召喚先は魔王城でした

玉露

01



ぺちん、と小さな落下音がした。

床は石畳でひやりと冷たい。柱も壁や天井もすべてが石造りで、無機質な光景が視界に広がる。


「いったぁー、何ココ?」


軽く尻餅をついた紀邑きむらアリサは、知らない場所に首を傾げる。つい先ほどまで高校からの帰宅中だった。友だちと買い食いに寄り道し、彼女らと別れた矢先、足元が発光し気付けばここにいた。

スマートフォンを見ていたときだったので、発光をまともに見てしまい視界が馴染むまで、何度も瞬きを繰り返す。いる場所の暗さに慣れてから、広間らしき場所をきょろきょろと見回すが、後方の両開きのドアを除いて窓もないため、どこを見てもかわり映えがない。

入り口のドア以外に目を引くものがあるとすると、正面にある玉座ぎょくざぐらいなもの。その玉座には、鷹揚おうように座る男がいた。

あかい眼とかち合う。


「カラコン? キレー。どこで売ってんの、ソレ」


「娘、もう用は済んだ。どこへなりと、去れ」


アリサの感想に取り合わず、男は一方的に告げた。


「角とかマジホンモノみたいじゃん。触っていい? えー、ハロウィンのがち特殊メイク? それとも、映画の撮影かなんか? マジやば。あ、どっか行けって、ウチ帰っていい感じ?」


「……勝手に触れるな。お前が元の世界に帰る方法など知らん」


銀髪から生えた漆黒の角は羊のように後方に巻いている。マントもある黒い装束も銀糸の刺繍が施され、見事なものだった。それを身につけた男は、造り物かと思うほど整った顔を歪めた。

