083.雷ハプニング
「酷いことになってきたね」
ガタガタと窓が震える音がする。
軒に何かが打ち付ける音が聞こえ、ゴロゴロと天が鳴き、同時に廊下にて生徒たちの騒ぐ声さえも聞こえてくる。
「そうですね。建物自体は問題なさそうですが……皆さんはしゃいでらっしゃいます」
彼女も扉越しに聞こえるような声が気になったようだ。
廊下から聞こえる騒ぐ声…………それは楽しそうな声や不安そうな声、ついには泣き出す者まで出てきて阿鼻叫喚の光景が広がっていることだろう。
日中太陽が出ていたときは快晴といっていいほどだった今日の天気。
しかし闇が世界を覆う頃にはに雲行きも怪しいものとなり、夕食を迎える前にはポツポツと。そして夕食後にはザーザーと、まさにホースの出口を絞って勢いを増したような雨が天から地へ打ち付けていた。
更にゴロゴロと鳴っているのは天からの悲鳴もとい、雷。今の天気はまさしく雷雨だ。
ここまで天気が崩れたのはこの世界に来て初めてかもしれない。さしずめ秋の嵐といったところだろうか。
この場所は小学校相当の寮、そこに居る大半はもちろん小さな子供たちだ。なかなか珍しい雷雨となれば、テンションが上がったり怖がったりするのもまた必然かもしれない。
部屋に戻ってくる時なんか同年代らしき子が泣いているのも目にしたしな。
雷が怖いと言ってもそれは経験が少ないから。
今は泣いている子供たちも、年を重ねて何度も雷雨を経験したらなにも思わなくなってくるだろう。
もちろん俺は経験豊富。この程度の雷に特別な感情を抱くことはない。俺にとってはむしろ少し珍しいBGMの扱いだ。
……しかし阿鼻叫喚なその様子を『はしゃいでる』の一言で片付けるとは、シエルも意外と剛の者だ。
「んしょっ……んしょっ……」
「なにしてるの?」
ゴロゴロザーザーボタボタと、自然が奏でる多種多様なBGMに耳を傾かせながら読書をしていると、同室のシエルがなにやら窓に向かって作業しているのが見て取れた。
正確には窓近くのカーテンに手をやりなにかしている様子。……外してるのか?
「少し雨風が酷くなっているので、万が一のために対策をしようかと」
「対策?」
「はい。物が飛んでガラスが割れても怪我しないよう、カーテンを変更してるのです」
確かに彼女の行動はカーテンに手を加えている様子だった。これまでつけられていたものを外し、どこからか持ってきた大きなカーテンを取り付けようとしている。
「今までのカーテンは少し張っているタイプでしたので、破れて貫通するかもと思いまして。こちらならガラスが割れてもは下に落ちて安心ですよね」
そう告げる彼女になるほどと息を吐く。
これまで部屋に取り付けられていたカーテンはサイズが小さく、弛みも少ないもの。きっとガラスが割れたらそのまま破けてしまうだろう。しかし持ってきた新たなカーテンは大きく厚いタイプ。
これならもしガラスが割れても俺たちのところまで飛び散るなんて最悪の状況は避けられるだろう。もしくは多少の時間稼ぎになってくれるはず。
しかし俺たちはまだ子供。いくら発想がいいといえども実行する能力には少し欠ける。
彼女は頑張って近くの机に足を掛けて取り外しているものの、重いカーテンがうまく引っ張れず苦戦していた。
そんな様子を見てられず俺も本を置いて近寄り、彼女と同じ机に足を掛ける。
「スタンさん!?」
「シエル、交代。あとはボクがやるよ」
「い、いえ!大丈夫ですよ! 私におまかせしてゆっくり読書の続きでも――――!」
「ボクがやりたいだけ。 ほら、主人命令だから降りてカーテン持ってて」
「…………はい」
抵抗しようとする彼女を無理やり降ろさせ、俺はカーテンのフックを1つづつかけていく。
シエルも一人でせずに俺を呼んでくれればよかったのに。本読んでて気づかなかったけど、これくらいなら全然するのよ。
それにこういうのは年の功。幼いと無茶して机から落ちそうだからね。シエルに限ってそんなことはないと思うけど念のため。
「……スタンさん」
「ん~?」
「なんだか、共同作業みたいですね」
「みたいじゃなくてまさに共同作業だね。 2人で協力してるんだし」
「………はい」
下でカーテンの余りを持ち上げている彼女は、小さい声ながらそんな事を告げてくる。
なにを当たり前のことを、と思いつつ順調に張替え終えた俺は満足げに1つうなずいた。
これで完成だ。
小さい窓でよかった。これが大の人が出入りできるレベルの窓だったら机に乗っても届かなくてさぞや苦労したことだろう。
俺は振り返って高い場所からの、景色が変わった部屋を見下ろす。
「お疲れ様でした。ありがとうございます、スタンさん」
「シエルもありがとね。作業してくれて」
真下を見れば彼女が少しだけ頬を紅く染めながらこちらに手をかざしていた。
彼女は机の移動に取り外しまで行ってくれていたのだ。身体に熱も持つだろう。そんな感謝を抱きつつその手を取る。
