やっぱり良いもんだ百合ってのは

「ケーキ売り場の広告?」

「あぁ。なんか良い案はねえもんかと思ってなぁ」


 それは突然の相談だった。

 今日も今日とてツッキーとしてバイトを始めようかとしたところ、おっちゃんに俺はある相談をされた。

 それはデパート内の一角に出店する予定のケーキ屋さんがあり、そこで客の目を惹く広告を作りたいらしいのだ。


「なあおっちゃん。確かに俺はそこそこ長くここでバイトしてるけどよ。流石にそこまで意見を出そうとは思ってないぜ?」

「咲夜は良いんだよ。むしろ、ツッキー目当てで来てくれるお客さん然り、お前さんが色々とデパートの中を分かりやすく説明してくれるのもあって客足も多い。だからこそお前さんの意見は大事にしてえんだ」

「……そんなもんか」

「そんなもんだ。それにほら、周りを見てみろ」

「え?」


 ちなみに、今この場には俺とおっちゃんだけではなく、他の従業員も居た。

 おっちゃんと同じように正社員として働いている人、パートのおばちゃんたちやそれこそ俺と同じバイトの人だったりと……ここに居るみんながおっちゃんの言葉に同意するように頷いていたのである。


「さくちゃんが来てくれてから活気が出てきたの。あたしたちみんな、さくちゃんに感謝してるし、本当に頼りにしてるのよ。だから何かあったら言ってほしいわ」

「……おばちゃん」


 おっちゃんと同じく、俺を良く可愛がってくれるおばちゃんにまでそう言われてしまい、俺はガシガシと頭を掻いて分かったと頷いた。


「でもこれが良いってのはないからさ。俺も少しだけ考える……だからその、あまり期待しないでもらえると助かるっす」


 そう伝えるとおっちゃんに物凄くお礼を言われてしまった。

 おそらく俺が意見を出さずとも勝手に決めてくれるだろうし、いざとなったら適当なことを言えば良いかなと少し軽く考えたが、やはり少しでも頼られたとなれば良いモノを提案したいものだ。


「……むぅ」


 しかし、いざそうなると真剣に悩んでしまうものだな。

 俺はツッキーとしていつも通りに仕事をする中で、少し注意が散漫になる程度には悩んでいた。


「ツッキーどうしたの?」

「なにか困ってるの~?」

「俺たちが力になるぜ!」

「私たちもなるよ!」


 そんな俺の様子が気になったのか、いつも遊んでとせがんでくるガキンチョたちがそう言ってくれた。

 子供は純粋であるが故にすぐ気付くと何かで見た記憶があるが、まさか実際に言い当てられるとは思っておらず、俺は驚いたものの心配の必要はないと言ってこの大きな腕で子供たちを抱き寄せた。


「いやぁすまんなお前ら。まあ困りごとって程でもなくてなぁ? だからそんな風に心配しなくて良いんだぞ」

「そう~?」

「……ツッキーが言うなら大丈夫か」


 ……ったく、可愛いもんだな。

 実を言うと俺は小さい子供の相手はずっと面倒だって思ってた。

 けどツッキーとしてバイトを始めてから接するうちに、段々とそんな気持ちも失せてしまったんだよな。

 この着ぐるみを脱いで出会えばただの他人でしかないはずなのに、中々悪くないもんだ。


「ほら、俺はお仕事だからまた今度な」

「分かった!」

「またね~!」


 そんなこんなでツッキーとしてのお仕事再開だ。

 子供たちに心配を掛けてはダメだなと思い、休憩時間が来るまで俺は一旦広告に関しては思考から切り離した。

 そしてやってきた休憩時間……これもこれで考えるのは難しかった。


「それでね? 今日学校の体育でさ――」

「あったわね。それであなたが――」


 もはや恒例となった美しき百合カップルとの時間だ。

 相変わらず彼女たち二人は俺を挟んで座っており、俺自身がずっと忌むべき百合に挟まる男になってしまっていて……あぁくそ、俺は自分自身を殺してやりたいは言い過ぎだが殴りたい気分だった。


(まあ自分に怒りを感じるのはさておき、こうして美人二人との時間は個人的に嬉しいと思ってるから都合が良いよな俺って。しかも、学校の話は俺でも理解出来るからこそちょっと面白い)


 水瀬も藍沢も俺の正体を知らない、だが俺は知っているので彼女たちの会話が勝手に理解出来ている。

 果たして俺が同じ学校で、更に同じクラスだと知られたらどんな顔をするのかちょっと気になるが……ま、それを打ち明けることはなさそうだ。


「というかさ、ツッキー何か悩んでない?」

「……え?」

「そうよね。いつもよりも口数が少ないし」

「……………」


 おかしい、いつも通りを装っていたはずが彼女たちにも気付かれたようだ。

 純粋な子供は鋭い、女の勘も鋭いというけど……やれやれ、本当に参ったな。


「悩みっつうか……別に大したことじゃねえよ」

「そんなこと言っちゃうんだぁ?」


 ニヤリと笑って藍沢が立ち上がった。


「その言い方だと悩みがあるって白状したものだよ? それなら――」


 おそらく、気付いたからこそあの子たちと同じように気遣ってくれたんだろう。

 しかし……俺の前に立とうとした彼女は気が抜けていたのか、何もないところで足を引っ掛けるという器用なアクシデントを起こした。


「わわっ……」

「舞!」


 大きな怪我には繋がらないとは思うが、流石にコンクリートの上だから水瀬が慌てるのも無理はない。

 しかし、君たちは忘れているようだな?

