学校では僅かな百合の香り、しかし生は実感できる

「ふわぁ……」

「デカい欠伸じゃねえか。寝不足か?」

「いや……単に眠いだけだ」


 寝不足とかではなく、単純に眠かっただけである。


「バイトの頑張り過ぎとかじゃないのか? あれ、結構重労働だろ」

「そうでもないって。心配してくれてサンキューな頼仁」


 心配そうに見つめてくれるこの友人は草壁くさかべ頼仁よりひとと言って高校からの付き合いだ。

 去年も同じクラスだったこともあって良く話す仲になり、それなりに友人は多い方だがその中でも特に仲が良い。


「ただ着ぐるみの中で道行く人の相手するだけだ楽勝だよ楽勝」

「……俺には無理だな。夏場とか死ねるだろ」

「死ぬ」

「自信持って言うな」


 ぺしっと軽く額を小突かれた。

 何すんだと二人でじゃれついていると、にわかに教室が騒がしくなる……まあその理由は一つだ。


「お姫様たちの登校だな」

「みたいだな~」


 教室の入り口から入って来たのはひと際輝きを放つ女の子二人組だ。

 入学した時から話題になった美少女であり、男子に告白をされた回数は数知れず、しかしその全てを断る鋼のようなガードの固さ――そう、水瀬と藍沢だ。


(……あの二人とも仲良くなったよなぁ本当に)


 なんてことを考えていた俺の横を彼女たちはスッと通り過ぎた。

 クラスメイトということでおはようと一言声を掛けられたがそれだけで、街中で見せてくれる親しみやすさは皆無だった。


「相変わらず綺麗だねぇあの二人は」

「そうだな。今日も告白されんのかな」

「されるんじゃね? サッカー部のイケメンがするとか噂になってたような」

「そんなことが噂になるってガバガバすぎるだろ」

「言えてる」


 一説によるとこうして話を大きくして断りづらい状況を作り出すってのもあるらしいが、彼女たちとそれなりに会話をしたことでどんな状況になろうと絶対に頷かないことは目に見えている。


(あの二人が付き合っているのもそうだけど、男に対して苦手意識を持っていることも教わったしな)


 中学生時代に二人ともストーカーに付け回されたりしたこともあって、それで男が嫌いになったということも俺はツッキーとして聞いた。

 それなら俺はどうなんだと思ったけど、どうも彼女たちからすれば俺は本当にただの着ぐるみにしか見えていないのかもしれない。


「おはよう二人とも」

「お、おはよう委員長」

「おっす委員長」


 さて、そんな時だった。

 俺と頼仁の後ろから声を掛けてきたのは鋭い視線が目立つ女の子で、彼女はこのクラスの代表である委員長だった。

 名前は篠崎しのざきあきといって異性でありながらそこそこ話をするクラスメイトだ。


「なんの話をしていたの?」

「あぁ。今日もあの二人は告白されんのかねって話」

「あ~……」


 頼仁の一言で全て察したらしい委員長は気の毒そうに二人を見た。


「あの子たち、凄くモテるけど告白を断り続けていることに良い顔をしない人たちが居るのよね。何もないと良いけれど……」


 なるほど、確かに女子間の嫉妬はあるかもしれないな。

 あれだけ美人だとよっぽどのことがない限り男子は敵にならないだろうし、性格も悪いというわけではないので同性からも反感は買いにくい……ただ、嫉妬に関してはどうしようもないだろうな。


「何かあれば力になれると良いけどな。同じクラスメイトとして」

「へぇ? それは正しいけど、まさかあなたがそう言うなんてね」


 つい彼女たちのことを考えてそう口にしてしまった。

 同じクラスとはいえ水瀬や藍沢と話すことは全くなかったので、今までこんな風に庇うような発言も俺はしたことがない。


「まさかお前……」

「違えよ」


 変な勘違いをするんじゃないよクソッタレめが。

 確かに気になると言えば間違いではないけど、二人の関係性を知っているからこそ俺は絶対にあの仲を壊すことはしない。

 俺は百合を愛する男、愛し合う女性を見守るのが仕事なんだからよ。


「でも良いんじゃないの? 咲夜君が優しいのが分かる……うん?」

「ま、それは確かに……あん?」

「どうした?」


 何故か二人が俺の後ろを見て固まった。

 どうしたのかと首を傾げていると、突然背後から声を掛けられた。


「伊表君」

「っ!?」


 ビクッとした俺は思わずガタンと音を立ててしまった。

 幸いにまだ騒がしいこともあって今の音に気になった人は居なかったようだが、それでも今の声に聞き覚えがあったからこそのビックリだった。


「どうしたの? 伊表君」

「……あぁいや」


 振り返った先に居たのは藍沢だった。

 ツッキーとしての俺に向けていた面白いものを見つめる視線ではなく、あくまで他人を見るだけの無機質とも言える視線だった。


「今日、私と君で日直だから」

「……え?」


 黒板に目を向けると確かにそこには伊表と藍沢の名前があった。

 そしてもう一度藍沢に視線を戻すと、彼女はまるで今から職員室に行くからはよ付いてこいと言っているようにも感じ、俺はすぐに立ち上がった。


「職員室行ってくるわ」

「行ってら」

「藍沢さん、彼が迷子にならないように見てあげてね」

「俺はガキかよ!」


 つい怒鳴ったが、藍沢は俺たちのやり取りにクスリともしなかった。

 その後、全く会話もないし俺たちは職員室に直行し、先生から日誌を受け取ってまた廊下を歩くのだがやはり会話はない。


(ツッキーって凄いんだな。つうか、クラスメイトなのにやっぱり普段から絡みがないとこんなもんか)


