第14話 訓練初日の夜

「どちらを救うか選ばなくちゃいけないってこと?」

「もしくは、自分だけでも逃げる、って選択もあるってこと」


 守りたい。

 百合香ゆりかはそんな思いを強く持っていると感じていたかいは驚く。


「らしく、ないっていうか、百合香ゆりかならそうするのか?」

「私たちはセイバーで、望んでこの立場になったでしょ? 危険はそもそも承知の上だし、覚悟だってできてるつもり」

「いや、だって、仲間なんだから優先して守らなくちゃ……」

「時には何よりも自分の身を守るの。一人で逃げ出したとしても」

「俺たちは、セイバーだろ? できることをするべきだ!」

「助けたつもりで全滅するより、たった一人でも生き残る。自分の命だけでも助ける。それが救助隊の本質だと思うんだけどな。かいはヒロイズム的な感情が強いとか?」


 少しだけ感情的になって大きな声を出してしまっていたかいは、百合香ゆりかの小さな微笑みに毒気を抜かれる。


(ヒーロー? 俺が?)

「俺は、誰も助けていない。助けようとすらできなかった。助けられて……だから、助けたくて、俺は」

かいから感じる焦りや罪悪感みたいなものは、理由があるんでしょ? 立ち入るべきか悩んだけど、その辺りを知っておかないと、いざって時に判断が鈍るかもしれない。良かったら話してみて」


 今日初めて出会った同い年の少女。

 小柄だけど、芯の強さがあり自分の意見もしっかり持っている。

 何より、例え親戚と言えども、あの気難しそうな男の試験を一回でクリアしている。そして、同じ立場だからといってかいを名前で呼んでくれた。

 その少女が、真摯な目でかいの瞳を直視する。

 かい卓磨たくまと合わせた視線は、物理的なトゲの様な刺激を感じた。

 でも、この少女からは、久しく感じた事のない暖かな情のようなものを感じていた。

 それは、命の危険が付きまとう職場の、リスク回避のためのコミュニケーションかもしれなかったが、かい百合香ゆりかに、境遇の一部を知ってほしいと思った。


「……俺が焦ってるのは、時間がないからなんだ」

「時間? なにかの期限があるってこと?」

「ああ、親父が、ずっと昏睡状態でさ、病院から、あと一年後には退院してくれって言われてる。俺ん家はさ、藤丘ふじおか市に一軒家があって、そこに引き取らなきゃいけないんだ。そうなると、介護しなくちゃだからさ、俺ん家、金もないし」


 病院も、施設も常に定員オーバーな状態が続いている。

 一軒家を持っていて家族がいれば、患者の状態に関わらず強制退院が当たり前だった。


「お父様の昏睡って?」

「あ、うん。山核内でさ、魔獣に襲われたんだ。それっから三年以上ずっと入院してる。他にばあちゃんがいるんだけど、足を悪くして施設に入ってる。こっちはずっと見てもらえるみたい。お袋は、ずっと前に死んだ。他に頼れる親戚はいないんだ」

「だから、治療薬とか、ドロップ品とかって言ってたのね」

「ホントかどうか分からないけどさ、治療薬っていうのが外傷を直すんだっけ? 回復薬が病気とかに効くとか、そんな噂があるじゃん? 治るのが一番だけど、もしダメでも何らかのドロップアイテムが売れれば、そのお金で個人病院に移れるかもしれないしさ」


 真実はさておき、かいの語る話に齟齬はなく、百合香ゆりかは一応納得する。

 命を預けることになる仲間の行動原理は、いざという時の判断材料になる。

 それに、目的が明確なら、陰ながらサポートだってできるはずだ。


「その話、隊長やみんなにもしてみたら? 少しは配慮してもらえるかも」


 百合香ゆりかは言いながらも、それは難しいだろうなと思い至る。あの隊長の性格や、卓磨たくまと繋がっている関係から考えると、救助隊の新人の私利私欲に特例措置を取る可能性は低いだろう。


