魔力0の無能と罵られ続けた俺。なぜか美人大賢者様に拾われました。最強の師匠と共に魔法使いランキング1位を目指す。【魔力-9999の魔法使い】

雨有 数

魔力0の無能と罵られ続けた俺。なぜか美人大賢者様に拾われました。最強の師匠と共に魔法使いランキング1位を目指す。【魔力-9999の魔法使い】

「大きくなったら、君のお嫁さんになる!」

「うん! 僕も絶対に素敵な旦那さんになるよ」

「じゃあ、約束!」


 そんな風に誓い合ったいつかの約束。

 リズミカルに互いの手を揺らし、そんなことを毎日のように言い合った。取るに足らない、いつかの景色。

 差し出された小指に、俺も手をかけることができたならよかったんだけど。


「……」


 夢を見ていた。うんと幼かった頃の夢。懐かしいな、なんて思うよりも先にどんよりとした感情が染み出てしまう。

 ベッドから降りて、俺はうんと背伸びをした。


 ポキポキ。


 骨が軋む。

 ふわぁ。そんな欠伸が漏れた。すすけた窓に目をやって、天気を確認する。今日も空は青い。

 代わり映えのしない今日の始まりだ。

 足を動かす度にギィギィと音を立てる床。妙にたてつけの悪い扉。別に気温が低いわけでもないのに、冷えた空気。

 俺に興味など、まったくないような母親の態度。


 畜生の餌じみた朝食。


 まぁ、そのどれもがいつものことだった。


「おはよう。母さん」

「……はぁ」


 いきなりため息かよ……。

 居心地の悪さを感じつつ、俺はイスに腰を下ろした。次の言葉は分かっている。


「毎朝、お前がライナちゃんだったらと思うよ」

「……ごめん。俺に魔力がなくてさ」


 俺はくしゃりと笑った。

 笑う度に心が痛むような気がするけれど、それでも俺がここにいるために笑わざるを得なかった。

 ――ライナ。幼馴染の名前だ。

 今朝、丁度夢に見た彼女である。


「また、ライナちゃんの家はお国から報奨金を貰ったそうじゃない。魔導学園の歴史上でも稀に見るほどの逸材だそうよ?」

「……そっか、凄いなぁ。アイツは」

「どうして、私の子じゃなかったのかしら」


 ボソり。

 母さんはそんな言葉を漏らした。


「おかしいわよ……! だって、私はメノスが立派な魔法使いになれるようにすべてを捧げてきたじゃない! そうよ、そうよ! こんな辺鄙な村に来たのも都会よりもマナが綺麗だって聞いたから――! 父さんがいなくなっても、私一人で頑張って頑張って頑張って、頑張って!」


 まただ。

 何かに囚われたようにブツブツと呪詛にも似た言葉を吐き続ける母さん。不味い料理の味が失せる。

 俺は手早く残飯を食して、立ち上がった。


「全部、俺が悪いんだよ。母さんはあんなにも頑張ってくれたのに……魔力がない俺がさ。でも、俺はまだ諦めて――」

「黙ってよ! 魔力もないゴミが、どうして魔法使いになれるっていうの! その顔も見たくない! 早く仕事にでも行ってきなさい!」

「……分かったよ」


 皿が舞う。

 べちゃりと、身体に付着する朝食だったものを拭って、俺は家を後にした。

 毎朝こんな感じだ。今日は酷かったけど、ライナの近況が漏れたからだろうな。俺は鬱陶しいくらいの晴天を見上げてため息を吐いた。


「あ、メノス君。おはよう。今日も朝から狩り? 偉いわねぇ」

「はい。これくらいしかできることがないので」


 声をかけてくれる近所のおばちゃんに会釈をして、俺は軒先に立てかけた剣を手に取った。


「ちょっと奥さん聞いた? ライナちゃんはもう魔法を使えるようになったらしいわ――あっ」

「ダメでしょ? メノス君がいるんだから!」


 聞こえない振りをして、俺は井戸端会議をする二人に背を向けて村の出口を目指す。


「本当……どうしてこうも神様は残酷なのだろうねぇ? 片や魔力の上限値を持って生まれて、片や魔力がないなんて……」

「そうねぇ……」


 ライナと俺の関係は、つまりはそういうことだった。

 彼女は生まれながらに選ばれた側の存在で、俺は選ばれなかった方。この世界で最も尊敬される職業の一つ、魔法使いになるための前提条件である魔力。


 それを持たない俺は、端的に言って落ちこぼれだった。


 この小さな村で、同じ毎日を繰り返して死んで行くだけの。まぁ、その程度の存在だったのだ。



 この世界は、魔法至上主義なのだから。



 ◆



「ふぅ」


 仕留めた獣の血抜きをして、俺は背負った獲物籠の中へ入れる。俺と母さんは俺が獲ってきた獣を自分たちで食べたり、農作物に交換して生計を立てていた。

 元々は身体を鍛えるついでのようなものだったんだけど――俺に魔力がないと判明してからはこっちが本職のようになってしまった。


 背負った籠の重みを確認する。今日はこれくらいでいいかな。

 一つ首を縦に振り、俺は木々の合間を縫うように移動していく。青々と生い茂った木々たちは、麗らかな日の光を遮っている。

 鬱蒼とした、そんな言葉がよく似合いそうな森の中。


 俺が目指すのは村――ではなく。俺だけの秘密の場所だ。

 獣道やら、人の寄りつかない山の中を進んでいけば辿り着ける場所。辺鄙な場所だし、俺以外の村の人たちは山の中をそううろつかない。(もちろん、狩りはする)

 今のところ、この場所に俺以外がいるのを見たことがない。


 だからこそ、俺はあの場所が好きなんだ。


 あそこなら嫌なことを全部忘れて、独りを楽しめるから……。


「……?」


 だけど、今日は少し様子が違った。

 森のカーテンがすっぽりと抜け落ちたような、開けた場所。太陽の光が、そこに降り注ぐ。真ん中には澄んだ泉。

 何か分からない石碑。


 どうしてか、清らかな印象を抱くこの場に。見たこともない、誰かがいた。

 明らかに村の人ではない装い。すらりとした長身。様々な紋様が描かれた大きな帽子に、酷く白い肌を露出させたローブじみた衣服。

 オマケに地面についてしまいそうなほどの長い長い金の髪。


 チラリと覗かせる横顔には、どこか謎めいた印象を与える蒼い瞳があった。


 思わず、俺は固まってそれを見ていた。

 あまりにも逸脱しているから。

 狭い村しか知らない俺には、その美しさはあまりにも暴力的だった。そのうえ、彼女の纏った雰囲気がどうにも尋常ではない。


「……」


 息が漏れた。

 別段、信仰心が深いわけでもない。でも、自然と崇めてしまいそうだった。それほどに、神秘と美を孕んでいたのだ。


 息遣いが聞こえたのだろうか。

 ふらりと気まぐれに彼女は俺を見た。


 蒼い、蒼い両の眼と目があった。


「……驚いた。まさか人がいるだなんてさ」


 まるで、清廉な水に泥が混じるように。彼女は表情を変えた。

 すっと、口角をつり上げそう宣う彼女の様子はさっきまでの神秘的な空気はどこへやら。その口調はあまりにも軽いものだった。気安くて、馴れ馴れしさすら感じさせる軽い言葉。


