第3話 初めてのお見合い! 初めての恋人GETだコン!

 狐は歩いていた。

 春の柔らかな午前の光を浴び、慣れぬスカートをはためかせ、慣れぬヒールを響かせていた。

 向かう先はホテルの喫茶店。

 開店三十分前――お見合い開始三十分前に到着した。

 しかし、喫茶店には先客がいた。彼女は老齢の女性であった。ラフな格好だが堂々とした後ろ姿であり、この場所に慣れているマダムだと連想させた。きっとお茶会でもするのだろう。優雅な老後生活を想像し、羨ましく思った。

 彼女の後に狐が案内された。驚くことに、彼女がいる席だった。


 つまりは――彼女こそ仲介人のフェネックだったのだ。


 狐は戸惑いながら彼女の隣に腰を下ろした。心臓ははち切れそうだった。


 前回をお読みいただいた読者にはお分かりのことだろうが、このフェネック、利用者から嫌われている。


 狐はお相手さんが如何様な人物であったとしても、今日の見合いを成立する気満々だった。だから、お相手さんが到着する前にフェネックを懐柔しなければならない。

 狐はガッチガチに震えながら兎に角質問を繰り出した。初めてのお見合いだからシステム自体が分からないというていで(実際そうなんだが)根掘り葉掘り聞いた。


 なんとフェネックは丁寧に回答した。

 しかもお喋りらしく、一に対し二十は返してくる。


 さて狐はコミュ障である。

「コミュ障」――簡単にそう言ってしまえるが、多様なタイプがある。

 狐は喋ることは苦手だが、人の話を聞くのは割と好きである。しかも、初対面の場合、相手がぐいぐい喋ってくれると気楽に感じるタイプである。返事は苦手だが。


 そんな狐にとって、フェネックは好ましかった。

 当時は何で嫌われるのかが分からなかった。

 後に、親友のウカノちゃんに言われた。

「フェネックが嫌われるの、お喋りやからやろ」

 うーむ、そうなのか。そうなのだろうか。どう思います? 読者さんよう。


 話を戻そう。時も戻そう。

 狐がフェネックに好感を持った後、お相手のシャムさんがやってきた。


 ようし、フェネック、場を盛り上げてくれ! 頼むで!

 ……と願ったところ、彼女はざっくり趣味の話題を振ってさっと帰った。

 場は殆ど温まっていなかった。

 フェネック……!


 でも狐の喉は温まっていた。

 サンキュー、フェネック!

 狐はシャムさんに矢継ぎ早に質問をした。

 緊張でガッチガチのままであったので、カップを持つ手が震えまくった。アル中の如き様相であったかもしれない。


 狐が話の主導権を握る形でお見合いは進んでいく。

 段々とシャムさんという人間が分かって――こなかった。


 シャムさんは不思議な人だった。

 質問すれば、当然答えは返ってくる。しかし、曖昧に霧散するような心地の答えばかりであった。

 捉えどころのない、形容しがたい人であった。


 シャムさんは基本受け身であったが、三度程以下のような言葉を繰り返した。

「人生ってさ、程々が大事なんだよ。仕事でも何でもゆっくり休憩しながらやらなきゃねえ」

 二度目の時から脳内でおじゃる丸の曲が鳴るようになった。


 急がず焦らずまいろおうかあああ♪


 狐は当時この言葉を彼の口癖だと捉えた。


 しかし、今になって――ある程度場数を踏んだ今になって、別のことが考えられる。


 おそらくシャムさんの脳内では「Real Face」が鳴っていた。


 ギリギリでっいーつも生きていたいからあっアッアアーッ♪


 震えながらも会話の主導権を握り、質問を繰り出し、何処までも具体的に答えを求める女。

 シャムさんから見た狐はそうであっただろう。痛々しく生き急いでみえただろう。

 3ヵ月後の今になって漸くそう思えた。


 つまり、当時はそんなことは考えられなかった。

 じゃあ、どんなことを考えていたかって?


 シャムさんまじ分かんねえ! ――である。


 分からな過ぎて決めていたお見合い自体に対する返事すらも分からなくなっていた。

 当時の狐は、それが自分の経験不足が理由だと思った。

 だから、お見合いが終わった後、次の日に開催される街コンに参加予約した。


 ――流石に他の男と比べれば分かる筈だ!


 安易! 実に安易な考えである。


 行動力は有り余っていたので、ちゃんと街コンに参加した。

 そこで出会ったスコティッシュフォールドさんとマッチング成立した。

 行動力は有り余ってまくっていたので、というか多分躁転していたので、スコティッシュフォールドさんに詰め寄って出会って数日後に恋人関係となった。

 シャムさんの見合いについては断りの連絡をいれた。


 やったね、狐!

 初めての恋人ゲットだぜ!

 喪女卒業だぜ!


 ……此処までお読みになった方は、「は?」となっているだろう。

 狐本人すら、「は?」となっている。当時からずっと「は?」である。

 いや、正確に言えば今の時点では「はーあ」である。詳しく言えば、「はーあ、やっちまったなあ」である。


 そうです。

 のです、狐は。

 のです、狐は。


 続きはまた次回にしましょう。


 どうか杵と臼を用意してお待ちください。

 ……と言いたいところですが、エチケット袋の方が必要かもしれません。

「バカヤロー!」を練習して下さると有難い。「アホちゃうか」でもよろしいかと。


 ではでは、次回、是非お付き合い願います。

 狐の生々しく愚かな失敗をどうかどうか笑って下さいませ。

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27歳コミュ障社畜病弱喪女による婚活記録 虎山八狐 @iriomote41

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