第37話 開放
普通なら、悲しみ続けたのだろうか。
まともなら、毎日、泣きながら過ごしたのだろうか。
それとも既に狂っているから、何も感じずにいられたのだろうか。
あのとき、感情に支配され、泣きじゃくり何もかも呪った。
『あなたのそれは復讐よ。それに取り込まれないで』
抱きかかえて諭してくれた人はそう言った。
不思議と、激情の記憶はその言葉と共に終わっていた。
体感した記憶も、ありとあらゆる光景も、それは簡単に紐解かれるのに、そこに紐付られた感情に靄がかかっていた。
暴走する心を、大きな柔らかな膜で包まれているような感覚。
それは心地よさも感じていたが、庇護されている気分は否めない。
ずっと寝てなさい。
そのまま夢を見てなさい。
そんな子守唄と共に、心の奥底は暖かいものに覆われていた。
でも、危険な外界から身を守る柵は、自由で広い外界に旅立てない檻でもあった。
庇護は拘束。
優しい保護者が構築した、柔らかい枷。
だけど気づいてる。
臨界を越えた時、この力は
赤い炎は宿主も含め周囲を全て焼き尽く。
『あなたのそれは復讐よ。それに取り込まれないで』
『……どうすれば、いいの?』
『守れなかった人の分、他の人を守りなさい。守りたいと願いなさい。あなたがそれを想い続けていれば、きっと大丈夫よ』
『守る……』
『でも忘れちゃだめ。自分を大切にすること。あなたが死んじゃったら、あなたは誰も助けられないでしょ?』
だから私は、死ぬわけにはいかなかった。
誰かを守らなければいけなかった。
そして、檻を出た。
◆
「
誰かが何かを叫んでいる。
視界は全て赤に染まっている。
世界も、動くモノも、対峙する者も。
対峙?
私は何と戦っているのだろう。
私の大切な友達を奪った魔獣と?
それとも私の力を奪おうとする者?
違う。
山核を奪おうとする者から、山核を守るんだ。
私の中にある力が、それを求めている。
この力は強大で、何かを守るために、何かを滅することができる。
何かを守るため、この力は不可欠だ。
そうすれば、一緒にいられる。
強い力を持つ、みんなと、彼と、ずっと一緒にいられる。
だからこの力は必要で、その力は、私に守れと言っている。
中途半端な状態な山の幸は、解放と共に失われるかもしれないと、私を煽る。
「
でも戦う相手は私の力を否定する。
私の意思? ちゃんとここにある。
大切な人の隣に立つために私はこの力を使うんだ!
◆
それを変形した
考えは間違っていないはずだ。
まず
その上で赤い狼を倒す。
そうしなければ、
守護する魔獣を先に倒してしまえば、
それはただの勘だったが、わずかでもそんな可能性があるならば、それは防がなくてはならない。
何より、
二人で並んで、この難敵を退けることが、これから二人が並んで歩くために必要な儀式に思えた。
「だから邪魔すんな! 犬っころ!!」
身をすくめて躱そうとする赤狼。
ぐにゃりと曲がる丁丁発棘の先端が、奴の鼻っ面を追尾し、激しく殴打する。
意識を逸らしたと見られていたのか、
槍を躱しながら、業熱を纏う
隊服の防御力が飽和状態になるのが分かる。
この神具がなければ、
「もう少しだけ耐えろ! 力を貸せ!!
形だけ見れば金色の繭。
その金色の檻は、二人を内包した。
◆
捕らえられてしまった。
体の中から熱い力が抜けていく。
いやだ、だめだ、私から力を奪わないで!
この力がないと、私は守れない!
一緒に、いられないの……。
「力なんかなくても、俺はお前とずっと一緒だ」
……え?
「俺はお前を守りたかっただけだ。だから危険から遠ざけたかった。余計なことは伝えなくていいと思った」
……
「でも、そうじゃないよな。これまでもずっと背中合わせでやってきたお前は、仕舞って飾っておく人形じゃない。俺と同じ、ただの弱い人間だ」
……弱い
「そうだ。俺は一人じゃなにもできない。お前がいないとダメなんだ。だから、弱い者同士だから、お前と一緒にいたい」
一緒に、いてくれる?
「だからここまで迎えに来ただろ? 一緒に帰ろう」
◆
同時に、お互いの記憶の一部が共有されていることを知る。
それぞれの思い出が混じり合う感覚に、不思議な多幸感を覚えていた。
「……
「ああ、誰かさんにたっぷり燃やされたからな」
混ざる感情が恥ずかしくて発した声をきっかけに、
夜風が、抱き合ったままの二人を冷ます。
そこに輻射熱が迫る。
蚊帳の外にいた赤狼は切迫感を露わに、その爪を振るう。
「いけるか?」
「うん!」
二人はお互いの拘束を解き、今一度戦いの炎を燃やす。
赤狼は仲間を奪われたと思うのか、それとも子離れが許せないのか、馬ほどの体躯をさらに膨張させる。
迫る剛腕は、いつかの熊の魔獣よりも太く速く、熱かった。
その鋭い爪は、弾くだけではだめだ。
先端を円形の盾のように変形させ、その腕を弾く。
膂力の差は歴然だが、
それでも足りない!
「応えろ! 神具!」
左の腕輪がフラッシュのように輝き、赤狼の力以上の反発力を生む。
接触点を起点として衝撃波が生まれ、赤狼の体が歪に吹き飛ぶ。
同時に、左腕輪に輝いていた金の光と、左手に持っていた武具が消える。
「任せて!」
添えられた右腕で固定された指先から、赤熱した炎柱が高速で伸びる。
これがおそらくは、彼女が手にした技能の本来の力なのだろう。
赤熱と朱炎を操る力。
それは姿勢を崩した赤狼を吹き飛ばす。
正確には、狼が纏う炎を全て吹き飛ばした。
熱によって生まれた気圧差が、豪風を呼び、周辺は急激に冷まされた。
熱と炎が消え失せた大地には、炎を失った巨大で歪な狼の魔獣が立っている。
「左の武具は使用限界で使えない」
「でも、使えるようになったんだね」
「
「隠す必要、ないよね」
「蒸し返すなよ、俺にとって
少し膨れた
もう、ここには炎はないから、月の灯りだけでは、そんな彼の表情は見ることはできない。
「しょうがない。
「その力、制御できてるのか?」
「今はね。大丈夫」
先ほどまでの状態がなんだったのか
「それじゃあ、一緒に行くぞ」
「うん!」
呼応するように狼も動く。
属性を失ったといえ、魔獣には変わらない。
ナベワリの山頂に配された魔獣。
山核の守護魔獣。
それはかつて
だが、
魔獣の本能は、山核の守護よりも、その力が人の手にあることを嫌がった。
故に魔獣は
「俺が止める!」
伸ばした右腕の
すぐにカーブを描き、魔獣の相対位置と同期する。
四肢に対し二本ずつ、鋭利な先端は魔獣の四肢を大地に縫い付ける。
「返すよ」
ありがとうでも、さよならでもない。
そんな義理はなかったが、
全ての力を失ってもいい。
仮初の感情の全てと共に、無自覚に取得した力を放つ。
それは思いのほか淡い赤色だったが、赤い狼の魔獣を一瞬で粒子に変えた。
その残滓が消え失せると、嘘のような静寂だけが残る。
「行こう」
何を失ったとしても、
それがすごく、嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます