第18話 お守り

「はい、いらっしゃい」


 ドアから顔をのぞかせた物部真理もののべまりは、そう言いながら百合香ゆりかかいを部屋の中に招き入れる。


「お邪魔します」

「いらっしゃい」


 二人が挨拶をしながら殺風景な部屋に入ると、前回と同じ場所で切磋卓磨せっさたくまが歓迎の声を上げる。

 

「先日は、装備をありがとうございました」


 私服の上着を脱ぎ、紺の隊服姿を晒しながら、予め車内で示し合わせていた感謝をかいが述べる。

 私情はどうあれ、二人が隊の訓練を開始できたのは卓磨たくまの判断によるものだったからだ。


「俺がキミにやった訳じゃないさ。俺は郷原ごうはらに頼まれて、あいつに託しただけだ」


 卓磨たくまはつまらなそうにそう呟く。


「経緯はともかく、私たちが訓練開始できたのは事実です。ありがとうございました」


 少しだけ憤慨したような声を隠さず、百合香ゆりか卓磨たくまに感謝を述べた。そのことでかいは、百合香ゆりかが自分に気を遣ってくれてると、嬉しく思った。


「二人とも、隊服似合ってるよ。で、どう? 着心地は」


 真理まりがお茶を淹れながら場を和ませる。


「うん、すっごく快適。サイズもぴったりだし、暑くも寒くもないし、ずっと着ていたいくらい」

「女の子なんだからおしゃれは忘れずにね。まあ確かに、それは一年中着てられるけどさ」

「一年中? さすがにそれは……」

「ふふふ、それが着れるのよね~」

「防汚、防汗、防臭、とにかく汚れや異物が付着するってことがないからな、基本的に洗濯が不要なんだ」

「それだけじゃないし~」


 百合香ゆりか真理まりの会話の中で、卓磨たくまがなんて事ない風に補足し、真理まりは意味ありげな一言を添える。

 そういったやりとりからも、この隊服が普通じゃないことを証明していた。


「えっと、これは真理まりちゃんが創ってるってことでいいの?」

「いいよ。隠してるつもりもないし、もっとも大っぴらにしてる訳でもないけどね」


 百合香ゆりかにしてみれば思い切った質問のつもりだったが、真理まりの答えは拍子抜けするほどあっさりしたものだった。


「俺たちは、いろんな特別なモノを創れる。それをハルナに提供してる。今のところはそんな理解をしていてくれればいい」

「じゃあ、もう一つだけ。山核内で得られるものって、山核内でしか使えないって聞きましたけど、二人が創る物が外でも使える理由ってなんですか?」

「前提として、山核内で得られたモノが山核内でしか使えないって話が間違ってる。ただそれだけだよ」


 そう百合香ゆりかに話す卓磨たくまは、メガネ越しに思わせぶりな視線をかいに向けながら話す。正確には、かいの腕の辺りを見つめながら。

 彼の視線を居心地悪く感じ、かいは両腕を背に回して思う。

 やはり、この男は俺の秘密に気付いている、と。


「山核で得た力を、平地で使えるとなると、それを使った犯罪とか起きると思うんだけど……」

「マジックバッグとか?」

「うん……」

「大丈夫よ。私たちの創るモノは、使用者権限が付与されてるの。権限を持たない人は、それを持っても機能は得られない」

「そうなの?」


 百合香ゆりかの懸念に真理まりは優しく答える。

 だが、それは彼らの創るモノに限っての話と聞こえた。


「お二人が創るモノ以外ではどうですか? 悪用されたりしないんでしょうか」

「武器とか、かな?」


 かいの挑戦的な質問に卓磨たくまも挑発的に答える。


「……ええ、どっかの誰かが山核で武器を手に入れて、それを私利私欲のために使ったら、どうなります?」

「神山事件の話かな?」

「神山事件? あれは大氾濫を一人で防いだって英雄の話ですよね」


 隣のT県で起きた大氾濫。そこに対峙し多くの市民を守って行方不明となった男の逸話は英雄譚として語られ、多くの若者が山核を目指す動機になっていた。


「英雄ねぇ。まあ別に、使いたければ使えばいい。山核の外で異能を使えば、それは山から降りた魔獣と同じ。氾濫だ。平地なら人間の武器はたっぷり使える。山で得た武器がどんなに強くても対抗できると思えない。そんなデメリットしかないモノ、使いたければ好きに使えばいいさ」

