。これまでにもわからないことや困ったことを相談していたようだった。
「明後日インフルエンザの予約入れるね。明日多分医療機関休みだから。たっくんのも予約入れるから、休み教えといてね。」
「うん。」
「後はウィッグ買わないとね。」
「えっ、帽子じゃだめなの?」
「髪の毛全部抜けるんだよ。いるでしょ。お出かけできないよ?」
「そっか。」
「それも明日予約しよ。あと、歯科も電話しておかないとね。」
「…かなはん、ちょっと落ち着いて。今日はゆっくりしようよ。」
「うん。ごめん。あと、晩御飯どうしよっか?」
「レトルトのカレーがあるから、もう今日はそれでいいんじゃない?」
「わかった。」そしてやっと、炬燵にあしを入れて横たわっていた。
翌日僕は朝から出勤していた。佐伯部長とリーダーの河野さんには、相方さんの現在の状況と抗癌剤治療について伝えた。またご迷惑をおかけすることになるからだ。
部長には、僕のことまで心配された。心理的には正直きつい。けど、僕が参ってしまっては相方さんに影響してしまうので、頑張るしかない。あと少し時間を貰い、相方さんの所属する部署の主任に挨拶をした。
昼食後は、いつも通り売り場に戻り品揃えを確認し夕方からの食材の準備に取り掛かった。
仕事が終わり家に帰ると、ベッドに横になっていた。「おかえり、今日は鍋にするね。」
「うん。調子どうなの?」
「この前退院した時より、身体が軽く感じる。体力は大分落ちてるけどね。今日は用事すませたら、なるべくベッドで横になってた。」
「そっか。よかったな〜。」
「今日は仕事どうやった?」
「うん、かなはんとこの主任に挨拶しといたよ。」
「そうなの?ありがとう。ごめんね。」
「シャワー浴びてくるわ。」そして風呂場に向かった。
シャワーを浴びながら、ボーっとしていた。少しすると外から相方さんが大丈夫?と声をかけてきたので我に帰り、大丈夫と答えて身体を洗った。
お風呂から出るとお鍋が食卓に並んでいた。
「たっくん、何かあった?」
「いや、何もないよ何で?」
「いや様子おかしいから。」
「…んっ、ちょっと気持ちがな、次々にだからしんどくなってしまった。でも、大丈夫。」
「ごめんね。」
「かなはんのせいではないよ。僕の気持ちがついていかないからだから、僕自身の問題だよ。」
「でも、かなが病気ばっかりだから迷惑かけてる。」
「それは気にしなくていい。元気になってくれればそれでいいから。」
「…うん。」
「じゃあ、ご飯たべよ。お腹すいたから。」
「…わかった。」そして食卓のお鍋を囲んだ。
今日相方さんは、トイレ掃除や洗濯をしていたので、少し疲れたらしい。やってもらえるのは有り難い。ただまだ無理はしてほしくない。これから抗癌剤治療をすると、もっと体力が削がれるのだろうか。感染症が流行る中で気が休まらない。
翌朝出勤すると、南館三階の服飾売り場で感染症発症した方がいるとのことで連絡があった。消毒は昨夜のうちに行われてはいるようだ。数日前から休んでいたようで、濃厚接触者はいないようだ。相方さんが癌と診断されてからも、数人感染していたようだがワクチンを打っていたので、少しは安心材料にはなっていた。ただ今から数ヶ月に渡っては感染する訳にはいかない。僕は惣菜部門に行き、その場にいる方に説明した。
「皆さんすみません、手の空いた方からこちらに来てください。」
「何でしょうか?」五人中三人の方がきてくれた。
「昨日南館で感染症がでました。館内は昨夜消毒済みです。お客様に聞かれたら、館内消毒済みですので、安心してお買い物をお楽しみくださいとお伝えしてください。あと、書類をもう一度目を通し、こちらに内容確認のサインお願いします。」
「あら、怖いわね〜。」
「マスクに手洗いうがいの徹底しないと。」
「そうそう、あと黙食ね。」
「そうですね。皆さんご協力ありがとうございます。あと体調悪いと思ったら、遠慮なく休んでください。」
「山辺さんは大丈夫?最近怖い顔してるよ?」
「えっ?大丈夫です。そんなに顔怖いですか?気をつけます。では皆さん業務に戻ってください。」その後残りの二人にもお伝えした。その他の方は順次説明をするようにしよう。
