049.祝福の色は

「スタン、あなたの祝福は――――」


 ゴクリと彼女の言葉を一言一句逃さないよう固唾をのんで次の言葉を待つ。

 それは俺でさえわからなかった、自らのもつ祝福のヒント。なにかしら日本へのヒントに繋がるかも知れない。そう考えていた。

 "スタン"というこの世界の身体と、日本から来た"慶一郎"という魂。もしかしたら持っているという祝福に日本へ戻れる力が備わっているかもしれない。そんな淡い希望を抱きながら。

 そうでなくとも魔法が存在したとされるこの世界。ここへ来て初めてファンタジー色の強い要素が目の前に来たことで密かに眠っていた中二心が跳ね回っていた。


 祝福。それは魔法。異能ともいえる現実離れしたものだ。

 手のひらから下級を飛ばすなんてのはロマン。地面を凍らせてフィギュアスケートの如く滑るのは憧れ。杖を掲げて雷をおとすなんてもはや願いである。


 眼の前の彼女にもこの心臓の煩さが聞こえているかもしれない。それでも抑えきれないこのワクワクを胸にゆっくりと開かれる口をじっと見守る。


「あなたの祝福、それは――――何もわからなかったわ」

「…………へっ?」


 待ちに待った自らの祝福。それは思いもよらぬ宣告だった。

 わからない――。何の答えにもならないそれに俺の方はズルリと滑り落ちてしまう。


「えっと、どういうこと?ラシェルはその、祝福を色で見えてるんだよね?」

「その通りよ」

「で、ボクの周りにも色が見えて祝福持ちだと理解したと」

「えぇ、合っているわ」

「で、ボクの色は?」

「分からないわ」

「どういうこと!?」


 色が見えているのにわからない。もはや意味がわからなかった。

 もしかして表現しにくい色とかだろうか。自らの持つ語彙力の中で近い言葉が出てこないとか。


「じゃあ、一番近いと思う色は?」

「わからないわ」

「どういうことなの……」


 お手上げだ。

 何を言ってもわからないの一点張り。もはやこれまでかと半ば諦めかけたところで彼女からその真意が明かされる。


「えっとね、私も始めてみたときは自分の目か祝福が壊れたんじゃないかって思ったんだけど、あなた……色がその時々で変わってるのよ」

「色が……変わる?」


 それはどういう意味だろうか。彼女もこれまでの経験上あまりない現象なのか困ったように頷いてみせる。


「えぇ、普通は色なんて変わるわけないのよ。でもあなたは夕方見た時は赤。夜テラスで話した時は緑。今は白。もう断定できないくらい色が変わって……あ、今虹色になったわ」

「虹色!?」

「えぇ。あ、虹色なんて初めてだから内容なんて聞かないでよね。ちなみに"現象"のほうは一切見えてこないわ」


 眼の前で呆れる彼女を収めながら自らの手のひらをジッと見る。

 なんの変哲もないプニプニの手。纏っているといわれる色は当然見えない。


「参考にならなくてごめんなさいね」

「いや……ボクにも祝福が備わってるって知れただけでも良かったよ」

「そう、ならいいけれど……」


 申し訳無さそうに謝るラシェルになんてことないように答えるものの、内心は残念な気持ちで一杯だった。

 しかし力になれなかったことを悔やむように寂しそうな笑顔を浮かべる彼女に本心を告げることはない。


「でも、なんでこんなに教えてくれたの?特に自分の祝福だなんて、自国の人でもないボクに国家機密になりうる情報を……」


 話題を切り替えるように彼女へと問いかける。

 それは情報を聞いたときから疑問だった。死者ならともかく生きている王族の祝福なんておいそれと話していいものではないだろう。自国の軍事事情を明らかにするようなものだ。しかし彼女はなんてことなくサラリと言い放つ。


「さぁ、なんでかしらね……気分?」

「気分!?」

「冗談よ。本当は直感……というより私の持つ祝福が告げている気がしたの。『この人の力になってあげなきゃ』って。直感とも違う、神託みたいな?」

「直感に神託……」

「案外、それがあなたの力なのかも知れないわね。"相手の気の許すところまで潜り込む"とかいう」

「…………」


 冗談交じりに言ってのける彼女だが、今の俺には冗談には聞こえなかった。

 何もわからないこの力。まさか洗脳まがいのことまでやってのけるというのか。



 ふと、神山での人生を思い出す。

 友達はいなかった。みんな低俗で、大して意味のない話に盛り上がっていたから。

 信頼できる人といえば兄と妹だけ。だが最初は、最初のうちはそんなこと気にせず友達と遊んだ日もあった。けれどそれは俺が"神山"だと知らなかった時まで。俺の家を知ってからは誰も彼も自分ではなくその後ろにある家を気にしているのがありありと見て取れた。