「山で得た力を行使するのは、氾濫と同じなんですか? じゃあ、下界でその力を使って装備を創るあなたたちの行為も、氾濫と同じなんですか?」


 創るモノに使用権限を与えていると真理まりは言ったが、そもそもその装備を創りだす行為に対してはどうなのだ。

 挑発されている。それもきっと意図的な挑発だと理解しているかいは、その事実を認めつつ踏み込む。

 それが自身の秘密を暴かれる結果になったとしても。

 そのせいで、百合香ゆりかに幻滅されたとしても。


「俺たちの行為が氾濫? 氾濫とは山核外に降りる現象だろ? 俺たちがいつ、山核外で能力を使ってるって言った?」

「え? それは……」

「俺たちの成果物は確かに外でも使える。ただ真理まりが言ったように使用者権限を付けてあり、誰もが好きに使えるものじゃない。そして、俺たちはそれを、山核の外で創っているとは言ってない。それとも、氾濫とは、山の恵みを下界で行使するそのものを指すのかな? 多くの企業や組織が、ドロップ品を利用しているが?」


 山で得た力を利用することは罪ではない。かいはそんな救いが欲しくて突きつけた問いだったが、はぐらかされると同時に『お前自身が氾濫でないと証明してみろ』と突きつけられた気がした。


卓磨たくまさんてば、もう。……あのね、二人とも。私たちは非公式に公式な立場なの。詳細はまだ言わないけど、何かを企んでいたり、自分たちの為だけに何かを創ってるってことは……あんまりないわ」

「そこはないって言い切れよ」


 真理まりの優しい声に、卓磨たくまの苦笑が続く。

 この穏やかなやり取りが、恐らくはこの二人の素であるとかいも分かっている。

 だからこそ、卓磨たくまかいに向ける厳しい視線が、何を起因にするものなのかかいは理解していた。

 そして、大事な姪が、そんな男の側にいること。それが許せないのか、何らかの覚悟を示せと促されているのか、確かめるのが怖かった。

 それは、百合香ゆりかの信頼と、双子隊に所属する立場のを二つ同時に失うという可能性につながるからだ。


「だって言い切ったらさ、これを百合ゆりちゃんに渡せないでしょ?」


 真理まりはベンチに置いていた私物のバッグから、ごそごそと何かを取り出しながら卓磨たくまに答える。


「ただの、物入れだろ?」

「そう。ただの物入れ」


 二人はそんなやりとりをして、真理まり百合香ゆりかに、10センチ程度の赤い巾着袋を渡す。


「物入れ?」


 両手で、縮緬ちりめん生地の巾着袋を受け取った百合香ゆりかが疑問符を浮かべる。


「そうよ。約束の品。セイバー合格おめでとう」

「……開けても、いい?」

「どうぞどうぞ」


 それはきっと拡張が付与されている。

 かい百合香ゆりかもそう思っていた。

 しゅるり、と口元の紐を解き、口を開いた百合香ゆりか


「何もない」と呟く。

「だから言ったでしょ。ただの物入れだって」

「納得できない」


 百合香ゆりかは珍しく、年相応の膨れ顔を見せる。


「まあまあ、強いて言うなら、お守りかな?」

「お守り? 何も入ってないのに?」

「今はただの物入れ。でも、あなたが本当に困った時、あなたを助けてくれるお守り」

「よく、分からない……そうだ、そもそも今日のお使いってなに?」

「それをあなたに渡すのが、今日のお使いよ」


 真理まりは心底嬉しそうに、満足そうに、片目をつぶって言い切った。



=========


・開は山核で得た力をどう使うのか卓磨に問いかける。二人は非公式に公式な立場と答え、百合香は真理に「お守り」を貰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る