フロア事務所に行くと、別部門の主任と野間課長が、佐伯部長と話し込んでいた。僕は必要な書類を確認して戻ろうとした時、佐伯部長に呼び止められた。
「何か御用でしょうか?」
「感染症の件、皆さんにお伝えしたか?」
「はい、今いる方にはお伝えしサイン頂いてます。」
「どのように伝えている?」
「用紙に書いてある通りにですが。」
「いつもやってるとおりにやってみてくれないか?」
「えっ、はい。」
「昨日南館で感染症がでました。館内は昨夜消毒済みです。お客様に聞かれたら、館内消毒済みですので、安心してお買い物をお楽しみくださいとお伝えしてください。あと、書類をもう一度目を通し、こちらに内容確認のサインお願いします。」
「ありがとう。どうだ。君たちとどう違う?」
「お客様へどう伝えるのか具体的ですね。」
「だからだよ。お客様から聞かれた時にすぐに言葉に出るように話をしているから、対応できるんだ。それは君たちが伝えてあげないといけないだろ。だからクレームになるんだよ。不信感もつんだよ。」
「申し訳ありません。」
「山辺はもういいよ。ありがとう。」
「はい、失礼します。」僕はフロア事務所を後にした。
昼から遅番の河野さんが来たので感染症の説明と、僕がいない時に、まだ説明されてない人へどう説明するのか話をした。これまで何度か話をしているので問題はないが、フロア事務所のことがあったので念のため確認した。
夕方になると、仕事帰りの人や買い物帰りの人が次々訪れる。惣菜が切れたものは補充したり、売り切れの物は札をさげたり、バックヤードと売り場を行き来していた。仕事をしている時は相方さんの心配は忘れていられた。
仕事が終わり家に着くと、いつものようにシャワーを浴び食卓についた。
「たっくん、今日インフルエンザの予約しといたよ。私が十四日で、たっくんが二十二日。それでね、私の入院日と重なるんだけど、行く時だけ一人でいくわ。退院の二十四日だけ迎えにきて。」
「わかった。」
「あとね、山金先生に電話して抗癌剤治療のこと話してね、電話で薬もらえるようにお願いしたの。」
「そうなんやね。」
「うん。あとは今日もベッドで横になってた。たっくんは仕事どうだったの?」
「南館で感染症がでたよ。昨晩の内に消毒してたから安心だけどね。」
「気をつけてね。」凄く心配な顔をしてこちらを見るので大丈夫と頭を撫でた。
食事の後はテレビを見てゆっくりしていた。
相方さんは十三日と十五日の診察と消毒は一人で病院に行っていた。後二十日にも行くことになったらしい。
十四日には近くの病院でインフルエンザの予防接種を受けてきたようだ。十六日には退職手続きも終わらせていた。この時一つ忘れていたことがある。ウィッグを買うのを忘れていたのだ。
「ウィッグ買いに今から行ってきます。」仕事中にLINEが入った。
「医療用ウィッグ10%オフにしてもらって十万弱で、メンテナンスとかあと、抗癌剤用のシャンプーとか入れて十二万ちょっとです。」
「了解しました。」僕はそう返しておいた。
家に帰るとウィッグを被っていたので、しばらくはこの髪になるんだと、まじまじ見てしまった。
今日は抗癌剤治療の為の入院当日。荷物があるので駅向こうのバス停まで送っていった。バスに乗るのを確認したあと、スーパーへ立ち寄った。僕はインフルエンザの予防接種を受けるので、病院へは付き添わなかった。それは相方さんなりの配慮だ。予約時間は十六時くらいなので、時間までは家でのんびりしようと思う。
しばらくして相方さんから病院に着いたと連絡があり、明日の抗癌剤治療まではゆっくり過ごすらしい。直近で三回の入院だから看護師さんは顔見知りになっていた。病室は三回とも違う部屋らしい。
「インフルエンザ受ける病院の予約時間わすれないでね。」
「時間まで寝ます。」
「明後日の退院日は、十時にお迎えお願いします。」
「了解です。」僕は目覚ましをかけて、昼寝をした。
