048.歴史のお勉強
――――目を開けた時、世界はまだ暗闇に満ちていた。
遠くにうっすらと見える僅かな光。ほんの少しだけ白みかけている空。
しかし夜明けと言うにはまだまだ随分と遠い、普段よりも早すぎる早朝。
普段寝たら朝までグッスリの俺も今日ばかりは緊張しているのか二度寝することもできず、テラスに出てうんと伸びをする。
「うんっ……」
昨日は普段とは違うイベントが立て続けに起こったからだろうか。それともいつも隣で寝ている存在がおらず一人での就寝だったからだろうか。
眠りが浅かった理由などいくらでも考えられる。だが夜の冷たい風に体が震えると同時に思考も中断され、急いで回れ右をしながら窓を閉じる。
「寒い寒い……」
夏の終わりといっても朝夜は寒い。
ワンピース姿だったら確実に死んでいたが短パンTシャツのおかげで助かった。それでも身を震わせるほど寒い風から逃げるようにベッドへ潜り込むと、不意に覚えのない柔らかいものに手が触れた。
「んっ?」
むにゅり。
そんな擬音がするような、柔らかくて弾力のある感触だった。
なんだろう。ぬいぐるみにしては跳ね返りが強い。ゴムボールでも入れたんじゃないかと思うようなそんな弾力。
さすがにゴムボールをベッドに入れて寝るような精神年齢でもない。シエルの線を真っ先に考えたが、今晩は来客3人とともに別室で就寝中だ。起きていたとしても仕事にを頑張っていることだろう。
さすがに寝起きの回らない頭で正体を予測するのは難度が高い。早々に諦めて布団をめくり上げると、眠気で半開きになっていた瞳が一気に見開かれる。
「やっ。来ちゃった」
「っ―――――――――」
―――――言葉が出なかった。
呼吸さえも忘れ、大口を開けて軽い口調で話す人物を目に収める。
俺のベッドに潜り込んでいたもの。それはラシェルだった。
ぬいぐるみやボール、または大穴でシエルだと考えていたが、その正体はまさかの王女様だという事実にさすがの俺も同様を隠し得ない。
他国の姫が家に遊びに来るのも大概なのに就寝中に潜り込むだなんて誰が予想するだろう。
驚きすぎて言葉を失うことを生まれて初めて感謝した。これで大声なんて上げてしまえば大惨事になること間違いない。俺は這い出てくる彼女に距離を取りながら高鳴る心臓をなんとか押さえつける。
「な……なんでラシェル王女が……!?」
「呼び方戻ってるわよ。昨晩も密談したけど、ちょっと他に話したいことができてね。コッソリ潜り込んでみせたわ」
動揺しすぎて王女様呼びに戻っていることさえ気づかなかった。
彼女はさして気にする様子を見せずベッドの縁に座り、俺は唸る犬を前にするかのごとく警戒して距離を取る。いつでも逃げられる姿はさながらレスリングの体勢のよう。
何故、いつから彼女がここに。それが一番の疑問だった。
話したいことがあると言っていた。二人きりの夜にわざわざなんのことを。
彼女はエクレールたちと一緒に客室へ押し込んだはずだ。同衾ルートをシエルの生贄とともに回避したはずだが、何故。いつからここにいたんだと一気に眠気が吹っ飛んでいく。
「……話?」
「そ。ちょっとあの子達には聞かせたくない話をね…………って、なんでそんなに遠いのよ。もっと近くに寄りなさい。こっち」
ポンポンとベッドの縁を叩く彼女に俺は目一杯離れて腰を下ろす。
今の頭の中は『国際問題』の四文字でいっぱいになっていた。他国の、それも王女様と同衾だなんて相当な問題だ。神山の家庭で権力者の光と闇を見てきたからこそ、一度権力者へ歯向かったときの恐ろしさはよくわかっている。なんとか刺激しないよう、俺は恐る恐る言葉を選んで問いかける。
「一体、いつからここに……?」
「ついさっきよ。ホントは寝てるところを驚かそうと思ったのに起きてテラスにいたからこっちがビックリしたわ」
偶然にも神回避。もしかしたら虫の知らせ的なものが働いたのかも知れない。
