03
魔王の家に居候するようになって数週間、平穏に日々が過ぎた。魔物の
魔法こそ使って容易にしているが魔王は手料理を振る舞ってくれるし、しかも美味しい。アリサが激辛料理が食べたい、フライドチキンが食べたいといえば相当のものを作ってくれる。
聞くとアリサが好きな唐辛子や黒胡椒を使ったスパイシー系料理は、こちらの人界では宗教上の理由でメジャーではないらしい。オーガニックも嫌いではないが、そればかりでは飽きてしまう。時々ジャンキーなものを食べたくなるアリサには、魔界の食生活の方が適していた。
服装にしてもそうだ。こちらの人界では女性はみだりに肌を晒してはならないらしく、踊り子や遊女など、特定の業種を除いてアリサの趣味とは違った。あと、髪は染めたらダメらしい。
髪を気分に変えて染めたいし、ミニスカやダメージジーンズなども好きに穿きたいアリサにはどんなファッションも許される魔界のスタイルの方が合っていた。
魔王はすでに完成された容姿をしているためか、似たり寄ったりの服装しかしなかった。夕食後に、彼の翌日の服をコーディネートするのが楽しみの一つだったりする。
そんな魔王は、昼下がりの現在、家の隣にある家庭菜園の手入れ中だ。ついでに、夕食用の野菜をいくらか収穫している。
「なんか、アリーリアタイアして田舎暮らししてるサラリーマンみたい」
「隠居のようだといえば済むものを」
「むしろ、インキョを知らないし。そーゆースローライフを配信してるチャンネルがあってさー、けっこー癒されるんだよね」
座るのにちょうどいい大きさの石に腰かけ、アリサは頬杖をついてその様子を眺める。瘴気の満ちる魔界とはいえ、陽は差す。魔王が農作業している光景は、随分のどかだ。
「退屈ならどこへなりとも行けばいい」
「違うしっ、褒めてんじゃん!」
魔王は簡単にアリサを手放そうとする。元々、彼はアリサを縛りつけていない。アリサがいたいというから許しているだけだ。
「何もしないのも悪いしさ、あたしも手伝えないかな?」
「俺は特に対価の労働を求めていない」
「でも……」
欲望のままに生きることをよしとする魔界では、好きなところで寝て暮らすことは自由だ。魔王は、居候であるアリサに何も強要しない。それが、人間のアリサにはいささか気まずい。
ワガママをいっても許されるし、ほとんどのことは叶えてくれるのだ。アリサは、自分が甘やかされ過ぎていると感じる。
「女の人のところに行ったり、つれ込んでる感じもないし、あたしジャマなんじゃ……」
相手に困っていないと言っていた割に、魔王に女の気配がない。そういった気配がないのは、自分が原因ではないかと思った。
この世界にきて唯一の寄る辺の彼に突き放されるのは、正直怖い。
迷惑をかけているのでは、としょげるアリサを見て、何を思ったか魔王は提案した。
「帰してやろうか」
「え」
「調べてみたが、準備をすれば元の世界に帰してやれるぞ」
当初解らないといっていたのに、魔王は帰還手段を調べていてくれたらしい。調べた理由は、優しさなのか、追い返したいからか、無機質な表情からは読み取れない。
「準備って、何がいるの?」
召喚に人間で数百年かかるものだ。帰還にも相応の代償が必要なはずだ。
「俺の寿命千年分ぐらいだな」
「帰りたい、けど……、それはなんか違うから、いい」
あっさりとした回答の重さに、アリサはきゅっと口を引き結んだ。いくら魔王が長命とはいえ、その命を削らせてまで帰りたくはない。
「そうか」
苦悶に表情を歪ませるアリサとうってかわり、魔王は面白そうに紅い瞳を細めた。
その眼差しがなんだか悔しかったが、アリサは終わった話として蒸し返すのは止めた。そして、ふと気付く。
「ん? 魔王って名前じゃなくない?」
「ああ」
今さらだな、と魔王は肯定した。
「なんてゆーの?」
「ルドヴィーク」
呼ぶ者はほとんどいない、と魔王は訊かれた名を答える。
「んじゃ、ルド」
これからはそう呼ぶとアリサが決めると、紅い瞳が一度丸くなり、また可笑しげに和らいだ。
「教えてやろう。愛玩動物の役割はただ居ることだ」
何かしなければと焦っていたアリサは、きょとんと言われたことを頭の中で
「あたし、ペットじゃないし!」
「それはお前次第だ。アリサ」
可笑しそうに破顔する魔王に、アリサは言葉を詰まらせる。薄々気付いていたが、自分は彼の笑顔に弱いらしい。
勇者になるはずだった少女と魔王のこれからは如何に――
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こちらにノミネートされました。
召喚先は魔王城でした 玉露 @gyok66
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