014.大胆な犯行

「――――ここがお花屋さん。ママへのプレゼントとかによく使ってるわ。それでこっちは宝石店。パパが好きらしいけど何がいいのかサッパリなのよね」


 バースでの食事を終えて数時間。

 一旦馬車には帰って貰ってタルタルステーキでお腹を満たした俺たちは、メインストリートを奥へ奥へと散策していた。

 それはまさに食べ歩き。さっきまで満足に食べたタルタルステーキはどこへやら、まるで別腹かのように屋台に吸い込まれながら串焼きやら焼き魚などを2人で喰らつつ街の奥へ。

 最初は「あれなに?これなに?」と問う俺に嫌々ながらも解説していた彼女だったが、気づけばすっかりナビゲーターとして道の両脇に建つ店について解説してくれていた。


 彼女の話によるとここは王都と呼ばれるこの国一番の街らしい。なんでも魔王を倒した勇者の拠点にしてこの街自体も500年続くこの世界で最も古くからあるとのこと。

 どうにも魔王のせいで街は栄えても数百年で滅ぼされる宿命であり、その中でも最古の生き残りの街。500年といっても日本で例えると室町時代だ。十分古いといえるだろう。

 しかし、町外れとはいえ王都に屋敷を構えるなんて、カミング家ってけっこう良いところなのかもしれない。


「じゃああの、一棟だけ黒く塗られた建物は?」

「あれは占い師の館よ。なんでも王族付きになるとここに詰めるんですって」

「へぇ…………」


 焼串片手に最も目を引いた建物に意識を向けると興味なさそうに簡潔な解説が飛んでくる。


 昔、占い師は国の要人や相談役になるものだとなにかの本で見た気がする。

 きっとこの世界でも同じなのだろう。しかし俺にとって占いとは統計学。スピリチュアル的なものを一切信じていない俺にとっては縁のない話だ。

 一方でこの世界には魔法が存在するらしい。実際にこの目で見たことはないが、水晶の魔道具とかあれば正確な占いができるのだろうか。それはもう未来予知に近い気がする。


「――――っと、もうお城まで着いちゃったみたい。とりあえず案内はこのくらいね」

「ん、ありがと」


 マティナールが示した宝石店や占いの館の先にはもう建物は続いておらず、その先は大きなお城へと続く城壁が鎮座していた。

 目の前にはさっきまで通ってきた道幅より倍ほど広い石橋に、突き当たりにはこれまた大きな門が構えられている。

 遠くで見ても圧巻だったがすぐ近くで見ると更に大きく感じる。一体王族とはどんな人物なのだろうか。どんな豪華絢爛な生活を送っているのだろうか。


「……入れないわよ」

「そうなの?」

「当然じゃない。行ったところであの兵士に止められるだけよ」


 どうやら思考を読み取ったらしい彼女はジッと先に見える城を見つめていた俺に無慈悲な一言を告げる。


 そう言って示すのは橋の向こう……門の手前に立つ2人の門番らしき兵士を指してみせる。

 やっぱりというかまさかというか、入れない事実に落胆する。なんだかんだスタンは貴族らしいし、もしかしたら王様が開かれた国造りをとか言ってお城も解放されてるかと淡い希望が打ち砕かれた。