 ズカズカと俺との距離を縮めて。

 彼女は俺の顔を覗き込んだ。深い蒼が、眼前に広がる。

 思わず、俺は後退りをしてしまいそうになるが――。


「ストップ。そう、そこだ。いいねぇ!」

「……?」


 身体が動かなかった。

 まるで自分の身体じゃないみたいに、カチコチに固まっている。俺が極度に緊張してしまっているからなのか。それとも、彼女の不思議な力のせいなのかは分からなかった。


「ふむ……興味深い。気に入ったよっ!」

「え?」


 ガバリと両手を天へと解放し、彼女はそう宣言したかと思えば俺に向かって一気に広げたそれを閉じる。

 突然の抱擁に身構えるが……。すぐに来るはずの温もりはなく。ただただ、虚無。


 彼女の身体が、俺の身体を貫通していたのだ。

 俺を抱きしめるはずの彼女の身体は、虚空を掴み閉じている。


「あー、そうだったそうだった。相っ変わらず慣れないなぁ!」


 あーっはっはっは、なんていうあけすけな高笑いと共に、彼女は勢いよく身体を起こしたかと思えば頭を掻いた。

 何なんだ……この人は。

 第一印象と口を開いた時の印象の落差に、目眩を抱いてしまいそうだった。


「あ、悪いね。動いていいよ」

「……!」


 ひらりと片手で空を切れば、身体の自由がやっと戻ってきた。

 くらりと、その場で転けてしまいそうになるのを耐える。俺は戸惑いながらも、改めて彼女を見やった。


「ん? 私の顔に何かついているかい?」


 下から上へ。

 可能な限り肌を露出させながら、布面積自体は非常に多いという矛盾した衣装。それに、ツバが広いとんがり帽子。まさしく……魔女といえるような風貌だ。


「いえ、そういうわけではありませんが……」

「敬語? かったいなぁ! もっと緩く行こうぜ!」

「は、はぁ」

「私はマキナさ。君は?」


 マキナ。そう名乗った彼女はくるりと俺の肩に手を回したかと思えば(正確にはそういうジェスチャー)意地の悪そうな笑みを零した。


「メノス……で――」

「け・い・ご、なのかい?」

「……メノスだ」

「それでよぉし」


 ニカッと笑って満足気にマキナは俺から一歩距離を取った。

 なんだかやりにくい人だ……。言葉遣いはとんでもなく軽いのに、垣間見せる圧は凄まじく重い。


「さてと急で悪いんだけどね、メノス君。ちょっと匿ってくれないか☆」

「は、はい?」

「後五秒。五、四」

「ちょっと、どういうこと――」

「三、二」


 俺の言葉を遮って、そこまで数えるとマキナは俺の身体に手をかざした。

 かと思えば、何かが俺の身体に流れ込んでいく。凄まじい衝撃と激流が体内に響いたかと思えば――マキナの姿はそこにはなかった。


「一体何だったんだ……」


 なんて口にした途端。

 地面が揺れた。

 木々が不自然に傾いていく。次いで響くのは鉄が擦れ合うような不協和音。

 ギギギギ、ガタガタガタ。

 そんな擬音が良く似合う、身の毛もよだつような気分の悪い音。それらが耳をつんざいていく。


 木をへし折って姿を見せるのは、巨大な何か。

 ……人型の金属の塊?

 ギラリと輝く真っ赤なボディは異様に膨れ上がっており、その風船染みたフォルムとは裏腹に柔らかさなど微塵も感じさせない。


 まん丸と膨らんだ身体(?)の上にはちょこんとこれまた真っ赤な球体が乗っかっていた。身体の下には、ぐらぐらと不安定そうな足みたいな金属塊が二つ。


 妙ちくりんで吹けば飛びそうな見た目だが、想像以上にしっかりとした足取りで俺の元へ来ている。

 身体だって大の男二人ほどの大きさがあり。

 俺が見上げなければいけないくらいには巨大だった。


 その身体のすべてに金属が詰まっているのだろう。

 一歩足を進める度、地響きのような音が響いて微かに地が揺れた。


「超大魔力反応……消失。生命反応……確認。質疑応答ニ移ル」

「……喋ってる」


 耳障りで不気味な声で、それは喋っていた。

 人とも、獣とも言えないような。初めて見る謎の何か。それが人の言葉を操っているのは恐ろしい光景だった。


「人。貴殿ニ問ウ。金之髪、蒼イ瞳ヲ持ツ人型生物ヲ見カケタカ?」


 明らかにマキナのことだ。

 彼女が言っていた匿って欲しいというのは、このことだったのか? とはいえ、俺自身彼女がどこへ行ったか見当もつかない。

 俺はゆっくりと首を横へ振った。


「い、いえ。俺はまったく」

「……心拍数之上昇ヲ確認。何ヲ焦ッテイル?」


 な、何を言っているかは分からないが、俺がウソを吐いているということを勘づいたのか?

 ウソをついているとバレるのは非常に不味い。

 こんな化け物みたいな奴なんだ。普通に捻り殺されてしまう。


「そ、そりゃ突然見たこともない鉄の化け物と出遭ったら……焦りもしますよ」

「化物トハ無礼也。我ハ統一教会第四幹部・名ヲマシンガルド。我ガ武勇一晩デハ語リ尽――」


 なんかべらべらと話し始めたが……最後まで聞いてやる義理もない。というか、普通に怖い。

 見た所足は鈍そうな印象を受ける。

 これ以上喋ってウソが露呈するのも嫌だし、喋ることに夢中な間にお暇するとしよう。そう決めた俺は、一歩、二歩と後退りをして一気にかけ出した。


 せっかくお気に入りのスポットで心身を休めようとしたのに!

