頼ってくれよ。俺はツッキーだからな

 それは甘くも艶やかに、そして蜜のような空間だった。


「由香」

「舞」


 二人の女の子が着崩れた制服のままに絡み合っている。

 美しい少女たちの戯れ、それは児戯を越えて大人の色気を醸し出し、それはすぐにでも激しく変化した。


「脱がすよ?」

「良いわよ」


 舞の言葉に由香は頷き、そのしなやかな手を受け入れた。

 一つ、また一つとボタンが外れ、制服のシャツの中に隠されていた豊満な二つの山が姿を見せる。

 舞がそれに顔を当てると、由香は愛おしいモノを見つめるように彼女を抱きしめ、そして今度は由香が舞の服を脱がし始めた。


「ちょっと溜まってるの。今日は激しくするからね?」

「望むところよ。何でも受け止めるわ」


 そうして、美しくも淫らな宴が幕を開けた。


「ふぅ……」

「……えへへ」


 それから時間が流れた後、僅かに額に汗を掻いた二人は手を繋いでいた。

 お互いにお互いの存在を確かめ合うかのように、強く握りしめられたその手には強い絆と愛を感じさせる。


「ちょっと抱き着いても良い?」

「遠慮なんていらないでしょ? いらっしゃい」


 舞はたまらずといった具合に由香に抱き着いた。

 由香は舞の頭を優しく撫でながら、二人しか居ない室内を見渡して心の中で呟く。


(私たちがこうして一緒の過ごすようになって三年か……ふふっ、幸せなものね)


 由香と舞、ずっと一緒だった幼馴染の二人は一緒に暮らしている。

 お互いにどうして家族と過ごしていないのか、その理由は単純に彼らと距離を置きたかったからだ。

 幸いにもお互いの祖父母が二人のことを尊重してくれたおかげもあり、こうして家族から離れて二人で過ごせている。


「ねえ舞、今日は何を作ろうかしら」

「う~ん、無難にハンバーグとかで良くない? お鍋みたいに豪華でも良いけど」

「あなた、一昨日に鍋にしたばかりでしょうが」

「だって美味しいじゃんか♪」


 小さくため息を吐く由香だが、そんな舞の姿も愛おしくて仕方なかった。

 元々二人ともこうして愛し合う関係でなかったのは明白だが、二人がこうなったのにもそれなりの理由はあるもので、それは外野が容易に踏み込めるものではない。


「今日はツッキーに会えなかったわね」

「そうだね。残念だったよ」


 ツッキー、それはとあるデパートの抱える人気キャラクターだ。

 子供たちだけでなく大人たちにも人気で、それは白いクマというビジュアルの愛らしさもあるだろうが、一番はそのツッキーというキャラクターを根本から作り上げて定着させた中の人の優しさが多いんだろうと由香は考えた。


(本当に不思議な人……ふふ、ツッキーに対して人と言って良いのか分からないけれど初めてだったのよ。あんなことを言われたのは)


 最初に出会った時、質の悪いナンパから助けられたことに恩は感じており、その相手が着ぐるみという時点でインパクトはかなりあった。

 男に対して少なくはない嫌悪感を抱くはずなのに、ツッキーの中の人が男だと分かってもなお普通通りであれた……それは今までになかったことだ。


「今、ツッキーのこと考えてるの?」

「もちろんよ。あなただってそうでしょう?」

「……まあね」


 もしかしたら今日も会えるのではないかとデパートの近くまで向かったが、ツッキーの姿はなくお休みだったようで由香と舞は肩を落として落ち込んだ。


「やっぱりずっと居るわけじゃないもんね」

「そうね。いつ居るのか居ないのか、それを把握できれば楽で良いのだけど」


 そこまで考え、どれだけツッキーのことを気にするんだと由香は苦笑した。

 まあだが、こんな風に彼女たちがツッキーのことを気にするのも仕方ない――何故ならあんなにも二人の仲を祝福し、何かあったら頼ってほしいと言ってくれたのはツッキーが初めてだったからだ。


「不思議なのよ。ツッキーに話を聞いてもらうだけで心が安らいで、ただ隣に居るだけで安心してしまうの。自分でもおかしいと思っているけれど……あんな相手は初めてだったからかしら」

「分かるよ。あたしも同じだもん」


 そして何より、その声が由香は好きだった。

 着ぐるみのせいでこもり気味の声だが、自分でも気付かない声フェチの由香はその声に絶大なる心地良さを感じている。


「香りが良いよねぇ。着ぐるみの匂いもそうだけど、薄らと感じる汗の香りとか」


 そして由香のパートナーである舞は匂いフェチだ。

 誤解がないように言うなら二人ともそのフェチにも気付いておらず、潜在的にそれが気に入っていると感じているだけに過ぎない。

 故にツッキーとのやり取りに感じている心地良さについても、その正体までは二人とも理解出来ていない。


「それに……かっこいいよね。言ってくれる言葉が全部」

「そうね。頼ってくれ、あんなにも凛々しい顔で言われたらときめくわよ」

「顔は変わんないけどね♪」


 そこは雰囲気だと由香は舞の額を小突いた。


(……それだけじゃない。何なのかしらねこの気持ち、それにあの心地良さは)


