ようやく、動き出す

「兄さん? 兄さ~ん?」

「……………」


 俺は今日、夢か幻か曖昧になってしまう光景をこの目で見た。

 目の前で抱き合いながら舌を絡ませ合うディープキス、それを行った美少女二人をリアルで見たからだ。

 水瀬と藍沢……いや、由香と舞はまるで俺に見せつけるかのように深いキスを交わし、俺はそれを見て鼻血を出してしまい……っ。


「あ、珊瑚か」

「珊瑚かじゃないよ。ねえ兄さん、本当にどうしたの? 今日帰ってきてからずっとボーっとしてるし」

「……あ~、そだな」

「……これは重症だね。むむっ、妹としてこれはどうにかしなければ!」

「しないで良い。というかマジで特に問題はない」


 これは俺自身の問題……いや、本当に問題って程ではないのである。

 それでも珊瑚は良い子なので気になって仕方ないのか、これかと思うこと予想して言ってきた。


「彼女が出来た?」

「あり得ん」

「告白された?」

「ないない」

「好きな人が出来た?」

「ないな」

「……ねえ本当にどうしたの~!!」


 う~ん、流石にここまで妹に気にさせてしまって何でもないと追い返すのも違う気がするな……なんとなく、それは心配してくれた妹に対して不義理な気もする。

 俺はポンポンと珊瑚の頭を撫でた後、ゆっくりと話しだした。


「まあなんだ。最近仲良くしている女の子が居るんだよ」

「うん……え?」

「二人な?」

「うん……え?」

「……お前が聞いてきたくせになんだその顔は」


 こいつめ、俺が女の子と親しくなることなんてないと思っている顔だ。

 まあ委員長を含め、他にクラスで話をしない女子が居ないわけでもないし、珊瑚と遊ぶために家にやってくる子ともそれなりに会話をしたりするんだぞ俺は。


「あぁうん。別に嘘だと思ってるわけじゃないよ? ただ、本当に女の子関連だったんだって思っただけで」

「そういうことか。まあでも、そうなんだわ」

「そっかぁ……それで? あぁでも、それ以上は難しい内容なのかな?」

「そう……だな。ちょっとあまり言い触らせないことではある」

「なるほどねぇ」


 そこで珊瑚は全てに納得したように立ち上がった。

 俺としてはもっと事情を聞きたがると思っていただけに拍子抜けしたが、彼女はこう言うのだった。


「気にはなるけど、兄さんがそう言うのならあたしは詳しく聞かない。だから、兄さんが話せるときになったら話してよ。それで今は良い」

「珊瑚……お前」

「えへへ、あたし良い女でしょ? もしも妹じゃなかったら恋人にしたいとか思わない?」

「流石に血の繋がりが出来て長いから思わないけど、良い女だとは思うぞ」

「でしょ~?」

「ま、俺は巨乳の女の子が好きだけどな!」

「……ふんっ!」

「いてええええええええっ!!」


 こいつ……懐に瞬間移動して一発殴ってきやがった。

 まあ確かに胸の大きさや諸々にコンプレックスを抱く我が妹にはキツイ言葉だったか心から反省しよう。

 その後、すぐに珊瑚は機嫌を直して部屋から出て行った。


「全く、本当に可愛くて良い妹だよ」


 そう呟き、俺はベッドに寝転がって天井を見上げた。

 こうやって一人になって静寂の中に居ると、やはり俺はあの光景を思い出し、そして別れ際の二人の言葉も思い出す。


『また遊びましょうね?』

『もっと凄いこと、見せてあげても良いからね?』


 由香はともかく、舞は一体どんな気持ちでそんなことを口にしたんだ?

 色々と気にしてしまうけど、流石に冗談だよなぁ……というか、ディープキスまで見せた意図も正直分からないし……もしかして? ワンチャン? 二人がおにゃんおにゃんしてるシーンまで見せてもらえるのか!?