 なんであんな変な人(人ですらないものも含め)に絡まれるんだろうか。今日はとびきりついてないかもしれない。


 後をつけられていたら怖いので、できる限り回り道を心掛けて村に帰ったので結局村に戻ったのは日が暮れてからのことであった。



 ◆



「今日もこれだけ? 魔力もなければ、狩りもできない無能め!」


 今日の成果を見せて、いつものお駄賃が支払われる。

 慣れたこととは言え心に来る。

 かつかつ、と苛立ちをまったく隠さない足音を響かせて母さんは部屋の奥へと行ってしまった。


「へぇ、あれがメノス君の母君かぁ。性格がキツそうな人だねぇ?」

「はい、そうなんで――」

「また敬語だぜ? 勘弁してくれよな?」


 声のする方を見たら、そこに立っていたマキナと目があった。戸惑う俺を木にもかけず、飛び上がった彼女は机の上に寝転んだ。

 勘弁して欲しいのはこっちだよ……!


「マシンガルドから匿ってくれてありがと」

「色々聞きたいことがあるんですけど――」

「け・い・ご」


 なんでそんなに敬語をやめさせたがるんだろう……。

 俺は彼女の手を掴み(掴めなかったが、こっちに来て欲しいという意思表示をする)自室へと踵を返す。

 聞きたいことは盛りだくさんだが、ここで聞いてしまえば母さんにバレてしまう。こんな不審者丸出しの人を連れ込んだなんてバレたら……。考えるだけでも恐ろしい。


「へぇ、強引だねぇ。いくら私が魅力的だからって触れられないんじゃあ、しょうがないと思うけど?」

「想像には添えないと思うよ……」


 扇状的なポーズを見せびらかすマキナに呆れつつ、自室に戻ってきた俺たち。

 自分の部屋に人を招くのは初めてだ。こうしてみると、自分以外の人が入るには些か狭い部屋だな……。


「マキナさ……マキナは一体何者なんだ?」

「んー? そうだなぁ。君の師匠?」

「は?」


 全然話が噛み合っていない気がする……! なんで質問をして相手が答えて、謎が増えるんだよ!

 心の中でツッコミを入れつつ、マキナの次の言葉を待った。


「あぁ、ごめんごめん。すっ飛ばしちゃったね。まぁ、私のことは隣の家に住む快活なお姉さん。距離が近くでドギマギしちゃうけど、年も離れてることだし、自分なんて相手にされてないんだぁ、って諦めたいけど諦めきれない人。だと思っててよ」

「妙に具体的な設定……じゃなくて、もう少し具体的な説明を頼みたいな」

「ふ、ふ、ふ。じゃあ君と私の甘酸っぱいエピソードから――」

「妙な設定の話じゃなくて! こっちの話!」

「あーっはっはっは! そうだったの? いや、興味を持ったのかなと思ってさ?」


 主導権を握られっぱなしだ……。

 腹を押えて、コミカルとしか形容出来ない様子で大笑いするマキナさん。本当に何者なんだ、この不審者。


「冗談はこれからもするとして」

「ここまでにして欲しいね……」

「ジョークさ! 私はとある事情で統一教会という組織から追われる身になってしまった可哀想な美女だとも! これまたとある事情で身体を失ってしまってねぇ? とある事情でこの地に赴いてさ! とある事情でやらないといけないことがあるんだよ!」

「凄い! ある程度しっかり説明されているはずなのに何一つ意味が分からない!」


 肝心なところを全部とある事情なんていう便利な言葉でボカされてる。ま、まぁ、マシンガルドが所属する組織に追われている身体をなくした女性ということは分かった。あと、何か目的があって、ここに来て何かをやらないといけないらしい。


 その途中でたまたま俺と遭遇して、匿ったというわけか。


「で、メノス君と出遭って君を視たわけだが……。担当直入に言おう、君、魔力がないだろ」

「……!」

「図星だね」


 確かに図星だった。

 でも、それ以上に驚いたのはマキナが俺の魔力量を見抜いたこと。魔力量を測る方法というのは限られている。

 普通は専用の器具によってしか測ることはできず。俺とライナは魔力量の測定をするためだけに王都に出向いた。それをマキナは一目で言い当てた。


「どうしてそれを……?」

「私はこれでも大賢者だからね」

「大賢者……」


 魔法使いの総本山。――魔導協会。

 この巨大な組織を統べると言われている十人の王。そんな怪物たちに与えられる称号が賢者だ。彼女は自分を賢者だと名乗り、あまつさえそれだけでは不足なのか大とまで付け足している。


 とても信じられる話ではない。


「それはともかく。君は君自身を勘違いしている」


 ぐいっと顔を近づけて、マキナの蒼い瞳が張り付いた。


「魔力がないというのは、まったくもって見当違いな事実だということさ」

「……え?」


 その言葉は俺に取っては彼女が大賢者であるということよりも、なおも信じがたい言葉だった。



 ◆



 あの日。

 そう、あの日だ。

 数年前。うだるような暑さの昼下がり。


 俺はいつものように、ライナと共に遊んでいた。魔力量測定の後だって、俺とライナの仲は変わらなかった。

 そりゃ、俺と母さんの関係は壊れてしまったけれど。でも、ライナは魔力のない俺にだって優しかった。


 村の広場に腰を下ろして、今日は狩りもお休みだからと彼女と語らう。

 家に居場所がない俺に取って唯一の心安まる時間。それがライナと過すこの時間だった。


「メノス。お母さんの調子はどう?」

「あー……あんまりかなぁ。いつもと一緒」

「そう……。厳しいけど優しかったお母さんが、まさかあんな風になるなんて。今でも信じられないや」


 赤毛を揺らして、ライナは困ったように言葉を返す。

 俺も彼女と同じ気持ちだった。

 母さんは厳しかった。村でも同年代の俺とライナはいつも母さんの魔法使い指南に付き合わされていた。それほど、母さんは俺を魔法使いにしたがっていたらしい。


 でも、結果は見ての通り。

 ただ、俺に才能がないだけならまだマシだったけどさ。ライナがズバ抜けた魔力量を誇るエリートだと判明してしまったのだから大騒ぎだ。

 将来、魔導協会を背負って立つに相応しい才覚の持ち主だとはやし立てられているらしい。我が幼馴染ながら、途方もないところまで行ってしまったものである。


「それはともかくさ。この前、狩りの途中で珍しい場所を――」

「あ、メノス。その、話したいことがあるんだけど」


 俺の声を遮って、ライナは神妙な面持ちで俺の顔を見た。

 髪と同じく、赤い瞳が俺を見据える。それが、どうにも居心地が悪かった。

 いつもと違う、ピリピリとした空気が俺とライナの間に流れた刹那――。


 けたたましい嘶きと共に、白馬が村を駆けた。そこに続くのは二頭の馬。それらに跨がるのは魔導協会の腕章を身につけた騎士。


「王都から来た魔導協会の遣いである。ライナ嬢の迎えにあがった」


 騎士たちの中でもリーダー格らしき、白馬に跨がった騎士が地に降りてそう宣言した。

 迎え……?

