第17話 再び物部設計事務所へ

 かいは、隊長と副長が入山したソウマ山を見上げる。

 山頂は標高1400メートルほど、1100メートル位置にある登山口から垂直方向で300メートルしかない。

 にも関わらず、そこは前人未到の地になっている。


『山頂? そこまで行けたら俺たちが登頂隊クライマーだろうが』


 山頂まで登れないんですか? というかいの質問に隊長は笑って答えたが、彼は登れないとも言わなかった。

 かいは、なんとなくだが、この救助隊第五隊は普通じゃないと考えていた。

 たった二人で、気負うことなく山核に入る姿を見て、その行為は、何らかの自信や力によって保証されていると思えた。


 こんな世の中に変化したことで、多くの若者が絵空事を夢に見た。

 創作や物語の中だけに存在したチートや力が現実に存在するという実感は、報道や特集、ネットの世界やSNSでも広がっていた。

 だが、実際にそれらに触れている人は少ない。

 その、届きそうで届かない距離感が、現実に悲観する人々を刺激する。

 かいも、学生時代多くの友人たちの夢を聞いた。

 だからこそ、拡張バッグなどという存在を簡単に受け入れることはできたが、それがどれだけの奇跡なのかを改めて実感していた。


物部もののべさんたちって、拡張バッグを創れるってことだよな」


 ソウマ山の登山口付近をフル装備で散策せよ、という指示を遂行しながらかい百合香ゆりかに聞く。


「そうなるよね。一つだけなら山核のドロップ品ってことも考えられるけど、少なくとも隊長たち四人分のバッグがそうであるなら、それを創る技能があるってことだよね」

「でも、さっき隊長が言ってたよな、山核で得た“技能”や“装備”は山核内でしか使えないって。じゃあ、なんであのバッグは山核の外で使えるんだろう?」

「……かいは、どう思ってるの?」

「隊長が俺たちの前で拡張バッグの存在を見せたことからも、別に隠してはいないよな。そのバッグは物部もののべさんのところから持ち帰ったんだし。つまり、技能や装備を越えたアイテムを創りだす力を持っているんじゃないか?」

「技能、道具設計じゃないってこと?」

「それはなんとも。その“技能”ってやつがそれだけのアイテムを創れる力を持ってるのかもしれないからな」

かいが何に拘っているのか、よく分からないんだけど」


 百合香ゆりかは話題が親戚の話であることもあり、かいの疑念が気になった。


「あのバッグが山核の外で使えるなら、輸送とか保存とか、すごく便利だと思わない?」

「……そっか、これが軽くなるってだけじゃないのね」


 訓練のため、二人とも重くパンパンのリュックを背負い歩き続けている。

 隊長や副長は薄っぺらいリュックのまま山核に入り、それを羨ましいと思っていたが、そんな次元の話ではなかった。


「食料の強奪や輸送困難地域への移動ってずっと問題になってるだろ? あのバッグがどれだけ入るとか、どれだけ量産できるか分からないけど、たぶんさ、すごく使えるはずなんだよ」

「でも、そんなバッグ、私は知らなかった」

「そうなると理由は二つ。この存在は隠されている。もう一つは、すでに必要なところへ流れている」

「隠してもいないし、関係者以外に提供していないって可能性もあるでしょ?」


 かいとしては百合香ゆりかの親戚の話だから配慮したつもりだったが、百合香ゆりかはきちんとその可能性、公開しつつ独占しているのでは? と提示した。

 そして、その可能性は高く、それは彼らの独善性を物語る。


「私利私欲とは言いたくないけど、力を誇示して、自分たちや関係者だけに使う理由ってあるのかな?」

「弁護する訳じゃないけど、真理まりちゃんは優しい人だよ。困ってる人がいたら放っておけない人、それは保証する。だからきっと、多くの人を助けるためにその力を使わないのはきっと理由があると思う」


 かいのちょっとした疑問に、百合香ゆりかの凛とした言葉が返る。


「ごめん。別に悪く言うつもりはなかったんだ。どんな力を得たって、それを誰かのために使わなくちゃなんて義務はないんだからね」

「そりゃあ、義務はないだろうけど、でもね、真理まりちゃんはそんな薄情な人じゃないってこと、信じてほしいな」

「分かったよ」


 必死さを感じる百合香ゆりかの言葉に、無神経だったとかいは反省し苦笑で返す。

 それでも、百合香ゆりかはもう一人の名前を出さなかった。

 それは、真理まりはともかく、卓磨たくまが何をしているかは分からないという百合香ゆりかの弁明にも聞こえていた。



 11時40分。隊長たちが予定通りに登山口に戻り、副長が隣接する詰所で帰還報告をしている最中、隊長は隊に貸与されているスマホを確認する。

 ハルナエリアの八峰は、全ての詰所に通信や電源が有線で敷設されている。

 登録されている機器ならば、無線を介して通信ができる数少ない場所でもあった。


宗太そうた祥子しょうこは10時前に戻ったそうだ」


 隊長はメールを確認して、かい百合香ゆりかに伝える。


「良かった」


 かい百合香ゆりかも、二人がどんな救助活動をしたかは分からなかったが、それでも無事だったことに安堵するくらいには、この隊に馴染んでいた。


「それとな、午後の仕事なんだが、また、卓磨たくまのところへお使いを頼む」


 にやりと笑う隊長の言葉に、かい百合香ゆりかは顔を見合わせる。



 昼食後、前回と同じように軽四輪で出かけた二人は、拡張バッグや卓磨たくまたちの謎を語ることはせず、救助隊の活動や、宿舎内の生活についてなどを話題にした。

 考えても仕方ないこともあるし、入山許可証もなく、山核にも入らせてもらえない立場では考えても無駄だろうという気持ちが勝った。

 まずは、認められる存在になってからだ。

 そう思いつつも、かいの心の中には拭いきれない焦燥が浮かぶ。


「そう言えば、狩猟隊の新人ってどうなったのかな」

「片山くん、だっけ? 無事かどうかも心配だけど、やっぱり除隊処分なのかな」

「そりゃ、そうだろうな」

かいは、早まらないでよ」

「やっぱり、そう思われてる?」

「あわよくば、山核に入ろうとしてるでしょ? カードが無い今なら、記録も残らないからこっそり行ける、そんな風に思ってない?」

「……どんな魔獣や魔樹がいるか分からないのに、行ける訳ないだろ」


 百合香ゆりかの指摘は、かいも可能性の一つとして考えていた手段だ。

 特に今回の騒ぎで、新人に対し増長させる装備を与えることに制限がかかることは十分にありえる話だった。


「その言い方だと、戦う手段があれば山に入るって聞こえるんだけど? 先に言っておくけど、卓磨たくまさんに武器を強請ねだったりしないでよね」

「あの人は、俺の焦りに釘を刺しただろ? 俺が求めたって、応じてくれないよ」

「あれってやっぱり挑発だったのかな?」


 初対面で、セイバーを志した理由や、誰を助けるのかといった質問の果てに、かいの持つ自己犠牲の意識を炙り出した卓磨たくまの態度は、今考えると、かいの自制をうながしたのだと思い至っていた。


「人はさ、図星をつかれると本音が出るんだよ。それだけ俺が子どもだってこと」


 助手席の百合香ゆりかは、きょとんとした顔を向けた後、笑顔になる。


かいはさ、偉いね」

「……どこが?」

「自分が、子どもだってわきまえてるところ」



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・二日目の訓練の途中、隊長から午後の訓練を指示された開と百合香。内容は、またしても物部設計事務所へのお使いだった。

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