02
知らない世界にきて、出会ったのが魔王だけだったため、アリサは彼を頼ることにした。
訊いたら答える魔王は、頼めばある程度のことは聞いてくれた。彼は存外人がいい。魔王城の広間にいた二人は、魔王の移動魔法陣によって一瞬で彼の住居の前へと移動した。
「ワープ超便利だけどさぁ、コレ、デブらない?」
「人間のお前とは規格が違う。太ることはない」
「どれだけ食べても太らない体質!? 鬼ヤバ!」
アリサには羨ましすぎる体質だ。友達との買い食いが好きなアリサは、着たい服を着るためにヨガや筋トレゲームを日課にしている。食べた分運動しないと太るのだ。
そんなことで羨望の眼差しを受けるとは思っていなかった魔王は、アリサから
「魔王ん家って、けっこーアットホームじゃん」
意外そうにアリサは目の前の家を眺める。見上げるほどの高さはなく、一階だけの家だった。上があっても屋根裏部屋ぐらいなものだろう。隣に家庭菜園らしきものもあり、一人二人が住める程度のそれなりに生活感のある家だ。
森の中にあるこんな家をアリサは見たことがあった。
「ヘンゼルとグレーテルの魔女の家っぽい!」
「魔王の家だ」
魔女の家ではないという魔王の否定をあまり聞かず、アリサは大きな
花を飾ったり、彩りのよい絨毯やカーテンなどがない色合いが質素な家だ。
「魔王、今
「どうしてそう思う」
「そーゆー感じするもん」
家の内装を見て判断したアリサの指摘を、魔王は否定しなかった。
「いやぁ、よかったぁー。彼女いたら、さすがに泊まるのよくないし」
アリサはほっと安堵する。泊めてほしいと頼んでおいてなんだが、恋人などがいたら、その相手に嫌な想いをさせてしまうかもしれない。アリサだって、修羅場は御免被りたい。
「魔物はより強い魔力に惹かれる。だから、相手には困っていない」
「うわ、モテ男発言。そのカオなら仕方ないかもだけど、あたしはそーゆータイプナシだわ」
「どうとでも。人間とは価値観が違う。魔物は欲望に忠実なんだ」
人間の道徳など知ったことではない、という魔王。人のかたちをし、言葉を交わせるが、彼は別の生き物なのだとアリサは理解した。
「どっちもタイプじゃないなら安心か。ま、しばらくよろー」
「一晩だけじゃないのか……」
厚かましいな、といいながらも魔王はアリサを追い出しはしなかった。
元の世界に帰れないと解ったアリサは、魔王からこの世界のことを教えてもらうことにした。彼は、訊けば答える。そして、
「魔王って、スマート家電感ぱないね」
二日目にしてアリサは魔王の便利さに感嘆することになる。
彼の家にはハウスキーパーなどはおらず、すべて彼の魔力で家を維持·管理していた。
朝になればカーテンは勝手に開き、起きてこないアリサは浮かされて食卓まで運ばれた。食事は魔王が作ったが、食器や調理器具が勝手に彼のもとにきた。それを見て興奮したアリサが、映画で観たように食器たちを喋らせてほしいというと、その必要がどこにあると却下されたので、きっとやろうと思えばできるのだろう。
「AI扱いか」
便利な道具扱いに、魔王は解せないと顔を
「だって、ご飯のとき、配信とか見たいっていったら、ディスカバリー的なの流してくれたじゃん」
「視察がてら遠方の地を映しただけだろう」
事も無げに魔王はいうが、アリサからすればその投影自体がミニシアターさながらで面白かった。訊けば答えてくれる魔王の音声ガイド付き。アリサが見たこともない魔物や土地のことを朗々と語る魔王の声は、聴いていてとても心地よかった。
しかし、道具扱いに不服そうなので、アリサは他の褒め言葉を探す。たしか、他に適当な表現があったはずだ。
「……っあ! スパダリ! 魔王ってちょースパダリ感ある」
少女マンガで、顔がよく何でもできるハイスペック男子をそう呼んでるのを思い出した。マンガでは言わずとも先んじて厚待遇でもてなす、常に甘やかな微笑みをした男性を指しており、愛想なく主張しないと要望を叶えない魔王とはいささか違っているのだが、アリサにはささいな誤差だった。
「この良さを知ると戻れなくなる危険な感じ……、人をダメにするクッション並にヤバいよ!?」
「おい。また物に戻っているぞ」
アリサなりに言葉を尽くして魔王を褒めようとしているのだが、彼女の語彙ではどうにも魔王のお気に召さないらしい。
「堕落するなら勝手にしろ」
誰も止めない、と魔王はにべもなく告げる。
「フツー、叱らない?」
「魔界とはそういうところだ」
魔物と人間の基準とは違うと、アリサは魔王に教わる。魔界では欲望に忠実であることが美徳であり、規律や正義などの正しさは何の意味もなさない。
「人間の秩序のなかにいたいなら、封印を施して人界へ転送ぐらいはしてやる」
「フーインって何すんの?」
「今は自身の浄化だけしかできんが、神の洗礼を受けるとお前は魔を祓う力に目覚める。だから、洗礼を受けられないようにする」
「うーん……、あたしって練習したら魔王みたいに魔法使えたりする?」
「お前の力は、魔の浄化のみに特化した力だ。それ以外はない。仮にできても魔女として人間から迫害を受けるぞ」
「えぇ、使えたら便利だと思ったのにぃ」
「で、どうするんだ」
魔法を使う素質がないと知り残念がるアリサに、魔王は先ほどの選択肢を再度提示した。
「もうちょっと考えるー。ココ居心地いいし、人いるトコとどう違うか、まだわかんないもん」
アリサの選択は保留だった。判断材料が少ないと答える彼女に、魔王は紅い瞳を丸くする。
「短絡的かと思ったが、存外頭は悪くないんだな」
「それって、あたしがチョロそうってコト?」
アリサがむっとして魔王を睨んでみせると、彼のは可笑しそうに口角をあげた。
「そうだ」
だから意外だと魔王は、くつくつと喉を鳴らす。
初めて目にした魔王の笑みに、アリサは頬を熱くする。
「あ゛ーっ、イケメンズルいー!!」
チョロくないと反抗したそばから、顔だけで悪く言われたことを許してしまいそうになる。というか、許した。急に人形のように無機質な顔に血の通った笑みをのせないでほしい。
「魔物の美醜は極端だからな。恐ろしく美しいものにも、恐ろしく醜いものにも、魔力が宿る。平凡な容姿のものは、
自身の容姿が特筆していることが当然とする魔王は気付いていない。アリサとて初対面から彼の見目のよさは十二分に解っていた。今しがたの不服の訴えは、彼の態度が緩和されたことによるものだ。
アリサのタイプではなくとも不意打ちの笑みは心臓に悪い。
「……あたし、もうしばらくココにいていいの?」
「勝手にしろ。次の勇者を召喚できる神気が溜まるまで数百年はある」
「はは、そのときにはあたし死んでるって」
数年のノリで魔王はいうが、アリサの寿命よりずっと長い。魔王にとってのしばらくは自分の寿命が尽きるまででもおかしくないな、とアリサは思った。
「じゃあ、よっしく」
自分の存在の有無は些事だというので、アリサはお言葉に甘えることにした。
こうして女子高生だったアリサは魔王と暮らすことになった。
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