8. 蜜 ~🦋4頭
蝶の翅は煌めくエメラルドグリーンから、しゃぼん玉の透明に変わった。
夜闇を微細に映し出し光った。
今日、彼女の翅がほんの少し破り取られた。彼女は望んでそうしているように見えた。
蟲喰いがポリポット世界を覗き込む。
幻影虫たちの通り道に舌を伸ばし、今夜も五百旗頭の子供たちが食われていった。
からだを風になびかせる事しかできない五百旗頭は、歯噛みしながらそれを眺めた。
地中から蜜の匂いがした。
それは蟲が死んだ時、死骸から溶け出す蜜だと知っていた。
地下で天敵の一匹が死んだのだろうか。
もしくは――。
蟲喰いが今日の獲物に満足して帰っていった。
五百旗頭には人間だった頃の感覚が思い出された。
いつも音楽を聴く時、音に味がする。
舌先と鼻の奥に、蜜のようなけれど軽やかな甘みを感じる。
顎の骨にリズムが響いてくる錯覚がある。
曲調、楽器の組み合わせ、声の抑揚、休符の密度、転調。
そういった表現の技術的な素晴らしさを汲み取り称えながら、歌詞の広がりを探る。
一曲に対する考察を頭の端で練りながら、音の心地良さや潜んだ裏切りに身を任せる。味わう。
メロディーは規則正しく不規則に鳴るから、「個性的」という単語は世の中みんなが個性的だとそもそも生まれない事を実感する。だから私は不協和音も漏れなく愛する。何言ってんだこいつと思うだろう、私も思う。
それと同時に自動的に瞼の裏で作り上げる映像に没入する。
映像は一つの完結した物語でありつつ、滑らかな風やざらつく砂粒や柔らかい皮膚や鋭利な鋏である。
触覚として指先に映像を感じる。
そういう時の私はさながらマッチ売りの少女のように健気に映る事だろう。
いつかのパイ生地の感触が呼び覚まされる音楽を探していた事は勿論内緒だ。
蜜の甘い香りに、そんな与太事が呼び覚まされた。
地下の巣を透視する。
穏やかに眠る幻影虫の少年少女が纏った光の粒が見える。
溶け出した命に蟲喰い蝱が群がった。
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