第18話 裾野百合香の帰郷

 午前中に一泊訓練から帰隊し、隊長にいろいろと報告を行おうとした新人四人は、とりあえず寝ろ、という隊長の指示でそれぞれの自室に戻る。


 百合香ゆりかはバスタブにお湯を貯めながら、昨夜からの出来事を反芻する。

 白い鹿との戦いや、一時的とはいえ全員の視力が失われたこと。それを治せる優実ゆみの技能と、更に優実ゆみが得た新しい技能。戦闘力の底上げとして広大こうだいが所有者になった新しい武具など様々な出来事があった中で、リーダーを任されたかいが、夜警のパートナーに優実ゆみを選んだことは、思った以上に、しこりのようなものとして百合香ゆりかの心に残っていた。

 戦力の均一化、男女差、経験の度合いなど、冷静に考えればまったくもって妥当な判断なのに、百合香ゆりかの心は何故かそれを納得することができずにいた。


(お互いに守るって約束してたのに)


 白い鹿との戦闘でもかいは相談もせずに、さっさと魔獣に向かった。

 もちろん、武具をこっそりと使いたいという気持ちがあることと、百合香ゆりかを危険に晒したくない気持ちはよく分かっていたが、それでも、この隊の中で二人はペアだと思っていた。

 これまでも、お互いの背中を合わせ、例え訓練とはいえ、危機を乗り越えてきた。


 かいの判断は間違っていない。

 彼の行動は適切だ。

 なのに、百合香ゆりかの心だけが納得していない。


 そしてもう一つ。

 白の鹿に視界を奪われた後、赤く染まった世界と、熱い何かが左手から溢れ出た記憶が残っていた。

 その記憶はひどく心を揺さぶり、ますます百合香ゆりかを不安にさせていた。


(私、どうしちゃったんだろ……)


 百合香ゆりかはお湯が溜まりきるまで、答えの出ない思考を続けていた。

 ぼんやりと入浴する準備を進めていると、机に置いてあるスマホが振動する。

 受け取ったメールは、自宅からのものだった。



「白い、鹿か。副長、データベースに登録しておいてくれ」


 夕飯前まで仮眠などで休憩を取った新人四人は、夕食時に洗いざらい起きた事を報告していた。

 もちろん、かいは武具のことを黙っていたし、優実ゆみも皆の眼を治したことは伏せていた。思い返してみても、全員が失明した事実を報告することは、いろいろと問題になりそうだと口裏を合わせていた。


「それで、白の魔核と、白の剣、なんだっけ?」

白流刀はくりゅうとうです」


 パソコンに向かう真鍋まなべ副長の問いに、武具の所有者となった広大こうだいが現物を皆に見せる。

 隊長はそれを検分し、白いつるりとした表面の鞘から刃を抜き出す。


「刃長800、刃幅100、片刃でやや湾曲、と。山核の外でも使えるみたいだな」


 隊長はテーブルの上にあるティッシュボックスから一枚のティッシュを抜出し、上向きにした刃の上にひらりと落とす。

 一切の抵抗も見せず、分断される薄紙を見て、持ち主の広大こうだいがごくりと喉を鳴らす。


「ちょっとちょっと隊長、それ隊服でもテストしてくださいよ? 乱戦で後ろからグサリとか勘弁してよー」


 祥子しょうこが青い顔で騒ぐ。


「一応聞いておくがな、これを片山かたやまに持たせるって決めた理由を教えてくれ」


 苦笑の隊長にかいが挙手で答える。


「全体の戦力バランスで考えました。俺と百合香ゆりかは二か月のアドバンテージがありますし、丸山まるやまさんは狩猟隊での経験があります。広大こうだいもこの二週間でだいぶマシになりましたが、まだまだ余裕が感じられません。だから強い武器を持てば、少しは落ち着いて行動できると、皆で判断しました」


