そりゃそうなるよ
「……兄さん、本当にどうしたの?」
「……珊瑚ぉ!」
「兄さん!? 何があったの? あたしに教えて、兄さんにそんな顔をさせた奴全部血祭りに上げてやるから!!」
「珊瑚ぉ!!」
「これは……ええい誰なの許せない……許せないんだからぁ!!」
いかん、何やら妹が怒り心頭といったご様子だ。
俺は心配かけて悪いと、ちょっとだけ事件があって悲しかっただけだから大丈夫だとそう伝えた。
「全然大丈夫じゃないでしょ!? 事件って何!?」
「分かった! 教えるから落ち着けって!」
今はこうして心配してくれているんだが、きっと理由を話したら呆れるんだろうなとは思いつつ今日の出来事を話すのだった。
そして、俺の予想通り心配して損したとため息を吐く珊瑚だった。
「……まあでも、見られたものがこれってのはダメージ大きいねぇ。それに関してはご愁傷様って感じかな」
「な? だから大したことないんだって」
「大したことあるでしょ。これを同級生の、しかも女の子に見られるって……」
「……………」
ドスケベ百合百合学園、それは表紙から俺の心を掴んだ作品だった。
出てくる女の子たちはみんな当然百合属性を秘めており、お相手は同じクラスの女子だったり、先輩後輩はもちろん……おっと、これ以上喋ると止まらなくなるのでこの辺にしておこうか。
まあそんな内容なわけだがR18、つまりエッチシーンも大量にある。
「でも中身まで見られなくて良かった……こともないか」
「うむ」
表紙は思いっきり裸の女の子が二人抱き合ってるからね……。
アディオスなんか言って爽やかに手を上げて去って行ったが……果たして題名を聞いただけの水瀬と、表紙までバッチリ見たであろう藍沢になんと思われたのか……想像するだけでしんどいんだけど。
(別に彼女たちに恋をしているわけでもないから嫌われても……ねぇ? ただツッキーとしてそれなりに話をすることも増えたから、その内容の中で伊表君キモイとか言われたら泣くかも)
まあ全ては学校に行けば分かること……いや、そもそも伊表咲夜としてそんなに話すことはないし今気にしたところで仕方ないよな。
むしろ、頼仁や委員長といつも通りに過ごしていればあっちも特に気にはしないだろうよしそうしよう。
「ま、元気だしなよ兄さん。何かあったら相談して」
「おうよ。サンキューな」
「あいあい。ちなみにさ」
「うん?」
「理人も似たようなのを買ったの?」
「俺よりも大量に買ったぞ」
親指を立てて言ってやった。
珊瑚はそのことに嫌な顔一つせず、理人も良くやるねぇと逆に面白がっていたほどだ。
以前も珊瑚は言ってたけど、彼女は本当に彼氏の趣味に対する理解が寛容だ。
好きなモノを否定するつもりはなく、ましてや自分の恋人の趣味を否定すること自体が珊瑚は嫌なのである。
「あたしに何か貸してよ漫画。兄さんの部屋に来た時にチラッと見ることはあるけどそれくらいだし……ダメ?」
「ダメじゃないぞ? そうだなぁ……初心者にはこれかもしれん」
「ありがとう♪」
百合作品の入門編と言える漫画を珊瑚に渡すと、彼女は大切そうに胸に抱えて部屋を出て行った。
「……ったく、彼氏想いっていうか……自分の好奇心もあるにはあるんだろうけど」
血の繋がった妹だからこそ特に思うことはないが、これが赤の他人で珊瑚の思い遣りを知ったとなればきっと気になったりするんだろうなと思う。
珊瑚は良い彼氏を見つけたし、理人も珊瑚っていう素晴らしい女の子を見つけてくれて本当に俺は自分のことのように嬉しかった。
「さてと、ちっとばかし早いがもう寝るか」
願わくば、特に何も俺の日常に変化がないことを祈る。
百合の神様よ、我を守りたまえええええええええっ!!