 いつからだろう、自分が友人を友人と思わなくなったのは。

 相対する相手が、自分の金と権力ばかり見ていると錯覚するようになったのは。



 もしかしたら今も、"スタン"になっても変わらないのかもしれない。

 シエルもマティもエクレールも、みんな無意識に働いている祝福で良くしてくれているだけかもしれない。 

 嫌な思いが一度浮かべば止まることなく大きくなる。相手への疑心、自分への落胆。そんな思いで胸の内がいっぱいになり、下げた視線が暗闇に閉じようとしたその時、俺は暖かな何かによって包まれた。


「えっ…………」


 突如襲われたこの身を包み込む柔らかさをともなう温もり。それがラシェルからの抱擁だと気づくにはそれほど時間はかからなかった。

 思わぬ感触に目を開いて顔を上げると、彼女は優しく抱きしめるように俺の頭に手を回している。

 彼女の小さな身体にスッポリと収まる俺は突然の抱擁に目をパチクリさせつつも、彼女から漂ってくる穏やかな香りに驚きさえも忘れてただただ受け入れる。


「もしかして私の言ってたことを気にしちゃった?ごめんね、余計なこと言って」

「ラシェル……"俺"は……」

「何も言わなくていいのよ。さっきのは冗談。お姉ちゃんは祝福関係なく、ちゃんとスタンを見ていい子だって分かってるから」

「…………」

「私のことが信じられないならあの従者の子……シエルちゃんに聞いてみなさい。きっと泣いて否定するわ」


 目を瞑ればありありと見て取れるシエルの姿。

 確かに彼女ならめいいっぱい否定されるだろう。そんな光景にふと笑みを浮かべながら抱擁されるがままに、暗くなりかけた心に光が差す。


「……ありがとう、ラシェル」

「いいのよ。あなたの祝福もきっと時間が解決するわ。祝福の習熟って練習と時間の問題だっていうし」


 そう励ましてくれる彼女は笑顔。

 こんな小さな子に励まされるなんて、もはや神山の教えなんて型なしだ。けれど何故かそれでもいいと思えた。

 俺も答えるように笑顔を浮かべてみせる。


「……うん。そう考えることにするよ」

「えぇ、それがいいわ。それより他に質問とかないの?この際だしある程度のことなら答えるわよ」


 そう言ってくれるも彼女に聞きたいことはあらかた聞き尽くした感じだ。

 身に宿る力が未知数で終わった以上、手がかりらしいものは他に…………あぁ、そうだ。


「そういえばラシェル、そっちの国で漂流者が出たって聞いたんだけど、詳しく知ってる?」

「あら、何かと思えばそんな話?当然ウチの国ことだから知ってるけど、確か……二ヶ月くらい前の話だったわね」

「その人が何者とかは?」

「詳しい素性までは分からないわ。でもした話じゃないわよ?海に打ち上げられた人が記憶を失ったけど、数日で記憶を取り戻して、釣りしてる時に波に攫われたと分かってからはもとの村に戻っていったわ」

「…………そっか」


 噂になっていた漂流者の話。レイコさんと共に日本絡みの可能性を考えていたが事はそう上手く運ばないようだ。

 期待した祝福と噂の件、どちらも空振りに終わってしまって脱力するようにベッドへと身体を投げ出す。


「結局空振りかぁ……」

「何のことか知らないけど残念だったわね。……それより他に聞くことはないの?」

「ほか?」


 寝転がる俺を覗き込むようにラシェルが再び問い直す。

 今度こそ聞きたいことは全て聞いた。他と言われても全く至らない心当たりに疑問符が浮かび上がる。


「もうっ!この私がなんでも答えるって言ってるのよ!もっとこう……女の子として、私個人について知りたいこととかないの!?」

「あっ……」


 俺の煮えきらない態度に居ても立っても居られくなったのか眉を吊り上げて憤慨する姿に、彼女は俺を婚約者にしようとしているのだと今更ながらに思い出した。

 真意こそわからないが、少なくとも好ましく思ってくれていることに間違いないだろう。その目には『自分を見て!』という心がありありと見て取れる。

 幼すぎる少女にそういった感情を抱くことはない。けれど妹を彷彿とさせる年下少女の拗ねる姿に俺は身体を起こしてフッと笑みを浮かべる。


「ごめんねラシェル。……それじゃあ普段のラシェルの暮らしを知りたいな。普段何してるとか、何を食べてるとか」

「――――! えぇ、えぇ!もちろんいいわよ!それじゃあ私の大好きな食べ物から――――」


 どうやら俺の問いかけは大正解だったみたいだ。

 楽しげに語りはじめる言葉をうんうんと頷きながら会話を広げていく。


 夜明け前に始まったラシェルとの質問会。それは日の光が部屋へ射し入るまで続くのであった。

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