086.少し時は遡り


「しゅ~ご~!!」


 その言葉によって、各々準備に取り掛かっていた手を止め、私は彼女のもとへ向かいます。

 数秒の後集合しおえた目の前には、幼い頃よりよく見知った、家族といっても過言ではない2人の女の子の顔。


「お二方とも、作業の進捗をお教え願えますか?」

「あたしは殆ど飾り終えたわぁ。今は全体を見て角度の調整とかしてるとこ」

「私は……あと5分で出来上がりそうです。エクレールさんは?」

「はい。私も各所との調整は終わっております。ケーキも間もなく完成するそうです」


 全員進捗は上々。その報告を経て全員同時にホッと胸をなでおろします。


 本日は大切なパーティーの日。

 ミドルスクールも最後の3年目を迎え、冬に入りつつある休みの日。

 私たちは今夜行われる、誕生日パーティーの計画を立てていました。


 大切なご主人さまであるスタンさん15歳の誕生日。

 毎年やっているので隠すつもりは一切ありません。

 今日の主役であるであるスタンさんには準備をするからと部屋を出ていってもらい、私は料理、マティさんは部屋の飾り付け、エクレールさんは夜うるさくなることへの各種調整とケーキの手配という分担で、今夜に備えておりました。


 そうして無事準備を終えた私達。私は振り返って綺麗に飾り付けられた部屋をジッと眺めます。


「また、この日が迎えられるのですね」


 パーティーの会場となるのはここ、寮にある私とスタンさんの二人部屋。


 エレメンタリースクールに入学する前から、私はご主人さまであるスタン様と寝食をともにしてきました。

 それは学生になっても変わらず、ミドルスクールでも2年とちょっと一緒に過ごしております。

 決して嫌なことはありません。むしろ嬉しくて楽しい日々ばかりです。3年に一度変わる新しい部屋もまた、気分が新しくなって心が踊ります。


 もう何度も訪れてきたこの日に私は感慨深くなります。

 スタンさんの大切な誕生日。向こうで非業の死を遂げた以上、なんとしてもこちらの世界で年老いてほしいと思っている私は、一年一年積み重ねられた事を証明するこの日が何より大切なのです。


