神具創造者たちは「山核救助隊」を見守りたい

K-enterprise

山核救助隊

プロローグ

『今日こそは、私が、勝ちます!』


 切磋卓磨せっさ たくまが耳に付けた無線イヤフォンから、物部真理もののべ まりの挑戦的な弾む声が聞こえる。


「なんの、まだまだ!」


 卓磨としては最後の坂を登りながら返事をするのも辛かったが、六歳差を言い訳にしないため無理して呼気に張りのある声を乗せる。

 そのままちらりと左手首のスマートウォッチを眺め、5:58の時刻と160を越えた心拍数を確認する。

 呼吸も体力も限界に近い。

 こっちの山頂まで、あと一分もかからないが、このペースでもつか?

 向こうがどの位置にいるか分からない以上、全力で行くしかない!

 卓磨は山道走行に特化したトレイルランシューズに意地と力を込める。


 二人が住むG県渋沢しぶさわ市にある標高1300メートルほどの双子山は、1100メートル付近からおす岳、めす岳の二峰に分かれ、それぞれの山頂へ向かうことができる。

 登山道の距離も標高もほぼ同じなので、トレッキングが趣味の二人にとって、分岐点から二峰への同時アタックは年に数回行われ、個人の技量や体調を推し量る慣例行事だった。

 これまでの数十回は常に卓磨が勝っていたが、山頂への到着時間差は少しずつ小さくなっていた。


「よし! ゴーうおっ! 地震!」


 卓磨の足が山頂を捉える直前、異変は起きた。

 小走りの体に突き上げるような大地の揺れを感じ、咄嗟に山頂標にしがみつき、姿勢を低くして揺れが収まるのを待つ。


「真理、大丈夫か?」


 ゴール宣告のため通話状態を維持していたので息遣いや小さな悲鳴は聞こえていたが、改めて安否確認を行っておく。


『は、はい。今、山頂でじっとしてます』


 それぞれの山頂間は直線距離で100メートルもないが、木々に遮られお互いの姿は視認できない。


「勝負に水を差されたな」卓磨の苦笑に

『ちぇっ、絶対勝ったと思ったんだけどな』と真理も苦笑で返す。

「揺れも収まったか……とりあえず下りて合流しよう」


 卓磨はゆっくりと立ち上がり、周囲を見回す。

 同時に、ずいぶんと静かなことに気付く。

 いくら早朝とはいえ八月の六時は陽も高く、多くの鳥や虫が行動していて、実際に先ほどまでも山の小さな喧騒を楽しみながら登っていた。


 そして視界が異物を捉える。


『え、なにこれ……』


 そんな真理の声とまったく同じ言葉を卓磨も思い浮かべていた。

 山頂標の脇、先ほどまで何も無かった場所に、石の台座と磨き上げられた直径20センチほどの丸い玉があった。

 卓磨は吸い寄せられるように玉に触れた。


《おっ? なに? なんでぇぇぇ?》


 奇妙に響く野太い声が、恐らくはこの玉から聞こえ、卓磨は触れた手を引っ込める。


「な、なんだ?」

《ち、まじかー、こんなクリアの仕方って想定外だろうが……ま、しゃーねーな。事前告知もなく開始したのはこっちだし、クリアはクリアだ》

『ちょ、なによこれー』


 丸い玉とイヤフォンから声が聞こえる。

 どうやら真理の方でもなんらかの事態が起きているみたいだ。


「真理、何があった?」

『なんかね、丸い玉が現れて、触っちゃったのね。そしたら、クリアおめでとうとか言われたの』

「ああ、こっちも同じだな」

《んじゃクリア褒賞を授けるぞ? “山核管理者”権限と“職能”だ。“職能”は……お、こりゃあ傑作だ! おい喜べ、レア職だぜ! ただし対になる職業がいなければ意味のない職だけどな! ひゃっはっはっは》


 何を言っているかさっぱり理解できなかったが、嘲笑されていることだけは分かった。

 明らかな異常事態に停止していた思考が動き出す。


「いや、お前はなんなんだ? どっから現れた? クリアってなんだ?」

《あぁ、そのへんは“山核管理者”になるから理解できるぞ。ほれ、もう一回核に触れ》

「核? この丸いヤツか」


 言われるがままに玉に触れると、その瞬間に光と熱が卓磨の体を駆け巡る。

 視覚や聴覚を経由しない情報が脳に流れ込む感覚に硬直するが、そんな時間も恐らくは数秒もかかっていない。


「……この山の管理者?」


 そんな否応なしの称号みたいなものが頭に浮かぶ。


《もっとも管理者権限を使って解放を選べば、管理者になる必要もないけどな》

「解放……」


 こいつの支配から逃れる選択肢が卓磨の頭に浮かぶ。それと同時に、与えられた情報から一つの方向性を描き出す。


「解放はナシだ。真理、管理者を選べ」

『へ? う、うん。分かった』


 宣言は簡潔に、併せて隣山の相棒にも決定を促しておく。


《イイねぇ、イイ判断だ!》

「管理ってどうやるんだ?」

《そう慌てんな。情報が定着するまでには時間がかかるぜ。ま、これからよろしく頼むぜ管理者様。つーか、あんたの名前は?》

「俺は、切磋卓磨せっさ たくま

《おう、タクマ。オレはJGS双子山Aだ》

「ジェイ……、なんだと?」

《呼称なんてどうでもいいよ。タクマの好きに呼べ》


 不可解な状況の中、与えられた情報が知識となり、ゆっくりと脳内に沈み込んでいく。

 それに併せて、この奇妙な“核”との会話にも慣れつつあった。


「じゃあ、お前の名前はオスタマにしよう」

《かー、センスねーなー。ま、別になんでもいいけどな。で、どうよ、そのレア職はよ》


 オスタマはあざけるように声を出す。


「職能“神具設計”?」

『え? 卓磨さん今なんて言った?』


 通話中だった真理がイヤフォンの向こうで驚いた声を上げる。


「あーなんか、褒賞に“神具設計”って職能? もらったんだが……」

《残念! 残念! 対になる“神具創造”って職能を持つヤツを見つけるんだな。ま、どっちもレア職だから、生きてる間に見つかるといいけどな!》

『私、“神具創造”だって。対になる職能者がいないと無意味って、卓磨さんのがそれなの?』

「そうみたいだな。おいオスタマ、おかげさまで見つかったぞ」


 卓磨は真理に言葉を返し、後半はオスタマに向けて話しかけた。


《は?》

「だから、“神具創造”? あっちの山で俺の相棒がもらったんだよ」


 卓磨は真理のいる雌岳山頂を指差しながらニヤリと答える。


《う、そだろ……二峰同時攻略だと? つーか、なにレア職能なんて引き当ててんだよ!》

「あー、だんだん理解できてきたぞ。なんだか知らんが、同時刻、標高千メートル以上の山頂を有する山に、お前らみたいなのが出現したのか」


 卓磨の頭の中で、大量の情報が言語化され既知の情報と関連付けられるにつれ、理解が進む。


 同時に“神具設計”の現時点でできることが頭に浮かぶ。

 ・気突

 ・火突

 ・水突

 ・金突

 ・木突

 ・拡張

 ・光源


「真理、分岐まで下りて合流しよう」

『う、うん。まだいろいろと理解できてなくて混乱してるけど……』

「動きながら話す。今日は忙しくなるぞ」


 卓磨は気合を入れて歩き出す。


《お、おい。どこ行くんだよ》オスタマの問いかけに

「今日は登山日和だからな」と声を返す。


 卓磨の視線の先には雌岳を除く、ハルナ山を構成する八つの山が青空に映えていた。

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