能力ものの通学路1
藍白の髪を編みこんで、耳の横に丸くまとめる。
黒く厚手の長手袋を付けてゴムで止めれば、朝の用意は終了だ。
朝日が古い木製の洗面台を金粉でもまぶしたように見せていた。鏡の中で姿勢と表情を整える自分を見て『冬将軍』は勝気に笑う。親の呼ぶ声に返事を返して、朝食の席へ速足に進む。
*
「はよー冬将軍ー」
「おはようございます。シスターフォーティシックス」
「あははは…慣れねーわやっぱ」
蓮原の町は上空から見れば碁盤に似ている。
6×6のマス目の上を、渦巻き状の路面電車が走り、全部で10ある駅の4番目に私立結鞠学園前がある。路面電車の鐘の音を聞きながら『冬将軍』は息を吐いた。
「仕方ないでしょう。名前を知られたらまずい相手もいることですし」
「むー、その辺へーきなの、葉桜クンくらいじゃね?」
「誰が何って?」
「おっ、噂をすればおはよーさん。ほら、うちらって能力別で偽名つけるじゃん。なっちんはへーきだよなーって」
「おはようございます、葉桜さん。警邏、いつもありがとうございます」
同学生の挨拶に、葉桜夏野は僅かに頬を掻く。軽く息を吐いて『冬将軍』たちと並び歩く彼は、強さだけならトップに入る。
「や、今日俺じゃなくてタツねーちゃんがやってるから、お礼ならねーちゃんに言ってあげて」
「分かりました。後ほど、クラスでお会いしたらお伝えいたします」
冬将軍と夏野のやり取りにシスターが口を尖らせる。通学鞄を頭の後ろに回して、空を仰いだ。丁度、『カームドラゴン』が学園向けて飛んでいく。「スカート! 気を付けてスカート!」と叫んでから、シスターはもう一度、冬将軍たちを見た。
「やっぱさー、全員で回った方が負担少なくね? いっつもなっちんトコに任せっぱじゃん」
シスターの不機嫌そうな低い声に、2年生と4年生は申し訳なさそうに笑った。
藍白の髪も、濡羽の黒髪も、能力をより強く使うためだけに伸ばされている。遠く、商店街では何かが崩れる大音響が聞こえてきたが、多分、警邏役が戦ったわけではない。
毎日、どこでも、警邏は何の音も気配も感じさせずに最も危険な相手と戦う。
シスターの頭を柔らかく撫でる手は切り傷や、火傷や、抉れた痕や、肉刺で1年違いとは信じられないほどに硬い。4年生の冬将軍よりも、葉桜夏野の手は戦う者の手だ。
「ありがと。気持ちは受け取っとくよ」
「葉桜さんの負担を軽くしたいのなら、シスターは長生きして信仰心を磨くことですよ。唐竹糸校長先生くらいの『奇跡』が起こせるようになれば、現場に出て、葉桜さんの負担も軽くできます」
『冬将軍』はシスターたちに触れない。
早期成熟型の能力者は、必ず能力の反動を持って生まれる。
手袋越しでも空気を凍らせてしまう『冬将軍』の能力は、彼から一切の接触を奪った。サングラス越しに注がれる目と面布越しに与えられる声だけが、いつでも温かい。……その温もりも前線に出るほど削られて、やがて失われるのかもしれない。
葉桜夏野は特別だ。
土着の精霊の末裔だから、生まれた時から持つ能力を大器晩成型のように磨き続けることができる。だからだろう。あらゆる厄介ごとも、強さや危険性の分からない任務ばかり『葉桜家』には振り分けられる。
……教師である唐竹糸は確か、葉桜の当主を三度見送ったのだったか。
『シスター』では警邏をこなせない。
大器晩成型の能力者は、長く生きて信仰心が高まるほど強くなる。50代を過ぎれば建物一つ結界で覆えるほどだ。代わりに、若い頃は守られているほかない。きっとシスターが一人前になる前に、冬将軍も葉桜もいなくなってしまう。
俯く頭に、乗せられた手の温度が悲しい。
「泣くなって」
「そうですね。校長先生がかなり頑張ってくれていますから、きっと、私たちをいつか守ってくださいね」
『冬将軍』はたおやかに微笑んだ。
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