真実のほどはわからないが、それでも最悪の状況は避けていたみたいで肩をなでおろす。
「ちょっと目が覚めて。ラシェルはどうしてこんな時間に?」
「さっき言ったでしょ。あの子達には聞かせたくない話って。みんなが寝静まってるこの時間しかなかったのよ」
確かに言っていた。しかしわざわざそんな大層な理由を付けてどうしたのだろう。
まさかまた婚約者云々の話だろうか。そうだとすると中々に厄介だ。エクレールと婚約者だってウソもつき続けなきゃならないしどこでボロが出るかわからない。
「そんなに警戒しなくても婚約者の話じゃないわよ」
「……声に出してた?」
「いいえ、でも顔に出てたわ。また別件よ」
そう言って彼女は一つ咳払いして俺を今一度見つめ直す。
暗い世界。そんな中でも紅い瞳は輝いているような気がして、思わずゴクリと生唾を飲む。
「あなたってこの家の養子だったりする?」
「養子?ううん、そんなはずないと思うけど」
唐突に聞かれたのは俺の出生についてだった。
養子……そんな話は聞いたことがない。髪の色も瞳の色も両親から受け継いでいるし、そんなことはないと首を横に振るう。
「そうよね。なら……どうしてこの家族で一人だけ
「っ………!!」
その言葉を耳にした瞬間、ベッドから飛び降りて彼女から距離を取る。
彼女の本題がそれだと今まさに理解した。
何故俺の前でその言葉が出るのか。そして俺が祝福持ちだと確信しているのか。
まさかレイコさんから聞いた?いや、仮にでもエクレールの従者である彼女がそんなヘマをするとは思えない。ならば売られた?それもないだろう。俺を売ったところでメリットがない。
しかし他に可能性はあるのか。疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡りながらジッと次の出方を伺っていると、ラシェルは安心させるかのようにフッと微笑みを浮かべる。
「祝福なんて国家機密ものだものね。安心して、他の人に言うつもりはないし、こちらとしても敵対ではなく協力したいと思ってるから」
「……本当?」
「本当よ。なんでこんな明け方に忍び込むなんてことしたと思ってるのよ」
安心させようと警戒を解いて笑って見せる彼女に、俺も幾分か肩の力を抜いていく。
その言葉は一理ある。ラシェルに知られた以上、逃げたところでどうにもならないだろう。
少なくとも敵意はなさそうだ。恐る恐るベッドの縁へ座り直すと「いい子ね」と安堵の声が聞こえてくる。
「……どうしてラシェルはボクが祝福持ちだと?」
「その説明はもちろんするわ。でもその前に、スタンは祝福が誰に宿るものか知ってる?」
「……ガルフィオン王国王家と、過去やってきたという日本人」
「ん、半分正解。正確にはその2つに加えて我がアスカリッド王国王家も含まれるわ」
どうやら彼女の国もこちらと同様、王家は祝福持ちらしい。
それはつまり、彼女もまた祝福を……
「ならラシェルも祝福を?」
「そうね。でもその話の前に歴史のお勉強。そもそも祝福って何なのか知ってる?」
「日本人が魔王を倒すために与えられた力?」
「正解。魔王に対抗するために神様が与えたであろう御力。そのお陰で魔王軍と渡り合え、最終的に打ち破ることができた。……魔王が倒された今となっては過ぎた力だけどね」
自らの手のひらを月の光に透かすラシェル。
祝福は日本人にすべからく与えられ、そして魔王に立ち向かう。
この世界の歴史を調べてきてそうとしか考えられなかった。彼女もまた同じ理解を示すように大きくうなづく。
「過去度々やってきたという日本人の一人が興した国がこの"ガルフィオン王国"。初代国王はよっぽど奇特な人だったんでしょうね。彼の持った祝福は『代々生まれてくる長子に祝福を与える』こと。それから代々この国の王家は祝福持ちが生まれるようになったらしいわ」