 俺は百合を愛する楽園の守護者、故に藍沢に傷を付かせることはしない。


「よっと」

「……あ」


 倒れそうになった彼女を俺は何とか支え、少し体勢がしんどかったので絶対の安全を確保するために軽く抱き寄せた。


「人の心配をする前に自分のことを気を付けるべきだぞ?」

「……そだね」

「まあでも、ありがとうな。その気遣いは凄く嬉しかったよ」

「……………」


 背中をポンポンと優しく叩いて元の位置に戻らせた。

 水瀬は呆れたような顔だったものの、すぐに藍沢を助けてくれてありがとうと頭を下げてくるのだった。


「……でも、そんなに気になる?」

「なるわね」

「なる!」


 ほぼ同時の返事に俺は苦笑し、まあ良いかと思って話し始めた。

 近いうちに出店するケーキ屋さんの広告について、どんなものが良いかを考えていることを伝えると二人は納得したように頷いた。


「ま、何か深刻とかそんなもんじゃないんだ。だから安心して――」


 安心してくれと、そう口にしようとした瞬間に俺は閃いた。

 それは良く彼女たちがここに座ってアイスを互いに食べさせている仲睦まじい瞬間を思い出したからだ。


「……待てよ……いや、だが……でも……」


 俺が思い付いたのは彼女たちの協力が必要なものだ。

 どうしようかなと思っていると、二人が俺のぶっとい手を握りしめた。


「言ってみて?」

「何か力になれるかもだし!」


 まさか、俺の閃きさえも彼女たちは察したのだろうか。

 迷っていた俺はそれなら彼女たちに厚意に甘えようかと思い、俺はツッキーの状態でおっちゃんの元に向かい、事情を話して店のケーキを一つもらった。


「実は……」


 俺が閃いたこと、それは二人が互いに食べさせ合っている瞬間が目を惹く美しいシーンになるのではと思ったのだ。


「まああくまで提案というか、こう思っただけなんだわ。俺がただ付き合っている二人の仲睦まじい瞬間を見たいっていう欲望もあるけど……」

「ふふっ、そういうことね」

「全然良いよ? まあでも、物は試しってことでやってみようか」


 普通なら気持ち悪いと言われるはずなのに、嫌な顔せずに提案に乗ってくれる二人が俺には女神にしか見えなかった。


「でも写真ってどうやって撮るの?」

「それなら大丈夫だ」


 俺は指の先っぽ部分を二人に見てもらった。


「あ、ここにチャックがあるんだ」

「そそ。非常時に使うモノだけど……まあ自分じゃ開けられないんだけどな」

「それって良いの?」


 クスクスと笑った水瀬に指のチャックを開けてもらうと、大よそこういうキャラには許されない人間の手がお目見えした。

 ツッキーの尻ポケットに入れておいたスマホを取り出し、俺はいつでも写真を撮れる状態になった。


「……っと、ちゃんと二人の写真は消すから。一旦実験ってことで――」

「消さなくて良いわよ?」

「うん。ツッキーが悪用するわけがないもんね」

「……………」


 その信頼が凄く嬉しいよマジで。

 それからスマホを構える俺の前で、水瀬が藍沢の口にケーキを運ぶシーンを再現してもらった。

 完全に二人の世界に入ってもらったことで、二人は愛し合う一歩手前のような表情となった。


「舞、あ~ん」

「あ~ん」


 パクっと藍沢がケーキを口にした瞬間、二人は素晴らしい笑顔を浮かべた。

 その瞬間をバッチリ写真に収め……俺は小さく呟いた。


「……楽園はここだったのか」


 目の前に美しい楽園が広がっており、俺はそれを見れただけで幸せだった。

 ジッと固まってしまった俺に二人は苦笑しながらも、どうやら今撮ったワンシーンは彼女たちにとってもかなり出来は良かったらしい。


「ありがとう二人とも。ま、これはまだ提出の段階だけどさ。もし正式に決まったらまた声を掛けさせてくれ」

「えぇ。あなたの力になれたのなら幸いよ」

「えへへ、やったね由香♪」


 本当に良い子たちだな……これからもどうか、末永く二人で幸せになってほしい。

 主に俺の百合成分補給のために……ぐへへ、良いモノを見せてもらったぜありがとうな二人とも!

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