082.まだ背伸びがしたい、お年頃



 ――――おかしい。


 なにかがおかしい。


 あたしは夕食のカレーを口にしながら辺りの風景に意識を向ける。

 正面には入学前からの知り合いであるシエルちゃんが同じく夕食を食べている。そして右隣にはそれよりも古い友人のスタン。まぁこれはいつも通り。

 あたしの隣にはエクレールがいるのも入学してからの日常。ここのところよく見る光景ね。


 問題はそこじゃないのよ。

 私がおかしいと唱えるその原因はもっとこう、抽象的な…………。


「スタンさん、頬にご飯粒がついてますよ。 取ってしまいますね」

「ありがとシエル。 ……でも自分で取るから次からは大丈夫だよ」

「スタン様。この唐揚げ食べてみてください! すっごく美味しいですよ!」

「いいの?どれどれ………うん、すっごく美味しい!」

「ですよねっ! えへへ……」


 …………うぅむ。


 なんだか2人とも、距離近くないかしら?

 シエルちゃんは元々その距離感だった気がしないでもないけれど……って、もしかして入学前からずっとそんな距離感だったわけ?

 シエルちゃんはまだいいわ。問題はエクレールよ。位置こそ私の隣なのに完全に前のめりになってるじゃない。

 ニッコニコしちゃってまぁ、数日後にはシレッと隣に行ってしまいそうね。


「……ん? どうしたの?マティ?」

「なんでもないわよっ!」


 アイツが2人に言い寄られてるのが何となくムカムカして、あたしは手元のカレーを一心不乱かきこむ。

 まったくもう、昔はあたしくらいしか友達がいなかったのに、遊んでくれる人が増えてデレデレしちゃって!なんだかムカムカするわ!


「おかわり入れてくる!」

「い、いってらっしゃい……」


 そんな3人のことは放おっておいて、あたしはいつの間にかなくなっていたカレーのおかわりを入れに行くため席を立つ。

 こういう時は食べるのが一番よ。食べればこのムカムカもいつの間にか胃の中に消え去ってしまうわ!


 そう決めつけたあたしは調理してくれている人たちのところへ向かい、お皿を手渡そうとして――――断られた。


「ごめんねぇ。ついさっき、作ってたカレーが全部なくなっちゃって。今急いで作ってるところなのよ~」

「そう……なんですか……?」

「えぇ、ごめんなさいねぇ。 あと5分くらいで出来上がるからもうちょっとだけ待って貰える?」


 どうやらカレーはなくなってしまっていたようだ。

 急いで作ってくれてるけれど5分か……なんだか出鼻をくじかれてしまったわね。

 どうしましょう。このまま戻っても変な感じだし、ここで待つにも5分はちょっと退屈だわ。お手洗いでも行けばちょうどいい感じかしら?


「――――あらあらぁ? どうしたのかなぁマティナールちゃんはっ!そんな暇そうにしちゃってぇ!」

「………ちょうどいいところに来てくれたわね」


 微妙な残り時間を潰すためその場を後にしようとしたところで、不意に掛けられる声に私は微笑を浮かべながら振り向く。

 そこには私と同じく空の平皿を手にした女の子――――イリスちゃんが手を振りながら立っていた。


 私達と同じクラスの女の子、イリスちゃん。

 アイリスの花を想起させるような、紫色でショートボブの髪を一部サイドテールのように結び、黄色い瞳が特徴的な女の子。

 つい最近友達になったけれど、活発だし色々気が合うのよね。


「むむ? ちょうどいいって何が?」

「えぇ、カレーのおかわりに来たのだけれど……イリスちゃんもそうよね?」

「うむ! ここのカレーはあんまり辛くない上にすっごく美味しいって評判だからね!今日もこれで3杯目だよ~!!」



 3杯!それはまぁ、よく食べてるわね。

 そして彼女はカレー好き……なのに辛いのは苦手という一風変わった女の子。

 どうもカレーの風味が大好きらしい。私も分からない気がしないでもないわ。


「評判?どこ情報よそれ?」

「私情報!!」


 それはもう評判って言わないんじゃ?


