085.新たな予感


 深夜――――

 寝静まった世界に一人、ふとした気配で目を覚ます。


 窓の外は未だ真っ暗。少し離れたベッドには一人の従者が行儀よく寝静まっていて、未だ夜更けという事を証明している。

 壁にはパーティーで使ったリースなどが未だ飾られており、先程まで行われていた誕生日パーティーの残り香が感じられた。


 15歳を迎えた今日のパーティーは、明日が休みなのを良いことに夜遅くまで続いた。

 シエルが作ってくれた豪華な食事を食べ、0時を越えたタイミングでクラッカーを鳴らしてケーキを食べ、そのまま疲れ切って解散。

 元気な学生といえど普段は規則正しい生活を送っている俺たち。いくらパーティーといえど夜通しの騒ぎはできなかった。

 おおよそ1時。その頃には女性陣が全員フラフラになってエクレールとマティは自室へ。シエルも片付けは明日やると言い残しベッドに潜り込んでしまった。


 けれど、俺だけは未だ熱が蔓延っているようで寝ることができない。

 こうして1時間ほど目を瞑って過ごしても未だ意識はしっかりとして目覚めてしまった。



 エレメンタリーの頃より随分と広くなった、ハイスクールの生徒に割り当てられた寮の一室。

 エレメンタリー、ミドルと学校が変わるごとに移動する寮は、移動するたび広くなっていく。

 移動範囲はさることながら趣味のものも十分、十二分とおけるようになり、その上何より大きいのは各部屋にキッチンがあることだ。

 ミドルに上がって追加された新施設、キッチン。料理にシエルがハマりにはまって毎日彼女の料理を口にした結果、今では彼女のつくったものしか食べていない状況だ。

 もちろん俺も軽い料理は作れるけれど、それでも殆どはシエルが作る。もはや俺の身体はシエルの料理で構成されていると言っていいかもしれない。


 

 ……などという冗談はさておいて、扉近くにあるキッチンから目を離した俺は反対側の窓に目を向ける。

 カーテンの閉められた真っ暗な窓。もちろんカーテンを開けても暗闇なのは間違いないだろう。


 しかし何となく。本当に何となく外の様子が気になった俺は、ゆっくりと立ち上がって窓へと近づいていく。

 そしてそっと。音を立てないようにカーテンを開けると…………やはり真っ暗な世界が俺を迎えた。


 昼間なら立派な教会が見える寮も今となっては暗くてわからない。

 ここはエレメンタリーの学校から教会を対角に挟んだ位置に存在する。校舎までは10分ほど歩くが、それでも大した距離ではない。

 寮前に植えられている木々が微かに見える程度の暗闇の世界。やはり何もない、もの寂しい世界だと決めつけてその場から離れようとしたところで、ふと木の影に何かが揺らめいたような気がした。


「あれは…………」


 グッと目を凝らして木の麓に意識を向ける。

 揺らめく影は落ちる木の葉や引っかかった布などではない。自立し、自らの意思で動くもの。

 しばらく集中すると、ようやくその正体を判別することができた。…………いや、判別できるようにしてくれた、が正しいのかもしれないが。


「――――」


 俺は何を言うわけでもなく黙って薄手のコートを羽織り、部屋から出ていく。

 アレは間違いなく、俺のよく知るものであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「――――ふぅっ。やっぱりこの季節は夜になると寒いですねぇ。 こんな日は温かいスープでも飲んで熱々のお風呂に入り、お酒を一杯傾けてからヌクヌクのベッドに潜り込みたい……そう思いませんか?」

「…………大体は同意しますが、まだ俺はお酒飲めませんので」


 部屋を出て階段を降り、ロビーを抜けた玄関先。

 窓から見えた木の麓に近づくと、姿を見せないまま軽い調子の声が聞こえてきた。


 学生を終えたらお酒は飲める。しかしまだ3回生の俺たちにはご法度だ。

 ありのままの返事を伝えるとその人物は肩をすくめて木の陰からスッと姿を現す。


「それは残念です。……こんばんは、スタン様。月明かりも出ていい夜ですね」

「こんばんは…………レイコさん」


 窓から見かけたのは人影。その予感は間違いがなかった。

 声をかけた木の陰から姿を現したのはエクレールの従者であるレイコさんだった。彼女もまた、俺が幼い頃からの付き合いである。

 あの時の印象としてはエクレールを守る役割を与えられた、時々場を引っ掻き回す愉快なお姉さん。不思議な所もあるが、ただそれだけの認識。


 感覚としては友人の友人。そんな彼女が今、俺の目の前に一人で立っている。


「気づいてくれてよかったです。スタン様に気付いていただけなかったら私、ずっと待ちぼうけでしたから」

「もしかして俺を呼んでたんですか? 声も掛けず?」

「いえ、念は送ってましたよ? こう……気づけ~!って」


 まるで忍者の印を結ぶかのように二本指を片手で握った彼女は祈るように目を瞑る。

 結果的に気づいたけどさ……。それってあくまで偶然………もしかして、それこそ念の効果か?