十五時に目覚ましが鳴ったので、起きて行く準備をして早めに家を出た。相方さんからは打ちましたかとLINEが入っていたので、今病院ですと返事した。
予防接種が終わり、また家で晩御飯の時間まで眠った。ずっと気を張っているので疲れていたのだろう。眠気が治らなかった。
「たっくん、予防接種したとこ腫れなかった?」と目覚めた時にLINEが入っていたので、腫れてないと返しておいた。その後シャワーを浴び、晩御飯を食べてゆっくりしていた。
「明日、抗癌剤治療頑張ります。」
「今日はゆっくり休み。」そう返して、僕も早めに布団に入り眠った。
「おはようたっくん。」相方さんからLINEが来た。今日は遅番なので家を出るのが遅い。
「今朝先生に便秘の要注意人物って言われたよ。」と笑ってるスタンプと共に送られてきた。そういえばこの間の入院の時、薬沢山飲んでいたことを思い出した。しばらくLINEで会話した後、最後に抗癌剤頑張ってねと送っておいた。
抗癌剤は昼過ぎから行われるようだ。どんな感じだろうか。気持ち悪くなるんだろうか?痛みとかあるんだろうか?心配ではある。ただ仕事が遅番なので、帰りが十時くらいになり、それまで様子を知ることはできない。
職場に着き、いつも通り勤務をしていると野間課長がやってきた。
「山辺、昨日休みでまた明日も休むのか?」
「はい、勤務変更になりました。河野さんにも話はしてあります。」
「何か用事か?」
「はい。」
「何だ?」
「詮索しないでください。」
「お前な〜。」僕はそういうと、フロア事務所まで逃げた。もちろん事務所業務があるからだ。僕の後をしつこく追いかけてきて、今度は部長まで休みのことを言いに行っていた。
「部長、直近で山辺休み入れてますので、注意したのですが、聞き入れません。」
「ん?どういうことだ?山辺。」
「昨日は通常の休みで、明日は用事がある為変更しています。河野さんにも伝えて変更していただいてます。」
「そうか。野間くん、当事者同士か了解しているならば問題ないだろう。」
「えっ、そんな直近で休むなら理由を…。」
「また詮索か?理由については、僕が聞いてる。問題はない。」
「僕には教えて頂けないのですか?」
「野間くん、何故だ。何故しつこく詮索するんだ?山辺が話さない理由は、自分でもわかるだろう。君には話したくないんだと思うぞ。信頼されてないんだよ。人のことをどうこう言う前に、自分の行動を見つめ直すべきではないか?何度も言っているだろう。何故わからない。上に立つものがそれでどうする。」部長ははぁ〜とため息をつきながら僕に声をかけた。
「山辺、悪いが簡単に理由話すぞ。」
「はい、わかりました。」
「山辺の奥さんが昨日入院、明日退院する。だから休みだ。これ以上は詮索するな。」
「えっ、入院。奥さん病気?」
「入院が必要だったから入院した。ただそれだけだ。」
「それ以上聞くのであれば、上層部に話を持って行く。君には何度も注意してるしな。」
「そんな、申し訳ありません。」僕は取り敢えず業務を終わらせて、その場を後にした。その後、惣菜売り場にずっといたのでどうなったかわからないが、これで治ってくれればいいなと思っていた。
仕事から帰ると、相方さんのLINEをまず確認した。
十七時前に抗癌剤終わった、まだ眠いと入っていた。
「お疲れ様。僕は今帰ったところだよ。明日迎えにいくので、今日はゆっくり休みなさい。」と送っておいた。
僕もシャワーを浴びた後、簡単にカップ麺を食べて眠りについた。
今朝は朝早くのバスに乗らないといけないので、九時前には家を出た。またいつもの停留所からバスに乗る。スーパーでコーヒーを買ってからバスに乗り込んだ。
病院ではまた六階のナースステーションで声をかけ、相方さんが出てくるのを待った。今日は会計を終えるとすぐ病院を後にした。
抗癌剤治療後なので、念のためタクシーで家まで帰って来た。帰ってくると相方さんはベッドへ、そして僕はコンビニまで昼食を買いに行った。
二人でお昼を食べた後、抗癌剤について聞いた。