 それに、あと1年経てばハイスクール。この世界ではミドル卒業後働く人が多い都合上、場合によってはもう成人とみなされることもあるのです。

 だから私も心身ともに大人として、スタンさんとこれまで以上に親密な―――――


「――――シエル様はどう思いますか!?」

「…………えっ!? どうって……」


 部屋を眺めながら妄想の世界へと意識を旅立たせていると、不意にエクレールさんから声を掛けられて意識と取り戻します。


「スタン様の件ですよ! もうミドルスクールも卒業が近づいていますが、シエル様も何も進展ありませんよね?」

「えぇ……。はい。残念ながら…………」


 何の話題かと思いましたが、そのことでしたか。


 彼と知り合っておよそ8年。

 私とエクレールさんは、彼に恋をしています。

 エクレールさんがいつかからかはわかりませんが、少なくとも私はエレメンタリースクールに入学する前から。

 しかし私たちは寝ても覚めてもいつも一緒です。それはもう家族のように。

 距離が遠いのはもちろん問題ですが、近すぎるのもまた考えものなのです。あまりにも近すぎて、好きだと伝えることがお互いできなくなってしまっているのが悩みどころです。


 「今日はダメだった。今度こそ」「大丈夫。まだチャンスはいくらでもある」そうやってズルズル、ズルズルと。

 想いを伝えることができない。伝えることができても親愛の意味だとして捉えられてしまう。そんな事をずっと繰り返していったらもうこんな年にまでなってしまいました。

 私はまだマシなほうです。エクレールさんはもっと大変でしょう。なんてったって告白に成功しても王家との関わりという問題がついて回るのですから。


「アンタたちもモノ好きねぇ。アイツの何がいいんだか……」


 そしてマティさんは、もっと不思議です。

 この3人だけの話ですが、私とエクレールさんは彼のことが好きだと言っているのにマティさんは一歩引いているのです。

 それにしては人一倍世話を焼いたり一番泣きついたりして、明らかに好きなようにも見えるのですが…………。


「それはもちろん! あの大人びたお姿がまずかっこいいのです!」


 エクレールさんの宣言に私もウンウンと深く頷きます。

 それも当然です。口に出すことは叶いませんが、だってあの人は神山 慶一郎その人なのですから。


「大人びたねぇ……。確かに昔はそうだったけど今もそうかしら?」

「もちろんです! だってマティさんが勉強で泣きついても一切嫌な顔しないんですよ! あれが大人びてないのならなんというのでしょう!?」

「ウッ……!」


 マティさんは否定するように疑問を呈しましたが、エクレールさんの反撃によって言葉につまります。

 お勉強……苦手ですもんね。試験前などスタンさんに教わったらキチンとできるのに、普段は勉強できないのかする気がないのか……。


「た、たしかにまぁ? どうやって勉強してるのかアイツの頭はトンデモないけど、王家の一員として見たらアイツでいいの?」

「もちろんです。だって王は弟が継ぎますから」


 自信満々にエクレールさんは胸を張ってみせます。

 まだ10にも満てない年齢の弟さん。あの子も王家の血筋らしいと言いますか、エクレールさんが舌を巻くほど受け継ぐことに前向きらしいです。

 もちろんそのためのお勉強もしっかりやっているとか。


「なんだったらマティ様も『こちら側』に来てもいいのですよ?」

「冗談。 たしかにアイツは悪い男じゃないのはわかってるけど、分の無い勝負に挑むほど馬鹿じゃないもの」


 こちら側とは、彼が好きな側のこと。

 それを一蹴するように肩をすくめてみせましたが、チラリと私達2人の顔を見て一瞬だけ目を伏せました。なんでしょう?


「ま、あんまり話してるとアイツが帰って来ちゃうわ。 シエルちゃん、そろそろ料理もできたころじゃない?」

「えっ…………あ、はい!あと10秒です!」


 話を終わらせるように目をやった先にあるのは調理用のキッチンタイマーでした。

 それは私が料理のために起動させたもの。さっき見たときは5分でしたのにもう10秒を切っちゃってます。


 パタパタと急いで向かってタイマーを止めつつ作業に移ると、ピッタリといわんばかりのタイミングで扉向こうから聞こえる彼の声。帰ってきたんですね!


「ただいま~。 いやぁ、買い物してたらちょうどイリスに会ってさ。ちょっと話し込んじゃってたよ」


 扉を開け放ちながら笑顔で告げるその言葉に私は内心少しだけ、ほんのちょっとムッとしまう。

 イリスさんはエレメンタリースクールで知り合った女生徒です。卒業後は家に戻って仕事に励むと仰ってましたが……。


「おかえりなさいスタンさん。どうですかこの部屋は?」

「うん、飾りもすっごく綺麗で……これが今日のパーティーの料理!?さすが料理好きのシエル!すっごく美味しそう!」

「そ、そうですか……!?それは、よかったです」


 チラリと鍋の中身を見ながら放たれる屈託のない笑みに、私の心にささくれだった嫌な心が霧散していきます。


 もう…………もうっ!

 そんな嬉しいこと言って!私が料理好きになったのは誰のせいだと思ってるんですか!!


「スタン~。飾り付け手伝って~。 あの高い位置がどうしてもできないのよ~」

「わかった! 荷物置いて手洗ったらすぐに!」


 ……マティさん、さっき全部終わったって言ってましたよね?

 まったく。そうやって本日の主役を働かせて……彼に甘える余地を残すんですから……。


「スタンさん! 今日のケーキ、楽しみにしててくださいね!」

「そうだった。ケーキもあるんだから満腹には気をつけなきゃね。 今日のケーキはなにかな~?」


 彼もパーティーが楽しみなのか鼻歌交じりに洗面所に消えていきます。




 もちろん、私達のパーティーは楽しく、幸せな時を過ごせました。

 そうして一歩、また一歩と私たちは大人の階段を登っていくのです。大好きな方々と一緒に。

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