084.変わらない8年


 冬を過ごし、春を迎え、夏が過ぎ、秋を越え、また冬を迎える。

 一年に訪れるいつものサイクル。日本よりも幾分か夏も冬もマイルドになったこの世界の四季を何度も経験し、俺たちは大人への階段を一歩づつ着実に歩んでいった。


 期間にしておよそ8年。小学校に入学したばかりの子供が中学の卒業を目前に控えた時期。

 中学3年生……ミドル最後の一年を過ごすにまで成長する頃。



 俺は、15歳になった――――





「「誕生日、おめでと~~!!!」」


 パァン!パァン!!

 そこかしこから4発。一斉に何かが炸裂するような軽快な音が響き渡る。

 同時に天からヒラヒラと舞い落ちるのは色とりどりの紙吹雪。それらが一斉に舞い踊り、各々の頭へと降り注ぐ。


「ありがとう、みんな」


 心からの言葉に皆の表情が笑顔になる。


 夏の終わり。そしてまもなく秋が本格化する頃。

 俺は、15歳の誕生日を迎えていた。


 学校に入学して8年。人生の半分以上を学生として過ごした俺は、ついに今年で15歳。

 生まれて15年で日本での生を終え、この世界に転生してから8年……合計すると精神年齢23歳だ。

 小学校相当であるエレメンタリーを滞りなく卒業し、中学校相当のミドルをも迎え、進学か就職かを選択する俺たち。

 この世界の子供たちの多くはミドルを卒業後、家督を継いで仕事をし始める人が多い。しかし全体の3割程はそのまま高校相当であるハイに進学するのだ。


 たった3割。されど3割。

 その僅かな割合の中に、俺たちはみなハイスクールへの進学を選んだ。

 そして今は3回生に上がりたてのとある秋の終わりの日。俺は寮の一室で少女たちと誕生日パーティーを開いていた。



 エレメンタリーの一回生からミドルの3回生まで。

 俺たちにも様々な友人と出会い、そして別れを繰り返していった。今も多くの生徒がミドルの卒業とともに去っていくことになるだろう。

 けれど、そんな中でも一向に変化しない関係が俺たち4人組である。


 部屋に集まるは俺、エクレール、シエル、マティの4人。

 もはや学生になる前からの付き合いだ。学校も家を離れた寮生活。もはや友人と言うより家族といったほうがしっくり来る。

 全員14または15歳。そんな家族同然の彼女らも、長い時を経て随分と美しくなった。

 子供というには年を重ね、大人と言うにはまだ幼い年齢。そんな中間に位置する彼女らは可愛らしさと美しさ、そのどちらもが両立している。



「はいスタンさん、ケーキ切り分けましたよ」

「ありがとう。シエル」


 隣に位置するシエルが手慣れた様子でケーキを切り分け、俺に手渡してくる。

 元々オルタンシア家という貴族の一人娘であったが、色々あって今は俺の従者となっているシエル・カミング。

 戸籍等は彼女自身の強い希望で動かしていないものの、学校的にも皆の認識的にも、事実上きょうだいという形になっていた。


 妹か姉か……生まれた順でいえば姉に位置するが殆ど大差ない誤差のようなもの。

 しかしそのお陰でこの8年間、寮でもずっと同室が認められて世話を妬いてくれている。


「…………? どうかなさいましたか?」

「あぁ、いや。 なんでもない」


 彼女の顔を見たままケーキを手に取らないものだから、その顔がコテンと横に倒されるのを見て慌てて受け取った。

 黒髪が特徴的な彼女。それは今も相変わらず、ミディアムボブの毛先をクルンと跳ねさせている。

 綺麗な蒼い瞳は今も健在で、覗き込むとまるで大空のような美しさだ。更に容姿も可愛らしさがグングン伸びているのだから末恐ろしい。

 そして何より、特筆すべきはそのスタイルの良さかもしれない。エレメンタリー時代は何も平坦だったその身体はミドルに入るやいなやグングン成長し、俺と殆ど背が変わらない上しっかりと凹凸も出るようになっていた。前に「またサイズが……」というボヤキを聞いた感じだと、Eだとかなんとか言っていた覚えがある。何がかは知らないが。


