第29話 待機する者、入山する者

「あの、なんでそんなに不機嫌そうなんですか?」

「別に! 不機嫌じゃないし!」


 隊長と谷後たにごが会話しながら歩く後ろで、広大こうだいが隣を歩く祥子しょうこに話しかけると、祥子しょうこはイライラした態度を隠さず返事をする。


「……この人選ってどうなんでしょうか。俺、お二人のこと全然分からないですし……」

「半月以上いるのに知らないなんて怠慢もいいところね!」

「それに俺の戦力も知ってもらえてないでしょうし」

「興味ないからね!」


 理不尽だ、と感じつつも、下っ端である自分の立場を考えると何も言えない広大こうだいは、祥子しょうことコミュニケーションを取ることを諦める。


(それにしても、アカギも久しぶりだ)


 アカギを左手に見ながら荒れた舗装路を歩く広大こうだいは、かつて登った経験のある山の輪郭をじっと眺める。

 景色自体は何も変わらないのに、雰囲気、音、匂い、そして気配、そんな様々な要素によって、ここが普通の場所ではないことを痛感しつつ自身の違和感に首を捻る。


(今日は、なんだか体の調子がいいな)


 五感という入力器官だけじゃなく、体力や筋力も快調で、どこまでも歩けそうな気力も満ちていた。

 魔獣に会ったら、リュックに隠してある白流刀を試させてもらおうと、広大こうだいは拳を握る。

 そして、まだまだ頼りないとはいえ、少なくとも祥子しょうこと普通に会話できるくらいまでは認めてもらいたいと思った。


 だが、ミネ公園を右折し、斜面を下り、登山口と違う場所から山核を出るまで、魔獣や魔樹と戦うことはなかった。


「一旦、アカギの本部に戻ろう。宗太そうたたちも戻ってるはずだしな」


 隊長は谷後たにご祥子しょうこ広大こうだいを順に見回して言った。

 自衛隊の車両が点在する山核沿いの県道を、さきほどの隊列で歩きながら、祥子しょうこがポツリと呟く。


「タヌキめ……」

「え、どこですか? 魔獣ですか?」


 広大こうだいは周辺をキョロキョロと見回す。


「違うわよ。ウチのタヌキのこと」

「?……あの、俺たちは裾野すそのさんを助けに行ったりしないんですか?」

「だーかーら、そもそもの任務があるでしょ? 公的な機関なんだから私情で動ける訳ないでしょうが」


 祥子しょうこが反応してくれたことで、広大こうだいはついでに質問を投げる。


「でも、副長とかいは?」

「そこが落としどころってヤツ。茶番もいいところよ」

「じゃあ俺たち五人は、アカギと共同作戦ってことですね?」

「三人よ」

「へ?」

「何か動きがあるまで、私たち三人は待機よ」


 祥子しょうこは憮然としたまま黙り込んだ。


「ん? あいつらも入ったのかー」


 登山口に到着し、石板を眺めた隊長は棒読みで声を上げる。

 そこには『YURIKA・S 11:07』に加え『MIMI・M 17:18』『KAI・Y 17:18』の白文字もあった。


郷原ごうはら隊長さん、上で別れたお二人が戻っていませんが……」


『SOUTA・M 17:12』『YUMI・M 17:13』の白文字を指しながら谷後たにごが真面目な顔で呟く。


「ああ、白文字だから大丈夫。どっかで迷ってるんだろ」

「迷うって……この道をまっすぐじゃないですか」

「じゃあナニかしてるのかもな。それより腹減った。先に夕飯食べておこうぜ。案内宜しく」


 隊長は谷後たにごの背を叩き本部へ向かって歩き出す。


「三人って、そうゆうことですか」

「だから茶番だって言ったでしょ?」


 広大こうだいが納得したように呟くと、祥子しょうこが憮然と答える。


「でも聞いていいですか? なんで宗太そうたさんに丸山まるやまさんを付けたんですか?」


 二人は別働隊として裾野すそのの救出に向かったのだろう。ただ、人選は隊長の専権事項とはいえ、一年以上連携している祥子しょうこがペアにならない理由が気になり、広大こうだいは思わず聞いていた。


