導かれる百合園への道

「伊表咲夜君、それが君の正体だね?」


 間違いなく確信を持っていると、そんな力強い瞳でそう言われた。

 俺としてはそのことに対し驚きはしたものの、だからといってそうだよと頷くことはなかった……まあ、反応が遅れただけなんだが。


「あれ? 違ったかな?」

「……………」


 これはどう答えるのが正解なんだろうか。

 ただまあ、こうして聞かれたことで黙り込んだ時点で怪しいと言っているようなものだし、黙り続けてもそれだけ印象は悪くなってしまうか。


「……はぁ」

「わお、大きなため息だね。ということは当たりってことだ」


 俺は頷いた。

 こういう時にアニメや漫画のキャラクターだとじゃじゃんと素顔を晒すところではあるんだが、生憎と小さな子供たちがそこかしこで遊んでいるので、その夢を壊さないためにも素顔は見せられなかった。


「そうだな……うん、どうしてバレているのかはさておき確かに俺は伊表咲夜だ。この場で素顔は見せられないけどね」

「分かってるよ。でもそっかぁ……やっぱり伊表君だったんだね」

「取り敢えず、どうして分かったのか聞いても良いか?」

「良いよ。といっても状況証拠を集めたというか、二割くらいはあくまで予想だったんだけどね」


 それから藍沢は話してくれた。

 俺との話の節々から年齢であったり、以前におばちゃんがさくちゃんと口にしたこと、そしてドスケベ百合百合学園の存在が大きかったらしい。


「藍沢さん、後生だからあの百合マンガのことは口にしないで! ずっと俺は気にしてたんだよ……してたんだよ!」

「そ、それはごめんなさい! その……目の前に飛び込んできた表紙だけでもインパクトあったけど、その題名までインパクト爆盛だったからさ!」

「……………」


 誰でも良い、今すぐ俺をこの場で殺してくれ。

 なんてことを思っていると、もう一つマジかよと思う言葉が飛び出した。


「でもね? あたしよりも由香の方が気付きかけてたかな。あの子、伊表君とツッキーの声が似てるって怪しんでたから」

「そうなのか?」

「うん。着ぐるみを通してちょっと声が変わっちゃってるけど、あの子は昔から人の声には敏感で……それでもしかしたら気付いたんじゃないかなぁ」

「……ほへぇ」

「でもさ、良く考えてみたら色々とヒントはあったでしょ?」

「……まあな」


 確かにヒントは多くあったようなものだ。

 とはいえ、ツッキーとして過ごしていれば確実にバレることはなく、素の状態であの女子とのやり取りに介入したのが全ての運の尽きってところか。


「っと、休憩がもう終わるから行くわ俺」

「は~い。また後でね♪」


 また後でってどういうことだよと思ったがバイトだバイト!

 戻る途中でトイレから帰ってきた水瀬にも見送られたが、あの様子だとツッキーの中身が俺であるということも伝わるんだろうなぁ……ま、藍沢に知られた時点で今更ではあるけど。


「ツッキー、どうしたの?」

「悩み事~?」

「ははっ、そう見えたか? 大したことはねえさ。ほれアメちゃんだぞ~」

「わ~い!」

「ありがとうツッキー!」


 うん、小さな悩みを持っている時はこの子たちの笑顔を見るのが一番だ。

 それからツッキーとしての仕事を全うし、着ぐるみを脱いでおっちゃんとおばちゃんたちに挨拶をした。


「それじゃあこれで。お疲れっした!」

「今日もありがとな咲夜」

「またよろしくねさくちゃん」


 デパートから出た時、まだ外で遊んでいる子供たちが居た。

 しかし、ツッキーとしての鎧を脱いだ俺に近寄って来る子たちは居ないので、本来ならこれがツッキーと俺の違いでもあったわけだ。

 ただ、やはりさっきのこともあって今回は違った。


「……待ってるし」


 あのベンチに座って水瀬と藍沢が楽しそうにお喋りしていた。

 待っていると口にはしたがそうでない可能性も無きにしも非ず、このまま気付かないフリをして帰れば良いんじゃないかと思ったが、チラッと水瀬が俺に気付き、藍沢も気付いて手を振ってきた。


「これは行かないといけない感じかな」


 教室で見るような無関心な表情ではなく、二人とも俺に向けている表情はツッキーに対するそれと何も変わらなかった。

 どうも正体を知られて悪いように思われてはいないようで安心した。


「その……本当に待ってたんだ?」

「また後でって言ったでしょ?」

「私が居ない間に色々とあったみたいね。ツッキー……じゃなくて、伊表君で良いのよね? 舞が何か困らせなかった?」

「どうしてそうなるのひっど~い!」


 合流して早々に二人がイチャイチャし始めて眼福だった。

 確かに藍沢には困らせられた? というほどでもないのだが、突然の指摘にビックリしたのは確かなのであながち間違いでもない。


(おいおい……美少女が二人で絡み合ってるぜ。なんだこれ……最高かよ)