 どういうことなのだろうか。


「ライナ?」


 村の入り口辺りに向けた視線をライナに戻せば、彼女はもう既に立ち上がっていた。

 赤い髪を広げて、彼女は騎士たちの方へと歩を進めていく。


「その、私……王都に行くことになったの。魔導学園カサルティリオに通うための勉強をするために」


 俺に背を向けたまま、ライナは続けた。


「正直さ。メノスのこと、どうでもよかったんだよね。今まで話してたのも、村で唯一の同年代だからってだけだし。あ、あと魔力がないっていう哀れみかな」

「え……」

「メノスと違って私は華々しい道を歩くことになるわけ。だからさ、後々になって友達面して私の周りをうろちょろされても困るから……先に行っておくね」


 そこまで言って、ようやく彼女は振り返った。

 道に転がった石を見るような、何の感情もこもっていない目を向けてライナは口だけの笑みを見せる。


「大っ嫌いだったよ。落ちこぼれで――何の力もなくて――こんな小さな村で同じような毎日を繰り返して死ぬような君のことが」


 すぅと、息を吸って。


「心の底から、これ以上なく。ただただ、嫌いだったよ。私は君のことをもう忘れるだろうから。君も私のことを忘れた方がいいと思うよ。君のお母さんみたいに? 嫉妬に苛まれるのも可哀想だからさ」


 それだけ言うと、俺の返事なんて興味がないというように背を向けた彼女は騎士たちの方へ走っていく。

 その遠ざかっていく背中に手を伸ばすけど――。

 俺の手が届くはずなんてなく。いや、本当は手を伸ばす勇気すらも……。



 天井に手を伸ばす間抜けな姿で、俺は目覚めた。

 あの時、何か返事ができたらこんな悪夢に苛まれることもなかったのだろうか。なんて、空しい想像ばかりが胸を打った。


「うなされていたようだけど、大丈夫かい? もしかして、痴情のもつれって奴?」

「似たようだけど、違う話かな」

「どんな話なのさ」

「高嶺の花に手が届くと勘違いした哀れな男が、ただただ自分を思い知るだけのつまらない話さ――って、マキナ! まだいたの!?」


 俺はかぶりを振ってマキナを見た。


「ずっといるって話だっただろ? あんなに熱い夜を忘れてしまったのかい?」

「……そんなことはなかったと思うけど」


 確かに昨日はマキナから色々と教えて貰ったんだったか。


「それはともかく。私が語ったことを覚えているかな?」

「俺は魔力がないわけじゃなくて……って話? 正直、一度聞いただけだと上手く飲み込めないから……もう一回聞いてもいい?」

「しかたないなぁ。君が魔力量測定で0という数値をたたき出してしまったのは君が魔力がないから――というわけではなかった」


 身体を起こした俺の隣に座り込んで、マキナは大仰なジェスチャーと共に語り始めた。窓から零れる朝日を一身に受け、金の髪がさんざめいた。


「基本的に現在運用されている測定器具というものは、観測範囲が一から一万まで。この間にある数値によってランクが分かれるわけだ」

「Eから初めてAの五段評価だよな?」

「そうとも!」


 とはいえ、この五段階評価にはただ一つの例外がある。それがEXだ。俺とライナは同じEXに分類されるつまはじき者だった。(とはいえ、その意味合いは大きく異なるわけだが)


「一より下か、あるいは一万よりも上か。どちらにせよそれらの数値を下回るか上回るかした場合に判定されるのがEXだけども――」

「どんな人間でも、オドは持っている」

「そう。体内魔力、即ちオドはどんな生命にも宿るものだ。それがないというのは、生物として破綻していると言えるだろう。だからこそ、君に魔力がないというのは、実に荒唐無稽な前提なのさ」

「でも、魔力量測定自体が間違っていたわけじゃないんだろ?」

「ああ、そうとも。君には一から一万の魔力はなかったわけだ」

「……?」


 昨日もそう言われた。

 でも、その意味が分からない。一よし下の魔力なんて、ゼロしかないわけだ。そしてゼロというのは魔力がないということ。測定結果が正しいならやっぱり俺には魔力がないということにならないだろうか。


 そんな俺の疑問を打ち消すように、マキナは人差し指をピンと立てて器用に左右へと振るった。


「数字とは必ずしも正の方向にのみあるとは限らない」

「……?」

「つまり! 君は魔導協会の歴史上初めての――!」


 指を弾いて、勢いよく立ち上がったマキナはくるりと回転して両腕を大きく天井へと広げる。


「負の魔力を持つ人間なのさ!」

「負の魔力……?」

「とはいっても、理解しやすいように正と負で考えるだけでさ。本当は魔力を打ち消す魔力というべきだろうか……? 魔力量測定はどうやって行われているか知っているかい?」

「確か……水晶に込められた水晶が持つオドを使用者の体内に注入して、水晶の魔力と使用者の魔力の割合を比べる……だったっけ?」


 そんな説明を聞いたような気がする。魔力を無理矢理注入するから、人によっては体調不良やら何やらが起ってしまう危険性がある……みたいなそんな説明を聞いた。


「そんなところさ。だが、もし注入した魔力が消失してしまえば?」

「測定不能になるし……ゼロというエラーを吐いてしまう?」

「そういうことさ! つまり、君の体内にあるオドは……魔力を打ち消す。私はこれをマイナスの魔力と名付けることにした――っていう、説明は二回目だけど、理解できたかな?」