「なんてことがあるわけねえだろ馬鹿が」


 俺は一旦二人のことを忘れるため、パソコンを起動してゲームを開始した。

 そのゲームは十八禁の百合を題材にしたゲームであり……そう、ドスケベ百合百合学園のゲームである。


「ゲームと漫画どっちも買うなんて普通はないけどまあ俺だしな」


 愛らしいオープニングを終え、早速主人公の女の子と転校先の学園に在籍する王子様系お嬢様との濃厚な絡みが始まった。


『わ、私……女の子ですよ?』

『それが何か問題があるのかい? ほら、君のここはこんなになって……』


 ……良いねぇ、それから俺はヘッドホンを付けてゲームに集中した。

 俺は基本的に女の子らしい女の子が好きなのは当然として、あまり王子様系の女性は好みではない……しかし、この王子様系お嬢様の喘ぎ声が女の子しててかなり良かった……ふぅ。


『由香、もう良いよね?』

『良いわよ舞、さあ来て?』


 ……あかん、ちょっと気を抜いたら見てもない光景が脳裏に浮かんでしまう。

 俺、来週からあの二人とどんな風に顔を合わせれば良いんだろうか……まあでも、一日二日寝れば気にならなくなるだろうと思い、俺は悶々とした気持ちを抱えながら眠りに就くのだった。


「なんか、今二人がエッチしてる気がする……ってだからやめい!!」


▽▼


 咲夜が悶々とした後、ようやく眠りに就いたのと同じ時間――とある高級マンションの一室、その寝室にて由香と舞は裸で絡み合っていた。

 お互いがお互いの愛を相手に示すように、これでもかと己の内に抱える愛を伝えるかのように……そして、事が済んだ後二人は抱き合いながら今日のことを話す。


「思わず燃え上がっちゃったね♪」

「そうね。いつもこんな感じだけど、今日は少し違ったわ」


 二人はそう言って手を繋いだまま天井を見上げた。


「咲夜君……良い人ね」

「うん。ただのお人好しかと思えばそうじゃなくて……って、それはもうずっと前から分かり切ってたことだけど」


 二人が考えるのは咲夜のことだった。

 今日彼女たちは初めて異性をこの部屋に呼んだわけだが、それは決して気まぐれでも考えなしのことでもなかった――由香と舞は、純粋にこの休日を咲夜と過ごしたかったのである。

 彼と時間を共有し、彼と同じ空間の空気を吸いたかったのだ。


「私たちのことを本心から祝福してくれた異性は初めてだった」

「あたしたちのことをあんな優しい目で見てくれた人は初めてだった」

「私たちの深いやり取りを彼は不快な表情をすることなく、最後まで見てくれた」

「あたしたちの深いキスと他のやり取りに彼は興奮してくれていた」


 言い出したらキリがないなと二人は笑う。


「ねえ由香」

「ねえ舞」

「私たち」

「あたしたち」


 二人は向かい合いニコッと微笑み合った。


「彼のことが気になってるわね」

「彼のことが気になってるね」


 初めての異性、それは彼女たちにとって全てにおいて初めてのことだった。

 一度や二度ではなく、もっと昔にも彼女たちは互いの関係について勘付かれた段階で心無い言葉を投げかけられた。

 まずは家族から、そして学校の友達から……高校に上がる段階でそれまでの関係を全て断ったものの、その心に受けた中傷は苦しいものだった。


「ただ単に百合というものが好きなのもそうだけど、あたしたちのことを本当の意味で尊重してくれている。実際にリアルで目にしても、その気持ちに一点の曇りもなくあたしたちを見てくれたよね」

「えぇ。その瞳だけでもこんな人が居るのねと思わせてくれたのに……ふふっ、私たちのやり取りに照れて鼻血を出してしまったのも可愛かったわ。それに……」


 ツッキーとして言葉を掛けてくれた時のことも忘れられない。

 これでもかと心に寄り添う言葉をくれたこと、同級生とのいざこざはきっと面倒なはずなのに、わざわざ手を出してまで止めて庇ってくれたこと……そのどれもが二人にとって新しい出会いだった。


「ねえ舞、何を考えているの?」

「さあねぇ。言わなくても分かるでしょ?」


 舞は由香の頬にキスをすると、由香もキスをお返しして頷く。


「そうね。まさかこんな気持ちを抱くなんて思わなかった……それも、大切なあなたと一緒に」

「そうだねぇ。ふふ、でもあたしたちらしくない? 二人一緒ってのは」


 二人は目を閉じ、ここには居ない一人の男の子を思い浮かべる。

 彼は今何をしているのだろうか、何となく自分たちのことを考えてくれていたら嬉しいなと思いつつ最後にこんな言葉を残す。


「百合の間に挟まる男は許されない、でも逆に挟もうとする男が許されるのなら」

「うん。挟んでしまおっか♪」


 心底楽しそうに、そう締め括った。

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