「スタンー。早く食べなさいよねぇ。 アンタの一口目がなきゃあたしたちも食べれないんだから」

「あぁ、ゴメンゴメン」


 ケーキを手にしたはいいもののフォークを動かさないでいると、そんな気だるそうな声が正面から聞こえてきた。


 彼女はこのスタンとしては最も古い付き合いでいるマティナール。通称マティ。

 腰まで届く赤みがかった髪が特徴的な女の子だ。

 彼女はどちらかというと可愛らしさよりも美しさが強く出て、気の強くて活発そうな雰囲気を常日頃から発している。

 そしてこの3人……俺を含めて4人の中で最も身長が高くなった。高身長でスラリと伸びた手足。まさしく日本でモデル業をすれば瞬く間にトップに躍り出ることだろう。

 しかし凹凸自体は最も控えめで、無くはないが他2人と比べてもどうしても、というように感じてしまう。しかし彼女自身がそれを気にしている素振りは今のところなさそうだが。


 彼女は現在色気より食い気。自らの美よりも食べることを優先されている。

 しかし背が高いとはいえスレンダーな体型。人より多く食べたものがどこに消えているのかは永遠の謎である。


 そんな彼女の催促に応えるよう、俺はパクリとケーキの一切れを口に運ぶ。


「どうですか?スタン様。 城の者がよりをかけて作ってくださったケーキ、お口に合うといいのですが……」

「うん。すっごく美味しいよ。 ありがとう、エクレール」


 食べた直後、真っ先に問いかけて来る3人目の少女にその言葉を告げると、彼女の不安そうな顔がパァッと明るくなる。


 3人の中では最も新しい付き合いでいて、最もアンタッチャブルな存在、エクレール。

 彼女はこの国の王女様だ。王位継承権2位の、正当な王女。それは所作からもそうだが普通に立っているだけでも他と違うオーラを放っている。

 諸々あって俺たちとよく行動をともにするエクレール。元々彼女は王位継承権第一位だったが、この度彼女の弟がエレメンタリーに入学すると同時に本人の強い希望もあって正式に継承権の移動が行われた。


 そうして名実ともに晴れて自由の身になったエクレール。前々からコッソリ呼んでいたボマーガールが酷くなると思いきや、逆にかなりの落ち着きをみせるようになった。

 腰まで届く絹色の髪と、シエルと同じ蒼い瞳。反抗期なんてどこへやら。いつも楚々とした服を着て笑顔を振りまき、いつも相手を立てる奥ゆかしい彼女。


 ちなみにスタイルはシエルとマティの中間、といったところだろうか。

 身長は俺たち4人の中で最も小さく、凹凸自体はマティよりもあるがシエルには劣らない。黄金比のスタイルというべきバランスだ。

 優雅に振る舞う姿と美貌は相当なもの。彼女の人気は今や相当なものとなっている――――――――普段ならば・・・・・


「よかったです! でしたら次はこれを……!」

「エクレール……なに、それ……?」


 彼女が懐から取り出したのは何の変哲もない木の枝。

 何も特徴がないのが特徴だろうか。4本とも瓜二つな枝の先をよく見れば、数字が書かれているのを見て、マティも疑問を呈す。


「以前お城の書物で読んだのですが、日本からやって来られた方の遊戯だそうです! なんでも印が書かれた枝を取った者は王となり、他の者に何でも指示できるだとか……」

「それっておうさ―――― だっ、ダメ!ダメですエクレールさん! それだけは絶対にダメです!!」


 エクレールの提案を真っ先に反応したのはシエルだった。

 彼女は身を乗り出すようにエクレールの持つ枝をひったくり、手元でギュッと抱えてみせる。


「え~ダメですかぁ……。パーティーといったらこれって書いてあったんですけどねぇ……」

「ダメに決まってんでしょ。 何でもって何する気なのよアンタ」


 マティの追撃によりエクレールは惜しみつつも、4本の棒を奪い去られたことにより諦める。

 そう。彼女は俺たちだけの時だけは時々、こうやって暴走しかけるのだ。年を重ねて落ち着きいてきたのも実はそうそう表にでなくなっただけ。

 今回はまだ全然マシなほう。大変な時は有無を言わさず巻き込んでくるものだから困ったものである。しかも突発的にくるからなかなかだ。


「まったくもう……。スタンさん、こちらをどうぞ。 あ~ん」

「…………あ~」


 そんな彼女らを尻目に、シエルからケーキを差し出された俺は一口パクリ。

 うん。美味い。さすがお城で作られたケーキだ。材料も相当良いものを使っているのだろう。かなりの美味しさだ。


「さすがはシエル様。あ~んが早いですね。 さて、私も面白そうですし、スタン様に一口…………」

「アンタたちってばこんなところでもブレないわねぇ。 スタン~!2人が終わったらあたしにもあ~んしなさいよ~!」


 ドタバタと向かい2人の話が白熱しているさなか、俺たちに気づいたエクレールがこちらに近づくと同時にマティも腰を持ち上げる。

 ハイスクールを直前に控えた僅かなモラトリアム。俺たちは年を重ねても、いつもと変わらない日常を送っていた―――――

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