 濃厚な絡みというわけではなく、あくまで今はまだ友人間のじゃれ合いにしか見えないのだが、やはり彼女たちの関係性を知っているからこそ尊さを感じ取れる。

 今の俺はきっと仏のような顔をしていたのだろうか、俺の表情に気付いた二人がクスッと肩を揺らして笑った。


「やっぱりツッキーが伊表君なのね」

「うん。だって凄く嬉しそうにあたしたちのことを見てくれるもん」

「……あ」


 指摘されると恥ずかしくなるのは当然で、俺は熱くなった頬を誤魔化すようにそっぽを向いた。


「ねえ伊表君。まずは座りなよ……ってそうだ。あたしと由香、どっちの隣が良いかな?」

「そうね。だって伊表君は間に挟まるつもりはないって言うんでしょ? だとしたらどっちの隣に座るかを言ってもらわなくっちゃ」

「……………」


 この二人……なんか楽しんでないか?

 俺は二人に座るように促されたものの、ここで良いからとベンチに座る二人を見下ろすように正面に立った。


「改めて、伊表咲夜です。ツッキーとしてバイトをしています……えっと、出来たらあまり言わないでもらえると嬉しいです」

「なんで敬語なの?」

「そうだよなんか距離が遠いしさぁ。それに、このことは言わないから安心して?」


 敬語なのは何となく、それと言わないでくれるならありがたいってもんだ。

 バイト先をバラされたり知られることは普通にあることだけど、ツッキーはもはやこの辺りだとそれなりに有名な白クマさんだ。

 だからこそ、その中身が俺だと知られるのはちょっとって感じだし……まあでも、この二人は秘密を守ってくれそうで安心だ。


(そう考えると、俺ってある意味で縁に恵まれているよな。俺の趣味を肯定してくれて秘密を守ってくれる友人と、ひょんなことから出会いこうして話をするようになった優しい百合カップルと……二人に関してはちょっと普通じゃないけど)


「それじゃあ普通で良いか。後、一つお願いがあってさ……」

「なに?」

「なになに?」

「どうかドスケベ百合百合学園に関しては二度と口にしないでいただけると……」

「……ふふっ」

「あははっ♪」


 ドスケベ百合百合学園については本当にお願いだと俺は頭を下げた。

 藍沢は分かっていたが、水瀬も別に不快に思ったりするようなことはなく、逆に楽しそうに笑ってくれたのでそれだけは救いだった。


「大丈夫よ。人の趣味に口を挟むつもりはないから」

「そうだよ。それにさっきも言ったけど、伊表君は本当に女の子同士の恋愛に肯定的だと思えたから良い発見だったんだよ?」

「……………」


 肯定的……そうだな、何度も言うけど俺は百合が好きだ。

 いつからこんなにも百合が好きになったのかは分からない、けど本当に好きだというのは自信を持って言える。


「そんな伊表君だからこそ、私と舞は思った――あなたとお友達になりたいのよ」

「……友達に?」

「うん。あたしたちにとって伊表君は初めての異性だったから……あ、初めてっていうのはやらしい意味じゃなくてね?」

「っ……」

「舞、あなたはすぐにそうやって頭がピンクになるんだから」

「えぇ~? 別にこれくらい普通だよぉ!」


 あ、また二人が絡んでいらっしゃる……俺はそれをしっかりと目に焼き付けつつ、こう言葉を返した。


「その……俺はツッキーとして二人から色んな話を聞いた。男が苦手ってこと、出来るなら関わりたくないってことを。それもあるし……その、やっぱり俺は二人を眺める側で居たいっていうかさ……そんな感じなんだ」


 そう、これが俺の全てだった。

 確かに俺も一人の男なので、どんな形であれ彼女たちのような美少女たちと知り合えるのはとても嬉しい……だが! 俺はやはり眺める側で在りたいその気持ちは全く変わらない。


「それは……友達になれないってこと?」

「……仲良く、出来ないのかな?」


 ショックを受けたように二人が目尻を下げた。


「いやそうじゃなくて……えっとだから……うがあああああああっ!!」


 くぅ、この上手く言葉にして伝えられないのがもどかしい!

 そんな風に俺は頭をフル回転させていたわけだが、何を思ったのか二人がいきなり目の前で顔を近づけ……そしてキスをした。


「……え?」


 触れるだけのキス、しかしお互いに頬を赤く染めて見つめ合うその光景はやはり美しく、まるでゲームや漫画でしか見られないワンシーンがそこにはあったのだ。

 最後にもう一度、チュッと触れるだけのキスをした後……二人はチラッと俺を見つめてこう告げるのだった。


「これ以上のことも見せてあげられるわよ?」

「そうだよ? 一番近い場所で、それこそ伊表君だけが特別にね?」


 それは悪魔の囁きであり、幻だった百合園への招待を促す言葉だった。

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