「それは……気づけてよかったです。 気づくまで寒かったでしょうに」

「すぐだったので全然ですよ。 ほら、鳥肌も立ってないでしょう?」

「っ―――――!」


 ズイッと。

 一歩半以上。突如として近づいた彼女は、俺の目の前に腕を差し出し袖をまくる。

 そこから見えるのは月明かりに照らされた傷ひとつない、細くて綺麗な腕。彼女の言うように鳥肌は立っていないようだ。

 さらにもう一つ、俺の横に配置したせいで腕と一緒に彼女の顔までも目の前に見えた。



 彼女―――レイコさんは不思議な人だ。

 いつも忍者みたいに突然現れるし、いつからかエクレールの護衛をずっと勤めてるし……何より、全く見た目が変わらない。

 俺が初めて彼女と会ったのはエクレールと初めて会った日と同じ。その時の彼女は高校生ほどだと評した事を覚えている。

 それから8年。彼女の容姿も体格も、何一つ変わっていなかった。髪も、肌も、雰囲気も。何もかも。あの時と全く同じなのだ。


 身長は今の俺より低く、下手すれば年下に見られるかもしれない。

 初めて会った日を16歳だと仮定しても8年だと24歳。それまで一切なにも変わらずいられるだろうか。

 不思議だ。でも、年齢聞いてもはぐらかされるだけなんだよなぁ……。


「そ、それで。 レイコさんはなんでこんな深夜に俺を?」

「……あぁ、そうでした」


 慌てたような俺の問いに彼女は何かを思い出したように懐を探る。

 厚手の上着。その内側をしばらく探っていた彼女は1つの箱を取り出してみせた。


「スタン様、15歳の誕生日おめでとうございます。 私からのプレゼントです」

「えっ…………。いいん、ですか?」

「もちろん」


 彼女が差し出したのは綺麗にラッピングされた箱。プレゼントだった。

 エクレールからは誕生日などで毎年もらっていたが、レイコさんとは関わりが薄いのもあってそんなものとは縁遠かった。

 だからこそまさか貰えるとは思っておらず、差し出された箱を見て目をまんまるにしてしまう。


「ありがとうございます。……開けてみても?」

「えぇ。どうぞ」


 簡潔に返ってきた返事に俺はその場でラッピングを解いて箱を開ける。

 折りたたまれた紙を一枚一枚解くように、丁寧に。そうして出てきたのは真っ黒な棒。何の変哲もないただの棒だった。


「…………これは?」

「なんでしょうね?お守り、でしょうか?」

「なんで疑問形……?」

「ウチの物置にあったものです。 今はわからずとも、いつか必要になる時が来るかもしれません」

「物置にって……」


 見た目はただの棒。

 黒い、サイズ感的にもすりこぎ棒と言われたほうがまだ納得できるだろう。

 しかしよくよく見れば側面になにか文字が書いてある。……なんだろ、暗くて読めないな。


「すみません。お守りといってもどうすれば…………って、レイコさん?」


 どういうことか真意を聞こうと思って顔を上げれば、彼女はその場から忽然と姿を消してしまっていた。

 まさかまたいつものように消えたかと思えば、遠くに背を向けて歩いている姿を見つけてみせる。


「忘れてもいいですが、失くさないでくださいね。 それがきっと、あなたのためになりますので」

「えっ!? ちょっと……! …………行っちゃった」


 俺の呼びかけに手を振るだけに留めた彼女はそのまま歩いて姿を消してしまう。

 なんなんだ……?やっぱりレイコさんって不思議な人だ。


 けれどもらったものはもらったものだ。そこまで邪魔にもならないし大切にさせてもらおう。

 暗い夜空の下で取り残された俺。何が何だかわからず、もらったお守りをコートのポケットに押し込んで寮に戻るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る