ドスケベ百合百合学園

「……やれやれ」

「先輩、何ですかその顔は」


 いやなんでもないぞと俺は肩を竦めた。

 今日はツッキーとしてのバイトはないため、家でゆっくりと百合ゲーにどっぷり浸かろうかと思っていたのだが、一緒に本屋にでも行かないかと理人に呼び出され行動を共にすることに。


「放課後に妹の彼氏と二人っきりとはまだ何とも言えない光景だと思ってな」

「別に良いじゃないですか。僕にとって先輩は百合を教えてくれた師匠であり、そして珊瑚のお兄さんなんですから」


 師匠かぁ……百合の師匠って喜んで良いのか分からんなマジで。

 とはいえ、妹の彼氏に良い意味で信頼されているのは嬉しいことだし、そんなことを言われてしまっては俺も彼を導かなくてはと思うわけだ。


「よし分かった。今日は俺が良く行く書店、そして少し過激なものを取り扱っている店を紹介してやる」

「……ごくり」

「良いか理人、後者の店は中々に大人向けだ。だが、店長のご厚意でR18モノも見放題、隠れた名店だともっぱらの噂だ。俺たちだけの秘密だぞ」

「師匠!!」


 グッと、俺たちは固い握手を交わすのだった。


「けど、今日のこと珊瑚は知ってるのか?」

「先輩と出掛けることは伝えてますよ? 学校が終わった時に一緒に遊ばないかって誘われましたけど、先輩の誘いが先でしたから――」


 俺はそこで理人の頭を軽めに叩いた。


「いたっ!」

「馬鹿野郎が。そこは俺のことは放っておいて珊瑚を優先しろよ」


 まあこれで話を終わらせたら俺が嫌な奴になってしまうので、ちゃんと理人に言い聞かせるように言葉を続けた。


「先に約束が入ってるからって俺を優先してくれたことは嬉しいぞ。けどな? やっぱり妹のことを一番に考えてほしいわけだ。その気になればいつだって俺たちは会えるんだし、たとえ近くに居なくても珊瑚がお前の隣で笑ってるのが一番好きなんだからよ」

「……先輩」

「誤解がないように言うなら怒ってるわけじゃないからな? お前ら、過去にひょんなことですれ違い起こしてるから色々と心配になるんだよ」


 そう伝えると理人はバツの悪そうな顔になったが、俺はくしゃくしゃと理人の頭を撫でて歩き出した。


「ま、今日は珊瑚の厚意に甘えて語り合うとしようぜ――覚悟は良いか?」

「っ……はい!」


 それから俺たちは書店に向かった後、例の店にも向かって多くの百合作品を理人に布教した。

 理人はそこそこ大きな家の坊ちゃんで小遣いもそれなりにもらっているらしく、買い物かごにそれはもう大量の百合作品が入れられていた。


「勧めた俺が言うのもなんだけど、そんなに買うのか?」

「はい! いやぁどれも表紙からビビッと来たものばかりです。あの有名なイラストレーターさんもそうですけど、まさかあの作品の続編もあるとは思わず……ここは正に宝物庫ですね先輩!」