彼女が一息に語った言葉はこの国の成り立ちだった。
建国して500年経つこの国は日本人が興したものらしい。それも代々祝福を授かるよう計らってまで。
なるほどと、疑問がスッと腑に落ちた気がした。
だから王家は祝福持ちだといわれているのか。自分より生まれてくる子を優先するだなんて奇特な人間もいたものだ。国も興して相当優秀な人物だったのだろう。
しかし一方で新たな疑問も生まれる。
「この国はわかった……。じゃあ "アスカリッド王国"は?」
「ウチはちょっと特殊でね、一言で言えば『暖簾分け』よ。過去ガルフィオン王国で生まれてきた子が双子で二人とも祝福を持ったみたい。それでイザコザがあって片方がウチの国にやってきて……って感じ」
「……なるほど」
どうやらこの国とそちらの国が仲良いことにも深い理由がありそうだ。
イザコザ……王位継承争い……どこの国でも家庭でも、権力があると面倒くさい事情を抱えてしまうようだ。
「それでここからが本題。私の祝福は『相手の才能を見抜く』こと。まだ未熟だから特異な才能でもある祝福持ち相手にしか反応しないけどね」
「へぇ……相手の才能を…………って、そんな簡単に言っちゃっていいの!?祝福の内容まで!?」
「もちろん国家機密よ。広まったら即処刑だからお墓まで持っていくことね」
慌てて自らの口を両手で塞ぐ。
話の流れでしれっととんでもない秘密を暴露された。
レイコさんも言っていた。祝福は国家機密だと。亡くなったならともかく生きている者の情報なんて一種の兵器としても使えるからだそう。それなのに簡単に言ってのける彼女に背筋が凍る。
「その力のお陰で、ボクが祝福持ちって分かったの?」
「えぇ。ご両親は反応しなかったからびっくりしたわ。私は相手の祝福が身を纏う気の"色"と"現象"で見えるの。力の傾向は“色”、特徴は“現象”って感じ。亡くなったひいおじいちゃんは"周りの空気を操作"できたから"色"は黄、"現象"は気が辺りをフヨフヨ浮いてたわ」
「それはまた、恐ろしい力だね」
「あら、よく恐ろしさに気づいたわね。対魔王軍でも大活躍だったらしいのよ。迫ってくる軍勢を呼吸させなくして倒したって言ってたわ」
空気を操るなんて規模によっては相当危険な力だろう。
相手の周りの空気を奪えば呼吸さえできなくできるし、振動させなければ隣の相手にさえ声を届かないようにもできる。いくらでも応用できそうな力だ。
「ちなみにエクレールは……言わないほうがいいわね。他にも従者のレイコ、あの人は白で周りの気が静止していたわ。経験上色の傾向として、黄色は身の回りの現象に干渉できる、赤色は物質に干渉できる、白色は自分の身を変化させられるって分け方ね」
レイコさん、彼女は"不老"だったはずだ。きっと気が止まっているのは時間が止まっているから。俺としても納得の分け方だ。
「それでボクは何色だったの?」
「………別に教えてもいいけど、自分の力くらい理解してるんじゃない?
「それは――――」
俺は自らの祝福に関して知る限りを伝える。
祝福があると疑惑されているこの身体。青少年の琴線を触れまくるのだから気になって当然だろう。
自分でもわからない力。詳細を知りたいに決まっている。
「――――そういうこと。ならいいわ。教えてあげる」
「やった!」
思ったよりすんなり理解してくれた彼女はその目に映るものを教えてくれるようだ。グッと小さく拳を握りながら、彼女に向かって正座し姿勢を正す。
「スタン……あなたはね…………」
ジッと目を細めた彼女は俺を上から下まで見つめていく。
ゴクリと、息を飲む音が聞こえてきた。
期待半分、不安半分の中、俺は彼女がゆっくりと口が開かれる長い長い時間をジッと待つ――――
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