第33話 神山唯人とヨーコ


 迫り来る群れに飛び込んだヨーコだった魔獣は、燃え盛る相手に対し放射状に白い光を放つ。瞬間、大気を伝播して届いた熱に、百合香ゆりかは思わず顔を覆う。


 火炎よりも激しい白熱した力によって、白い魔獣の周囲は死の熱場に支配された。

 一閃した力で、いったいどれだけの赤い魔獣が霧散したのか、百合香ゆりかは知覚すらできなかった。

 その力は圧倒的で、白い魔獣を防波堤として、豪流の如き魔獣の侵攻は止まる。

 反して白い魔獣は動く。

 止まった群れに熱線を放ちながら進行する。

 周囲の樹木が、その余波で炭化してチリになる。

 炎上すら許さない業火が、周辺を焦土に変える。


「強いだろ? 等級だと一から二等級くらいなんだが、俺と繋がってるせいで能力が底上げされてるんだ」


 時折り飛来する鳥形の魔獣をつまらなそうに斬り伏せながらカミヤマは言う。


「……使い魔って言ってましたが、魔獣を仲間にする技能なんですか?」


 百合香ゆりかの声は震えていた。

 ハルナの魔獣は管理されているモノだとあらためて理解した。

 ここに存在している戦いの場は、百合香ゆりかが知っていた戦場ではない。

 それは青い熊や、白い鹿とは比べものにならない強大で無慈悲な力。

 例えるなら、大自然によってもたらされる天災のようなものだった。


「“獣心掌握じゅうしんしょうあく”って言って、まあ、戦って弱らせてからじゃないと契約できないんだが、うまいことゲットできたって訳だ。おかげで楽させてもらってる」


 視界を埋める地獄の様相に対し、どこかのんびりした口調のカミヤマを百合香ゆりかは凝視する。

 この状況下で、慌てもせず、不安も感じず、楽をしていると言える。

 その思考は、どんな生き方をすれば培われるのだろう。


「あなたは、何者なんですか?」


 百合香ゆりかは聞きながら、かつてかい卓磨たくまの会話に出た人物の名前が頭に浮かぶ。


「ただの人間だよ。多少、山核と因縁の深い、ただの人間」


 そう言った男は少しだけ悲しそうな顔をして笑った。


 気が付けば、騒乱は収まっていた。

 カミヤマの使い魔は、くるりと振り返り、こちらに歩いてくる。

 その姿は、白い狐のように見えた。


「狐?」

「ああ、街中で暴れてた悪い狐だ」


 四本足で歩きながら、その姿は少しずつ小さくなり、二本脚になって駆けてくる。


「ととさま、やっつけた!」

「ああ、よくやった。偉いぞ」


 カミヤマは、バッグからバスタオルのようなものを取出し、ヨーコに掛ける。


「服を、着せてあげないのですか?」

「まだまだ序盤だ。あとどれだけ波が来るか分からんからな」

「これで序盤ですか……」

「ああ、今のうちに上に向かうのさ。さて、さっきも言ったが、裾野すそのさんをここに置いてはいけない。死ぬ気がないのであれば一緒に来てもらう」 


 死ぬ。

 確かに、百合香ゆりかの所持する装備であの魔獣の波にさらされれば、一瞬で生は終わる。

 死は平等に、全ての人に訪れる。

 それが、早いか遅いかだけだ。

 クラスメイトたちと同じところに行く。そこに恐怖はない、そう思っていた。


 でも、死んでしまえば、かいと会えない。

 あんな別れ方をしてしまったかいに何も言えずに、永遠に別れてしまう。

 隣を歩きたいという小さな願いすら果たされずに、全てが終わってしまう。


「私、死にたくないです」

「じゃあ行こう」

「あ、あの、私が持っていた入山許可証って知りませんか? ここに入れておいたんですけど……」


 百合香ゆりかは隊服の胸ポケットを示す。

 カードさえあれば緊急下山が使える。もしそれを持っているなら返してほしいと言外に伝える。


「入山カード、瞬間移動できるって神具か……裾野すそのさんを運んだとき、ヨーコの背中にうつぶせで寝かせていたから、途中で落としたのかもしれん。すまん」


 カミヤマは沈痛そうな顔で頭を下げる。

 安全のためとはいえ、危険な山頂に向かう判断を詫びているのだろうか。


「あ、いえ、助けてもらっているのに、スミマセン。ヨーコちゃん、私、重かったでしょ? 運んでくれてありがとうね」

「どーいたしまして!」


 ヨーコはニコリと笑う。