しかし、無遠慮に髪や角に触ってくるアリサに対し、言葉だけで注意し、彼女の質問にも端的にだが答えた。

男の容姿に感心しきっていたアリサは、彼の説明を聞き、家に帰れないらしいことを理解した。そして、角に触れていた手を言われた通り離す。


「てか、ココどこ? あ。あたし、アリサ。リサでもアリィでも、呼ぶのはなんでもいいよ。イケメンは何てゆーの?」


「魔界だ。お前の名前には興味ない。人間は魔王と呼ぶ」


去れと言われてもアリサは、現在地点すらどこかも判らない。訊く相手は目の前の男しかいなかった。訊ねる以上、自己紹介をしておく。合コンのときと同じノリで。

男は、用はないと突き放した割に、アリサの質問にはきちんと答えてくれた。


「マカイって、魔界? ゲームとかであるヤツ? 魔王ってマジ? マジモンの魔王、初めてみたし」


疑問符ばかりのアリサの感嘆に、魔王は呆れて頬杖をつく。その仕草すら魔王っぽいと揶揄されて、彼は嘆息を零した。


「けど、なんであたしココにいんの?」


魔王の実在、および遭遇にはしゃぎきったあと、アリサは首を傾げた。そもそも、どうして自分はこの場所にいるのか。


「俺が、人間の召喚を邪魔した」


魔王は事も無げに言うが、アリサには意味が解らない。


「ショーカンって、異世界召喚ってヤツ? 最近のアニメ、異世界ついてるの多いから何コか見たことあるよ。ケッコー面白いよね、タイトル全然覚えられないけど」


「……よく喋るな」


「でも、あたし、何のために召喚されたの? 聖女ってヤツ? 聖女って、バージンじゃなくてもアリな感じ?」


ガラじゃなくない、と可笑しそうにするアリサに、魔王は数多の感想を無視して質問にだけ答える。


「勇者だ」


「ユーシャ……」


「人間は、数百年に一度、魔界の瘴気しょうきに耐性のある者を召喚して、魔物の駆逐に奮起する習性があってな。今回はお前がそれだ」


「えぇ……、ソレって、あたし人殺し……てか魔物殺し? 頼まれそうになってたってこと? マジ無理なんですけど。ペット虐待とかのニュースだってマジ下がるし」


「お前がどうかは知らんが、瘴気の濃いこの魔王城で突っ立っているのだから、資質はある」


「やだから、あたしとしてはジャマしてくれてラッキーだけど、魔王はなんでジャマしたの?」


「人界を侵略していないからだ」


アリサが現在魔王城にいるのは、魔王の召喚妨害が働いた結果と判った。しかし、この世界の事情を知らないアリサには妨害理由が解らなかった。

質問すれば答えてくれる魔王は、この世界の事情を教えてくれた。

聖なる神を信仰する人間の暮らす人界と、瘴気を親しむ魔物が暮らす魔界は、地続きの一つの大陸にある。大陸を縦に割るように走る山脈を境にして、それぞれが暮らしているのだが、人間は魔物の脅威を恐れ、魔界側が侵略行為をしなくとも勇者を召喚して襲ってくるのだという。


「俺が魔王になって千年以上経つが、人間は数百年すれば恐怖を忘れるか、恐怖を思い出してはやってくる。それが面倒でな」


「魔王、めっちゃ長生きじゃん」


アリサは規模がデカすぎる、と逆に事の重大さが解らなくなった。魔王にとっては日常茶飯事に近い出来事のため、ある意味、彼基準になったともいえなくない。


「あたしの友達にも、金パでツーブロックで目つき悪いからって、よくケンカ売られるのいるよー。ガテン系のお父さんに小さい頃からよく脱色されてたんだって。けど、めっちゃいいヤツでさー。猫とか犬拾っては里親探してんの。もう、一度目が合うとヤバいんだって」


「……何が言いたい」


「とりま、見た目コワいと大変じゃんね」


魔王が主旨を訊ねると、アリサはけろりとそんな感想で魔王の事情を済ませた。

最初から怖がられていると取りつく島がない。先入観だけで決めつけられてしまい聞く耳を持ってもらえず、冷静に話し合うこともままならない。友達と魔王では規模こそ違うがそういうことだろうとアリサは結論付けた。


「お前は怯えていないようだが」


初対面から無遠慮に接触してきたアリサを、魔王は半眼で見つめる。


「だって、スタジオとかめっちゃ行くし、キャストとかでそーゆーの見慣れてるもん。ホラゲコラボのときのゾンビメイクとか、鬼ヤバいよ?」


アリサがよく行く遊園地のキャストスタッフの特殊メイクや演技は迫力がある。視覚的なインパクトとしては、人型なこともあり魔王をそこまで怖いとは感じなかった。

けろっとした調子のアリサを、魔王は紅い瞳を丸くして見返した。人間に畏怖や憎悪以外の眼で見られることがこれまでなかった。


「そうか」


「そーそー」


薄暗いだだっ広い広間だというのに明るく笑うアリサに、魔王は毒気を抜かれたようだ。


「てか、魔王はこんな椅子しかない部屋で暮らしてんの。暗いし寒くない?」


自分が座る場所すらないため、アリサは玉座に続く一番上の階段に腰を下ろす。


「ここは人間が襲撃してきたときのための迎撃げいげき用だ。住居をいちいち破壊されては敵わん」


「げーげき? 魔王ってそんなムズく話してめんどくない?」


「お前の話し方も相当クセがあるぞ。少し頭を貸せ」


いうなり、魔王はアリサの染めた金髪に触れた。熱を測るような仕草、というよりはバスケットボールを掴むように。触れた部分がぽう、とほのかに光り、そして数秒で落ち着いた。


「うむ。わかった」


「え。今、何したの?」


アリサは光ったところをぺたぺたと触ってみるが、特に変わったところはない。


「お前の経験してきた情報を読み取っただけだ」


「スキャンみたいなこと? 魔王ってハイテク感ぱないね」


「まぁ、お前よりは、よほど高性能だろうな」


アリサの価値観やこれまでの文化形態を読み取ったらしい魔王は、彼女の言葉を理解したうえで嘆息した。


「ねぇねぇ。帰るトコないから、今日は魔王ん泊めて」


「去れと言っただろう」


「でも、あたしココのこと全然知らないしさ。どこに行ったらいいかわかんないもん」


魔王は何度目かの嘆息を零した。



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