さぁ後は降りるだけ。
そう思って足に力を込めた瞬間――――事は起きた。
「――――あれっ?」
「えっ…………? ひゃっ!!」
おそらく、回収して机の隅に置いていたカーテンに足をとられたのだろう。
軽くジャンプして飛び降りようとしていた俺の身体はイメージと行動が結びつかず、重力に従って倒れ込むように落下。
半分無意識で足を折りたたんだお陰でぶつけなかったのは奇跡的だろう。しかし1つの不幸として、彼女が俺の手を取っていたことだ。
倒れ込む俺に彼女は手を離すことも飛び退くこともせず、ただその身で受け止めるように全身で受け入れる。
……結果、子供とはいえひと一人の落下に耐えられるはずもなかった彼女の膝は曲がり、俺と一緒に床に倒れこんでしまった。
「いっ……つ……。 大丈夫!?シエル!」
「は……はい……。なんとか……」
窓の近くに持っていくため机を移動したことは幸いだっただろう。周りに椅子も家具も何一つなく、俺も彼女も床以外ぶつけること無く落下。
慌てて身を案じてみれば平気そうな声が帰ってきたことで1つ安堵をする。
「すみません。前のカーテンを雑に置いていたせいで」
「いや、ボクが注意不足なだけだったから」
「ですが私がカーテンを取り替えようとしなければ……」
「それは雷雨の対策でボクたちの為を思ってたんだから、やっぱりボクが悪い――――」
なんだかどちらが悪いかの水掛け論。
見るからに繰り広げられそうな、その時だった。
ビッシャァァァァン!!!
「キャアッ!!!」
――――そんなつんざくほどの轟音が、真っ白な光とともに俺たちの会話に突如として割り込んだ。
全てをかき消す光と音。そんな音に俺の言葉も思わず失ってしまう。
きっと近くに雷が落ちたのだろう。今日一番の轟音に音にシエルが珍しく悲鳴を上げた。
「ビッ……ビックリしましたね……。雷、近くに落ちたんでしょうか?」
「そうみたい……。シエルは大丈夫?」
「は、はい。 少し声が出ちゃいましたが、この通り全然です」
どうやらさっきの悲鳴もビックリしただけだったようだ。
今の彼女の表情に恐れなど1つもないことに一安心し、俺は床に手をついてその場を離れようとする。―――しかし。
「……シエル?」
「…………なんですか?」
「手を……手を離してくれない?」
その場を離れようとして―――できなかった。
俺の手はシエルに捕まれ、身体を持ち上げることができずにいる。
今の状況といえば床へ倒れたシエルに俺が馬乗りになって、まるで襲っているかのような状況。
この年齢で襲うなんて片腹痛しだが、でも色々とマズイ気がする……!
「え~っと……え~っと……そう! 私、さっきの雷が怖かったんです! だからちょっとこうしてほしいなぁって」
「さっき平気って言ってなかった!?」
「それはそれ、これはこれです!」
どゆこと!?
必死に身体を持ち上げようにも、いつも働いてくれているシエルには力で叶わず俺の行動は徒労に終わる。
これは……これはマズイ! 何がって誤解を招く体勢だ!もしマティやエクレールが来た日なんか…………!
「スタン様! さっきの雷聞きましたか!?凄かったですよね! 私怖いので今晩ここで寝かせてくださいっ!!」
「ちょっとエクレール! せめてノックくらいしなさいよ!!」
…………来た。来てしまった。
バァン!ど勢いよく扉が開いたと思えば、どこが怖いのかキラキラと目を輝かせたエクレールとそれに追いつくマティの姿が。
これはやばい!!
「ほらほらお二人とも何床で寝てるのですか! 一緒に寝ましょう!一緒にお話しましょう!」
「アンタ達ってば床で抱き合ってなにしてるのよ! お願いだからこの馬鹿王女を鎮めて頂戴!!」
両側から全く別の理由で揺らされる俺の身体。
誤解され……ない?
――――そうか。彼女たちはまだ幼い。これを見て誤解するというのは心が汚れてきた大人だけだろう。
むしろ純真な反応でホッとするとともに、揺れる身体に身を委ねる。
もはやグダグダになったこの空気。そしてシエルまでもポカンとしていたが、すぐにクスリと笑みを浮かべた。
「ボクも立ち上がりたいけどシエルが――――」
「―――スタンさん、皆さんで1つのベッドで寝ましょう! なので早く起き上がってください!」
「シエル!?」
突如としてコロッと反応を変えてしまうシエル。
さっきまで離そうとしなかったのはシエルなのに!?
なにがなんだかわからない状況に流されっぱなしの俺。
そんな3人娘の猛攻に当然勝てるわけもなく、大人しくその日は4人1つのベッドでぎゅうぎゅうになりながら眠るのであった。
―――――そうしてみんな、大人になる。
様々な事柄を越え、皆一様に、等しく対等に。
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