「魔獣って、みんな人化できるのですか?」

「いや、こいつは特別みたいだ。魔獣の中にもいろんな種類がいるらしい」

「人に紛れて暮らしている魔獣もいる?」

「人化してるのは技能の力だ。ただどんな魔獣も人化できる訳じゃないってことだ」


 カミヤマはヨーコと手をつなぎ、まるで仲の良い親子が散歩するように歩き出す。

 百合香ゆりかも後を追い、ヨーコが蹂躙した黒く燻る大地を進む。


「それにしても、変な大氾濫だ」


 氾濫した魔獣が下りてきた跡を辿るように歩きながらカミヤマが言う。


「変ですか?」

「山核に一人で暮らす都合上、索敵できる技能も持っているんだが、氾濫で発生した魔獣の多くが、ここより下のある一定の場所に集まってる」

「それって……」

「まるでそこが目的地とばかりにな。おかげでこの辺りも手薄になっているんだが、なぜ、山核の外に向かわないのか……」


 理由がどうであれ、魔獣が山核の外に出ないのはありがたいと百合香ゆりかは思った。

 大氾濫の記憶、大古おおこ中に現れたのは、たった一頭の魔獣……。


「それに、その気配もだんだん薄くなっている。どうやら、アカギの山核隊も本気を出しているか、強力な技能持ちがいるな。もしくは、山核の恵みじゃない、人の創る神具を持つ誰か」


 百合香ゆりかの鼓動が跳ねる。

 まさか、第五隊のみんなが来ている?

 百合香ゆりかは入山するまで入山許可証は持っていた。どこかで落としたのだとしても山核の中に落ちているのだろう。

 ならば、自分の入山情報は石板に載っている。

 

かい……)


 それは希求する想い。

 なぜだか彼がそばにいるように思えて仕方なかった。

 彼らがいるのだとしたら、自分を助ける為だ。彼が大氾濫に巻き込まれないために一刻も早く氾濫を止めなければならない。


 だがカミヤマは何と言った?

『山核を手に入れる』

 それはどちらだろう。

 解放であれば、山核によって管理された全ての事象が消える。

 魔獣も、魔樹も、魔素も全部だ。


 だが、管理を選んだとすれば?


 彼は恐らく、隣のT県で行方不明になった神山唯人かみやまゆいと

 多くの人を守った英雄で、多くの人から排斥された強大な力を持つ男。

 その本人の口から、楽だから山核で暮らしていると聞いた。


 そしてCPコアポイント

 彼の持つ青い大剣が褒賞の武具だとすれば、それを使用するには、かいと同じようにコアポイントが必要なはずだ。

 コアポイントは、管理者でなければ貯められない。


 つまり、彼にとってアカギを解放するメリットはなく、管理することを望んでいるはずだ。

 人のいない環境で静かに暮らすために。

 大氾濫の予兆を知り、山核が手薄になるタイミングを計っていたのだろう。


(どうしよう……)


 百合香ゆりかは二人の背を追いながら、何が一番正しい行動か見誤ってはいけないと悩む。

 神山かみやまと敵対する行動は自らの死を意味する。

 では、懇願するか?

 解放してくださいと。

 その場合、それを拒否されたらどうなる?

 自身の行動に悪影響を及ぼすくらいなら、百合香ゆりかは簡単に切り捨てられるだろう。

 そもそも、今だって足手まといに……いや、それすらにもなっていない。


 ならば確実な選択は、山核まで同行し、そこで真意を問う。

 管理するならば氾濫を止めてもらい、入山者の安全を約束してもらう。

 それを拒否されるのであれば、どんなことをしても先に山核を手に入れるしかない。


(アカギを手に入れる?)


 その着想は胸の奥、適切な場所に刺さった。

 自分の中にある何かが、切実にそれを求めている。

 失われた何か、不完全な何か、求めている何か、それらが全て明らかになるような気配を感じている。


『あなたのそれは復讐よ。それに取り込まれないで』


 ふと、真理まりの声が聞こえた気がした。



=========


 ヨーコは神山の技能によって使役されている魔獣だった。その圧倒的な力でアカギの氾濫を蹂躙する。百合香は彼らと同行し、アカギ、ナベワリの山核を目指す。

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