 当然、広大こうだいは遠慮していた。

 強い隊員が持つべきだと言ったが、本音は、以前に過分な力を得た自分が起こしてしまった騒動を反省しているのだろうと、誰もが思った。

 そういった自戒の念が見えたからこそ、皆は彼にそれを預けたのだ。汚名を返上させるための機会として。


「いい信頼関係だね。羨ましいよ」宗太そうたが柔らかく微笑み、彼らの判断を後押しする。

「文句を言うつもりはないさ。それに、もう登録も済ませたんだしな」


 隊長は白流刀はくりゅうとう広大こうだいに返しながら笑う。

 山核内でドロップした武具や装備は、それを持ちながら下山すると自然と所持者として登録され、入山許可証の褒賞欄に記載される。


「所有者の交替とかってできないんですか?」

「できるよ。売却だってできる。許可証の該当武具を長押しすれば、権利放棄しますか? ってメッセージがでるから、YESを選択すればいいのさ」


 広大こうだいの質問に宗太そうたが丁寧に答えてくれる。

 広大こうだいはそんなメッセージが表示されることを確認し、NOを押しておく。


「売りたいの?」

「いえ、そういった選択の余地があることが分かれば十分です。俺は強くなりたいので」


 祥子しょうこがニヤリと聞き、広大こうだいは毅然とした顔で答える。


「強い武具を持ったからと言って強くなるとは限らんがな。それと、丸山まるやまは技能だと?」

「はい“白天壁靂はくてんへきれき”って名称です」


 隊長の質問に優実ゆみが緊張して答える。

 異動になって新たに得た技能でもあり、ほぼ偶然に得てしまった力ということもあり、彼女はずっと恐縮していた。


「これも未登録の技能ね。効果は?」副長の質問に

「直径五メートルほどの、ドーム状の安全地帯を発生させることができます。周囲を雷撃の膜で包み、外部からの物理干渉に対し自動放電で攻勢防御を行います。三時間ほど連続使用可能ですが、その後は使用した時間だけクールタイムがあります」


 と優実ゆみが答える。

 取得した際に大まかな理解は得ていたが、彼らはすでに運用を済ませていた。

 鹿との戦闘後、いろいろと落ち着くためにさっそくこの技能が役に立っていたのだ。

 少なくとも、青い犬が何体現れても、まったく脅威を覚えるどころか、三時間後に解除し周囲を見渡すと、十数個の青い魔核が転がっているという攻防一体の有用技能だった。


「直径五メートルだと、五人、パーティ用ってとこか」


 隊長は顎に手をやり思案しながら呟く。


「そうですね。無理すればもう少し入れそうですが」

「いずれにせよ、セーフハウスとしては上等みたいね」

「楽観視は禁物だよ。防御を上回る敵には逃げた方がよい場合もあるからね」


 優実ゆみの反応に、祥子しょうこ宗太そうたが意見を述べる。

 

「ともあれ、どんな武器や技能も使い方次第だ。幸運な新人諸君は、獲得した力で明日も励みたまえよ」

「あ、あの、質問があります」


 隊長のまとめに優実ゆみが問いかける。


「なんだ?」

「技能って、誰かに譲るとかできないんですか?」


 優実ゆみは自身二つ目の技能取得を素直に喜ぶことができなかった。

 そもそも白い鹿と戦ったのはほとんどかい一人なのだ。

 

「無理なんだなこれが」

「ラストアタックボーナスってやつだからね、仕方ないよ」


 隊長と宗太そうたが苦笑する。


「だって、武具は所有権を放棄したりできるんですよね」

「そうでもないぞ。武具や装備にも等級があって、強制的に取得状態になるものもある。こいつらは普段、体のどこかに仕舞われてるらしいぞ? で、片山かたやま白流刀はくりゅうとうみたいなやつは、山核外で物理的に使用できる代わりに、持ち運ばなきゃならんし、特殊な効果も、あんまりないんだ」


 かいはこれまで自分の武具以外を見たことがなかったため、白流刀はくりゅうとうも痣として仕舞えるのかと考えていたが、隊長の言葉から様々な種類があることを理解した。


「技能はね、もうどうしようもないのよ。宝くじみたいなものだから、ウチの隊もそれを明確にしようとはしていないの。もちろん申告してくれてもいいけど、だからと言ってあなたたちの不利益につながるようなことはないから安心して」


 真鍋まなべ副長は、しおらしくしている優実ゆみに向かって優しい言葉をかける。


「でも……あたしばっかり」優実ゆみはちらりと百合香ゆりかを見る。


 先日見せられた百合香ゆりかの入山許可証、その褒賞欄は空白だったのだ。


「まあでもこのタイミングで丸山まるやま片山かたやまの戦力強化が図れたのは良かったな。これで裾野すそのの抜ける穴も埋まるだろ?」


 隊長は自然な感じで話すから、かいはその言葉の意味をしばらく理解できず、質問まで時間がかかった。


「え、百合香ゆりかが、どうしたんです?」

「なんだ聞いてないのか? 裾野すそのは明日からしばらく休暇で帰郷だぞ」



=========


 一泊訓練から帰隊した新人たちは、隊のメンバーに顛末の報告と、取得した武具と技能の説明を行った。その話の中で、百合香がしばらく休暇を取ることが告げられた。

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