「……丸山まるやまさんが手に入れた技能があるでしょ?」

「あ、はい。“白天霹靂”」

「それと“応救処置”があれば、から身を守ることができて、一部始終を確認できて、それがどこで起きたか生きて報告に帰ることができるからよ」


 まさか答えてくれるとは思わなかった広大こうだいだが、祥子しょうこの答えに気になる言葉があった。


って、魔獣のことですか? 強い魔獣がいるんですか?」


 広大こうだい宗太そうたの戦闘能力は知らなかったが、万が一、宗太そうたが倒された時の話だと推察した。


「魔獣じゃないわ。呪いみたいなもの」


 つい話し過ぎてしまった。

 そんな雰囲気を纏い、祥子しょうこは隊長の後を追う。

 広大こうだいは釈然としない思いを抱きながら、照明が灯り始めた連絡通路を歩き出す。



「やっと入れましたね」


 アカギ、ナベワリの山核内に入り追っ手がいないことを確認したかいは、隣を歩く真鍋まなべに話しかけながら、先ほどまでの顛末を思い出す。


 大古おおこ中で百合香ゆりかの母と別れ、徒歩で移動の足取りを探しながら、かい真鍋まなべ旧大古おおこ町の住宅街から大古おおこ城に向かった。

 大古おおこ城の跡地に築かれた防塁の先に山核の特徴的な境界面。

 そこを出入りさせないための防塁は、ところどころ破壊痕が残り、人が簡単に行き来できる状態になっていた。

 真新しい見慣れた靴跡を見つけ、決意を込めて山核に入ろうとしたかい真鍋まなべは、ちょうど警邏中の自衛官二人と出会った。


 隊服や入山許可証を見せても

「なんでハルナの連中がここにいるんだ」

「最近は偽装カードも出回ってるからな」

 などと信じる気配がなかった。

 彼らとしても氾濫に備え過緊張になっているのか、肩に吊るした自動小銃を、いつでも使える素振りを見せながら威嚇するのも仕方ないのかもしれない。


 ただ、こうしている間にもかいの不安や嫌な予感は膨らむばかりだ。

 無線が通じないため、山核隊本部へ移動して確認するなどと言い出す自衛官と押し問答を繰り返していたかいはキレかかるが、真鍋まなべに止められる。


「任せて」と小声で呟き、かいの肩を叩いた真鍋まなべは自衛官二人に向き合う。


 真鍋まなべはリュックを背負い直すような、さりげない動きで、肩ベルトに固定してある“銃”の射出口を指で触れていた。


(殺る気なのか!?)


 卓磨たくまの装備であるウォーターガンは、山核の外でも使える。

 まさかあんなところから致死性の攻撃が放たれるなんて、誰も想像しないだろう。


 かいが緊張している中で、対面する自衛官の一人がいきなり崩れ落ちた。


「え、おい! お前ら、何をした!」


 残った方が小銃を持ち上げる挙動に対し、真鍋まなべが急接近し片手で小銃の銃身を抑え、片手で小銃のセフティをかける。

 まるで映画で見た特殊部隊ばりの動きにかいは唖然とした。


「あなたもそちらの方のようにここで疲れて眠りますか? 二人並んでお休みするのと、彼が起きるまで待つのでは、どちらがよろしいですか?」


 高身長の真鍋まなべは、肉薄している自衛官と目線を合わせ静かに問いかける。


「お、おまえ、いったい……」

「ただの救助隊です。私たちの救助活動を邪魔するというのであれば、まずあなた方を要救助者として処置いたしますが?」

「……そいつはどうなった」

「さあ、急に倒れましたので、疲れているのではないですか?」

「後で、問い合わせはさせてもらう」


 自衛官は力を抜き、小銃を地面に降ろし、倒れている同僚を確認する。


「寝ている?」

「お疲れだったのでしょう。どうか安全な場所で起きるまで待機されることをお勧めします。我々の事はアカギの本隊で確認してください。真鍋まなべ山際やまぎわ、正式な要請での救助活動です」

「……分かった。気を付けて行け」


 そうして、かい真鍋まなべはようやく山核の中に入ることができた。


「副長。あれ、どうやったんです」

「あら、かいくんも私がやったって疑うの?」

「……疑うも何も、眠らせて、体技で相手を無力化しましたよね」

「麻酔ガスをエアで飛ばして、体術は見よう見まねよ」


 真鍋まなべの戦う姿を初めて見たかいは、絶対にこの人を怒らせては駄目だと心に誓う。

 山核の氾濫に対処できる、場数を踏んでいるであろう自衛官に対し、一対二で瞬殺できる女性がどれだけいるというのだ。

 それに、二人を怪我させる。二人とも眠らせる。強行突破で逃げるという選択肢を選ばなかった。

 二人を倒せば、氾濫の際に魔獣に対応できず殺されるだろう。強行突破で後ろから撃たれても、この隊服なら問題ないかもしれないが、その異常性は知られてしまう。

 真鍋まなべそのものの強さは目立ったが、解決策として最良の一手だった。


「さあ、もう17時を過ぎてるわ。急ぎましょう」


 真鍋まなべかいは山核内を走る。



=========


 郷原、祥子、広大がアカギ山核隊本部で待機する中、真鍋と開もトラブルを乗り越えて山核内に侵入する。

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