「抗癌剤打つ前にね、吐き気止めとアレルギーの薬かな〜ニ種類薬を飲むのね。そのあと点滴が始まって、足の裏と両手の指を冷やすの。それから抗癌剤の薬が始まって、その間かなは寝てた。途中でもう一種類の抗癌剤が入れられるんだけど眠くてね、寝ている間に終わってた。」
「その後、調子はどうなの?」
「普通だよ。ただ眠かった。」
「そうなんだ。」
「回数重ねたら違うのかもしれないけど、わからない。」そう答えが返って来た。
「冷やすのは、ずっとしてたの?」
「いや、一つ目が終わった時点で外したよ。」
「そっか。」
「うん。あと明日と明後日の朝。吐き気どめ飲まなきゃ。」
「そしたらこれから外出禁止だね。」
「うん。あっそれと二十七日は診察だよ。」
「その日は丁度休みだよ。かなはん、そろそろベッド横になったら?」
「うん、そうする。」そしてお互いに晩御飯までゆっくりした。
抗癌剤をうち三日程経った時だった。相方さんが夜中に唸っていた。どうしたのか聞いてみると、線維筋痛症の痛みが足に出ていて、薬は飲んでいるがそれ以上の痛みが出てるらしかった。朝起きた時には一睡もできなかったと言っていた。免疫が下がってきた影響らしい。一日中痛みが襲ってきている状況は、想像しただけでも耐え難いが、どうすれば痛みが引くのか全くわからないので、寄り添うしかなかった。いつもは離れて眠るが、今夜は一緒の布団で並んで眠った。
昨夜も痛みがきつかったようだが、前日に眠れなかった影響か少し眠れたようだ。一緒に寝たことで少しは安心したようだ。一人で眠るのは今は怖いらしく、しばらくは一緒に眠ることにした。
今日は丁度産婦人科診察日で、タクシーで病院へ行った。病院前までゆっくり歩いたが、顔を歪ませる程の激痛の為、病院内は車椅子で移動した。
診察室に入ると、先に消毒が行われた。その間は僕は診察室の外に出ていた。中に呼ばれ入り相方さんの横に腰掛けると、一昨日からの線維筋痛症の痛みの状況を説明していた。診察中も痛みが襲ってきて横で耐えていた。免疫を抑える薬を再開してよいと言ってもらえたので、これで改善すればいいのだがと思っていた。免疫を抑える薬は山金クリニックでもらっているので、年末ということもあり一旦診察室を出て、相方さんが急いで電話をかけていた。
「山辺加奈子です。先生にお薬貰いたいです。急ぎます。」そう伝えると、しばらくして電話がかかってきた。
「先生、抗癌剤で免疫が下がって線維筋痛症の痛みが出て眠れなくて、婦人科の先生に相談したら、免疫を抑える薬飲んでいいと許可出たので、出してほしいです。」苦痛に耐えながら、懇願するように話していた。
再度診察室に入り、線維筋痛症の薬をお願いしたことを伝えた。
「山辺さん、抗癌剤なんだけどね。カンファレンスがあって他の先生とも話をしたんだけど、三回でいいのではないかって。線維筋痛症の痛みもあるしね。一旦三回で様子見ましょ。」
「はい。」相方さんは苦痛に耐えながらそう答えた。
他にも先生から
まだ中の縫合箇所を消毒しているけども、大腸菌がまだあるので抗生剤を数日飲んでくださいと言われていた。こちらからは便秘の漢方薬も処方して頂くようお願いした。
病院からはタクシーで帰ってきた。相方さんを家の中まで寄り添い、僕はすぐお昼を買いに行くので家を出た。途中処方箋薬局に寄り、薬を貰ってきた。隣県のクリニックからと、日赤病院の産婦人科からの処方箋は事前にファックスをしているので、待ち時間はあまりないので助かっている。
お昼を食べた後、相方さんは布団に横になっていた。免疫を抑える薬は朝と晩の食後なので、それまでは顔を歪ませて痛みに耐えていた。こんなに痛がっているのを見るのは、僕も辛かった。
あれから相方さんの痛みは、薬を飲んでから楽になったようだ。顔を歪ませることもなく、少しだけ家事もしていた。大掃除は済ませてあるので大丈夫だが、年末年始ねか食事はどうするのだろうと相方さんに訪ねると、
「おせち料理は三十一日に届くし、年始に食べるお鍋の野菜も一回分ずつセットにして冷凍庫に保存してるよ。大晦日の蕎麦とかも準備済みだから、心配しなくて大丈夫だよ。」と言われた。
