第22話 百合香の救助活動
校庭は荒れ果て、ところどころ雑草に覆われていた。
初夏の昼前の日差しが眩しくて目を瞑ると、瞼の奥にチカチカした光の残像が残り、それはやがて思い出の像を結ぶ。
赤い校庭。
物言わぬ、同級生だった骸。
温かい血溜まりに浸っていた。
赤い熱。
灼熱の赤。
……燃え盛る、赤い……狼……
記憶は鮮明だ。
情報は何も毀損していない。
にも関わらず、突如現れ、三十五名を蹂躙した赤いケモノがどうなったのか。そして、なぜ自分だけが無傷で生き残ったのか。
それに繋がる情報だけが存在していない。
まるでそこだけ綺麗に切り取られたかのように。
そんな疑念の理由は自身の感情が鈍化していること。
あの時確かにあった激情は
『あなたのそれは復讐よ。それに取り込まれないで』
抱きかかえて諭してくれた人はそう言った。
激情の記憶はその言葉と共に終わっていた。
体感した記憶も、ありとあらゆる光景も、それは簡単に紐解かれるのに、そこに紐付られた感情に靄がかかる。
暴走する心を、大きな柔らかな膜で包まれているような感覚。
それは心地よさも感じていたが、庇護されている気分は否めない。
ずっと寝てなさい。
そのまま夢を見てなさい。
そんな子守唄と共に、心の奥底は暖かいものに覆われていた。
だが、危険な外界から身を守る柵は、自由で広い外界に旅立てない檻でもあった。
庇護は拘束。
優しい保護者が構築した、柔らかい枷。
『そうやって……私を……ずっと、籠の中に仕舞うんだ……』
思わず発した言葉だったが、なぜ籠に仕舞われていると思ったのだろう。
『あなたのそれは復讐よ。それに取り込まれないで』
『……どうすれば、いいの?』
『守れなかった人の分、他の人を守りなさい。守りたいと願いなさい。あなたがそれを想い続けていれば、きっと大丈夫よ』
『守る……』
『でも忘れちゃだめ。自分を大切にすること。あなたが死んじゃったら、あなたは誰も助けられないでしょ?』
そう、だからこそ救助隊に入ったのだ。山核から、理不尽な力から人々を守るために。
だから、自分が守られたように、誰かを守りたいと思ったのだ。
『……そんなんじゃない! 俺も、
車中での
それは何故だろう。
考えられるとすれば、
だから
(
ここに至る様々な感情の揺らぎは、この言葉に辿り着く。
思考しながらしばらくぼんやりしていると、ふと視線を感じた。
校舎に目を向けると、校舎脇の通路、小さな人影が体を半分隠しながら
その人物は
(女の子?)
白いパーカーのフードを被っていたが、赤いスカートや、華奢な体躯から
ただ、山核に近いこのエリアは、ほんのわずか北に向かった先、
多くの住民は
肝試しや、廃墟マニアが気軽に遊びに来れる平和な時代ではないので、廃校になって久しく、自衛隊や警察による巡回路からも外れているこの場所にいることに違和感を抱く。
(迷子かな。遠方から越してきたとか)
そういった層の受け皿にもなるのが、これから始まる山核特別入山協会、通称山核ギルドなのだろう。
そういった人々の多くは山核の怖さを知らない。
山核化によって世界が大きく変化したにも関わらず、それを実感できていない人々は、山核の危険を理解できない。
そこは“山の幸”に溢れる、言ってみれば宝物に溢れるダンジョンのようなものと思われているのだろう。
入隊直後にあった、
彼らは多少の知識があり、低地でのドロップ品は低レアが多く、一攫千金を狙ってイカオまで訪れていた。
だが多くの人は、山核に入りさえすれば、何らかの異能や武具が簡単に手に入ると信じている。
実際はハルナの標高1000メートル付近ですら、技能や武具がドロップするのは数か月に一度といった確率なのだ。
他でもない、山核隊の中でも特異な戦闘能力を持つ双子隊ですらその程度なので、山核ギルドが開始されてもギルドハンターたちが得られるのは、魔核、皮や金属などの素材、肉などの消耗品になるだろう。
もっともそんな物でも高額に取引されているのは事実で、それらは漁業などと同じ一次産業の代役に置き替えられることは想像に難くない。
ただ、
そんな仕組みに対し、
人々を危険に晒してまでも得られるメリットはなんだろう?
第五隊が得た魔核は
彼らが創る装備にそれが使われているのは間違いない。
ならば、山核ギルドを大幅に広めることで、魔核の収集量を増やしそれを回収することが目的なのだろうか。
ハッとして我に返る。
少女を追いながら思考に耽っていた
かつては田園が並んでいただろうのどかな田圃道。
田園は、高さが二メートルほどまで伸びた雑草に覆われ、舗装された道を覆い尽くすほどだった。
雑草のトンネルを小さな後ろ姿が小走りに駆けて行く。
その先にはアカギの山景。
「待って! それ以上行っちゃダメ!」
さすがに様子を見る段階ではなかった。
山核範囲までは一キロもないのだ。
荒れているとはいえ舗装路のはずなのに、私物のスニーカーでは安定して走れないことに気付く。
小石や段差などにも注意を払う必要があり、これまでどれだけ隊のブーツに助けられていたか理解する。
背の高い雑草に身を隠しているとはいえ、初夏の真昼間。
着替えながら、すいぶん大胆になったと苦笑する。
ただ、山核隊での訓練によるものなのか、それともまったく別の要因なのか
装備を整え、隊服の胸ポケットに入山許可証を入れて走り出す。
着替えによって少女との距離は開いてしまったが、ブーツは彼女の意志を路面に伝え、着実にその差を埋める。
田園地帯を抜け、旧
それでも、走る少女の背中はすぐそこだ。
だが、その背に触れる前に、分厚い大気の層を越えた。
それがアカギの山核境界であることに気付いた瞬間、それまで見えていなかった光景に目を奪われる。
目の前に、燃え盛る赤いケモノがいた。
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百合香が過去と向き合い、救助隊を希望した動機を思い出す。その上で、守られることは開の隣を歩けないことと自覚する。
そんな時、廃墟の中で少女を見かける。少女は山核方面に走り、百合香は追いかけるが、接触前に山核内に侵入してしまう。
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