「いや、そこは黙っておいてよ。一応、面接の時も、ひょっとしたら一年で辞めます、なんて言ってないからさ」


 かいも苦笑で返す。

 自分の置かれている立場を正直に話して通るほど、三隊の試験は簡単ではなかったはずだ。

 もし言うとしても、言うべきタイミングが巡ってきたときにする。

 その判断だけは、間違えないようにしようとかいは決意する。


「分かった。誰にも言わない。でも、かいの置かれてる状況、私は忘れないでおく」


 真剣な眼差しに見竦められ、かいはたじろぐ。

 こんな風に真正面から真剣に対応してくれたのは、高校の担任、酒匂さこう先生以来だった。

 彼のことは恩師と思えたが、百合香ゆりかのことはなんて表現すればいいのだろう。

 恩人? 友人?


「ありがと。いい同僚に巡り合えて、嬉しいよ」


 かいの感謝はまっすぐで、百合香ゆりかは何故だか照れ臭かった。

 

 それから訓練の続きを済ませ、周辺の探検や観察を、雑談と共に過ごした16時10分、隊の四人は無事に山核から下山した。



 宿舎に戻り、簡単な歓迎会を伴う夕食を済ませ、かいは自室で人心地ついた。

 備え付けの椅子に座り、救助隊としての初日を無事に終えた事に安堵する。


(それにしても、濃厚な一日だった)


 顔合わせ、イカオへのお使い、物部設計事務所、卓磨たくまとの出会い、イカオ神社、……同級生、事情聴取、宿舎に戻ってお昼食べて、拡張バッグと新しい隊服、本部、入山カード、双子山、山核、百合香ゆりかへの説明。

 ついでに大量に振舞われた夕食の料理を思い出し、満腹の腹をさする。


(風呂に入るか)


 ユニットバスに湯を溜めている間、ずっと着ていた隊服を脱ぐ。

 そういえば、サイズもぴったりだし、着心地の違和感もなかった。

 訓練で走った時も、発汗による不快感は感じなかった。

 隊服の裏面も、自身の体表も、汗による汚れやべとつきもなく、臭いすら自覚できない。

 腕の匂いを嗅ぎながら、素肌の両腕に浮かぶ痣が目に入る。

 手首の上から、肘の手前まで、真っすぐに走る黒い線。

 かいは刺青の様なその線から目を背ける。

 どんなに目を背けても、その痣が刻まれた事実は変わらないのに、かいはそれを視界に入れようとしなかった。


 山核を解放し、技能を得たという卓磨たくまは、その技能を惜しげもなく使っている。

 まだ拡張バッグしか見ていないが、あれだけを見てもその力が尋常でないことはよく分かる。恐らく、この隊服にも何らかの秘密は隠されているのだろう。

 そんな力の誇示は、彼にとって不利益にならないのだろうか。


(利益を与えられるからか)


 百合香が言った、彼の持つ“道具設計”という力は、それを必要とする多くの人に利益を与えられる。だから、彼は監視もなく自由に暮らせているのではないだろうか。


(俺は自分を守ることしか考えていない)


 かいは、山核で誰かを助けたいとか、自己犠牲の精神を持っている以前に、誰からも認めてもらえるような存在なんかじゃないと自戒する。

 同時に、自身の真実を百合香ゆりかが知ったらどう思われるのだろうと想像する。


 山核発生は、多くの犠牲者を出した。そこから始まった食料難と貧困は、治安の悪化を呼び、いまだ多くの犠牲者を出し続けている。

 山核で得られるメリットは大きいが、だからこそ、その恵みを享受している立場は、弱者から疎まれる。


(だから俺は、山核に関わり続けなくちゃいけないんだ)



=========


・開が山核に拘ったのは、昏睡中の父親のためだった。彼を救う薬品を手に入れるか、介護しなくて済むだけの大金を手に入れる。その期限は一年しかないらしい。

 ただ、彼にはまだ秘密があるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る