僕が仕事に行っている間、相方さんはできる範囲で家事をするのに動いてくれているようだが、やはり免疫が下がっているからか、すぐに疲れて横になるみたいだった。
今年の仕事は大晦日を残すだけとなった。今日は閉店が十八時なので、早めに片付けに入った。口々に年末の挨拶を済ませ、それぞれ家路に着いた。年始は一月二日からなので、元旦はお休みだ。
家に着くと相方さんはシャワーも済ませ、晩御飯の準備をしていた。
「ただいま。」
「おかえりなさい。たっくん、今年一年お疲れ様でした。」
「いえいえ。今日は調子どう?」
「ちょっと疲れやすいかな〜。」
「無理するなよ。シャワー先に浴びてくる。」そして風呂場に向かった。
シャワー後、紅白を見ながら蕎麦とちらし寿司を食べた。年が変わる頃には二人とも布団に入っていた。
年が明けて二人とも寝坊だ。相方さんは雑煮を作ってくれたので、おせち料理と一緒に頂いた。いつもは相方さんがおせちも作っているが、癌の手術があったので負担をかけない為にネットで注文していた。雑煮のお餅は三つ程食べた。相方さんは一つだけだった。食べた後、相方さんは布団に横になっていた。いつもは年始早々二人で初詣に出かけるが、相方さんは外出禁止なので、僕だけ初詣に出かけた。いつも干支の置物を買ってリビングに飾るので、今年もお参り後に買ってきた。その後はうろうろせず、帰りにコンビニに寄りお菓子と飲み物を買って帰った。
相方さんは起きるのが辛いらしく、食事やトイレの時以外は、布団で横になっていた。起きるとふらつくようだ。
「大丈夫か?」
「凄く身体がだるいし、起きれない。」
「横になってたらいいよ。」僕は炬燵に入り、正月番組を見ながら、お菓子を食べていた。
今日はのんびりと過ごせた。明日は初売りで忙しくなるので、自分の時間を楽しんだ。
新年初出勤の日。毎年のことだが、新年の挨拶があるので、フロア事務所に社員が集められた。社長からのビデオメッセージの後、部長からの挨拶と続いた。その後会社からのお年賀を各部門の人数分受け取り、総菜バックヤードで出勤者に帰りに持って帰ってもらえるように、新年の挨拶と日ごろの感謝の言葉とともに伝えた。
初売りは大盛況だった。新春のお祝いセットやパーティーセットが売場からどんどんなくなっていった。バックヤードは通常通りで、売り場に出す内容が少し違うだけなので、新春という感じはなかった。パッケージのみ新春感があるぐらいだ。
新春の二日と三日は営業は一時間早くに閉店する。僕は閉店まで勤務し帰宅した。
相方さんは帰ると晩御飯の準備はしてくれていたが、やはり横になっていた。動くとふらつくのは変わらないようだ。僕はシャワー後に残りのおせちと、お鍋をつついた。
五日の夜、洗面所で相方さんの驚いた声がした。
「どうしたの?」
「髪の毛が抜け始めた。たくさん抜けたよ。」
「うん。そっか。」僕は固まってしまった。これから毎日抜けていくのか。僕はその光景に軽くショックを覚えた。その日から毎日抜け続けていた。お風呂でも大量に抜けるらしかったが、僕の知らないところで片付けてくれていたので、抜けた毛を見ることはなかった。
抜けて頭皮がみえるようになってくると頭皮が痛いらしく、夜寝る時は、おでこに冷却シートを貼って、アイスノンは頭皮の痛みのある箇所に当たるように頭を動かしていたようだ。この頃には、またお互い別で寝るようになっていたので、様子を伺うことはできなかった。
「頭剃る?」
「それね、しない方がいいんだって。ウィッグ買った時にお店の人言ってた。短い状態でも抜けるから、口に入ったりするのでやらない方がいいんだって。それにね、頭皮今痛いから剃ること自体できない。」
「そうなんや。」テレビドラマとかでよく剃ってるイメージがあるが、実際は違うのかなぁ。結局十日程で殆どの髪がなくなってしまった。相方さんは外出時はウィッグを被るが、家ではタオル地で作った帽子を被っていた。その頃から僕は相方さんの頭を直視できず、誤って見ることがあるとストレスを感じるようになった。
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