013.城を臨む町
「うわぁ……!」
眼の前の光景に思わず感嘆の声が溢れる。
「ほわぁ…………!!」
それは初めて見る光景。好奇心をくすぐる景色。
「おわぁ…………………!!!」
「うるっさいわねっ!どれだけ感動してるのよ!!」
眼の前の光景に年甲斐もなく大口開けていたところ、ついに耐えきれなくなったマティナールから思い切りのいいツッコミがきた。
「だって見てよ!この景色!古き良き町並み!感動するなっていうほうが無理があるでしょ!」
「古き良きって、ここは王様も住まう城下町よ。最新よ。どこが古いって言うのよ」
マティナールがやれやれとため息を吐くのを横目に俺は眼の前の光景に目を輝かせる。
眼の前に広がっていたのはまるで物語に出てくるかのような城下町だった。
それは、正しく物語で出てくる城下町。石畳で大人が少なくとも5人は横になれるほど広い道路。
両脇には三角屋根の建物が並び、出店された店々は道路に沿うように大きく開かれていて、そこかしこから威勢の良い声が聞こえてくる。
あくまで規模感を日本で例えるとなれば旅行で行った狸小路だろうか。広い道路に果てしなく続く道。
何より驚いたのがその活気だ。どこから集まったのかというほど道は人で溢れており、人々のざわめきや店の人の呼び込みがこれ以上無いくらいに活気づいている。
なにより驚くべきはこのお祭り騒ぎのような道路が遠く、長く続いていることだろう。
先を見通してもどこで終わってるのかなんて分かるはずもなく、ただここがメインストリートということだけが理解できた。
メインストリートだと思った理由は道路の広さと活気だけではない。この道路の行き着く先がそれを証明していた。
目線を正面から上に向ければ見えてくる超巨大な建造物。
それはまさにお城。
まさにこの国の中心と評するに相応しいほど大きなお城が広がっていた。
この1週間、カミング家はメイドも居るし屋敷もあるしで、そこそこ大きな貴族かと思っていた。
しかし眼の前のお城は、そんな考えを打ち砕くほどの巨大な代物だった。
建築様式としては昔見に行ったプラハ城に近いものだろうか。細かい様式なんて知る由もないが獣をも倒せそうな鋭い屋根が天高く伸び、実際のお城よりも規模は大きい。
砦のように構えられた城壁はもちろん、お城だけで街を形成するような圧倒的な存在感で佇んでいた。
城を取り囲む塀でひとつ、そして今自分たちがいる城下町で一つ。まるでひとところに街が2つあるようだった。
これまで屋敷のみで完結していた俺は正しく井の中の蛙だということを嫌でも理解させられる。
神山の家は日本、ひいてや世界でもトップの家だと自負しており、今のカミングの家と同じ規模だったことも勘違いに拍車をかけたのだろう。
しかし眼の前の光景はケタが違う。活気ある城下町はもちろん、中央にあるお城の敷地だけでも万を超える人が住んでいそうな光景は、王族あって民があるように作られた街は知らない世界に来たんだと強く意識させられる。
これこそまさに、世界史で読んだ当時の空気感だった。
この世界は異世界。世界の成り立ちから何まで違うけど、まさしく世界遺産で見た場所の当時をこの目で見ているような気がして年甲斐もなく心が踊ってしまう。
「なにボーッとしてるのよ。早く来ないと置いてくわよ」
「えっ……あ、うん!」
しかしそんなテンションの上がる俺を諌めたのはマティナールだった。
彼女はまさしく来慣れた街を案内するかのように先導し、現実に引き戻された俺も小さな後ろ姿を追っていく。
スッスッと慣れたように人混みをすり抜ける彼女はごった返した人混みなんて無いも同然のようだ。ついていく俺も間を縫っていくが何度も人とぶつかってしまう。
『いらっしゃい!新しい魔道具揃ってるよ!!』
『ドードーの肉を食べたいならそこに並んで!!』
急いで追いかけるも耳には気になる呼び込みがこれでもかと言うほど飛び込んでくる。
流石異世界というべきか、日本では考えられない気になるものでいっぱいだ。
まだ電気が普及されていないこの世界では、代わりに魔道具となる光る石を使っていることは履修済みだ。けれど点灯に飾られている色の変わる仕組みはどうなっているのだろう。
それにドードーの肉とはなんだろう。地球にも絶滅生物としていたが同じものだろうか。
右を見ても左を見ても新しい発見。初めて異世界という実感が出てきて今にも好き勝手見て回りたいところをなんとか抑えて彼女の背中に集中する。
「ほら、着いたわよ」
溢れ出る好奇心をグッと抑える時間は、思いの外早く終わった。
人がいっぱいの大通りをクネクネ曲がり、一本路地に入った彼女はとある建物の前で立ち止まる。
二股に割けた分かれ道。その中心に構えられた丸く沿った形の建物。看板は……どうやら『バース』と書かれていて何の店かは読み取れない。
「……何ここ?」
「何って、ただのレストランよ。もうお昼だもの」
「なるほどね……」
「ほら、行くわよ」
ためらいなんて一つも見せない彼女を追って店の中に入れば、そこは大衆食堂のように賑わう店であった。
いくつも丸テーブルが並べられ、それを囲むように人々が座って食事や会話を楽しんでいる。
その内の一人、ここの従業員らしきエプロンを着用した壮年の女性が俺たちの来訪に気づいて駆け寄ってきた。
「あら~!マティナールちゃんじゃない!どうしたの?今日はお父様と一緒じゃないの?」
「えぇ、今日はあたしと……コレだけで散策よ」
「この子……もしかして、マティナールちゃんの好きな人?」
「そんなわけないわよ。ただの幼なじみ。さ、早く案内して」