 その言葉の答えはまだ出てこない。

 というよりも、ツッキーの中の人でさえ由香と舞がこのようなことを考えているなど想像すらしていないだろう。

 彼はただツッキーに成りきっており、百合を守る騎士ととなっているから……それは彼を普段の彼とは違うモノに変え、ちょっと気を大きくさせてしまっているからなのだが、このままだと色々と厄介なことになりそうだ。


▽▼


「よお咲夜。最近一緒に居る可愛い子ちゃん二人は彼女か?」

「いきなり何言ってんだよおっちゃん」


 あの二人が彼女? そんなあり得ないことがあってたまるかよ。

 今日もまたツッキーとしてのバイトの日だが、来て早々におっちゃんから水瀬と藍沢について聞かれる事態に……まああれだけ会いに来て話をしてくれるのだから揶揄う材料にはなるだろうが、実際に一番驚いているのは俺自身だ。


「ツッキーとして仕事してる時にナンパから助けたんだよ。それから妙に気に入られてるようで……中に俺が居ることすら二人は知らないよ」

「そうだったのか。それにしてはお前は知ってるような感じだが?」

「まああの二人は同じ学校で同じクラスだからなぁ……まあでも、ツッキーとして美しい光景を見れてるから俺は満足だぜ」

「美しい光景?」


 美しき百合の光景、それは分かる人にしか分からないってもんだぜおっちゃん。

 それから俺はツッキーとなり外に出た。


「……何だかんだ、楽しいんだよな」


 学校では見られない表情を見せてくれる美人二人、そんな彼女たちと話を出来るというのは新鮮であり楽しかった。

 ただ、俺を間に挟むようにして話をするのだけはやめてほしい。

 照れる? 馬鹿を言うな、俺は百合の間に挟まる気はないからだ。


「……あ」


 さて、そうこうしていると早速あの二人を見つけた。

 俺が休憩時間にいつも使うベンチに二人は座り、アイスクリームを食べながらこちらに手を振っていた。


「ツッキー!」

「遊んで~!」

「おっと……やれやれ、人気者は辛いぜ」


 外に出ればすぐに駆け寄ってくるガキンチョたち、その保護者たちも俺なら大丈夫だと任せっきりにするあたり、本当にツッキーとして馴染んだなと嬉しくなる。

 子供たちと遊びながら仕事をこなし、休憩時間がやってきたことで俺は彼女たちの待つベンチに向かった。


「今日も来たのか」

「あら、ダメだった?」

「ダメとか言わないよね? ツッキーは優しいんでしょ?」


 そうだねツッキーは優しいよ?

 でもね、俺には譲れない信念というものがあるのだよ。


「水瀬、ちょっと寄ってくれ」

「分かったわ」


 ちなみに、彼女たちとは自己紹介を終えており名字で呼んでも不思議がられない。

 俺はもちろんツッキーとして自己紹介をしたので、彼女たちはツッキーとしか俺の名前を知らないし当然顔も知らない。


「今日はそっちかぁ」

「あら、昨日はあなたの隣だったでしょ? だから今日はこっち♪」

「むむっ」


 ギュッと水瀬に腕を抱かれてしまった。

 これが普通に生身ならばその柔らかさをこれでもかと感じられるだろうに、今柔らかく抱き心地が良いのは俺の腕の方だった。


「それにしても今日も二人は一緒なんだな。仲が良いのは良いこと、いつもいつも素晴らしい光景を見せてくれて感謝してるよ」

「ふふっ、そんなに良いって思ってくれるのね」

「他人なのにねぇ」

「正直、キモイとは思ってる。けど、二人が受け入れてくれるからな。それなら俺は喜んで我が道を進むさ」

「気持ち悪くないわよ」

「気持ち悪くないよ」


 そう言ってくれると嬉しいねぇ。

 それからすぐに休憩も終わりが近づき、俺は立ち上がったのだが……その瞬間に突然藍沢が背後から抱き着いてきた。


「隙あり~!」

「ぬおっ?」


 ぼふっと音を立てて抱き着かれて驚いたが、更に水瀬も前から俺に抱き着いた。


(……だから……だから俺を挟むんじゃねえっての!!)


 そして何より、着ぐるみ越しだとこんなにもドキドキしないんだなとちょっとだけ発見した気分だった。


「……ま、ツッキーは百合の園を守る守護者だからな。いつだって俺は見守ってるからよ。何かあったら遠慮なく頼るんだぜ?」


 何言ってんだって感じだけど、キャラに成りきるのも考え物だなぁ。

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