「そっかぁ……入りたかったけどなぁ」

「ま、中は随分すごかったわよ。よくわからない絵とかキラキラした窓とか。全部光ってるように見えたわ」

「入ったことあるの!?」


 その言い方は完全に中をその目で見たことあるようだった。

 どうやら彼女は内装を知っているらしい。まさかと思い振り向くと彼女はチラリと目を合わせてニヤリと笑う。


「一昨年の年末にね?パーティーだからって呼ばれてちょっとだけ。……ま、そのときは”スタン”も一緒だったけどね」

「うっ……!!」


 それは今の俺が”スタン”ではないと自ら証明してしまった一言で、罠に掛かってしまったと言葉に詰まる。

 しかしそれはもう今さらのこと。彼女はわかっていたかのように「ま、いいけど」と告げて追求することもなく話を続ける。


「次呼ばれたらって考えてるかもだけど無駄よ。呼ばれるのは貴族でも持ち回りで大体10年おきらしいから」

「10年かぁ………」


 2年前に呼ばれたとなると5歳の年末。そこから10年でも15歳ってところか。

 また随分と遠い話だ。さすがお城。入るのも夢のまた夢らしい。


「残念だったわね。もしくはアンタが大問題をやらかして処刑される時が来れば門をくぐることができるわよ」

「そ、それだけは回避しなきゃね」


 クスクスと笑う彼女に俺は絶対に回避しなければと心に決める。


「冗談よ。大通りは一通り見たし、次は何をしようかしらね……。何ならアンタの気になるとこを言ってあげてもいいわよ」

「えっ、いいの?」

「時間もあるしね。……それにそんなに目を輝かせちゃ仕方ないわよ」


 まさかの提案。

 そしてまさか自分がそこまで輝かせていたのかと目をパチクリさせる。


 こうして彼女と見て回るのが楽しい。解説を聞くのが楽しい。

 親に連れられて海外に行き、様々のものを『知る』ことももちろんたのしかった。しかしこうして冗談を言い合ったりするのは始めての感覚だった。

 もしかしたらかつてのクラスメイトたちはこんな話をして楽しんでいたのかも知れない。死んでから知る冗談の言い合いに俺の心はかつてなく沸き立っていた。


「それじゃあ……次こっちの道なんてどう?この薄暗さとか、なかなか雰囲気が出て――――」

「――――ダメよ」


 知らない道を歩くのは楽しい。まるでゲームのように、真っ白な地図をマッピングしていくかのように近くの細路地に入ろうとするも、その歩みは彼女によって止められてしまった。

 グッと力強く手首を握ってこれ以上前に進ませようとしないマティナール。何故だろうと疑問符を浮かべながら振り返ると彼女は首を横に振って俺の考えを否定する。


「……はぁ。アンタって誰かが乗り移ったとかじゃなくって、まるで別の世界から来たみたいね」

「っ…………!!」


 始めて経験する楽しさと沸き立つ心に突然緊張が走った。

 別の世界。まさしく俺がやってきた場所。「なぜ」と口にしようとするも驚きに塗れて口が動かなくなっている。


「どちらかというと記憶喪失かしら?事故にあったとはいえ常識だけがスッポリ抜け落ち過ぎよ」

「どう……いう……?」


 動きにくい口を無理矢理動かして言葉を吐く。

 俺の問いに彼女は大きくため息を吐いて飛び込もうとした道を指差した。


「むやみに大通りから外れちゃダメ。あたしも詳しくないんだし、どこがスラムに繋がってるかわからないんだから」

「スラム…………」


 それはシエルが居たといわれる場所。


「えぇ、ワルイ人たちが沢山いるって聞くわ。それにスラムより恐ろしい犯罪者のアジトもあるって噂よ。バースの道は特別だけど大通りからは一本も外れない……覚えておきなさい」