「はいはい~!」と元気よく返事をした従業員は空いたテーブルまで先導し、俺たちはその後ろを歩いて行く。
通されたのは日当たり良好出入り口からもほど遠い絶好のテーブル席。そこに俺たちは大人向けに作られた高い椅子に苦慮しつつもなんとか登って彼女と顔を突きあわす。
「ふぅ……疲れた……」
「なに? この程度で疲れたの?体力ないわねぇ」
早々に渡されたお水を口に含見ながら言葉を漏らすと、彼女の笑うような声が聞こえてくる。
馬車に乗ってやってきたが、さすがに車と違って揺れがある違和感に随分と体力が持っていかれた。
こればかりは思い込みと違和感の修正ということで”スタン”の幼い適応力は発揮できず店につく頃には満身創痍。
屋敷からここまで、およそ1時間程度の馬車の時間。森を越え、畑を越え、住宅街を越え、無事大通りへ。
森や道中なんかはある程度整備されているとはいえ足場は良いものとは言えなかった。きっと慶一郎の身体で徒歩を選択したら30分もせずヘバッていたことだろう。当然だ。日本では勉強ばかりで運動は体育ですらあまりやってこなかったのだから。
「……まぁね。ところでこの店には来たことあるの?」
「家族で数回ね。ここはタルタルステーキが絶品なの」
「タルタルステーキ?」
「えぇ、ここは他と違って焼いてるのよ」
タルタルステーキとは何なのか……それは隣のテーブルを見るとすぐ理解できた。
大判の平皿にはひき肉を焼いた物が置かれ、中央に玉子が鎮座している。
どうやら名前こそ違うもののハンバーグのようだ。”あえて焼く”と言うということから察するに通常はユッケかもしれない。
何にせよ、湯気が立って熱々のハンバーグは随分と美味しそうだ。玉子も反則すぎる。
ジッと隣のテーブルを見ていると、ふと目の前のマティナールがニヤニヤと見ているのに気づく。
「……なに?」
「ううん。ただ魔物のアンタはこういうお肉食べられるのかなって。……もしかして共食いにならない?」
「なっ……!だから魔物なんかじゃ……!!」
「あははっ!わかってるわよそのくらい。冗談だってば」
俺の抗議を大きく笑ってみせる彼女を見て俺も思わず立ち上がった席に再び座る。
冗談にしてもたちが悪い。しかし冗談にするほど心許してくれたと捉えるべきだろうか。
「まったく……」
「悪かったわ。それで何食べるか決まったの?」
彼女の問いにメニューへ目を落とし、チラリと隣の席を見る。
「……あぁ。ボクもタルタルステーキかな」
「決まりね。すみませーん!」
「は~い!もう決まった~?」
「タルタルステーキを2つお願いするわ。それと―――――」
手慣れたように店員さんを呼んで笑顔で注文をこなしていくマティナール。
やはり10にも満たない女の子とは思えない。家に残したシエルといい、俺とそう変わらない年に思える。この世界の子どもたちは精神の成長が早いのだろうか。
愛想よく話す彼女を頬杖をつきながら見守る。
改まって見ると、マティナールは随分と美人だ。
長いまつげにシュッとした鼻筋。白い肌に大きな瞳。
幼い現在は可愛らしさが優勢だが、成長すれば確実に美人さんになることだろう。
加えてその笑顔。俺と2人のときは一切見せなかったが、店員さんと話している彼女は屈託のない笑みを浮かべている。
もし日本に彼女がいたら、異国の留学生としてクラスの中心に立っていただろう。
「――――ねぇ、ちょっと…………スタン!!」
「え!? あっ? へ?」
どうやら随分とボーっとしていたようだ。彼女の呼び声にハッと意識を取り戻せばもう注文は終わっていたようで店員さんはすでに居ない。
はっきりとした意識で彼女に目を向けるとさっきとは一転、ムッとした顔でこちらを見ている。
「なに?ずっとこっち見て。あたしを襲う算段でもつけてた?」
「襲う!?そんなわけっ……!」
「じゃあどうしたのよ。襲うは冗談だけど目が据わってたわよ」
「それは……」
怒られるのが目に見えていて素直にマティナールを見ていたなんて言えるはずもなく。
言葉を濁しながら言い訳の弁を探していると、彼女はハァと息を吐いて話を続ける。
「……まぁいいわ。言っとくけどね、私はまだアンタのこと信用してないから。魔物じゃないことは信じるけど、それ以外は全く変わっちゃいないわよ」
「…………わかってるよ」
そんな彼女の念押しに俺は呟き目を伏せる。
仕方ない。元々のスタンは嫌ってたって言うし、スタンの外見をした何者かなんて得体が知れないのだろう。
だからといって真実を告げればまっさきに親へ伝わるだろうし、そうでなくとも嘘だと断じられて好感度が下がっていく未来しかない。
なら黙ったまま彼女からの信頼をコツコツ積み重ねるしか無いだろう。
「とりあえず今日は、数ヶ月だけお姉さんのわたしが一緒に遊んであげる。疑ってても、それくらいはしてあげるわ」
「ありがと……。それに俺のことスタンって呼んでくれるんだね」
「そ、それは!……ただ他の呼び方がわからないから仕方なくよ!」
フンと腕を組んで鼻を鳴らす彼女はチラリと伺うようにこちらに視線を送り、俺と目が合ったことで慌てて視線を逸らす。
その姿はまるで年相応の素直になれない女の子のようでとても微笑ましく思えた。そんな思いを飲み込みつつ、俺は絶品であろうタルタルステーキを待ち望むのであった。
そして、そんな俺達の様子を伺ってるフードを被った小さい影が、店の外にただ一人――――。
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