第35話 赤熱
赤い狼。
あの日、
走れるようになった子どもが、ただ意味もなく走り回るのと同じように。
ただ、その獣毛は燃える刃となり、そこにいた複数の脆弱な肉体を切り裂いた。
溢れ出す血潮は赤く、まるで燃えさかるマグマのようだった。
お守りとして渡されていたそれは、
今なら分かる。それは神具だったのだろう。
赤狼は、遊び相手がいなくなった校庭の中で、まるでじゃれつくように
瞬間、
熱く、激しい痛みと、わずかな時間で起きた惨劇に
何が起きたのか理解していたが、なぜそんなことになってしまったのか、何も分からなかった。
友達の骸のそばに横たわり、開いたままのうつろな、光を宿していない瞳を見続けた。
山核、氾濫、魔獣。
どれも数か月前から発生した変化として知識としては持っていた。
でもまさか、それが自分の身に降りかかるなんて夢にも思わなかった。
怖い、痛い、熱い、それにひどく濡れている。赤い狼が走り回った軌跡は、未だ燃え続けていて、その照り返しが赤く、自分が血だまりの中に浸っていることに気づかなかった。
怖い、痛い、熱い、どうして、なんで、こんな、それにこのベタベタする液体は何だ?
怖い、痛い、熱い、憎い、憎い、憎い!
……すべての感情が、憎しみに昇華していく。
体の奥から、赤い力が膨れ上がっていく。
じぶんをこんなめにあわせたモノを
ジブンノニチジョウヲウバウモノヲ
燃やし尽くせ
「ヨーコ!」
初めて聞く
そこには、赤熱した狼と白熱した狐が戦う場があった。
二体が走り回る周囲はすでに燃え尽くされ、その範囲は広がり続けていた。
余波は熱波だけでなく、灼熱の光条として周囲に降り注いでいた。
二体の力関係は赤い狼に分があるようだ。
それはそうだろう。ここは赤い狼のテリトリー。あれはナベワリの山核を守護するケモノ。
そして、その力の一部が自分の中にあることを知覚していた。
赤朱空拳
それはじっと知覚されず隠されていた技能。
山核の外で手に入れたがため、中途半端に根付いた山の幸。
それが、赤い狼と呼応し、共振していた。
「
だが、
白狐を吹き飛ばし、燃え盛る赤い狼の横に立つ。
熱さなど微塵も感じない。
ヨーコにも
だが、ナベワリを渡すわけにはいかない。
それは……
不思議とその理由が抜け落ちていた。
◆
「
「大丈夫! かすり傷よ」
急傾斜を登りながらの戦いは困難を極めていた。
暗闇の中ではあったが、星も明るく、ヘッドライトの照明も問題なく、何より、襲ってくる魔獣のほとんどは赤く燃えていて、視認性は高かった。
だが、それも両足で移動できる場所でならという話だ。
『ナベワリ山 登山口』
という看板から先は、急こう配の斜面だった。
岩や鎖場など、両手も使わないと登れない登山道でも魔獣は容赦なく襲ってきた。
振り回す必要のあるポールではなく、銃器である窒素ガンは取り回しに長けていて、片手でもその威力を十全に発揮することができた。
それでも、登りながら30分も戦い続ければ疲労も溜まる。
そして、耐火コートと頑丈なはずの隊服にも傷が増える。
「魔素を利用してバリアみたいなものを周囲に展開しているから、ずっと攻撃を受け続けているとバリアの展開が間に合わないの」
ただ、露出した肌であっても、隊服の防護バリアは機能を続けていた。
連続した攻撃や、飽和攻撃を食らわなければ大丈夫と聞いていても、素肌に攻撃を受ければ傷になるし、出血もする。それは行動を阻害する要因になる。
それは
山頂方向を見上げると、時折り空が赤く
それはつまり、あの場に
「
「でも! 副長を一人には」
「私はこれでもベテランよ。
「でも……」
「あら、それとももう走れない? 大好きな女の子のところへ、走る力は残ってない?」
窒素ガンで迎撃しながら、
こんな状況の中で、
そんな
「援護、頼みます!」
副長への信頼感を伝え、丸腰になった両手も使い斜面を登る。
急な岩場はすぐに越えられ、その先には広大な斜面が広がっていた。
そこは、黒い平原だった。
闇の中でも焼け尽くされた大地が露わになっているのがよく分かった。
まだ熱を持ち、白い煙の立ち上る斜面を走る。
山頂まで1キロもないはずだ。
遠くに見えるオレンジの灯りは、誰かがキャンプファイヤーでも行っているかのような光景に見えた。
赤い炎が走り、風切り音が鳴り、焦げる匂いが強くなる。
そこを目指し、
左右と上方から赤いケモノが迫るが、それらは
振り返ると、銃を構えた
背中を預け、ただ走ることに集中する。
やがて、戦場が全貌を表す。
二体の魔獣と、二人。
いや、魔獣と人のセットが、二つ。
それが、闘っていた。
なぜこんな状況にあるのか、赤く燃える
「
だが、その声に反応したのはむしろ男のほうだった。
驚いた顔をした男に
その攻撃は、男の傍らにいた白熱するケモノが身を挺して防ぐ。
勢い余り、白のケモノと男が
「何をしている! 死にたいのか!」
男は絶妙なバランスを取り着地して
白の狐のようなケモノが
「あなたは誰なんです?
「
「
「俺が聞きたい。詳しい話はあとだ、彼女を止めないと氾濫は収まらんぞ?」
「氾濫って、ナベワリの大反乱? それがなんで
会話の途中、赤いケモノと絡み合っていた白いケモノが吹き飛ばされる。
それは、
男が右手に持った大剣を振るうと、青い波動のような力が
「あの赤いのはナベワリの守護魔獣だろう。あの子はそれと共鳴してるように見える。残念ながら地の利は向こうにあるから、このままじゃ埒が明かない」
「
「分からん。自分の意思かもしれんが、今の彼女は自我を失っているように見える」
「そんな」
今でも、彼女の赤く燃える冷たい視線は、男を凝視したままだ。
「……お前さん、それはなんだ?」
男は
「これは……」
言いよどむ
「彼女を助けたければ、俺と共闘しろ。お前さん名前は?」
「
「……なるほど。俺は
=========
ナベワリの守護魔獣は、百合香の中に眠る技能と共鳴し、百合香は自我を失う。
山頂に辿り着いた開は、神山に共闘を求められる。そして神山は開の秘密を知っていた。
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