 振り向いてマキナは首を傾けた。

 正直、まだ飲み込めないところもあるけど……。全体像を掴むことはできそうだった。

 つまり……俺にもしっかりと魔力はあって。夢だった魔法使いにもなれるかもしれない……ってことだ。


「君は魔導学園カサルティリオに興味はないのかい?」

「ある、あるけど……うん。もし、マキナが言うように俺にも魔力があるんだとすれば……行きたい。魔導学園に」


 俺は拳を握り締めた。

 自分が魔法使いになりたいだけじゃない、ライナともう一度だけ言葉を交わしたかった。あんなお別れで終わってしまうなんて、それだけは嫌だったから。

 母さんのためにも、俺のためにも、魔法使いを育成する名門中の名門。カサルティリオに行きたかった。


「私もカサルティリオに用があるんだ。そして、君と私はとても相性がいいんだよ。実のところね?」

「……?」

「ま、それはおいおい。そうと決まれば、こんなしみったれた村を出る準備をしなくちゃならない」

「……あ、そうか入学試験」


 年に一度の入学試験。確か、それの開催まで後一ヶ月ほどしか猶予がなかったはずだ。だけど……俺みたいな素人が今すぐに参加して、合格できるものなのだろうか。


「母さんから色々詰め込まれた勉強も忘れてるだろうし……魔力の扱いだって、何も練習してない……。来年か再来年がいいと思うんだけど」

「バカを言うなよっ! 思い立ったが吉日だぜ? それに、昨日の愛の言葉を忘れたのかよ!」


 ドンと、胸を叩いてマキナはニヤリと笑みを浮かべた。


「私が、君の、師匠になるからね!」


 合格なんて楽勝だよ、楽勝。なんてつけ加えてマキナは自慢気に語った。自称大賢者のマキナ。その実力を遺憾なく発揮することができれば俺を一ヶ月で一人前の魔術見習いにするのも訳がないということなんだろうか。


「それはありがたいけど、どっちにしても母さんに相談しないと」

「あの母親に? ふぅん。ま、それもいいかもね」


 どこか含みのある笑みを見せてマキナはそう締めくくった。

 母さんは俺が魔法使いになることを誰よりも望んでいた。きっと、俺に魔力があってカサルティリオに入学できるかもしれないと知れば――喜んでくれることだろう。


 久しぶりに、母さんの笑顔を見ることができるかもしれない。そんな期待に胸を膨らませて、俺はいつもと違う今日を始めた。



 ◆



 森の中を、一体の鉄の塊が歩んでいた。

 ずしり。

 ずしり。

 その足取りは重く、そして鈍い。――だが、目的はハッキリとしていた。


 頭部であろう、鉄の球体の中心から赤い光点が一つ垣間見えた。


 てらてらと、朝日を一身に受けて輝くその身体は美しい流線型。けたたましい呻き声にも似た駆動音が森を揺らす。

 あの少年が逃げた道を執拗に辿る。

 うねうねと山道を気ままに移動していたようだが……。生憎と、マシンガルドに睡眠は必要ない。マシンガルドには疲れも存在しない。


 いくら鈍くとも、休むことなく彼は歩み続けていたのだ。


 ふと、森が開けた。

 そこに移るのは小さな村。少年の足取りはあそこに続いているらしかった。


「発見。次第ニヨッテハ踏ミ潰ス」


 がしゃん。

 がしゃん。


 そんな音を響かせて、マシンガルドは視界に移る村を目指して突き進む。



 ◆



「何を言っているの……?」

「俺、魔力があったみたいなんだ。だから、魔法――」

「そんなことあるわけないでしょ! 魔導協会の作った測定器具が間違っていたっていうわけ!? あの時の母さんの惨めな気持ちをまた思い出させてくれるっていうの!? ライナちゃんが測定不能を出して、周囲から褒め称えられた後に、同じ測定不能が出て喜んだ後、それがクソみたいな意味だって知ったあの惨めさを!」


 俺の肩を強く掴んで、母さんは呪詛じみた言葉を吐いた。

 いつもの母さんだ。ライナの成功を羨んで、俺の魔力がないことをどこまでも恨んでいる。そんな母さんだ。

 ギリギリと、強く……強く俺の両肩を握り締めた母さんは光のない真っ黒な瞳を俺に向ける。


「どうしてお前はそうバカで無能なんだ……! 母さんは頑張って頑張って頑張って頑張って来たのに! どこまでもお前は母さんの期待を裏切ってくれる。ようやく、少し、諦めがつくかと思えば、実は魔力があっただなんて、そんなつまらなくて下らなくてどうしようもないウソを吐くッ!」


 そこまで言い切った母さん。

 俺が呆気に取られていると、頬を衝撃が走った。次に来るのは、じんわりとした熱。

 どうやら俺は頬をぶたれたらしい。

 くらりと、衝撃が駆け巡ったせいで身体のバランスは崩れ、地面に転がってしまう。別に、痛くはなかった。特段、重い一撃だったわけでもない。


 ただ、俺はショックだった。

 きっと母さんは喜んでくれると思ったのに。蓋を開けてみれば、こんな結果。もう、母さんにとって俺は目障りな存在だと思い知らされた。


「バカなことを言ってないで、さっさと狩りにでも行きなさい! お前の価値はもう、狩りをすることくらいしかないの!」


 俺はふらりと起き上がって、首を縦に振った。

 いつも見たいにくしゃりとも笑えない。ただ、なんとも言えない感情が胸に渦巻いて……俺は肩を丸めて家を出るしかなかった。


 家を出れば、空は変わらず底抜けに青かった。

 届かない青空を見上げる俺の視界に映るのは、また別の蒼。


「酷い剣幕だったねぇ? メノス君の母君は相当にフラストレーションが溜まっているらしい」

「ははは。まぁ、母さんは俺を魔法使いにすることだけが生き甲斐だったからな」


 母さんは元々魔法使いを目指していたらしい。

 しかし、その道を挫折してしまった。でも、魔法使いになるという夢を諦めることはできなかった。

 そんな母さんが自分の夢を託したのが、俺。


 母さんはどうしても、俺に魔法使いになって欲しかった。

 でもその夢も砕かれてしまう。

 あの日以来、母さんはおかしくなってしまった。

 俺はそれが溜まらなく嫌だった……だけど、その責任は自分にあるような気がして。俺のために頑張ってくれた母さんの、その期待に応えられない自分に。


 だから、嫌悪感以上に罪悪感ばかりが募ったんだ。


「やっぱり、魔法使いになるなんて……」

「無理だと思うかい?」

「うん。魔法使いを志す人間の中でも、エリートたちが通う名門中の名門。そんな場所に、俺が行けるわけがない」


 心なしか、いつもより足取りが重かった。

 丁度、村の中心まで足を運んだ俺。広場の縁に腰を下ろす。どうしてか、狩りに行く気にもなれなかった。


「完全に意気消沈って奴だねぇ」

「そんなことばっかりさ、俺の人生は。これから先も、多分同じだよ」

「そうかもしれないね。だけどさ、それは君が――」


 マキナがそこまで言葉を言いかけると、途端に口を閉ざして村の入り口へ視線を移した。それにつられて、俺もマキナが見た方を見れば。


「え……!」


 そこにいたのは、あの泉で出遭った巨大な鉄塊。マシンガルドを名乗る不気味な何かだった。

 がしゃん、がしゃん。

 鉄が擦り合うような、不愉快な足音を響かせてマシンガルドはその巨躯のまま、遠慮なく村の柵を吹き飛ばした。


 まさか、俺を追って……!?


