第32話 下山、そして

 かい百合香ゆりかがカードに込められた帰還機能を使うと、一瞬で光景が変わり、目の前には四人の先輩隊員が並んでいた。


「お帰りー」

「お帰り」

「お帰りなさい」

「遅かったな」


 登山口の前。祥子しょうこが、宗太そうたが、真鍋まなべ副長が、そして郷原ごうはら隊長が、疲れた顔もなく朝日に照らされた爽やかな顔で出迎えてくれた。


「ただいま戻りました」

「ずいぶん仲良しになったわねぇ」


 同時に頭を下げたかい百合香ゆりかは、祥子しょうこのニヤニヤ顔に、自分たちがまだ寄り添っていたことに気付き、サッと離れる。


「そ、そんなことより、これって全部テストだったんですね」


 赤面も一瞬、恥じらいを隠すように百合香ゆりかは代表で祥子しょうこに詰め寄る。


「合格、おめでとう」


 祥子しょうこは近付く百合香ゆりかにふわりと抱き着き、祝福の声を上げる。


「え、あ、ありがとうございます」


 別の意味の赤面に変化した百合香ゆりかはどぎまぎした声を出す。


「ちょろいな」

「ちょろいですね」


 隊長と宗太そうたが呆れて笑う。


「それで、説明はいただけるのでしょうか」

「お、こっちはちょっと怖いな。で、提案なんだがな、宿舎に帰らんか?」


 かいが静かな、真面目な顔で隊長に近付き、隊長は苦笑しながらそれに答える。


「きちんと説明をいただけるのであれば」

「約束しよう。それではハルナ山核救助隊第五隊、帰還する!」


 隊長は号令の後、さっさと駐車場に向かって歩いてしまう。

 他の皆も続き、開と百合香ゆりかが最後に続く。


「お帰り」歩きながらかい百合香ゆりかに右手を差し出す。


 一瞬キョトンとした顔をした百合香ゆりかは、その右手を握り


「ただいま。お帰り」と笑う。


 かいはその顔を見て、冒険から帰ったこと、大事な試験が終わったこと、やっと救助隊の一員になれたこと、そして、彼女を守れたことを実感することができた。

 自らの呪縛を解き放ってくれた存在。

 それはたった一人の許しでしかなかったが、それでいいとかいは思った。

 武具を使う理由、それは誰かを守る為でも、自分を守る為でもなんでもいい。

 才能や身体能力や容姿と同じ、なんでそんな力があるか悩むくらいなら、有効に使う。

 それが、彼を認めてくれた彼女の想いを尊重することに繋がる。


百合香ゆりかを、俺が守る)


 かいにとってそれが何よりも大切な行動理念になった。



 宿舎に戻った面々は、説明が先! と騒ぐ新人を宥め、まずは休憩して昼過ぎに集合しようということになった。

 昼過ぎの食堂には新人以外の四人が集まった。

 かい百合香ゆりかは夢の世界から帰還できず、二人は翌日の朝まで眠りから覚めることはなかった。



「さて、本日から本格的に訓練を開始するぞ、と言いたいところだが、新人二人はメディカルチェックな」


 朝食の前、郷原ごうはら隊長が大きな声を上げる。


「え、あの、説明などは?」かいがおずおずと聞く。

「ああん? その時間は昨日の午後にてていたんだがなぁ、その時間、惰眠をむさぼっていて、説明するために待機していた先輩方の大事な時間を浪費したのはどこの新人さんたちなんだろうなぁ?」

