第39話 エピローグ
変化は突然だった。
アカギの山核隊や、
同時に、登山口に存在していた石板も消滅し、そこに記載されていた人々の名前も消えた。
緊急下山を使って脱出した以上、再入場ができず、登山口で石板を見続けていた
それはアカギの面々も同じで、大氾濫から引き起こされた何らかの事象が始まったのかと大騒ぎになっていた。
それは、誰かがナベワリを解放したということ。
その直前まで、隊長、
「登っちゃダメですか?」
しばらく何かを考えていた
解放した以上、ナベワリはただの山に戻り、入山許可証の緊急下山機能は使えない。もし怪我で動けなくなっていたら、それこそ救助隊の出番だと思ったのだ。
夜半に緊急下山で戻った
「待機一択だね。ここはアカギのテリトリーなんだし、勝手なことはできないよ」
「構わんぞ。これからどこまで解放されたか車を出す。道路がどこまで使えるか分からんから、行けるところまで連れて行ってやる。ただし明るくなってからな」
だが、そこに現れたアカギの救助隊隊長、
「お願いします! ヒメユリ駐車場まで行ければナベワリの山頂まで最短で行けますから、そこまでで」
「詳しいんだな」
「山登りが俺の趣味でした。ナベワリも年に一度は登ってました」
「ガイドいらずなら丁度いいか。そっちの二人はどうする?」
「行きます!」「……本部で待機します」
副長と、
◆
東の空が明るくなるころ、アカギの車が二台、出発した。
車道は荒れ果てていて、山核化してから初めての通行は困難を極めた。
県道4号線は、アカギのカルデラ湖であるオオヌマまで続いているはずだが、舗装路はところどころでひび割れ、剥がれ、何より多くの車両が各所で朽ち果てていた。
事故なのか、魔獣に襲われたのか分からない。
車両の周辺や内部には、変色した衣類が残っていた。山核内の死者は消えてなくなるため、残された衣類だけが犠牲者の存在を示していた。
幸い、ナベワリへの登山口であるヒメユリ駐車場までなんとか辿り着くことができた。
アカギ山核隊の登頂隊、狩猟隊から各二名、救助隊から
「案の定だな。ここから向こうはアラヤマの山核だ」
「アラヤマの登山口も探さないとな……」
結局は、ナベワリの範囲だけ取り戻すことができただけで、誰もが氾濫の脅威はこれからも続くことを実感していた。
「
意気消沈するアカギ山核隊の面々に、
「山核がある以上、単独行は認められん。と言いたいところだが、俺たちも新しい登山口を探さにゃならんからな。二人で大丈夫か?」
「山核の中には入りません。それに山核の外なら、山登りでは誰にも負けません」
「分かった。その代わり、五人で帰ってこいよ」
真剣な
「
「ほんと今更だよね。でも大丈夫。少し休んだだけで完全回復してるから」
緊急下山で登山口まで転移したときは、まだまともに動かせない体だったが、しばらく休んでいたら、むしろ入山する前より元気になっていた。
「でも無理すんな。一度は死ん……」
先を歩く
「ね、
助けられたとき、その際の描写を
「どう……って」
「
その声は、悲しそうな色を含んでいた。
「
「……あたし、よく死ななかったね」
「たぶん、何度も死ぬ寸前で回復し続けてたんだって隊長は言ってた。自分の判断ミスだともね」
「判断ミス? 生贄の間違いじゃないの?」
「……そうかもしれない。でも
「
「“
「当ててみようか?
「……そんな嬉しそうに言うなよ。その通りだけどさ。だから隊長が治療薬を俺に渡してくれたんだ」
そんな会話を続ける二人の前に、風穴のある岩場が現れる。
ナベワリに向かう登山道の、唯一と呼べる難所だった。
二人とも、楽しくない会話を続けるよりは、登山に集中できていいと思った。
難所を越えると、広い場所に出た。
古びた看板に『アラヤマ高原』の文字が浮かんでいた。
「ここって、昔はツツジの名所だったんだ。それと百合の花がきれいだった」
「
「この登山道も一本道だけど、まだ見かけてないな」
「他にルートはないの?」
「南側から降りるルートもあるんだけど、急勾配だからね、普通に降りるならこっちのルートを選ぶと思う。ここからナベワリの山頂までは一時間もかからないから、行ってみよう」
「ね、あっちはまだ山核化してるんだよね」
背中から
そこにはアラヤマの威容が浮かんでいる。
ナベワリとアラヤマの境界線が、二人のいる場所からうっすらと見えた。
「ああ、アラヤマもその向こうの五峰も、まだ取り返せていない」
「でも、ナベワリは解放できたよね。誰が解放したか分からないけど」
「
「あたしもそう思ってる。でも
「俺は……」
言いよどむ
「向こうから、何か来る!」
本来であれば新緑が茂る季節だが、魔樹化していた影響なのかほとんどの木々は枯れ果てている。
その間隙を縫って土埃が立つ。
すぐ、黄色いケモノが現れる。
それは猪のような体躯で、長く伸びた二本の牙が目立っていた。
「
手だけリュックに突っ込み、白流刀を取り出した
そのまま魔獣に走り出す。
「
「俺も少しくらい仕事しなくちゃ、な!」
猪突猛進を絵にかいたような双方の突撃は、なんの策もなく、相手を滅するための行為。
そのお互いの牙は、互いの体を貫いていた。
絶命した魔獣はそのまま黄色い粒子になって消え、
血まみれになることもいとわず、
しかも、うつろな目、止まった心拍、動かない呼吸。
彼は即死だった。
それでも、心臓というポンプが動いていないのに、彼の穴からは濁流のように血液が流れ続けた。
その血液に染まりながら、
どのくらいそうしていただろう。
「
「
「
探しにきた三人に会えた。
でも、五人で帰ることはできなくなってしまった。
「かたやまくん、死んじゃった……」
「死んだって……
いつのまにか流れ続ける涙を、
「って、なんだよ。寝てるだけかよ」
「え、嘘、だって、さっき、確かに」
穴の開いた隊服の下にはきれいな素肌が見え、その顔は血色もよく、小さくいびきをかいていた。
===裾野百合香の章 完===
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