「お、おい! なんだお前は!」


 村の守りを務める騎士がマシンガルドの歩みを止めるように槍の穂先を差し向けた。しかし、マシンガルドは動きを止めず。

 村の中心地……つまり、俺がいるこの場所を真っ直ぐと見据えてただひたすらに前進。


「止まれ!」


 騎士はマシンガルドの前に立ちはだかって、そう叫んだ。しかし、止まるわけがない。

 なおも前進する紅の鋼鉄を前に、騎士はもう我慢ならないといった様子で槍を勢いよく振りかぶった。


「捕縛する! 穿て水流槍!」


 騎士がそう叫べば、騎士の周囲に水の槍が幾本も出現。それらはまるで雨のようにマシンガルドへと降り注ぐ。


「へぇ。彼も魔法使いだったのか」


 マキナが感心した様子でそう呟いた。村の守衛である騎士は国から派遣されている。魔法を扱えるのは当然のこと、戦闘用にそれを磨き上げているのだ。


 つまり、こんな辺鄙な村であっても魔法使いとしては一流。群れた夜盗の十人程度を軽く捻ることができるほどの実力者。

 小さな村を守るには十分過ぎるほどの力。――だが、今日ばかりは相手が悪かった。


 降り注ぐ激流の槍はマシンガルドの身体に突き立てられるが、そのすべてが弾かれていく。遠距離攻撃では埒が明かないと感じたのか、騎士は低く腰を落として見せた。


「はぁ……っ! 水面突きっ!」


 騎士の周りに水が溢れたかと思えば、瞬間波に乗るように加速。

 凄まじい勢いで槍をマシンガルドの身体へと突き立てる。瞬間、聞こえるのは甲高い金属音。

 その後に空から槍の穂先が振り、地面に突き刺さった。


「か、堅い!?」

「……大道芸ハ終イカ? 邪魔ダ」

「まだ終わっては――」


 不格好な赤い球体から同じく真っ赤な金属が露出していく。腕のような場所と長さのそれは、極めて投げやりに横へと振られた。

 しかし、ああまで接近してしまった騎士はその横振りを回避することはできず――横腹をマトモに打たれ吹き飛ばされていってしまう。村の家屋に叩きつけられ煙と木っ端が舞い上がった。


「流石はマシンガルド。一筋縄ではいかないね」

「騎士さん!」

「おっと、メノス君。今は彼の心配よりも……」


 俺が声をあげれば、遠方のマシンガルドと目が合ってしまう。赤い光点が、真っ直ぐに俺を見据えていた。


「君自身の心配をした方がいい」

「え?」


 マキナは俺の身体に手をかざして、姿を消した。

 あの泉で起きたことと同じことなんだろう。彼女の行方はともかく、マシンガルドの目的は明らかに俺。

 つまり、村にこれ以上の損害を出さないためには……。だとしても、あんなのに一人で向かっていて何ができるというのだろうか。


「発見、捕縛スル」


 相も変わらず無機質な声色でマシンガルドはそう発した。大丈夫、アイツはノロマだ。

 取り敢えず村からアイツを追い出して、そのまま森の中で巻けばいい。騎士さんが負けてしまったことで、恐らく王国から騎士団の応援だって到着するはず。


 それまで時間を稼ぐことができればいい。


 なんて、打つ手と見通しを立てる俺。

 そうと決まればマシンガルドに背を向けて、逃げる準備を整えるが。


「逃ガサンッ!」


 その言葉と同時に紅の鋼鉄によるサンドイッチ。

 左右から迫った金属が俺の身体を容赦なく包み込んだ。


「がっ!」


 鈍い痛みが全身を駆け巡る。

 多分、俺を殺さないように手加減をしているんだろう。もし、マシンガルドが俺を殺すつもりなら、もう俺は死んでいた。

 その事実が背筋を撫でていった。身体に響く鈍い痛みが思考を麻痺させる。

 そのまま、俺を包み込んだ鋼鉄はマシンガルドの元へ。


「質問ヲスル。オ前ハ、知ッテイルナ?」

「……」

「答エロ。答エナケレバ殺ス」


 少しずつ、俺を掴んだ金属の圧力は強まった。

 どうやら、殺すというのは脅しではない。この巨大な鉄の塊は俺が使えないと判断すればいとも簡単にうち捨てるのだろう。

 コイツが探しているのは他でもないマキナだ。


 彼女を匿って殺されるか。それとも彼女を売って生き存えるか。

 俺に突きつけられたのはそんな二択。


「もしかして、諦めようとしているのかい?」


 頭の中にマキナの声が響いた。

 どんどんと両側からの圧力が強まる中、俺の苦しみなど知らないようないつもの口調。俺は脳内に響くその声に、どうしようもできないじゃないか。と、返事を送った。

 すると、途端に聞こえてくるのは快活な笑い声。


「言っただろう? 君は特別な力があるのだと! さぁ実戦講義だ。君はこの状況を打開することができる」


 どうやって。そんな無茶な!

 頭の中の会話というのは、口よりも率直に思っていることを漏らしてしまうらしい。そんな情けない返事をする俺。

 マキナの様子はそれでもやっぱり変わらない。


「いいかい? まずは魔力を身体に通す必要がある。君は確かに魔力を持っている。けれど、それは生命を維持するのに必要最低限しか動かせていない。そのエネルギーを扱うために、開くんだ。魔力の路を」


 マキナの言うように、それについての知識はある。言わば、魔力の血液。身体中に自分のオドを通す行為。これができなければ、魔法使いになることは不可能だ。

 でも、最初に魔力を通す行為っていうのは落ち着いた場所で、集中しながらやるはず。少なくとも徐々に圧力が強まるような場所で、命を危険に晒しつつやるようなことではないのだ。


「じゃあ、どうする? できないからと諦めて、黙ってここで死ぬのかい?」


 死ぬ……?

 それは嫌だ。死にたいわけがない!

 だけど、魔力を通すことだってできそうになかった。じゃあ、俺はマキナを見捨てて――。それも、自分で選ぶことができなかった。

 俺は卑怯者だ。

 何も選ぶことができずに、このまま潰されて死んでしまうのだろう。


「……」


 遂にマキナの声も聞こえなくなった。

 骨が軋む。嫌な圧力が加えられ始める。死が迫る。

 でも俺は何もできない。魔力を通す? そんなやり方なんて分かるわけがない。


「分かったよ。しかたない。君を巻き込んだのは私だからね」


 そんな声が頭の中に響いた。

 俺は卑怯者だ。

 マキナがこういうのを待っていた。自分では彼女を斬り捨てるという判断ができないから。ここで、マキナが出て行ったどうなる?