「ご、ごめん」


 そうだよな。平和な日本だって大通りから外れるなって言われるんだ。始めての光景にテンションが上がって正常な判断ができなくなっていた。

 この世界は王都でも日本より安全だなんて保障はどこにもない。そのくらいの忠告は当然だ。好奇心に負けて足を踏み入れるところだった。


「わかったならいいのよ。他に聞きたいことは?」

「なら、そんな危ない場所あるのに俺達二人で大丈夫?」


 この街に降り立って以降気になっていたことをぶつける。

 俺達はまだ子どもも子どもだ。馬車の人も帰してしまって大丈夫なのだろうか。


「路地にさえ入らなければ平気よ。この道はお城に続くだけあって治安もしっかりしてるし、何度も1人で来てるもの」

「マティナールがそう言うなら良いけど……」


 なんてこと無いように告げる彼女だが俺はほんの少しだけ胸騒ぎを覚えていた。

 何がなんて自分でもわからない。ただ虫の知らせというべきか心の内にざわめくものを感じ、少しだけ視線を落とす。


「ま、そうは言っても時間的にそろそろ引き返す時間かしらね。最後に通りを戻りながらお土産でも探しに行きましょ」

「……そうだね。なら俺もシエルにお土産を――――わっ!?」

「キャッ――――!?」


 そんな俺の胸騒ぎを払拭するようなマティナールの提案。

 提案に乗って二人で踵を返すように大通りへ戻ろうとした瞬間、突然背中に衝撃が走り思わず前に数歩飛びててしまう。

 同時に聞こえるのは背後からの小さな悲鳴。マティナールは前方に居て声さえも違う。誰が発したのかと振り返る。


「すみませんスタン様・・・・わたくし、少し前を見ていなくって……!お怪我はありませんか!?」

「へ? あぁうん、キミこそ大丈夫?」

「はいっ!」


 振り返った眼の前には、小さな人影がポッカリと存在していた。

 いや。人影じゃない。人だ。正確には麻布……シエルと出会った当初着ていたような麻布のローブを羽織り、フードをスッポリと被った人物が目の前に立っていた。

 高くて綺麗な声は明らかに女性のもの。背丈から判断すると同じ年代くらいだろうか。


「ちょっとスタン?しっかりなさいよね。ホントに怪我してない?ごめんねコイツが」

「いえっ、平気です!ご心配おかけしました!」

「ならいいけど……」


 マティナールの問いに大きく手を振って否定する彼女は口元こそ見えるもののその全容までは見えない。


 明らかに不審な人物。何者だろうと俺とマティナールで顔を見合わせたところで彼女の背後、つまり細路地の奥からガチャガチャと音が聞こえてくる。


「――――! すみません、私はここで失礼します!またお会いしましょう!マティナール様!」

「え、えぇ……」


 その言葉を言い残してフードの人物俺と彼女の脇を通り、大通りの反対側にある細路地に消えていってしまった。

 勢いに圧されてかマティナールも返事をするだけとなり、呆気にとられた顔で消えていった路地を見つめていく。


「何だったの……?」

「さぁ…………」


 取り残された俺たちは2人して答えの出ない問いを交わしていく。

 何だったんだろうと頭を捻る。何かに気づいて逃げる様子……もしかすると追われてたのだろうか。

 それに思い返せば看過できない問題もある。なぜあの人物は俺たちの名前を知っていたのか。


「……ねぇ、スタン。その足元の何?」

「えっ? あれ、何だこれ……」


 答えの出ない解いに立ち尽くして考え込んでいると、ふとマティナールが足元を指さした。

 その言葉に目を下に向ければなにやら小さく光るもの。誘われるがままに拾い上げるとチャリっと音を鳴らせて俺たちの前にその存在をアピールする。


「綺麗なネックレスね。十字?」

「ロザリオ?」


 俺の手に垂れるのは小さな銀色の十字架。

 これはたしかロザリオだ。貼り付けのキリストはさすがに無いからロザリオと言っていいか怪しいが、近いアクセサリだろう。


「ちょっと見せて。 んんと……後ろになにか掘ってるわね。小さすぎて読めないわ……」

「どれどれ……確かに」


 彼女に続いて俺も十字架をひっくり返すと確かになにか掘られているようだ。

 元が小さい十字架なだけに、そこに書いてあるのはなんなのかわからない。これを確認するにはルーペが必要になってくる。当然持ち合わせはない。


「とりあえず落とし物ってことで預けようか。どこかに警さ――――落とし物を管理するところはない?」

「それならちょっと遠いけど帰り際にあるわよ」

「よかった。ならお土産探しがてら渡しに―――――」


 今後の目標は決まった。そうと決まればと意気揚々と一歩を踏み出し――――けれど踏み出した足が2歩目を刻むことができなかった。


「ちょっとスタン!?」

「な…………に…………?」


 踏み出した瞬間、不意に身体に入る力を一気に失った。

 誰かに殴られたわけではない。路地に入ろうとしたところを止められて褌を締め直した時点で辺りは警戒していた。

 けれど力が入らない。脚にさえ力が入らなく、膝から崩れ落ちる。


「ちょっとアンタ!?一体どうし…………て…………」


 俺の異常に気がついたマティナールが身体に触れた途端、彼女も同様に膝から崩れ落ちてしまった。

 全ての力が失った俺は重力に従って身体を地面に叩きつける。


 段々と意識さえも遠のいていく。

 なぜかと混乱する頭で辺りを見渡した時、”それ”が目に入った。


 いつもと違うもの。”それ”は俺が手にしていたロザリオ。

 僅かな意識の中で見えたそこには光が灯っており、ようやくひとつの可能性に到達する。


 本で情報収集をしているときに知った魔道具の存在。

 通常は生活を豊かにするものばかりだが、極秘裏に犯罪に利用されるものがあるらしい。

 手軽に爆発を起こしたり触れた者の意識を刈り取ったり。


 もしかしたらこのロザリオがそうなのかも知れない。

 完全に選択肢にさえ入れていなかった可能性に心の中で大きく悪態をつく。

 崩れ行くこの身では何も出来ない。ただ近くの路地から何者かが近づいてくるのを感じながら、俺たちの意識は闇へと誘われていくのであった。

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