▽▼
「……どうしたんだ?」
「なんか表情が硬くない?」
翌日、朝から俺は頼仁と委員長に不思議がられていた。
目を覚ました時はそうでもなかったのだが、学校に来て教室に着いた瞬間に何故か緊張の揺れ戻しが起きてしまった。
「……まあ気にしないでくれ」
「そうは言ってもねぇ……」
「ふむ……委員長。取り敢えず咲夜から話を聞くからそっちは一旦な?」
「私にも教えなさいよ……って、男同士なら話しやすいかしら?」
そう言って委員長は自分の席に戻るのだった。
「いやさ、別に何かあったけどそんなだぞ? 珊瑚にも話は聞いてもらったしな」
「珊瑚ちゃんにか。まあでもよ、気になるもんなんだって。ほれ、話してみ?」
「……仕方ねえな」
もう少し近づけと合図をし、顔を近づけた頼仁に俺は簡潔に話した。
「昨日、珊瑚の彼氏と一緒に百合作品の品定めに行ったわけだ」
「あぁ」
「その帰りに偶然、水瀬と藍沢に会ってな。それで色々あって買い物袋の中身を見られちまった」
「題名は?」
「ドスケベ百合百合学園」
「ぶふっ!?」
クールな雰囲気がデフォの頼仁が思いっきり吹き出した。
そりゃクラスでもとびっきりの美人にエロエロ漫画を見られたとなったら、第三者からしたらこれ以上に面白いネタはないだろうさ。
「それはまあ災難だったな?」
「……うん」
だからこそ、いつも通りにしないといけないんだよ俺は。
「いつも通りにしとくよ俺は。幸いに……たぶんだけど、あの二人は伊表君ったら気持ち悪いんだぁとか言い触らさないだろうし」
「それは大丈夫だろ。そもそも、あの二人が誰かのことを話すってのもあまり聞かないからな」
そんなこんなな話をしていたら噂の二人が登校してきた。
最低限の挨拶を交わして教室に入ってきた水瀬と藍沢、俺は可能な限り普通を装っていたのだが……。
「おい咲夜」
「なんだ?」
「チラッとだが見られたな?」
「……あぁ」
本当に一瞬だったけど、水瀬と藍沢が俺のことを見たのだ。
別に彼女たちのことをジッと見ていたわけではないが、俺も反応はどうだと気になって見てしまった瞬間に視線がかち合ってしまったというわけだ。
「ま、気にしない方が良いだろ。堂々といつも通りにしてれば問題ないさ」
「だな。よし、このことはもう忘れる!」
ということで俺は堂々とその日を過ごすことにした。
ただ、俺の予想通りと言うべきか、別に水瀬と藍沢は教室で俺に絡んでくることはなかったのでいつもと何も変わりはしなかった。
そして時間は放課後になり、今日はツッキーとしてのバイトの日だ。
「……ふぅ、なんだかんだ平和が一番だねぇ」
視線が合ったのもあの朝だけで、それ以降は本当に何もなかった。
あの二人はすぐ傍に何よりも優先し、大切にする存在が居るのだから俺のことなんか気にしたところで仕方ないだろう。
その証拠に教室でも濃厚な絡みとまでは行かなかったが、仲の良い二人を変わらず見れて俺は満足である。
「それじゃあ咲夜、今日も頼むぜ?」
「あいよ~」
おっちゃんに見送られ、ツッキーとなった俺はバイトを開始した。
集まって来るガキンチョたちの相手をしながら仕事を熟し、休憩時間がやってきたところでいつものベンチに俺は向かう。
「いらっしゃいツッキー」
「お疲れ様♪」
「……おう」
そして、いつもと変わらない様子の二人だった。
いくらツッキーに扮しているとはいえ、やっぱりあのことを思い出してしまって俺は強張ってしまっていた。
着ぐるみの中に居るおかげもあって表情を見られることはなく、それだけは俺も安心していた。
「ちょっとお手洗いに行ってくるわね」
「いってらっしゃい。あたしはツッキーとお話してる~♪」
俺の豊満な腕をギュッと藍沢が抱きしめながらそう言った。
そんな俺たちを見て水瀬はクスッと笑ってトイレの場所に向かい、二人っきりになったところで藍沢がこう言った。
「ツッキーさぁ……本当に良い人だよね」
「いきなりどうした?」
藍沢に再び視線を向けた時、俺はその笑顔に見惚れてしまった。
彼女が笑っている姿を見たことがないわけではない、しかし俺を真っ直ぐに見つめているその微笑みはあまりにも綺麗で、初めて異性にそのような顔を向けられたからこそ俺は驚き、そして着ぐるみの下で照れてしまったのだ。
「初めてだったんだよ。あたしたちのことを知っても尚、あんな風に言ってくれる異性の存在ってのはね」
「……あ~」
「嘘かなとか、お世辞かなとか……色々と考えたんだけど、流石にあんなのを見ちゃったら嘘とは思えないよね。まあ分かってたことなんだけど」
「……えっと?」
もう一度、クスッと笑みを零した藍沢はこう言った。
「伊表咲夜君……でしょ? それがツッキーの正体だ」
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