 そんな、返事が分かりきった質問をして自分の罪悪感から目を逸らした。


「死ぬだろうね」


 簡潔に、まるで今朝の食事のメニューを語るように彼女は語った。


「まぁ、でも君は助かるよ。少しの間だったけれど、暇つぶしにはなったぜ?」


 すぅーと身体から、何かが抜けていくような感覚があった。

 これで、俺の命は助かる。

 ……それで、いいのだろうか。どうしてか、脳裏に過るのはあの日の記憶。俺に厳しい言葉を向けて、ゴミを見るような眼と共に去っていたライナのあの背中。

 あの時、俺があの背中に手を伸ばせたなら。


 あの子供の頃の微笑ましい約束に、俺が彼女の指を取れたなら。


 いつも、一歩踏み出す勇気があったなら。

 今は変わっていたのだろうか。そんな疑問が幾重にも重なって俺の心を揺らす。俺が今の現状にいるのも、特別な力がないからじゃなくて――俺自身に一歩踏み出す勇気がなかったからなんじゃないか?


 なら、俺は……。


 身体から消えていく何か。俺は、それに向かって手を伸ばす。

 もし、ここでマキナを見捨てるようであれば。多分、魔力があっても俺は一生このままだ。

 魔力があろうと、なかろうと。

 ここで一歩を踏み出せなければ、俺は俺が憧れたような魔法使いにはなれない!


「……?」


 何かを掴む。そんな強烈なイメージが脳に焼き付いた。もう、後数秒ほどで骨は折れるであろうこの絶体絶命の状況。

 だというのに、俺の身体は熱くなっていく。

 途方もない熱が全身を駆け巡り、まるで新しく身体を打ち直しているような感覚にすら陥った。


「ぐっ!」


 余りの熱に俺はたまらず声を漏らした。

 身体から溢れ出るそれを制御することはできず。そのまま、周囲へと迸らせれば……。

 突如として俺の身体を押さえつけていたはずの圧力は消え去り、俺の身体は地面へと堕ちていった。


「何ッ!?」


 マシンガルドの困惑した声が聞こえてきた。

 着地した俺は追撃が加えられないように立ち上がる。マシンガルドを見上げれば、さっきまで俺を掴んで握りつぶそうとしていた両の腕が、くり貫かれたように崩れていた。

 あれは……俺がやったのだろうか?


「できたじゃないか。路は開けた。君は、ようやく君自身の魔力を操れるようになったのさ」

「俺自身の魔力……?」

「そうとも。君の魔力はマイナスの魔力。――つまり、君は全ての魔法使いに対してただ一人。無条件で魔力、魔法を打ち消すことのできる天敵になったのさ!」


 頭の中でそんな声が響いた。

 どうしてか、身体に力がみなぎる。これが魔力……。俺にもあった、魔法使いになるための力。


「君の魔力はマイナスだ。だからこそ、プラスの魔力とぶつかり合いその魔力よりも君の魔力が上ならば……ゼロ。つまり無効化することができる」


 マキナがこの魔力の特異性について語り始めた。なるほど彼女が言うように俺の溢れた魔力がマシンガルドの身体を蝕んだのだろう。

 ……だとすれば、恐らくあの巨大な鉄の塊は。


「マシンガルドが扱う魔法は、自身の魔力から金属を生成するというものさ。つまり、君はとても有利だということだね」


 彼が操る金属は、彼自身の魔力によって生成されたもの。それは元を正せば魔力であるが故に、プラスの魔力を打ち消す俺のマイナスの魔力ならば太刀打ちできるということなのだろう。


 だからといって、楽勝になるというわけではなかった。

 俺とマシンガルドの身体能力は月とすっぽんほどに離れてしまっているし、何よりも俺はまだまだ魔力の扱いになれていない。


 だが……。


 俺が生き残るには、ここでマシンガルドをどうにかしなければならないのだ。ため息を吐いて、拳を握り締める。

 そうして目の前の巨大な紅を睨めつけた。


「何ヲシタカ、測リカネル。ダガ……無駄ナコト! 芥之ヨウニ払ッテヤロウ」


 がしゃり、がしゃりと身体を組み上げるマシンガルド。黒い影が俺の身体にかかっていく。で、でかい……。

 空を見上げて、俺は威圧感を覚えた。


「さぁ。覚悟を決めるんだ。君は今、勇気ある一歩を踏み出した。なら、後は走り抜けるまでさ!」


 脳内にマキナの言葉が反響する。その言葉に背を押されるように、俺は逃げようとする身体を押さえつけた。

 大丈夫だ、自分なら勝てる。

 根拠のない言葉を自分に言い聞かせながら、俺は身体を巡る熱に意識を集中。勝機があるとすれば、最大の武器であるマイナスの魔力を使ってどうにかしてマシンガルドから一本を奪うこと。


 じゃあ、どうやって?


「まず、魔力の扱いになれるんだ。魔力は身体を巡るエネルギーだからね。そして、魔力はマシンガルドがそうしているように、外に放出することもできる」

「外に放出……」


 その言葉を反すう。

 理屈としては理解できた。現に俺はついさっき、同じようなことをして見せたじゃないか。ただ、それは無意識の行動だったのでもう一度同じことを狙ってできるかと言われれば……難しい。


 だが、難しいからできないと言ってしまえばそれまで。

 俺は息を整えて、マシンガルドを見据えた。一挙一動を見逃すな、マシンガルドに意識を向けつつ、魔力の動きにも集中する。


「加減ハセン。死ネ」

「――っ!」


 マシンガルドの身体から吹き出すのは、ギラリと太陽の光を反射させる幾本もの刀剣。赤い胴体らしき部分から幾重にも重なって伸びるそれは、風を切る音と共に眼前まで迫る。


「魔力を出して、打ち消すんだ!」

「……無理!」


 マキナがそう言うが、その余りの速度と恐ろしさから思わず身体が仰け反った。

 紙一重で回避。頬の薄皮一枚を裂いて伸びていくそれ。たらりと垂れる血を拭いつつ、追撃に備えた。


 さらに二本。


 うねうねと螺旋状に絡まりつつ広がるそれは、先程の剣よりも範囲が広い。

 ――避けられるか?

 いや、避けるしかない!