「えぇ。そのカレーがなくなっちゃったらしいのよ。 今作ってくれてるんだけど出来上がるのは5分後だって」

「なぬ!? カレーなくなっちゃった!?それは…………待てば出来たてが食べれるってことだ!やったね!」


 確かに。その考え方もあったわね。

 彼女は私の横に立ってカウンターに肘を付き奥で作業してくれてる人を「まだかなー」と言いながら待ちわびている。

 そして突然「あっ!」と声を上げてこちらを覗き込むように身体を向けた。


「ははぁん、わかりましたぞ。 さっきのちょうどいいっていうのは、その5分が暇だったわけだね!私が来て良い時間つぶしと」

「えぇ。よくわかったわね」

「もっちろん!この名探偵イリス様におまかせあれなのだ!」


 フフンと胸を張って自信満々に鼻を高くする名探偵イリスちゃん。

 けれどそれも束の間。すぐさま「あれ?」と疑問の声を出して後ろの生徒たちが食べているスペースに目を移す。


「でもそれならみんなのところに戻ったらよかったんじゃない? ほら、王女様たちといつもいっしょだよね?」

「……そうね。私もそうしようと思ったんだけど、ほら見て。あそこ」

「うう~ん?…………あららぁ、王女様にシエルちゃんに……スタン君だったかな? みんな仲良しさんだぁ」

「えぇ。見ててムカムカしてこない? だから戻りにくいのよ」


 ここから見える景色はスタンをあの2人が囲んでいる図。

 なにか見ててムカムカするのよね……。なんでだかわからないけど!

 でも見てると心の奥底から嫌な気が出てくるのは確実に感じ取れるわ。


「そ~お?仲良しさんなのはいいことだよぉ?」

「それは……そうだけど……」


 確かにそうなのよ。喧嘩するより仲良しのほうがいいに決まってる。

 でも何故かしら。それもあたしにとっては嫌な思いも出てくるんだんて。


「マティナールちゃんも一緒に混ざっちゃえば? 後ろからギュー!って!」

「なっ……何言ってんのよ。 そんなのできるわけないじゃない……」


 イリスちゃんが提案してくるのは私では考え付きもしないこと。

 後ろからだなんて……そんな恥ずかしいことできるわけないじゃない!

 確かに眠ってる時はそんな事しているようなしていないような曖昧だけど……だからといってこの人がいっぱいいる中で!!


「できないの? 私は簡単にできちゃうけどなぁ」

「え゛……。イリスちゃん……まさかあなたもスタンのことを……?」


 そんな……まさかこんなところにスタンの事を気になっている人が出てくるなんて!

 いつ知り合ったの!?あたしは2人が話している所見たことないんだけどいつの間に!?


「スタン君? 違う違う!王女様とシエルちゃんだよぉ。もちろんマティナールちゃんもギューってできるよ!」

「えっ……あたしも? ……そっか、そうよね。ごめん気にしないで」


 …………なぁんだ。そういうこと。


 ……あ~びっくりした。

 抱きしめるって驚いたけどあたしたちのことだったのね。

 確かに誰を抱きしめるだなんて彼女は言ってなかった。これはあたしの単純な勘違いよ。


「ごめんねぇマティナールちゃん! カレーできたよ~!」

「あ、は~いっ!」


 そんなこんなしていると、もう5分も経過したのかあたしを呼ぶ声に気が付いた。

 イリスちゃんとともにお皿を渡し、よそってくれるのを待つ。


 アイツは……まだまだ食べてる最中ね。

 なんだか普段から考えたら随分と遅い………あぁなるほど、2人が近くにいるから自然と遅くなってるのね。

 2人とも、寄るのはいいけれどアイツの邪魔にならないようにしなさいよ。まったくもう。


「なになに~? まぁたスタン君のほう見てるのぉ?マティナールちゃんも好きだねぇ」

「バッ……!そんなんじゃないってばっ!!」


 私の視線に気づいた彼女が耳元でそう告げ、慌てて振り返るも彼女は飛び退くように数歩距離を取っていた。

 手にはカレーが乗ったお皿が一枚。彼女は片手で手を覆いクスクスと笑うと立ち去るように背を向ける。


「私はなにも広めたりしないからだいじょーぶ! それじゃ、カレー冷めちゃうからもう行くね!」

「だからあたしはそういうのじゃ…………! もうっ!」


 言い訳するよりも早く。彼女は手を振りながら席の方へと戻っていった。

 あたしはそういうのじゃないっていうのに……イリスちゃんも勘違いが激しいんだから。


「……っと、そうじゃないわね」


 そんなことで怒るよりもまず、早く席に戻って食べにくそうにしてるアイツのことを助けてあげなきゃ。

 まったく、あたしがいないと、みんなまとまってくれないんだから!!

 そうやって肩を上下させたあたしは作りたてのカレーを持ち、なんだかんだ笑顔で3人のもとまで戻っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る