「ぐっ、それは……」


 かい百合香ゆりかも二の句が継げない。

 とはいえ、入隊二日目で夜を徹した行動、しかもテストとはいえ山核内での戦闘行為もあった訳で、それを数時間の仮眠で回復させろと言う方が無茶だ。

 つまり、隊長たちはまともに説明をするつもりはないと、かいは想像していた。


「たぶん気が付いていると思うけど、ウチの隊長はすごく説明下手なんだ」

「そーそー、指示のあれこれに対していちいち疑問を持っていたら頭がおかしくなるからね」

「お前ら失礼だな」


 宗太そうた祥子しょうこが笑い、隊長が憤慨する。


「でも最低限、説明はしておかないとね」と副長が続けて話す。

「想像の通り、一昨日の夜からの一連の出動は二人の最終試験に使わせてもらったの。ホントはもう少し先の予定だったんだけど、要救助者もいたからついでにね」

「それは卓磨たくまさんにも聞きましたケド……」

「あ、そうか、卓磨たくまに聞いたんだったらそれでいいか」


 百合香ゆりかの呟きに隊長が反応する。


「あ、俺はここの所属なので隊長から聞きたいです」

「ちっ、融通の利かないヤツ。まあな、ほらいろいろ言っただろ? 命の価値とか、救助の心得みたいな話をさ」

「はい。実際、全然守れませんでしたけど」

「わざとそういう状況に追い込んだからな。違法入山者、先輩、同僚、誰に対しどんな行動をするか、全部見てた」


 その可能性はかいも十分に感じていた。

 知りたいのは合格の是非より、何が正しかったのか、だ。


「俺は正しい行動ができてましたか?」


 隊長はかいの質問にニヤリと笑う。


「なあ山際やまぎわ、俺たちにとって一番大事な素養はなんだと思う」

「助けたいという気持ちですか?」

「行動決定までの速度だ」


 かいは戸惑い疑問を返す。


「判断力とかじゃなくて?」

「何が正しいなんて行動の前には分からんだろ? 迷ってるなら動く、それだけだ」

「えっと、安易に助けるなとか、自分の命を守れとか、いざとなったら逃げろとか言ってませんでしたか?」

「組織なんだからルールはある。命に直結したり、危険を回避するってのは最優先になる。ただ何かを守ろうとする気持ちだけじゃダメだ。そこには確率の底上げが重要になる。それが教えだったり、訓練だったり、装備だったりするんだ。今のお前ができる最大の結果を出せばいい。ただな、バンザイアタックはなしだ」

「バンザイアタック」百合香ゆりかが苦笑いする。


 それは宗太そうたを助けるために二人で山核に飛び込んだ場面を思い出させた。


「後先考えろってことですか」

「慣れろってこと。例えば宗太そうたを助けに入ったとき、卓磨たくまの装備があったから行動したんだろ? あれが無ければ迷っていただろ?」


 かい百合香ゆりかも頷く。


「で、途中までは良かったけど力尽きた。じゃあどうすれば良かったと思う?」

「体力をつける」

「無駄な動きをしない」


 隊長の質問にかい百合香ゆりかが真面目に答える。


「正解は……そんなものはない! だ。強いて言うなら、逃げる体力を見極めてそこまで頑張ったら逃げろ、だ」

「私なら遠距離攻撃でダメなら帰るかな」と祥子しょうこ

「私は、宗太そうたくんを陽動に使って魔樹の本体を倒すかな」と副長が呟く。

「そんな……あんな配役を振って、その仕打ち?」


 宗太そうたが泣き真似をして崩れ落ちる。


「冗談はともかく。魔樹を倒しても次に新しい敵が来るかもしれない。どんな状況になるかなんて誰にも分からない。だからあれこれ考えるんじゃねぇって話しだ」

「えっと、身も蓋もない話に聞こえるんですが」


 百合香ゆりかは呆然としたかいに代わり問い質す。


「だから身も蓋もないんだよ。正しいかどうかなんて考えるな。まずは自分、次に手の届く範囲の誰か、余裕があれば範囲を広げる。それを前提とした上で行動すればいい」

「具体的に言うとね、山際やまぎわくんが百合ゆりちゃんを守る」

百合ゆりちゃんがかいくんを守る」

「後はおまけ。助けられたらラッキーくらいに思えばいいの」


 隊長も祥子しょうこ宗太そうたも、そして常識人だと思い込んでいた真鍋まなべ副長も、みんな笑顔でそんなことを話すので、かい百合香ゆりかも力が抜けてしまう。


「山核救助隊なのに」かいは笑ってしまう。

「山核救助隊だから、だ。俺たちの帰還率が100%である限り、俺たちの結果に文句なんて言わせないさ」


 山核に入るお互いを要救助者と考え、自分と、大切な相手を守る。

 難しいことを考えていたのがバカらしくなる隊の方針だったが、かいは、今はそれでいいような気がしていた。


 恐らくは、そんな軽い話でもなく、彼らは懸命に職務を果たしているはずだ。

 その上で、考えすぎるな、という新人に対する配慮も含めているのだろう。


 かい百合香ゆりかはお互いを見つめ笑い合い、改めて隊の一員になれたことを嬉しく思った。

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