 ……もしかしたら俺はとんでもない存在を生み出したのかもしれないな。

 それからしばらく理人と一緒だったが、買ったものを早く読みたい、早く見たいという感情をこれでもかと感じ取ったので解散することに。

 帰宅部のくせに陸上部並みの速さで駆けて行った理人に苦笑し、俺はもう少し適当に過ごしてから帰るかと歩き出した。


「あっとそうだ。おっちゃんたちに差し入れでも持ってくか」


 近くの店でたい焼きを数個買い、俺はデパートに向かって歩き出す。

 ツッキーとしてのバイトが休みなだけで大人であるおっちゃんたちは今日もせっせと働いているはずなので、きっと甘いモノ好きのおっちゃんは喜んでくれるはず。


「……うん?」


 っと、そんな風にデパートの近くに訪れた時だった。

 いつもあの二人が座っているベンチ、そこには今日も当たり前のように水瀬と藍沢が肩を寄せ合って座っていた。


「あいつら……そんなに暇なのか?」


 別に俺も部活に入ってないから人のことは言えないのだが……いや、別にツッキーに会いたがって今日も居るとは限らないもんな。


「単純にデートの最中かな? それにしても……こうして偶然とはいえ、美少女の仲睦まじい姿を見れるのは良いモノですなぁ」


 あぁちなみに、二人が協力してくれた広告写真の甲斐があってケーキ店の売り上げが初日からかなり良かったらしい。

 まあ実際にその広告がどれだけの効力を発揮したのかは不明だが、店頭であの美人さんの広告を見てやってきましたと、そう言ってくれる人も居たようだ。


「……?」


 なんてことを考えていたら、水瀬がジッと俺を見つめていることに気付いた。

 そうなると彼女の隣に居る藍沢も俺を見るわけだが……まあ確かに、彼女ではなく俺が先にジッと見ていたのがダメだろう。

 取り敢えず何も反応しないのはこの距離とはいえ気まずかったので、俺はそっと手を上げるだけで反応しておいた。


「同じクラスだし、藍沢に関しては一緒に日直したし……別に良いよな?」


 そんな俺の願いは通じ、二人とも控えめではあったが手を上げて反応してくれた。

 男子に対して苦手意識を持っているということは聞かされていたので無視されるかもと思っていたが、そうではなかったようでちょっと嬉しかった。


「っと、こんなことしてる場合じゃねえ。おっちゃんに差し入れ差し入れ」


 すぐにデパートの中に向かったがおっちゃんは本当に見つけやすかった。


「おっちゃんは図体がデカいから見つけやすくて助かるよ」

「それはおめえ、俺がデブだって言いたいのか?」

「ガタイは良いよなぁ!」

「遠回しに言ってんだろうが!」


 一触即発、なんてことはない。

 すぐにおっちゃんと笑い合い、休憩室にたい焼きを置いておくから後でみんなで食べてくれと伝えた。

 これでここに来た用事がなくなったので外に出ると……まあなんだ、俺の目の前に良くない光景が広がっていたわけだ。


「アンタたちさ、いい加減にしろよ本当に」

「調子に乗りやがって……東君の気持ちを考えなよ!」


 ベンチに座ったままの水瀬と藍沢に二人の女子が絡んでいた。

 まあかなり大きな声でもあったので分かることだけど、その女子は以前にトイレの帰りに見たあの子たちだった。

 東という男子の名前も聞き覚えがあったし、その話の内容からしても嫉妬に駆られたか……或いはとにかく何かを言いたかったかだろうか。


「ったく……二人が付き合ってるとかそういうのを抜きにしても、なんで告白されて断ってその相手のことを考えなきゃなんねえんだよ」


 告白に対して好みじゃなければ断るし、気が向かなくても断る……気分が乗るか付き合ってから始まる恋なんてものもあるらしいけど、基本的に誰も告白を断ることに文句は言えない。


「いい加減にしろって、どうしてそんなことを言われないといけないの?」

「そうだよね。告白されてそれに頷かないといけない決まりはないし」

「っ……こいつら!」

「生意気なのよ!」


 言いがかりを付けていた片割れの女子が手を上げたのを見て俺は駆け寄った。

 なんとかその手が振り抜かれる直前で止めることが出来たのだが、当然のように四人から視線を向けられてしまう。


「あ~……まあなんだ。暴力は止めようぜ?」

「何よアンタ」

「部外者のくせにしゃしゃり出んな!」

「一応、二人とは同じクラスなんだよなぁ。つうか、しょうもないことで言いがかりを付けて暴力を振るう方がどうかと思うが?」


 そう伝えると二人の視線が鋭くなった。

 良い感じに水瀬と藍沢から標的は俺に移ったようだが……どうしてこんなことをしたんだと正直思う。

 けど何度だって言う――俺は百合が好きだ、故に百合を守る。


「水瀬と藍沢が良く告白されることは俺も噂で知ってる。そしてその全部に断りを入れていることも……なあ、それのどこが間違ってるんだ? 藍沢がさっき言ったけど頷かないといけない決まりはないだろうが」


 そこまで言うと二人は下を向いたものの、言い返そうとしたのかキッと俺を睨みつけてきた。

 しかしそれだけで二人は舌打ちをし、俺の持っていた買い物袋を蹴り飛ばした。


「うっざ、キモいんだよ」

「死ねよクソ野郎」


 ……このクソ女め……いいや落ち着け、あんなのにキレたところで仕方ない。

 というか、別に俺が介入しなくても良かった気がしないでもないが……最近になって見守っている百合カップルに傷が付かなかっただけでも良かったと思おう。


「えっと……余計なことしたかな?」

「ううん、そんなことないわ。ありがとう伊表君」

「ありが――あれ?」


 そこで藍沢が俺の買い物袋に近づいた。

 思いっきり蹴っ飛ばされたのもあって中身が外に出てしまっており、絶対に女子に見られてはならないものがお目見えしていた。


「……ドスケベ百合百合学園?」

「うおおおおおおおおおおっ!!」


 俺はサッと藍沢の手から本を取り返した。

 そしてそのまま買い物袋に戻し、何事もなかったかのように平常心を保ち、サッと俺は彼女たちに背を向けた。


「そ、それじゃあな! アディオス!」

「あ……」

「……ふ~ん?」


 確かに俺は今回、色んな百合作品を買ったけど……まさかその中でも一番ドギツイ奴を見られることになるとは思わなかった。

 ……二人は俺のことをどう思ったのか、特に絡むことはないにしても怖くて仕方ないんだけど。

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