 まあだからといって悲しいなんてことはなく、むしろ変に絡んでしまって邪推をされるよりは遥かにマシだろう。

 俺としては何があっても彼女たちの仲における異音になるつもりはない……まあでも、中々にこの状況は機嫌が良いものだ。


(くくくっ、他のクラスメイト共が知らない秘密を俺は知っている。二人の尊い仲を応援できるのは俺だけか。いやぁ機嫌が良いぜぇ!)


 本当なら全人類が百合を肯定し受け入れ、彼女たちの仲を応援してくれるのが一番なんだが……ったく、世知辛い世の中だっぴ。

 結局、日誌をもらって教室に戻るまで会話はなかった。

 そしてそれは放課後になるまでも同様で、最後に二人で日誌を見合わせながら今日一日の感想を書き込んでいく。


「これ、毎回思うけど面倒だよなぁ」

「でも仕方ないよ。日直の仕事だし」

「だな」

「うん」


 会話終了、ちなみに水瀬も近くで藍沢を見守るように傍に居た。

 普通の人ならここで気まずさを感じるか? だがしかし俺は違う――俺は大変居心地の良さを感じて心はウッキウキだ。


「……うん?」


 そんな中、俺はあることに気付いたがそこでちょうど日誌の書き込みが終わった。

 最後の締めとして俺はまた藍沢と一緒に職員室に向かい、先生に日誌を渡したことで俺たちの仕事は終わりだ。


「お疲れ様」

「あぁ。お疲れ藍沢さん」


 水瀬もキッチリと藍沢を待っていたので、これから二人は放課後デートを楽しむんだなと俺の方が嬉しいし楽しくなるってもんだ。

 そんな二人の百合の波動を肌身に感じながら俺は花瓶を手に歩き出した。

 実は先ほど気付いたのはこの花瓶のことで、中の水が変えられていないことに気付いたのだ。


「白百合の花……お前さんに汚い水は似合わねえぜっと」


 白百合の花言葉は確か……純潔と無垢だったか? 彼女たちの尊い関係にピッタリじゃないか良いねぇ!


「なにしてるの?」

「え? あぁ水が汚いままだったからさ。本来は美化委員の仕事だけど、汚い水だとこいつも嫌だろうなと思ってな」

「……なるほどね」

「あぁ。つうわけでそれじゃあな二人とも、俺はこれを綺麗にして帰るわ」


 はよ帰れ二人とも、それで二人っきりになって俺を幸せにしてくれる百合の波動を撒き散らしてくれ。

 っと、そう思っていたのになんでこうなったんだ?


「はい。花瓶貸して?」

「……おう」

「この新聞紙はもう捨てても良いわよね?」

「……良いよ」


 せっかくだからと二人が手伝ってくれたのだ。

 別に必要なかったのだが、僅かとはいえ手伝ってくれればすぐに終わるのは当たり前だった。

 その後、綺麗な水になった花瓶に花を戻して元の場所に置いた。


「綺麗になったわね」

「あぁ。心なしか元気があるように見えるぞ」

「本当だね。っとごめん由香、あたしちょっとお手洗い行ってくるね」

「待ってるから大丈夫よ」


 すげえ……見送るだけでも水瀬は綺麗な微笑みだ。

 二人は何をしても、何を話しても、お互いにお互いを見つめる表情は笑顔でどこまでも大切にしているのが窺える。

 これは今日も良い気分で寝れるなと思いつつ、鞄を背負った時だった。


「……………」

「……どうした?」


 何故か水瀬が俺をジッと見つめていたのだ。

 彼女はしばらく黙っていたが、何でもないと首を振ったので俺は釈然としないがらも教室から出て行くのだった。


「……ってマズい! 今日は理人が家に来るんだった!」


 珊瑚が友達と遊ぶとのことで理人は暇になったのだが、それなら一緒に百合モノのアニメを見ようじゃないかと約束をしていたんだった。

 彼に布教するために俺は二つのアニメを用意したわけだが……危ない危ない、大事な使命を疎かにするところだったぜ。


「いちご騒動と傍に居るマリア様……沼に沈めてやるぜぇ!」


 その日、見事に理人は更に百合の沼にハマり……それを薄々察した珊瑚もどういうものかと興味を持つのだった。

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