 そう決意して、俺は一歩、二歩と駆け出してスライディング。頭部のギリギリ上を鋼鉄が迸っていった。


「この状況でさらにオーダーを増やすのは申し訳ないけれど――魔力を扱わないと直に死んでしまうよ!」


 マキナの声が耳をついた。あの時やったみたいに、魔力を身体から出す。

 マシンガルドとの距離を詰めつつ、俺はあの時の感覚を思い出そうと試みた。身体に熱がこもって、それを外に出すあの感じ。

 自分の心の中から、出て行く何かを掴むような。あの手を伸ばす気持ち。


「距離ヲ詰メタ所デ何之意味ガ!」


 瞬間。

 マシンガルドの身体が崩れたかと思えば、何重にも広がる剣山じみた姿へと変わっていく。俺を取り囲んだ幾本もの剣の山は、そのまま閉じていく。

 回避はできない。


 今さら後ろに引くこともできない。

 なら、俺は――。

 足に力を込めて、飛んだ。身体の中に燻る、小さいが確かにあるその魔力を俺は一身に汲み上げる。

 まだ、俺は、こんなところで!


「死ねない!」


 身体に熱が巡る。

 この感じだ。後は、これを……外へ!

 空中で両の手のひらをマシンガルドの頭部へとセットアップ。いけ!


「はぁ!」


 刹那。

 両手から真っ黒なエネルギーのようなものが広がった。これが、俺の魔力……?

 それがマシンガルドの操る金属に触れれば、瞬く間にそれを上塗りするように消し飛ばしていく。


「……!」


 だが、それも一瞬。

 俺が繰り出した黒はやがて薄れ、マシンガルドの頭部へ到達する前に完全に消えてしまう。


「魔力量が足りていない! もう一押しだメノス君!」

「なら……!」


 空中で身を捩りつつ、俺はマシンガルドの元を目指す。

 この熱を、右手へ集めて……!


「無駄ダ!」

「吹き飛べ!」


 俺の身体へ向けられて噴出するのは大きな金属の槍。

 マシンガルドの胴体から放たれるそれ。当然ながら回避は間に合わないだろう。俺は右の拳で迎え撃つ。

 普通であれば俺の拳は打ち砕かれ、そのまま腕一本を串刺しにされてしまうだろう。でも、今の俺は右手に魔力を纏わせている。

 つまり……。


「はぁっ!」


 槍は俺の腕に刺さるよりも早く、切っ先からその姿が解かれていく。そのまま、俺は根本まで到達。マシンガルドの身体にめり込む己の右の拳を確認して。


「弾けろ!」


 自分の右手に溜めた魔力を解放。迸るマイナスの魔力はマシンガルドを内部から蝕み、大きな穴を生みだした。


「……マサカ。コノマシンガルドガッ! 童如キニ……敗レタ。ダトッ!?」


 そんな言葉を残して、ガラガラとマシンガルドは崩れ去った。


「マシンガルドが己の魔法によって、その身体さえも作っているとよく見抜いたね?」


 鉄の残骸と化したマシンガルドの頭上に現れて、マキナはサムズアップ。だが、これは俺が意図したわけではない。


「無我夢中でやったら、効果的だっただけだけどね」

「無意識に勝負の肝要を掴めるなら、なおよしさ! 君はあのマシンガルドを倒してしまったのだから、大したものさ」


 マキナからの賞賛は素直に受け取っておくことにしよう。

 自分でも、こればっかりはよくやったと褒めてやりたかった。マシンガルドがどんな奴だったのか、その目的も結局は分からず終いだったけど。強敵だったことは確かだ。


 騒ぎを聞きつけたのか、村の人たちがざわざわと家から姿を見せ始めた。

 俺は向き直ってもう安全であることを村の人たちに伝えようと試みる。


「俺が倒したんで、もう大丈夫だと思います」

「……」


 ただし、騒ぎが小さくなるわけではなく。むしろ大きくなっていった。


「メノス!」


 そんな声を割って聞こえるのは母さんの声。

 ずかずかと人混みを退かして姿を見せる母さん。その表情はよく見えなかった。


「今のを見てたよ! 凄かったじゃないか! まさか、本当にメノスに魔力があったなんて! しかも……こんな怪物を倒してしまえるような!」


 俺の元へ歩み寄った母さんは何年かぶりに燦々とした笑顔だった。

 ギュっと俺を抱きしめて、興奮気味にそう話す母さん。


「よし、母さん決めた。行っておいで。魔導学園カサルティリオに!」

「……」


 俺の肩をぽんと叩いて、母さんは満面の笑みでそう言った。なんとも言えない複雑な感情が心の中に芽生えるが……。それを飲み下して俺は笑顔でこう返す。


「ありがとう! 母さん! 母さんが自慢できるような凄い魔法使いになるよ」

「楽しみに待ってるわ!」



 ◆



 翌朝。

 いつになく豪勢な朝食を食べた俺は、母さんに見送られて村を出ていた。マシンガルドの身体を回収しに来た騎士団と馬車にお邪魔して、目指すは王都。


「さて、これでまずは第一歩。共にカサルティリオを目指そうじゃないかぁ」

「そうだな。でも、どうしてマキナはカサルティリオに?」

「それはまだ語るべき時ではないね。それよりも、君が知るべきなのは――私たちは既に一蓮托生だということさ」

「……?」


 俺の身体に寄りかかって、マキナは蠱惑的な笑みを浮かべた。それがどうにも、恐ろしくてしかたがなかった。


「私は身体がないだろう? あの泉で君と出会った時にね? 魂単位での契約を結んだ訳さ」

「は……?」

「君が死ねば私は消える。私が消えれば君も死ぬ。そういう契約さ」


 さらりと、とんでもないことを口走る大賢者。

 俺は困惑しながらも……どこか、ああ、やっぱり。みたいな考えが頭に浮かんだ。


「君は立派な魔法使いになるために」

「マキナは……とある目的のために」

「共存共栄、と行こうじゃないか。メノス君?」


 差し出された手のひらを掴み。(もちろん、すり抜けるのだが)俺はマキナとの協力関係を受諾した。

 俺はもう走り出した。あの時、手を伸ばせなかった手を伸ばして動かすことのできなかった足をようやく動かすことができたのだ。なら、走り抜けるまで。

 まずは一ヶ月後のカサルティリオ入学試験。これを越える。


 ガタガタと馬車に揺られて、俺たちは王都へと運ばれていった。

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魔力0の無能と罵られ続けた俺。なぜか美人大賢者様に拾われました。最強の師匠と共に魔法使いランキング1位を目指す。【魔力-9999の魔法使い】 雨有 数 @meari-su-

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