恥/チラシ/大人と子ども

 手紙を取り落とした手を見る。何の考えがあって手紙を取り落としたのか、S子には分からなかった。恥と呼ぶのが最も近いだろう。内容を見て「こんな」と思った。どこかどのように「こんな」なのか、取り落としてからも一切分からず不可思議だった。取り落とした手紙がすべてだった。


『タリスマリンのネックレスが当選いたしました。つきましては某月の何時何時までに当店までお越しください』


 金の縁に飾られた手紙は、S子の足元に黙っていた。

 送り主は何某の服飾店だ。就職祝いに母へ強請って5万余円の高級な服を買ってもらった。店員は愛想がよくて『今は無理でも、いつかまた金を貯めて』などと考えていたのだったか。その店からの、当選チラシの何が「こんな」なのか。



 3年後、理解は落雷のようだった。

 毎日書いていた日記を開いて、サバイバルテレビと一緒になんともなしに眺めていた時だった。横を見れば、窓際にはたくさんのチラシが束ねられている。その中に、同じようなチラシや封筒はいくつあるだろう。

 S子はあの瞬間、確かに恥じたのだ。

 推論でしかないが『就職前の「世間を知った」と鼻を高くしていた自分』が『「商売」を親切な好意だと思い込んだ』ことが、手紙を取り落とすほど恥だったのだ。

 潔癖さの残る20代には耐えがたいことだったのかもしれない。


「世間は狭いものね」


 きっとこの言葉ですら、10年後には恥じるだろう。

 「世間知らずめ」と恥じるだろうと、S子は鼻を鳴らして、煙を吐いた。

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